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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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贖いしカイオディウム 第三話③ レスディール・スティンゴルド

 総司に油断はなかったが、集中力が全く別のところに割かれていたのは確かだ。


 しかしそれを差し引いても、いくらなんでも見逃すはずがない。総司は女性の手を取ることなくすぐさま立ち上がると、弾かれたように跳んで距離を取った。リバース・オーダーの柄に手を掛けて、天女のような羽衣を纏う美女を睨みつける。


 見抜いたのはジャンジットテリオスだっただろうか。


 千年前に実在したヒトの血を色濃く受け継ぐベル。しかし考えてみれば、ベルは確かにロアダークの子孫らしいが、しかしベルは「スティンゴルド」の系譜である。エルテミナに連なる系譜であると同時に、誰よりもその「子」の思想・信条を継承する血族だ。


 まさか千年の時を超えて先祖と似ているかどうかを確かめられるとは思わなかったが、総司の目には少なくともよく似て見えている。


「エルテミナじゃないと願いたいな」

「当たり。レスディール・スティンゴルド。忌まわしき反逆者夫婦の『子』だよ。よろしく」


 レスディールと名乗る『子』の姿は、当然総司は知る由もないが、“意思を愛でる獣”アニムソルステリオスが好んで真似るもの。


 千年前、世界に喧嘩を売り混乱をまき散らした両親の野望を否定し、カイオディウムの真の歴史を子々孫々へ受け継いできた抵抗勢力の原初の一。反旗を翻す者としてのスティンゴルド家の祖先だ。


「ま、晩年よりは若い姿なんだけどほら、そこはご愛敬ってことで。それに正解だったわけじゃん? キミが気づいたからさ」


 レスディールはいたずらっぽくニヤリと笑う。その笑顔もまた、面影がある。天真爛漫の仮面を被ったあの少女と重なる。


「しかしキミも頑張るよね。最初の数回で気づいたでしょ。この階段をいくら駆け上ったところで無駄だってことぐらい」

「そう思うんならもうちょっと早く声を掛けてくれても良かったんじゃないのか?」

「ごめんごめん。だって声かけたって別に、何が出来るってわけでもないからさぁ」


 一切の敵意を感じない。しかし、総司は剣から手を離さなかった。


 千年前の人物が、総司にも意味不明なこの空間にいること自体は、驚いても仕方がない。彼女自身が『若い頃の姿』と口にしたように、目の前にいるのはレスディール・スティンゴルド本人ではないのだろう。


 彼女にとっての母エルテミナと同じように、レスディールもまた思念、意思。或いは記憶のようなもの。とりあえずはそう理解しておくしかない。


 だとすれば、名を騙ることも簡単だ。姿かたちを自在に変えられるのなら、そしてその姿から総司が「ベルの先祖」であると連想することを読んでいるなら、「かつてのレスディール」を模倣する意味はある。


「へえ……直情的ってのは取り消さないとね」


 そんな総司の警戒を見極めて、レスディールは笑顔のままで彼を褒めた。


「意外と冷静じゃん。でもキミ本来の気質じゃない感じ。身近な誰かから学んだかな」


 レスディールはステンドグラスの上に足をつけ、てくてくと無造作に歩きながら、悠々と言葉を紡ぐ。


「けど信じてもらわないと話が進まないから、とりあえずは信じてくれる?」


 あっけらかんとした物言いだ。口調こそわずかに違う、ベルよりも余裕を感じさせるものだが、本質は実によく似ている。性格的な部分まで千年も前の世代の特徴を受け継ぐとは、スティンゴルドの遺伝の強さは大したものだと感心せずにはいられない。


 レスディールの思念の残滓であるにせよ、それを騙る何者かであるにせよ、少なくともレスディールのことをよく知っているのだろう。でなければ、ベルに似ていないようでやはり似ているこの絶妙な雰囲気はとても醸し出せない。


「……わかった」


 距離を取ったままで、総司は頷いた。


 確かにベルと似ているのだが、しかし、本音を吐露した後のフロルのような、総司が無条件に親しみを抱けるような気配はない。レスディールとベルの大きな違いは、レスディールはベルから「人懐っこさ」を差し引いているところだ。


 敵意は感じないが、危うさを感じる。リスティリア史上最大の反逆者にして実の親を相手取り、修羅場をくぐったからこその気配だろうか。


「キミの事情は大方把握してるよ。あたしは大聖堂の一部として取り込まれてるからね。フロルとキミの会話もバッチリ聞いてたし」

「だったら尚更もっと早く出て来い」


 総司が嫌な顔をしながら強めに言う。当然、それを気に留めるレスディールではない。


「言ったでしょ、どうせどうにもならないんだもん。しかも随分と頑張るものだから、いつまで続くのか見てみたくなっちゃってさ」


 レスディールが足元を見る。ベルとフロルが描かれたステンドグラス。カイオディウムに長年君臨し続けてきた権威の象徴であるこの大聖堂に、初めからあったわけもない。総司の目の前に広がる光景は、まさしく今現在のカイオディウムを反映している。


