表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
171/359

贖いしカイオディウム 第三話② 悲愴の覚悟と無限ループな救世主

 歳の離れた姉妹のよう。


 ベルとフロルの関係性は国王トルテウスがそう形容したように、仲睦まじく、厳格なる大聖堂の中にあって周囲の者に癒しを与えるものだった。


 伝承魔法“ネガゼノス”を嫌悪し、封印してなおも聖騎士団最強格を誇るベルと、信徒から絶大な人気を誇る敬虔なる女神のしもべ、フロル。たとえ幼き日からの付き合いであろうとも、その厳格さ故にフロルは決して、ベルを贔屓しなかった。ベルはただ実力で以て騎士団員として力と地位を手に入れた。フロルの信頼に応えるための努力でもあった。


 二人の関係性はベルが物心ついた時から良好で、ほとんど変わっていない。


 しかし、その年齢差故に、ベルが自らの確固たる目的意識を持ってフロルと接する前。


 ベルがまだあまりにも幼く、自制が未熟に過ぎた時。


 フロルは、長らくウェルゼミット家の者が知ることのなかった、カイオディウムの中に在る反逆の種の存在を知った。


 幼き日のベルが口を滑らせてしまったことで、千年秘匿され続けた、スティンゴルドの系譜が背負う血の因縁を知ってしまった。


 ロアダークとエルテミナの「子」の意思、スティンゴルドの系譜をカイオディウムから排斥しなかったのはエルテミナの明確なミスだ。「子」は両親の暗い野望に従いはしなかったものの、当時あまりにも天才的な――――ゼルレイン・シルヴェリアがいなければ世界の誰も止められないような最強最悪のコンビを前にして、少なくともカイオディウムの国内にある才能だけでは、当代においてはどうあっても勝ち目がないと悟っていた。それ故に、親への反逆の心を秘匿し、真の歴史を紡ぐため断腸の思いで口を閉ざした。


 エルテミナがミスを犯したように、「子」もまた失敗した。


 ロアダークが敗北し、ゼルレインが失踪し、その混乱に乗じてエルテミナがカイオディウムを乗っ取った時こそ、「子」にとっての最大のチャンスだった。だが、ロアダークとエルテミナによって反逆の意志を察知された「子」は、親から身を隠すので精一杯だったために、肝心な時にすぐには動けない状況にあった。その機会を逃したがばかりに、カイオディウムは千年もの間、エルテミナに騙されながら発展してきた。


 期を逃したスティンゴルドの系譜の者たちは、せめてエルテミナに悟られぬよう、エルテミナの意思と魂を受け継ぐウェルゼミット家と、スティンゴルド家の間にある因縁を隠し続けてきた。


 千年もの間、ウェルゼミット家の者が誰も血の因縁を知らなかったのは単なる偶然だ。


 単なる偶然、のはずだ。


 千年の時を超え、異世界からやってきた救世主が女神救済の旅路を歩み始めてから、あらゆる事象が急速に動き出し、急激に変化している。


 だが、フロルとしては、その運命を認めたくはなかった。


 ベルがフロルについうっかりと、スティンゴルドの末裔が背負う呪縛を口にしてしまったのは、救世主がリスティリアにやってくるよりも十年以上前のことだ。まさかその暖かな思い出の日々ですらも、女神が与えたもうた運命の中に組み込まれてしまっているなどと、流石に敬虔なるフロルであろうと認めがたかった。


 しかし今、大いなる運命の中で刻一刻と、世界が自分を殺そうとしているような流れの中に身を置いて、フロルは遂に諦めた。


 女神教が説く女神の絶対性は、女神教の信心深い信徒たち以外にはある意味過激にも映っているようだが、それこそ笑い話である。


 “そんな次元の絶対性ではない”。下界でうごめく単なるヒトが想像するよりもはるかに女神は絶対的で、女神が決めた運命は覆りようがなく。


 美しい思い出の中の日々ですら、ただ決まっていただけの「必要なこと」。全ては今この時代のため、救世主が歩む女神救済の旅路が、正しく世界救済へと繋がるように。ベルやフロルの運命すらもそのレールの上に敷かれた、救世主が経験し乗り越えていくためのイベントに過ぎない――――


「残ります。最後まで、猊下と共に」

「なりません」


 ならばフロルに出来るのは、その運命に逆らわず受け入れることだけだ。それが、十年以上も前、或いは千年前にカイオディウム事変が終息した時から既に決まっていた、この世界の運命であるというなら、フロルの個人的な感情で抗ってはならないのだと、リスティリアのため己の悲運を受け入れるしかない。


