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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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贖いしカイオディウム 第五話④ 惚れ込んでしまった私が悪い

 無数の柱が規則性もなく乱立する巨大な通路は、ともすれば遠近感を失いそうなほど煩雑としていて、およそ「通路」としての機能を果たそうとしているようには思えなかった。


 強烈な魔法の妨害を受け、リシアが操る光機の天翼はその力を大きく削ぎ落とされた。同じ伝承魔法ゼファルスの継承者であり、リシアよりも熟達した使い手であるオーランドは、当然その力と脅威を認識している。総司の力がどれほどのものか、その詳細までは知らない以上、リシアの力を削ぎにかかるというのは、オーランドが打てる最も効果的な妨害と言っていい。


 光機の天翼“ジラルディウス・ゼファルス”の効果は二つ。


 リシアに飛行能力を与えることと、リシア自身のあらゆる能力を格段に上昇させることだ。オーランドの魔法的な妨害によって飛行能力は大きく削がれたが、リシア自身の能力の上昇を完全には無力化できていなかった。おかげで、墜落した後でも、リシアは冷静さを失わずに済んでいた。


「――――子供だましだ」


 次なる妨害は、古代の神官を模した中身のない傀儡の大群による武力行使だった。ルディラントでかすかに見た、ルディラントの終わりの日。カイオディウムから攻めてきたと思しき軍勢が同じ格好をしていたのを、総司もリシアもよく覚えていた。


 傀儡の軍勢の戦闘力はそれなりのもので、防衛機能としては意味がないわけではないのだが、今の総司とリシア、そしてミスティルにしてみれば、足止め程度の効力も発揮しない。瞬く間に大量の傀儡を全滅させて、総司は下らなさそうに吐き捨てた。


「止めるつもりの仕掛けじゃねえな」

「流石にそこまで見くびってはいまい」


 胴体を串刺しにして機能を停止させた傀儡を、剣をブンと振るって彼方へ飛ばしながら、リシアが言った。


「力量を測っているのか、それとも油断を誘う撒き餌か……」

「なに、あいさつ代わりだ。気に入らなかったようだが」


 男の声が響き、総司の目がぎらりと敵意を宿した。


 柱の影から、体格のいい男が堂々と姿を現した。


 総司も初めて見る姿だが、この場に現れる敵意のある男となれば、選択肢は二つしかない。


「ライゼスだったか」

「いかにも。初めましてだな、少年。会えて光栄だ」


 ライゼス・ウェルゼミット。ベルと並んで聖騎士団屈指の腕前を誇ると称される、カイオディウムきっての使い手。本当にその評価通り、伝承魔法“ネガゼノス”を使わない状態のベルと「並ぶ」程度であれば、三人を一度に相手取るとすると力不足だ。


 だが、ライゼスが牙を隠していたということは既に分かり切っている。ベルを誘拐し、そのうえでこの場にいるということは、彼はベルに勝利して尚、まだ戦い続ける余力があるのだ。


 失われたカイオディウムの伝承魔法を操る、実力未知数の敵。警戒を露わにする総司をまっすぐに指さして、ライゼスが笑顔で言った。


「君が一番強いな」

「そうでなきゃ務まらねえもんでな。それと俺の名前はソウシ・イチノセだ」

「失礼、イチノセ。珍しい名前だ」


 ライゼスは笑顔と余裕を崩さないまま、総司に向かって言った。


「是非とも君と手合わせ願いたい。足止めをしに来たわけでもないのだ。他の者は好きにすればよい……君との一騎打ちを望むが、どうだ」

「……ハッ、なるほど……どうやら女神教のお偉いさんらしいあんたがフロルを裏切る理由なんて、考えもしなかったが」


 笑顔を崩さず、総司をまっすぐに見つめて目を輝かせるライゼスを見つめ返して、総司が一人、納得した。


「戦闘狂か。随分と単純じゃねえか。それに聖職者らしくもねえ」


 ライゼス・ウェルゼミットが、同じくウェルゼミット家の一員であり、本来であれば全力で護るべき対象である「枢機卿」を簡単に裏切った理由は、その一点に尽きる。


 彼は生来、「戦い」に身を置かなければ生きていけない危険な人格の持ち主だ。オーランドをして、その血の気の多さに辟易するほどに、彼は闘争に取りつかれている。フロル枢機卿を頂点としたカイオディウムの支配構造は絶対的だが、ライゼスのような人格の持ち主にとっては退屈極まりない執政だ。


