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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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贖いしカイオディウム 第六話② 流れるように始まる決戦

「大聖堂の“核”で私が言ったことを覚えているか?」


 ラーゼアディウムの中枢に辿り着く少し前。


 巨大な通路を走り抜けながら、リシアが言った。


「おぉ何だっけな、いろいろあり過ぎてどれかわかんねえが!」


 ライゼスとの戦いに臨んでいるミスティルの、覚えのある強烈な魔力の気配を背に感じながら、総司は叫び返す。


「オーランドの討伐を最優先事項と決めつけるのは危険だ、という話だ」

「なに!? 随分と今更な話じゃねえか、もうここまで来ちまってんだぞ」

「相変わらず真の目的が読めない。先ほどのお前との会話では、やはりオーランドの“先”が見えなかった」

「大聖堂の権能を手に入れたその先の話か? けど、それは王女ルテア? の目的がどうとか……」

「つまり、オーランドはルテア様に協力するということだ。大聖堂を手に入れた後もな」


 久々の再会を果たした身内であり、リシアとオーランドに全く接点がなかった期間は長い。それこそ十年来の再会だ。


 だがそれでも身内であり、リシアはオーランドのことをよく知っている。幼いながらに毛嫌いした、祖父の気質を理解している。


「何の利もなく他人の手を貸すようなヒトの好さは持ち合わせていない。何が言いたいかと言えば、オーランドは王女ルテアから“何らかの見返り”を得ようとしているんだ」


 王女ルテアの慧眼もさることながら、リシアの洞察も、大聖堂の“核”で総司と合流して以来、本来の調子を取り戻していた。


「オーランドはほしいものを得るだけの力と地位と思考能力がある。ルテア様がオーランドに与えられるものと言えば、そう多くない」


 ラーゼアディウムの中枢が近づく。妨害らしい妨害はなく、リシアの翼の発動が阻害されている以外では、二人の能力の制限も特にない。


「そう考えると、ルテア様は今、エルテミナと共に在る可能性が高い。フロル枢機卿の元を去ったエルテミナが次なる宿主としてルテア様を選んでいて……エルテミナの知識か、或いは力そのものがオーランドに対する報酬だったとすれば、あの男の目的にも合点がいく」

「……オイオイ、俺は王女様とは一度も会ったことがねえんだが」


 総司は嫌そうに顔をしかめた。


「初対面で斬らなきゃいけねえのか、もしかして」

「可能性の話だがな。オーランドの討伐が必須であることは疑いの余地もないと考えているが、事はそれだけで終わらないのかもしれん。必要なのは、そう言うこともあり得るという気構えだ」

「なるようにしかならねえだろうが……気が重い話だ」


 二人は遂に、ラーゼアディウムの中枢に辿り着く。


 巨大な扉は二人のゆく手を阻むことはなく、一人でに上下左右の壁に、床に、天井に吸い込まれていき、二人を招き入れた。それはオーランド・アリンティアスと、王女ルテアの余裕の表れだろうか。


 総司とリシアは互いに顔を見合わせ、頷き合って、中枢に飛び込んだ。





「ソウシ! リシア!」

「おー、ベル! 久しぶりだなお前も。元気そうじゃねえか」

「無事だったか……見た目には傷もない……良かった」

「目ぇついてる? どこが元気そう? どこが無事? 全然囚われのお姫サマなんですけど?」


 二人の姿を見て、ベルが叫んだ。大きなけがもなく無事でいるベルを見て、二人の顔がわずかに綻んだが、手足を縛られて不自由な状態のベルは、二人の反応に大変不満げだった。


「これはこれは……」


 王女ルテアは、姿を現した総司とリシアの姿を見て、薄く笑みを浮かべ、わずかに目を見開いた。


 総司にとっては初対面であり、リシアも、ティタニエラから戻ってきた後に初めて顔を合わせたという認識なのだが、王女ルテアの側は違う。


 総司とリシアが初めてカイオディウムを訪れ、ベルの目論見によってティタニエラまで飛ばされてしまうまでのわずかな期間で、王女ルテアには二人を観察する機会があった。二人が王家の屋敷を訪れていた時だ。ペットであり、感覚を共有できるリンクルを通じて、王女ルテアは総司とリシアを見定めていた。


 リシアのことは、ティタニエラから戻ってきた後にも見ているものの、その時はリシアが臨戦態勢というわけではなく、気迫の違いを感じることもなかった。


 しかし、今目の前にした、戦いを覚悟した二人は、ルテアの知る二人とは違う。


 顔つきや雰囲気の違い、と言った不明瞭な部分でも違いがあるようには感じられるが、もっとわかりやすく変化がある。


 明らかにあの時よりも強くなっている。二人ともが、比較にならないほどの力をつけ、舞い戻ってきた。


 リスティリアに四体存在する神獣の一角、天空の覇者ジャンジットテリオスの試練を突破する際に、総司もリシアも壁を一つ越えている。その変化は、ティタニエラでの二人の経験を全て知る由もないルテアにとっては、感動すら覚えるものだった。