 総司を大聖堂の中に封じた翌日、フロルはクレア・ウェルゼミットを呼び出し、フロルが知る限りの現状を伝えた。


 クレアは話を聞き、時を追うごとに険しい顔となり、フロルの命令に初めて背こうとした。


「クレア、これは必要なことなのです」

「わかりません」

「身を隠し、私が死した後はカイオディウムを出て、レブレーベントを頼りなさい。救世主とその相棒が無事であることを伝え、カイオディウムで起きたことの全てを話してください。エイレーン女王とアレイン王女ならば、それだけで何をすべきかわかってくださるはずです」

「わかりません!」


 クレア・ウェルゼミットは、フロル枢機卿の言葉に断固として拒否を突き付けた。


「二人の大司教が裏切り者だというのなら、処罰してしまえばよいのです! 何故大人しく反逆を待つのですか!」

「ベルがいない今、あの二人には勝てないからです」


 クレアの必死の叫びに、フロルは冷静に返した。


「大聖堂の護りがある間は、私が死ぬことはないでしょう。しかしそれだけです。私にはあの二人を止めるだけの力がなく、私以外の者はことごとく殺されるでしょう」

「それを私が、私たち聖騎士団が恐れるとでもお思いですか。何たる侮辱でしょうか。いくら猊下とは言え――――」

「あなたたちが恐れるとは思っていません。私が恐れているのです」


 クレアが言葉に詰まり、泣きそうな顔になって、何とかフロルの気を変えられないものかと思考を巡らせる。


 だが、フロルの顔を見れば、何を言ったところで彼女の決定が覆らないであろうことは火を見るよりも明らかだった。


「猊下……!」

「認めましょう。私は自分の命を諦めています。しかし、カイオディウムの未来まで諦めたわけではない」


 悲しくも強い決断。力ある部下を失い、自身の力も失いつつあるフロルだが、未だカイオディウムの為政者には違いない。


 自分が死ぬ運命の「その後」を見据えて、フロルは打てる限りの手を打とうとしていた。


「国境を接するレブレーベントへの影響は計り知れません、千年保たれた均衡が崩れる可能性もあります。またしてもこのカイオディウムから、しかもこの状況で、リスティリアに混乱をまき散らすわけにはいかないのです。わかってください。今やあなたしかいないの」


 親類であるクレアの手を取り、懇願するように言う。クレアは顔を歪め、人生最大の葛藤の中にいた。


 やがてクレアがわずかに頷く。クレアはフロルの手を強く握り返して、絞り出すように言った。


「どうか、猊下……生き残ってください……」

「……ありがとう。それからこれを」


 一通の手紙をクレアの手に握らせる。


「あなたも覚えているでしょうが、“女神の騎士”を名乗る彼とアリンティアス団長へ渡してください」

「あの二人に……? しかし、猊下、私にはあの二人の所在がわかりません」

「大丈夫、事が終われば会える機会も必ずあるでしょう。もしも会えなかったらその時は、中を見ずに焼きなさい。決してあなたは見てはなりません。要らぬ危険を背負うだけになります」

「……ハッ。猊下の御心のままに」


 クレアが足早に出て行く。オーランドもライゼスも、まだ謀反人としての顔を見せず、聖職者として活動している。クレアがフロルの命を受けて姿をくらまそうとしていることは、悟られてはならない。


 クレアを見送り、軽くため息をついたフロルは、逡巡も程々にきゅっと表情を引き締めた。


「さて、オーランドか、それともエルテミナか……運命を受け入れると決めたものの、私はタダでは死にませんよ」








「おや。なんとなんと。妖精も一緒か」


 王女ルテアが手ずからヒトを動かして創り上げた庭園の一角に、小さなテーブルと椅子があるだけの、時間の流れが緩やかにすら感じられるのんびりとした空間があった。


 ミスティルが水浴びを行った泉にほど近いその場所は、普段は王女ルテア以外に入る者のいない秘密の空間だ。と言って、別に進入を禁じているわけではない。王女ルテアは庭園を開かれた場所としており、『上』に住まう者が散歩に来ることも多いのだが、この場所は知られていないだけである。