 ライゼスはオーランドの目的達成そのものではなく、その先を見ている。


「確かに。カイオディウムで能力がある者を取り立てるとなれば、それは女神教の聖職者、または聖騎士団員としてだ。致し方ないとはいえ……それではあまりにも、退屈だ」


 恐らくは、総司がこれまで相対してきた「敵」の中で、最も凡庸で、下らなくて――――それでいて最も厄介な理由で、ライゼスは総司の前に立ちはだかっている。


 つまり彼は、戦いたいだけなのだ。数多くの敵と、強い敵と、自分の戦闘力を余すことなく発揮できる相手と、命の奪い合いをしたいだけ。


 魂だけの「記憶の残滓」を斬り伏せることにすら葛藤し、今なお想う総司とは真逆の思想。


「王女ルテアの指揮のもと、カイオディウムは完全なるラーゼアディウムの力を以て、世界に再び戦火を巻き起こすことになる。これほど心躍る未来はそうそうない」

「見立てが甘いような気もするがな」


 それはレスディールが予想した「オーランドの最終目標」だったが、どうやら王女ルテアの思想のようだ。オーランドとの会話があった時点で予想は出来ていたが、だとすればますますオーランド自身の目的がどこにあるのかがわからない。


 千年保たれたリスティリアの平和――――繋がりが希薄であるが故に、各国の内部で起きている問題が誰にも気づかれないまま肥大化する危うさはあれど、「繋がらないが故の安寧」も間違いなくリスティリアにはある。王女ルテアの思想は、それに最悪な形で唾吐くことになる。


 それぞれが独立し、それぞれの世界を形成しているかの如きリスティリアの現状において、カイオディウムが何らかの理由で侵略を仕掛けたところで、他国が連携して共同戦線を張るのにはかなりの時間が掛かるだろう。それは千年前のカイオディウム事変における歴史的事実――――ルディラントが落とされるまで本気になれなかった、「ストーリア」であった頃の世界が証明している。遥か昔からリスティリアは「そう」だったが故に、ルディラントは滅んだのだ。世界全体の気質のようなものは、今なお変わっていないか、或いは千年前よりも「独立」の傾向が強くなっている。少なくともティタニエラは、一度は開いた門を強く閉ざしたまま千年の時を過ごした。


 しかしそれだけが理由だとすれば、勝算だとすれば、甘い。


 総司は知っている。ライゼスが語る未来は、所詮は夢物語。


 国同士が繋がらなければ、世界をまとめて相手取るような事態になる前に一国ずつ落とせる、とか。


 そんな甘い考えに拠って立っているのだとすれば、あまりにも浅慮だということを知っている。


「俺以外の二人が空を飛べるように、ラーゼアディウムに乗り込む手段はいくらでもある。この場所がどんなに凄まじい力を持っていようと、護るのが“お前如き”じゃあ隣国一つ落とせやしねえ」


 笑みを崩さないライゼスだったが、その気配がわずかにピリッと危うさを帯びた。


「一騎打ちっつったな。良いぜ、乗ってやる」


 リバース・オーダーを構えて、総司が挑戦的に、挑発的に告げた。


「俺一人サクッと殺せないようじゃ、レブレーベントの王女に勝つなんて夢のまた夢だ。わからせてやるよ――――アイツを相手に勝てるつもりでいるお前の考えが、どれほど愚かで無謀なのかってことをな」