 総司は思い当たる。思い当たった途端、総司の眼差しは怒りを帯び、レスディールを睨みつけた。


「俺が出て行って、ベルとフロルが和解しようものなら」


 再び、剣の柄へと手が伸び掛けた。


「スティンゴルドの――――“お前の悲願”が達成されないから、出てこなかったのか?」


 レスディールから始まるスティンゴルドの血の呪縛。エルテミナの意思と魂を受け継ぐウェルゼミットへの反逆。フロルの死が定められた運命であるかのように急速に差し迫る、今のカイオディウムの状況は、まさしく絶好だ。


「おぉっ、随分と悪者にされちゃった」


 レスディールはなおも余裕を崩さない。


 この場で総司が斬りかかったところで、恐らくなんのダメージもないのだろうから、当然と言えば当然の余裕だ。


「いやまあ千年も経っちゃってるしね、どっかでねじ曲がっちゃったんだろうけど、あたしの悲願ってのは的外れだよ。あたしはあくまでも母の敵なの。ウェルゼミットの敵じゃない」

「……じゃあ、本当に知らないのか、ここから出る方法」

「知らないっていうか、どうにもならない、だね。さっき言った通り。ここから出るにはフロルの許可が必要なんだよ。枢機卿の許可が」

「なら何も変わらねえな……」


 総司は疲れたようにどさっと腰を下ろして、深く息を吐いた。レスディールはふわふわと総司の近くに寄った。総司はもう、彼女から距離を取ろうとはしていなかった。


「こうしてる間にも、外じゃあ今にも“事”が起きようとしてるってのに……何やってんだ俺は……!」

「ありていに言ってド級の役立たずだね!」

「うるせえ!」


 きわめていい笑顔でレスディールに核心を突かれ、総司は憤慨した。まるでベルに言われているかのようで余計に腹が立った。


「けどまあキミの責任ってわけじゃないでしょーよ。フロルが悪い。意固地なもんだ、救いようがないね」


 レスディールは笑いながら空中に寝っ転がって、総司の周りを漂い始めた。


「差し伸べられた手を掴むってことを知らないのさ。今まで一人で戦ってきたからね」


 スティンゴルドの末裔が、血の呪縛に囚われているように。


 フロルもまた、孤独な戦いの中にいた。オーランドやライゼスが容易く裏切っている現状を踏まえれば、彼女の周りは常に敵だらけだったことは一目瞭然だ。


 権力者の家系に生まれた者としての、ある意味では当然であるような、傲慢な人格形成が為されていたなら、フロル本人にとってはまだ救いがあったのかもしれない。だがフロルはベルと出会い、親睦を深めてしまった。幼き日の、美しい思い出の中のワンシーンが、フロルに傲慢なる権力者としての人生を許さなかった。


 諦めるつもりはないが、他に出来ることもない。総司は仕方なく、レスディールに聞いた。


「スティンゴルドの家系ってのは、思念をこの世界に留め置く伝承魔法でも持ってるのか」

「いやいや、アレは母にしか使えない独自の外法だよ。あたしはあくまでも『大聖堂』に刻まれた痕跡みたいなもので……母のような、ほとんど生きているのと同じ状態とは程遠い」

「……ほとんど生きている……そうだよな。考えてみれば、それは『不死』に近い」

「だから外法ってわけ。っていうか実際、母の全盛期時点の力としては本物の不死、というか『転生』を達成する魔法だったよ」


 ティタニエラの大老クローディアのように、特別に長寿な生物はいる。それに四体の神獣も、寿命という概念を恐らく持たない存在だ。死の概念までも切り離されているかどうかは定かではないが、千年以上を生きていることは確かだろう。


 死者を蘇らせる魔法はない。一度失われた命を下界に戻す術は存在しないが。


 今在る生命を、その期限を無限に等しい時間にまで伸ばす手段ならば、或いは。エルテミナはその命題に対する一つの答えに辿り着きかけていたのだろう。


 しかし頓挫した。


 ロアダークによって殺された彼女は、すんでのところで自らの魂の欠片をこの世界に繋ぎとめたものの、それは万全な効力を発揮しなかった。


 エルテミナは継承者の人格までも封じ込め、その体を乗っ取ることが出来ていない。共存が精一杯の現状は、エルテミナが真に望んだ魔法の結果とはかけ離れている。


 だが、最初は魂の欠片、意思の残滓に過ぎなかったエルテミナも、千年の時を経てその力を大きく取り戻した。一度は継承者となったフロルがそう言っていた。総司は、これまで見聞きした事実を繋ぎ合わせながら、レスディールの言葉もかみ砕いてもう一度考えた。


 女神の器を乗っ取るという身の程を弁えない悪魔じみた所業の達成が可能かもしれないレベルにまで、エルテミナの力が戻っているのだとすれば。


 それを許容せずエルテミナの打倒を画策し、決別することとなったフロルの排斥。その準備が整った今、エルテミナはいよいよ千年越しの計画の最終段階に入ることに――――


「……そうか」


 ようやく理解して、答え合わせのためにレスディールに言う。


「今、エルテミナは……!」

「フロル枢機卿に反旗を翻す陣営の誰かと共に在る。そうでなければ矛盾する。フロルを殺すことでこの大聖堂を、聖域の中枢を掌握できる立場にある陣営でなければおかしいからね」


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