「聞かれて困る話と言うならすぐに帰らせてもらいますが」


 リシアは堅い声で言った。オーランドは口元に笑みを浮かべながら言った。


「いいや、それには及ばん。二人とも掛けるといい。ルテア様が気を遣ってくださったようだ」


 テーブルに並ぶティーセットを示して語り掛けるオーランドの口調には、彼の評判にそぐわないぐらいの暖かみがあった。


 オーランドに呼び出されたリシアは、ミスティルを連れて彼の召喚に応じた。ミスティルも決してノーとは言わなかった。


 ベルも姿を見せない現状、王家の屋敷に残って、ミスティルが本能的な部分で嫌う王女ルテアと二人で鉢合わせするような場面を避けたかったためだ。


 リシアとミスティルが椅子に座ると、オーランドは王女ルテアが用意したハーブティーを二人に差し出しながら言った。


「……孫が世話になっているようだな」

「いいえ特には。何もしていません」


 オーランドの言葉に、ミスティルはそっけなく返した。


「まさか久々に会った自分の孫が、ティタニエラの妖精と肩を並べて歩いているとはな……不可思議な縁もあったものよ」


 リシアは背もたれに背を預けて腕を組み、差し出されたハーブティーに口もつけず、オーランドを見据えていた。


「お前が心酔する女神の騎士たる少年にも会ってみたいものだ。リラウフで手違いがあったと聞いておる。その後の消息は?」

「生きてはいるでしょうが、どこにいるのかまでは」

「何故生きていると言い切れる?」

「もしも彼が死んだなら、女神さまは何としてでも私に伝えようとしてくださる。今のところ、私が持つ“オリジン”には何の変調もありませんので」

「なるほどな」


 リシアは総司の信頼の元に、二人で集めた三つの“オリジン”を保管している。武器としても使うレヴァンクロスもそうだが、ルディラントとティタニエラの秘宝もまた、リシアの手元にある。


 一般的な多くの者にとっては価値を見出せない代物だが、女神の奇跡が凝縮されたそれらは、実力ある魔法使いからすればあまりにも強力な魔法の礎だ。ルディラント王ランセムが千年もの間魔法を発動し続けたように、力のある魔法使いにとってはまさに喉から手が出るほど欲しい神器。


 オーランドはもしかしたら、リシアの持つ“オリジン”を狙っているのかもしれない。その警戒もあったから、リシアはミスティルの同行を望んだ。


 オーランドは稀有な才能を有し、経験もある魔法使い。その強さはカイオディウム随一と言っていい。一人で正面から対抗するには、かなり厳しい相手だろうという点に限って言えば、リシアは祖父のことを認めている。


「気に入らんか、我らのやろうとしていることが」


 リシアの感情を見透かしたように、オーランドが言った。


「……やろうとしていること自体は、気に入るか入らないかという話ではない」


 オーランドの質問の意図を探り、言葉を選びながら、リシアが言った。


「もともとは、同じようなことをベルがやろうとしていて、あの子の事情を聞いてそれに加担すると決めた。私が気に入らないのは、あの子の使命感を利用して何事か私利私欲のために成し遂げようとしているあなたとライゼス殿だ」

「はっはっは!」


 オーランドは声を上げて笑う。


「ハッキリと言う。そういうところは母親譲りだな」


 オーランドの言葉を聞いた途端、リシアの目に憤激の炎が宿り、オーランドを眼光だけで射殺そうとでもしているかのように睨みつけた。ミスティルが警告するように、隣から手を伸ばしてミスティルの手首を掴んだ。


「あなたが私の前で、私の親のことを口にするな。私は今、女神教の聖職者としてのあなたと話している。祖父と話をしているつもりはない」

「お前なりの折り合いの付け方というわけか」


 オーランドは頷いて、


「ではこちらもそのように接しようとも。それで、リシア。気に入らぬというならどうする」


 リシアが何とか落ち着いたので、ミスティルは手を離した。


 普段は冷静で、時に年相応の感情も見せながら見事に救世主を補佐する心強き相棒。ミスティルもリシアの力と人格を認めてはいるのだが、オーランドを前にした時のリシアだけは、ミスティルの人物評を外れてしまう。


 カイオディウムきっての魔法使いを前にしても、実力的にも思考力的にも十分張り合えるだけの素質はあるだろうに、リシアはオーランドを前にすると冷静さを保てない。故に、誰かが手綱を握れない状況では簡単に手のひらの上で転がされてしまいそうだ。


