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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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贖いしカイオディウム 第六話① 消された名前

「“使いこなす”ことと、“価値を理解する”ことは明確に違う。フロル枢機卿は前者だ」

「大聖堂の権能のことですか」


 ラーゼアディウムの中枢にて。


 オーランドはおもむろに語り出し、退屈そうにしていたルテアがすぐに、彼の語りに乗った。ベルは縛られた状態であぐらに近い姿勢を取って、胡乱な目で二人を見ていた。


「権能と言うよりは、大聖堂デミエル・ダリアそのものです」


 ラーゼアディウムの中枢では、いくつもの柱が赤く光り、危険な気配を醸し出している。オーランドはラーゼアディウムの機能を何かしらの形で使っているようだが、しかし、ライゼスの援護に、というわけではない。


「枢機卿の地位を手にした者は、大聖堂の権能を確かに掌握するが、しかし全てを把握できているとは言い難い。そしてフロル枢機卿に限らず、ウェルゼミットの家系に生まれた者は代々、さほど魔法に秀でているわけではなかった」

「ええ、カイオディウムは王家も含めて、名だたる魔法の使い手を久しく輩出していない国です。ベルちゃんもスティンゴルドの系譜……ひいてはロアダークに連なる生まれとなると、それ以外は全く以て、魔法資産と言う点では小国じみた国」

「それ故に辿り着くことが出来ませんでした。大聖堂デミエル・ダリアは、千年間ウェルゼミット家のものではあったが……その建造には間違いなく、修道女エルテミナの意思が介在した。エルテミナは、ルテア様の仰った“スティンゴルド”の系譜、つまりは、非常に優秀な魔法の血筋だった」


 オーランドがベルを見る。ベルはふいっと視線を逸らした。


「大聖堂には、枢機卿の知らない“部屋”がいくつもあり、そこには千年前から受け継がれた、今や失われた魔法の記録が、その理論が、視覚や聴覚に頼らない方法で伝わるよう残されていた。つまり私は、その扉を開いたのです」

「あなたが失われた伝承魔法を再現できた理由の一端と言うことですか」

「はい。そして残されていたのは魔法の記録だけではなく……歴史も。現代に伝わることのなかった千年前の歴史や、エルテミナが辿り着いた理論、真実が、そこには確かに残っている」


 わずかな、しかし強烈な魔力の気配が、ラーゼアディウムの中枢にまで届いた。ぴくり、とその魔力に反応したのはベルだった。


 ベルが知っている魔力。あまりにも圧倒的な気配を感じさせる、それでいておよそヒトが醸し出すとは考えられない、透き通るような美しさを持つ神秘の力。


 間違いなく、ミスティルが戦闘態勢に入った証だ。


「……ですが、あなたが求めていたものは、そこにはなかった」


 全てを見透かす王女の慧眼。


 ルテアはオーランドの語りを興味深げに聞いて、よく吟味し、思考を巡らせ、いともたやすくその結論に辿り着いた。オーランドの口元に、不敵な笑みが浮かんだ。


「流石ですな。全てお見通しですか」

「あなたが求めたエルテミナの秘術の知識は、流石に記さなかったようですね。いえ、記す必要がなかっただけでしょうか……エルテミナは千年、その魔法を使い続けているのですから」


 修道女エルテミナだけが達成したことのある、リスティリアにおいて最大ともいえる禁術。


 全盛期かつ万全な状態であれば、彼女は「転生」を可能としていた。


 それは意志ある生命の夢の一つであると共に――――まともな精神性の持ち主であれば、夢見つつも恐怖を抱き、決して目指さないもの。


 滅びることのない永劫。大聖堂デミエル・ダリアの護りと併せて、もしもエルテミナが完全に力を取り戻し、継承者の人格をも彼女の色に染め上げることが出来たとするならば。


 彼女は「不死」の体現者となる。女神教を隠れ蓑に創り上げたゆりかご、カイオディウムという巨大な箱舟の中で生き続ける存在。


 だが、彼女がそれで飽き足りることはないだろう。彼女の目的はその先、復活の果てに目指す「神」への昇華。


 そしてオーランドはその秘術に別の可能性を見ている。


「修道女エルテミナの魔法は、転生を達成するという事象にのみ注目すべきではないのです」

「……興味深いことを仰いますね。あなたは何を見ているのでしょう」

「“魂”ですよ」

「魂ですか。これはまた……」

「ええ、何を抽象的なことをと、落胆させたのかもしれませんが、しかし、最も注目すべきはそこにあるのです」


 オーランドは笑みを浮かべたまま、語り続ける。


「エルテミナは自身の魂を、命の欠片を他者に植え付け、自らの意思を落とし込む……つまり彼女は魂、命という、意志ある生命が確かに持ちつつも決して目に見えず、明確に知覚することも叶わぬそれを、魔法によって操作している。それはつまり裏を返せば、命とは魔法によって干渉が可能な、『確かに在る』ものだという証左。エルテミナはそれを“掴む”術を知っているということです」

