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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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贖いしカイオディウム 第五話② 最終確認

 ラーゼアディウムの威容を真正面に捉え、空に浮かぶ大地がえぐり取られたように欠けた箇所へ、遂に大聖堂デミエル・ダリアが合流した。


 轟音と共に大地がぶつかり、大聖堂全体を強烈な振動が襲う。こらえきれず姿勢を崩したフロルの体を、リシアとミスティルがしっかりと支えた。


 総司はフロルを護るように、彼女の前に腕を組んで仁王立ちし、強烈な振動の最中でも身じろぎ一つせずに、眼前に捉えたラーゼアディウム、大聖堂が合流した位置と正反対の側にある、大地を削り出して創られた神殿とも城ともつかない建造物を睨みつけた。


 濃密な魔力は、ルディラントの“真実の聖域”、ティタニエラの”次元の聖域“と同じく破格のそれで、且つ遜色ない。大聖堂デミエル・ダリアの中枢もまた格別だったが、ラーゼアディウムが内包する魔力はそもそもの規模、有する面積が違う。


 しかもこの場所は、これまで訪れた“聖域”とは明確に違う点がある。隔絶され、かつてのままで安置され、ある意味では放置され続けてきたこれまでの聖域とは違い、ラーゼアディウムは今もまさに「運用」されている、「軍事力」としての側面を持っているのだ。女神の力をヒトが利用しようと手を加えているが故に、同系統ではあるものの、わずかに違いがある。同種の神秘をその体に内包する総司が、「これまでとは違う」と肌で感じる程度には質が違う。


 同系統だが同質ではない。ラーゼアディウム、ひいてはカイオディウムの歪さを象徴する差異と言える。


 きらりと、遠くの建造物から何かが煌めいて飛んでくるのが見えた。総司の目がぎらついて、一直線に飛んでくるそれをパシン、とつかみ取る。


 不可思議な金属の板だった。暗い灰色の金属板で、幾何学的な模様が刻み込まれている。魔法によって飛ばされてきたと思しきそれを注意深く観察してみたが、何かしらの攻撃能力を持っているようには思えなかった。手触りはよく磨き上げられた貴金属のように思える。総司が知っている種類の金属ではなさそうだ。


 ゴウン、と、重たい何かが動き出す音がした。総司がすぐさま警戒を露わに周囲をぱっと見渡す。

 ラーゼアディウムの周囲を旋回する、盾の形をした巨大な壁の一つがゆっくりと、大聖堂の方へ動き出した音だった。


「リシア」

「“ジラルディウス・ゼファルス”」


 総司の静かな声に、リシアが答えた。光機の天翼を背に構え、機械的な翼の亀裂へと魔力を走らせ、輝かせる。青銅色の縦長の盾と、女神の剣レヴァンクロスを構えて、臨戦態勢を取る。


「落ちてくるようなら、俺とお前で砕く」

「いつでも」

『そう殺気立つな。それは拡声器代わりでな、出来れば破壊しないでもらいたい』


 空に浮かぶ巨大な盾から、オーランド・アリンティアスの声が響いた。リシアの目が鋭く細く、遥か彼方の建造物を睨みつける。


「オーランド……!」

『少年、君が手にした金属板は、私がいる場所に君たちの声を届かせることが出来る。それを使って――――話し合いといこう』

「フロル」


 金属板を見つめつつ、総司がフロルに問いかけた。


「じいさんの役職ってなんだっけ? 偉いんだよな?」

「オーランドの? 役職と言うかまあ、呼び名としては大司教ですが」


 総司は金属板に顔を近づけて、オーランドに向けて言った。


「初めましてアリンティアス大司教。ソウシ・イチノセだ、あなたのお孫さんには世話になってる」

『初めまして、ソウシ。ようやく会えたな。君とはぜひ会ってみたかった。こちらからは君の姿が良く見えている……精悍な若者だ、我が孫の男を見る目は確かなようだな』


 我が孫、という言葉がカチンと来たか、リシアが何か言いかけたところで、フロルがさっと止めた。


「この国でいろいろと見聞きした結果、あなたに払う礼儀はないってのが俺の結論なんだが、間違っているなら今この場で教えてくれ。俺も態度を改めよう」

『ほう……面白いことを言う。仮にこの場で、君の認識は誤解だと言ったら君はどうするのかね?』

「当然言葉だけでは信じないが、ラーゼアディウムの制御をフロル枢機卿に返してもらえれば、俺達もこれ以上“余計な世話”は焼かない」

『なるほど』


 オーランドが少しだけ、笑い声を漏らしたのが聞こえた。


『では答えておこう。君が出した結論は恐らく間違っていない。こちらの要求はフロル・ウェルゼミット枢機卿の身柄の引き渡しと、大聖堂デミエル・ダリアの明け渡しである。抵抗しないのならば、枢機卿猊下以外の身の安全を保障しよう』

「……潔いこった。頭の回るあんたなら、堂々と敵対宣言しない選択肢もあっただろうによ」

『今更君らが信じるとも、油断するとも思えんのでね。それに決して宣戦布告というわけではない』


 オーランドの声には余裕がある。


 既に大聖堂デミエル・ダリアは、オーランドが支配するラーゼアディウムの領域に入っている。それはつまり、伝承魔法“ゼファルス”の射程圏内である。


 遥か天空から地上まで、十分な威力を伴って放つことのできる魔法を、ごく至近距離で撃てる。流石に大聖堂を消し去ることはオーランドにとってありがたくない未来だろうが、普通の相手であれば脅しとしては効果十分だ。