 蒼銀の魔力が渦巻く。既に総司は臨戦態勢、ライゼスもようやく手強い相手と戦えるとあってやる気をみなぎらせ、殺意に目をぎらつかせている。


 だが、総司がライゼスと戦うことは許されなかった。


「私の話を聞いてましたかこのバカ」


 やる気十分の総司の頬に、ミスティルがべちんと平手打ちをかました。


「いたぁい!」


 ミスティルは本気で総司をひっぱたいたようで、虚を突かれた総司は大きくよろめいた。


「何すんだテメェオイ!」

「彼は私が。あなたも承諾したことです。もう忘れたんですか」


 ミスティルは涼しい顔でそう言って、一歩前に進み出た。


「さっさと行ってくださいな。私もすぐに追いつきますので」

「俺をご指名だ」

「あなたが秤にかけようとしているのは、敵の希望と味方の希望なわけですが。議論の余地がありますか?」


 ミスティルが至極まっとうな意見を述べる。


「……大丈夫なんだな?」

「自分の心配だけしていなさいと、そう言いました。それも忘れました?」


 ミスティルが面倒そうに言う。総司はしばらくミスティルとライゼスを交互に見て、それから魔力を引っ込めた。


「なら、任せる」

「待ちたまえ」


 ライゼスが鋭く口を挟む。


「エルフの少女よ、悪いが君に用はない。私が戦いたいのはイチノセ少年だ。勝手に決めないでもらいたい」

「ご心配なく。退屈はさせませんよ。よくご存じでしょう、あなたも」


 ミスティルは、スイッチが入った時の嗜虐的な笑みを浮かべて、意味深に言った。


「なに……?」

「“逃げ”を選ぶ程度には、私の強さを認めてくれているのでしょう?」


 わかりやすい挑発だった。だが、既に好戦的となったライゼスにはあまりにも効果的だった。


「……意味がわからないが」

「あなたが真に闘争だけを望むなら、大聖堂で私とベルさんに会った時、ベルさんだけを異空間へ連れ去る必要はなかった。それはそれは“楽しい”戦いがあの場でできたはずですからね」


 冷静に、しかし的確に、抉るように。悪魔のような三日月型の笑みを浮かべて、ミスティルはライゼスの図星をついていく。


「あの場で私からベルさんを引き離したのは、私には勝てないと直感したから」


 ライゼスの眉間にしわが寄って、彼の笑みが消えた。不吉な笑みの深まるミスティルとは対照的な表情だった。


「しかし恥じることはありません。あなたの直感は正しい。戦士として素晴らしい判断ですよ。勝てない相手と戦わないのは」


 シン、と静寂があたりを包む。わずかな沈黙の後、ライゼスが口を開いた。


「良い口上だ……乗せられてしまったよ、エルフの少女。ミスティルと言ったか。良いだろう。君を下し、少年を追いかけるとしよう」

「私に勝てたのならお好きにどうぞ。あり得ないでしょうけど」


 総司がミスティルを見た。ミスティルはもう総司には目もくれない。


 続いて総司がリシアを見た。リシアはわずかに葛藤していたが、やがて頷いた。


「先に行くぜミスティル、絶対に追いついて来いよ!」

「済まない、任せるが――――無茶だけはするな!」

「はいはい、わかってますよ」


 総司とリシアが駆け出して、ライゼスの横を通り過ぎていく。ミスティルと同じく、ライゼスももう、通り抜けていく二人に目もくれない。


「随分と仲良くなったものだ。ティタニエラのエルフはヒト嫌いだと聞いていたが」

「あの二人がお人よしに過ぎるだけです。ちょっと毒気を感じるぐらいにね」

「……さして戦う理由もないのにここまで入れ込んでいる君は、そうではないと?」

「ええ、まあ、自覚はあるんですけど。あの二人といれば誰だってあてられてしまいますよ。まさに毒というやつで」


 ミスティルの魔力が増大する。ライゼスは思わず目を見張って、再び臨戦態勢となった。


「でも仕方ありませんよね……あの二人に惚れ込んでしまった私が悪い」


 繋がりの希薄なリスティリアにおいても名を轟かせる天才・レブレーベント王女アレインにも引けを取らぬ、現世最強の魔女。女神にしか起こせないはずの奇跡を、下界の生命の身でありながら実現する者。


「というわけでさっさと死んでもらえますか。心配するなと言ってしない二人でもないので……引き返して来ないうちに、追いついてしまいたい」


 “次元の魔女”ミスティルが初めて、自分ではない誰かのために力を振るう。


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