「驚きました……ここまで見違えるものですか」

「……王女ルテアってのは、あなたで間違いないな」


 初めで出会う総司が、わかりきったことではあるが念のために声をかけた。


 ルテアは行儀よく、高貴な出自らしいお辞儀をして、丁寧に挨拶した。


「お初にお目にかかります、“女神の騎士”様。ルテア・カイオディウムでございます。ご機嫌麗しゅう」

「白々しいこった。引くつもりはないんだな」


 総司の眼光にひるみもせず、ルテアは笑みを深めた。


「ここに至ってまさかそのような。もしや、敵として私を斬らねばならぬことを、憂いていらっしゃいますか?」


 総司の眉間にしわが寄って、明らかに憤激の感情が漏れた。それを察知したリシアが、総司にも見えるように一歩前に進み出た。


「仰る通り、王族を敵に回すのは、歓迎したい状況ではありません」

「レブレーベントでは王女と敵対したと聞くが?」


 オーランドが皮肉っぽく口を挟む。見え透いた挑発に乗らず、リシアは冷静に返した。


「“敵”として戦ったわけではない。確かに決闘に近いものではあったが、此度の対峙と一緒にするな」

「これは失敬」

「ま、リシアの言う通りだ。ここで大人しく投降してくれれば、フロルも命まで取るようなことはないだろ。ああ見えて情が深いしな」

「ええ、それは騎士様よりもよく存じ上げておりますわ」


 王女ルテアはクスクスと笑い、総司の言葉を軽やかに受け流す。


 説得が無意味なことは誰の目にも明らかだ。


「ご安心ください、私の手駒は既にオーランドのみ……オーランドが敗れれば、大人しく白旗を掲げましょう。騎士様がそれで満足されるかはさておき、斬られねば止まらないほどには、足掻きはしませんわ」


 王女ルテアにはすさまじい自信がある。オーランドの力をそれだけ信頼しているのか、はたまた別の思惑があるのか――――総司とリシアの成長と、彼らが有する力の強大さを認めているにもかかわらず、王女ルテアに焦りの色は微塵もない。こうなることが当然で、この状況を乗り越えることすら当然なのだと確信しているかのようだ。


 不自然なほどの自信は、ある意味では王の血筋に相応しい貫録を感じさせる。


「さて、そろそろお下がりください、ルテア様」


 すっと、オーランドが前に進み出た。総司よりも一歩前にいるリシアが、剣を構え直して、オーランドに立ちはだかるように更に進み出る。


「オイ」


 総司が警告するように声を上げた。


「わかっている。逸りはせんよ」


 リシアの声色は冷静そのもの。血のつながった祖父へ剣を向ける今になっても冷静極まりないのは、リシアがそれだけ「努めて冷静に」あろうとしていることの証でもある。


「ソウシ、まずあたしの拘束を解いて!」


 戦いが始まりそうな気配を察して、ベルが叫んだ。


「役に立てるよ!」


 ベルの至極もっともに聞こえる主張を聞いて、総司はにやりと笑った。


「いーやダメだ、お前にはしばらくそのままでいてもらう」

「えぇぇなんでぇ!?」

「うるせえバカ、今までの行いを思い返してみろ!」


 驚きに目を丸くするベルに対して、総司はがーっとうなった。


「どんだけ勝手な真似するかわかったもんじゃねえ! こっちが終わって、俺が見張れる状況になるまでお前はそこで座ってろ!」


 総司の主張もまた、至極もっともである。結局のところ、ベルは総司にもリシアにも本音を明かさないまま、独断に次ぐ独断を重ねて、悲愴に満ちた自分の宿願を達成しようと命を賭け続けた。結果として無様に囚われてしまったわけだが、ベルの強迫観念にも似た目的意識は今なお薄れているとは言い難い。何故なら彼女の目的という観点で言えば、何も達成できていない状況だからだ。余計な行動をされて総司の注意が散るぐらいなら、ベルはしばらく縛られていてくれた方が都合がいいともいえる。