 無論、世に言う普通の領域にいない者が相手であることは、オーランドも承知だが。


 それでも余裕を崩さないのは、勝てる自信があるからだろう。


『こちらの要求は先に述べた通りであり、君の目的である“レヴァンフェルメス”については差し出す用意がある。リスティリアを救う君の旅路を妨げるのは本意ではない。手を引いてほしいものだが』

「何を言っているのか、いまいちよくわからねえな」


 総司はフン、と鼻を鳴らしてきっぱりと言った。


「あんたにそれを決める権限はない。国の秘宝を誰かに譲るなんて決定を下せるとすれば、その国の為政者だけのはずだ」

『……なるほど、道理だ』

「あんたがカイオディウムの最高権力者に敵対的だった場合、あんたを止めることで俺は報酬として“レヴァンフェルメス”をもらうってことで、既に取引は成立してる。他に何か差し出せるものがあるなら、一応秤には掛けるがどうする」

『ベル・スティンゴルドと枢機卿猊下の交換と言うのは?』

「ない。それと、ベルを人質に取るというなら、こっちの人質……っつか、モノ質? は大聖堂だ。俺とリシア、それにミスティルの力があれば、一番大事な中枢を破壊するだけの威力は出せる。ハッタリと思うか?」

『いいや、全く。聞き流してくれて結構だ。冗談だよ、スティンゴルドはこちらとしても重要な人材だ。手荒な真似はせんよ』


 総司の返答も、オーランドにとっては想定内なのだろう。形式的な問答。総司が引き下がるなどと微塵も思っていないし、恐らくはベルを材料に使うつもりもない。オーランドの言う『貴重な人材』の意味するところが、フロルが予想した通りの――――「エルテミナの継承者」そのヒトである故か、それとも別の継承者のための「保険」としての意味合いを意味するのか、その本当の意味までは定かではないが。


『互いの目的ははっきりしている。我々は君を排除し、枢機卿を捕らえて大聖堂を制圧する』

「こっちはあんたとライゼスってのを倒して、フロルとベルの安全を確保し、ラーゼアディウムを奪い返す。けど理にかなってねえな」

『と言うと?』

「別に答えなくても良いが、何故わざわざ大聖堂をここまで引き上げてから目的を達成しようとするのかがわからないな。別にベルが突入した時に一緒に付いていって、フロルを捕らえればそれでよかった話だ」


 オーランドの目的だけを思えば、このやり方はとても回りくどい。


 大聖堂デミエル・ダリアの掌握に必要な条件は、「現枢機卿を殺し大聖堂の認識を書き換えること」だ。大聖堂デミエル・ダリアが認める現在の枢機卿、フロルの排斥が叶えば、オーランドか、それとも王女ルテアなのかはわからないが、次なる枢機卿さえオーランド側の誰かを据えられれば、それだけで終わっていた。ミスティルがベルの望みを尊重し、大聖堂が与えるフロルの無敵性を突破した時点で、いかに他の権能があろうともフロル一人では勝てない戦いだったはずだ。だからこそフロルは諦めていたのだから。


『……あぁ、なるほど。そうか、君は……』


 オーランドはしばらく、総司が“何を言っているのか”理解できていなかったようだが、やがて一つの可能性に思い当たり、勝手に納得して息をついた。続けて放った彼の言葉と声色には、自嘲的な雰囲気がわずかに滲んでいた。


『答えなくてもいいとのことだが、まあそう難しい疑問ではないのでね。君は一つ思い違いをしているだけだ』

「思い違い?」

『私にとっての不確定要素はまさに君だったが、君の所在が今に至るまで掴めなかった……まあ、これぐらいにしておこう。自らの失態を高らかに謳うものでもない』


 オーランドの言葉の意味を掴みかねて、総司は首をひねったが、しかし、オーランドの言う通りそれは大した疑問ではない。


『さて、ともかく我々は互いに相容れぬというわけだ。ではどうする』

「決まってる」


 総司はリバース・オーダーを手に構え、遥か彼方の建造物、ラーゼアディウムの中枢を有する聖域の本拠地へとまっすぐに切っ先を向けた。


「こっちから行く。首洗って待ってろ」

『結構。直接会えるのを楽しみにしている』


 そこまで二人の会話が進んだところで、フロルがぱっと総司から金属板を奪った。


「オーランド、私です」

『これはこれは猊下、お元気そうですな』

「ええ、健勝です。もう少しだけ聞きたいことがあります」

『何なりと』


 皮肉っぽく、芝居じみた声色だった。フロルは今更気に留めることもなく切り出した。


「あなたの目的はどこにあるのですか? 私を捕らえ、大聖堂の力を手に入れて、その先は? 制約のなくなったラーゼアディウムで、何をするつもりですか?」

『その点については私ではなく、むしろルテア様の領分ですな』

「……ルテア様の……?」

『そしてルテア様の思想に賛同しているのは――――まあ私も反対と言うわけではありませんが、むしろライゼスの方だ。あなたもご存じの通りの男ですのでね』

「世界に喧嘩でも売るつもりですか」

『大体そのような話のようで』

「国内の反乱のみに留まらないというなら尚のこと、許すわけにはいきませんね。あなたにもライゼスにも、そして残念至極ですが王家にも。相応の報いを受けていただきます」

『怖いことを仰る。好きに裁いてくださって結構。さて、申し訳ありませんがそろそろ時間です。血の気の多いのが、あなた方が来るのを待ちわびていることだし……私はそろそろ引っ込むとしよう』


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