「あなたにしては、随分とわかりやすい話し方ですこと」


 ルテアはくすりと笑って、またオーランドを見透かし、読み切った。ルテアにしてみれば、オーランドの語りはあまりにもヒントが多かったようだ。


「転生のその先を見ているのですね。しかし、そうなると詫びねばなりません。修道女エルテミナはあなたが見ているもの、得ようとしているものにまでは興味を持たなかった。つまり――――」

「そう、私はエルテミナの理論を知り、更に上へと押し上げねばならない。ええ、わかっていますとも。それは私が勝手にやることであり、全てを与えられようなどと甘えるつもりもない」


 オーランドは芝居がかった仕草で恭しく、ルテアに向かって頭を下げた。


「私が求める報酬は、あなたが知り得た知識だけで結構ですよ、当初の約束通り。私にはそれだけで十分だ――――期待しておりますよ……エルテミナの継承者よ」


 王女ルテアの口元に浮かんだのは、十代前半の少女のものとは思えない、妖艶で謎めいた笑みだった。


 ベルの目がすうっと細く鋭く、王女ルテアを、その目に宿る危険な輝きを睨みつける。


 オーランド・アリンティアスという、カイオディウムにおいては厄介極まりない存在を王女ルテアが引き込めたのは、“これ”があったからだ。


 修道女エルテミナの意思と魂を継承する、フロルの次の継承者として。


 彼女が持つ千年前の天才魔女の知識と引き換えに、オーランドを自らの手駒として抱き込んだ。フロルがエルテミナの意思と魂を継承している限り、危険極まりない思想と、本気になれば止めようのない実力を持つオーランドが、その知識を得られる機会はまずなかった。王女ルテアにとってもオーランドにとっても、今という機会はまさに千載一遇。互いが互いの目的のために利用し合う関係。それは力で劣るルテアが、その類まれなる慧眼によって対等性を見出せる唯一の道でもあり、オーランドにとっても最も確実な手段だ。ウェルゼミットの系譜が継承者である限りは、オーランドには絶対にチャンスが回ってこないのだから、オーランドとしても、彼自身が秘術の知識に執着する限り選択肢はない。


「しかしルテア様、大聖堂の探索は、私の目的からすれば時間の無駄に等しいとはいえ……面白さという点ではなかなかのものでしてね」

「お聞かせいただけるのですか?」

「退屈しのぎにはちょうどいい話です。それに、継承者たるあなたにとっては無視できない情報でもあるでしょう」

「千年前の歴史ですか」

「ええ。大聖堂に残された記録を信じるとすると……千年前、ロアダークとエルテミナが最も警戒していたのは、ゼルレイン・シルヴェリアではなかった。いえ、正確には、ある時期から警戒の対象が変わったのです」

「……カイオディウムの名だたる使い手を殺し尽くしたという、ゼルレイン陣営の猛者……」

「と、思われます。私も同意見なのですが……しかし面白いのはここからでしてね」


 少しもったいつけながら、オーランドが言った。


「“消されている”のですよ、その名前の部分が。その者の正体に繋がるあらゆる情報が、エルテミナが残した記録から抹消されているのです」

「……それは……」


 流石のルテアも、オーランドの言わんとする核心の部分を読み切れなかった。


「不自然、ですね。大聖堂内部の隠された場所に入り込み、そのようなことが出来るのかどうか、という点もそうですが……だとすればこれまでの歴史における女神教の関係者であろうと推測されるものの……そもそも動機が不明です。何故、消す必要があったのか」

「そう、知られて困るはずがないのですよ。確かに“カイオディウム事変”はあった。ですが所詮は千年前の事件であり、半ば伝説の類になりかけている。そしてゼルレインの名は、そこまで民草の間に広く伝わっているわけでもない……ゼルレインではない英雄がいたところで、今の世界に何ら影響もないはずです」

「……知られて困る相手がいた」

「それは誰でしょう」

「単純に考えれば、その“場所”の条件からして歴代の枢機卿か、女神教の関係者でしょうが、あなたの言う通り、知られたところでさしたる影響があるとは思えない……あぁ、なるほど」

 言葉にしながら思考を深めたルテアが、オーランドの予想に辿り着いた。

「“女神の騎士”」

「やはり同意見です。では、何故彼に知られては困るのか」

「……まさか――――」

「おや……残念ながら時間が来たようです」


 ルテアが何かを口にしようとした時、オーランドが至極残念そうに首を振った。


「こういった話は私も好きでしてね……ルテア様のような知見のある方と話すのは特に。もう少し楽しみたかったところですが、どうやらそうもいかぬようで」


 ラーゼアディウムの中枢に至る道も、扉も、全て開かれていた。オーランドの白々しい口調は、良いところで話を切るのが最初から決まっていたかのようだった。


「随分仲が良いみたいだな、お二人さん。混ぜてもらってもいいか」

「今日はお茶をいただけそうにはありませんね、ルテア様。残念です」


 ライゼスの相手をミスティルに任せ、一目散に中枢を目指して走り抜けてきた総司とリシアが、二人とも剣を構えて、オーランドの前に現れた。


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