「うぐっ……けど、そんなこと言ってる場合じゃ――――」

「“ジゼリア――――”」


 リシアが気づくのは早かった。だが、早かったのはその反応だけで、足が動かなかった。


 一瞬の拘束、わずかな出遅れ。オーランドにとって、それだけで十分。


「“ランズ・ゼファルス”」


 魔力を帯び、不規則に折れ曲がりながら総司に向かって突進する、無数の光の槍。総司の体が無数の槍の軍勢にさらわれて、彼方へと飛ばされる。


 一瞬の拘束から脱したリシアがオーランドに肉薄した。しかしその刃も届かない。


 人差し指をレヴァンクロスの刃へ引っ掛けるようにして、ぴたりと押しとどめ、オーランドは笑った。


「悠長が過ぎる」


 その笑みは、余裕に溢れた不敵さも、ヒトをあざけるような皮肉っぽさも感じさせなかった。


 ただひたすらに凄惨で、見ようによっては笑顔と言うより怒りの表情に近い。“敵”を前にした若造たちの無警戒さに怒っている、猛者の顔つきだった。


「貴様ッ……!」


 リシアも抜けていた。いや、警戒は十分だったはずだが、何かにつけて芝居がかり、どこかこの状況を楽しんでいるオーランドのこと。余裕綽綽と言ったオーランドの立ち居振る舞いが、ここまであからさまに、急激に戦闘へのスイッチを切り替えて、しかも先制するとまでは思わせていなかった。それすら計算に入れていたのかもしれない。


「ふんぬっ!」


 無数の光の槍を切り払い、総司がリバース・オーダーを引き絞るように後ろへ振りかぶった。


「テメェせめて――――」


 蒼銀の魔力が収束する。ベルはその姿を見て冷や汗をかいた。


 その構え、その魔力の収束を覚えている。ティタニエラの“次元の聖域”で、ミスティルが使役する精霊の現身をほとんど両断して見せた――――ジャンジットテリオスの試練の中で会得した、規格外の「斬撃」。


「挨拶ぐらいさせろォ!!」

「ちょちょちょ――――ぎゃぁぁぁ!!」


 ズドン、とド派手な一撃。天井の高い正方形の部屋の一辺が、莫大な魔力を伴い発生する巨大な斬撃に叩きつけられる。世界を切り裂くような強大な斬撃、その威力はオーランドをしてわずかに驚くほどのものだ。


「ほう……」


 リシアを引き剥がし、総司の斬撃を軽やかにかわしたものの、オーランドの表情に油断はなかった。びりびりと、老いた顔に刻まれたしわの一本一本に歴戦の気迫が滲み出ている。


「バッカじゃないの! あたし手足縛られてるんだっての! 魔法も使えないの! とっさにはかわせないって!」

「当てねえようにしてるさ、極力」

「極力じゃダメに決まってんでしょ!?」


 オーランドがふっと胸の前に手を構え、指で何かをつかむような動作をした。


 ぶぅん、と、掴むようにした指先に不可思議な文字が浮かび上がると同時、総司の足元から光の槍が飛び出したかと思うと、それは鳥かごのような牢獄を形成する。


「“シェゼノ・ゼファルス”」


 牢獄が光る。ぎゅっと圧縮されるようにして、魔力の光が爆発を伴う。


 総司は蒼銀の魔力を全身からゴウッと拡散させて、爆発もろともオーランドの魔法を払った。


 リシアがトン、と床を蹴って、オーランドに再び肉薄する。二人の視線が交錯し、瞬間的な駆け引きが行われ、オーランドは見事にリシアの太刀筋を見切った。


 またしても指先一つでリシアの剣を受け止め、軽々といなし、リシアの態勢を崩させる。


「“ランズ・ゼファルス”!」


 次の“ゼファルス”は、リシアによるもの。崩れた態勢の隙を取らせないように、リシアお得意の――――そしてどうやらオーランドにとっても得意とする、光の槍の魔法をぶつける。


 オーランドがカッと目を見開き、魔力を拡散させた。


 それだけで、ゼファルスの槍が折れ曲がり、オーランドを逸れる。リシアはすぐさまオーランドから距離を取った。


「くっ……!」

「悠長の次は、浅慮。失望させてくれるではないか、“我が孫”よ」


 オーランドは、笑いながら切り捨てるように言った。


「“ジラルディウス”の翼は奪ったが、能力の向上まではとどめ切れていないはず……の、割には拍子抜けだな」

「何だと……!」

「……まさかと思うが、リシア……」


 オーランドがリシアに向かって、まっすぐに指を向けた。


「この期に及んで躊躇っているのではあるまいな?」


 収束する光。膨張する魔力。


 オーランドがいかに強大な魔法使いであっても、あまりにも強烈過ぎるその魔力は、彼だけの力というわけではない。


 “場所”の力、ラーゼアディウムの中枢が実現させる、ヒトの身を超えた女神の魔力との融合。


「“レヴァジーア・ゼファルス”」


 中枢の強大な魔力を伴い発動される攻撃魔法が、正方形の部屋を強烈な光で埋め尽くした。


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