「ベルの動きと、あの子の真の望みを見極めるだけだ。言っておくが、私はあなた達と手を組んだつもりはない」

「僭越ながら私もそうです」


 リシアの言葉に乗っかり、ミスティルも言葉を続けた。


「私たちはあくまでもベルさんのためにここにいますので。『仲間』と思われては困りますよ、おじい様」


 若い二人の明確な敵意と疑念の目を向けられても、当然オーランドに動揺はない。むしろ、リシアとミスティルとの掛け合いを楽しんでいる。


「お前たちがスティンゴルドをどれほど理解しているかは知らんが、アレの抱えているものはお前たちの想像を超えているぞ」

「……どういう意味だ?」

「そのままの意味だとも」


 オーランドは穏やかな表情のままで、リシアの敵意に満ちた眼差しを冷静に受け流す。


「スティンゴルドの系譜を捕らえて離さない呪縛の鎖は、数日共に過ごした程度のお前たちでは推し量れない。故に、真の望みを知ることは不可能だ。お前の目的は“レヴァンフェルメス”だったな?」


 当然のように、ほとんどの者が存在すら知らない“オリジン”の名を知っている。


「悪いことは言わん。スティンゴルドの望みに手を貸すのはほどほどにしておけ。お前の旅の終着点はここではないのだからな」

「それは私が決めることだ」


 ハーブティーに口をつけることなく、リシアはガタン、と音を立てて立ち上がった。その所作に倣って、ミスティルも同じように立ち上がる。


「警告痛み入る、とは言っておこう。無意味だが」

「そうか。だが無駄な時間ではなかった」


 オーランドの意味深な物言いにこれ以上付き合うつもりはなく。


 リシアは振り返りもせずその場を去っていく。ミスティルはリシアの後についてその場を離れつつも、最後に少しだけ振り向いてみた。


 もうそこにオーランドの姿はなかった。テーブルに残されたハーブティーを、王女のペット・リンクルがどこからかやってきて、ぺろっとひとなめした途端にテーブルから逃げ去ったのが見えた。


「オーランドが何か企んでいるのは間違いないが、明日までに狙いを掴む時間がない」


 王家の屋敷へと戻る道すがら、リシアは忌々しげに言った。


 ミスティルはあくまでも「最後のピース」だ。それが手に入るより以前に、王女ルテアを中心として準備が進められたこのクーデター、今更進行が遅れるわけもない。


「そうですね。それにリシアさんにとっては、それを掴む理由もない。おじい様の仰ったことはある意味正しいですから」


 リシアの旅の終着点はここではない。ミスティルの言う通り、今のリシアは感情的だ。オーランドの狙いが何であれ、ベルの真意が何であれ、リシアの最大の目的は“レヴァンフェルメス”の確保である。


 だがリシアは、オーランドの思い通りになると言うのが気に入らないのはもちろん、一度は協力すると決めたベルのことを度外視して、自分の望みのためにだけ行動する気には到底なれなかった。


「ああ……わかってはいるんだがな……!」

「……ええ、まあ。理解と納得は違いますから。私にも覚えはありますし」










「だああクソ! またここか!」


 宇宙のようと形容してしまえば、それが最も近い表現だが、決して星空の只中にいるわけではない。淡い星の光の如く周囲に煌めく不可思議な文字たちは、相変わらず手が触れられそうなほど近くにあるのに、決してその手が届くことはない。


 煌めく文字はまさに銀河のように渦巻いたり、流星のように空間を自在に飛び交ったりしながら、必死な形相の総司をあざ笑うように瞬いている。


 大聖堂の中に飲み込まれた総司は、まずくすんだ青銅色の螺旋階段の中腹に放り出された。


 それはルディラントの“真実の聖域”にあった、円形のドームを上へと登っていく螺旋階段とは規模が違った。果てのない宇宙のような広大な空間の中、それこそ一周が何百メートルもある、ヒトが駆け上がることを想定していない規格外の大きさだった。


 総司が放り出された中腹、螺旋階段には通常存在しない「踊り場」のような場所は、螺旋階段の規模に見合う巨大なステンドグラスで形成されていた。


 最初は“何を描き表した”ものなのかがわからなかったが、螺旋階段をひたすら登って見下ろしてみれば、その上に立っていた時には見えなかったステンドグラスのデザインが見えた。


 ゆりかごの中で眠るように、二人の少女が横向きに目を閉じて眠る構図。互いに相手の足元に頭を預けるように描かれた二人は、総司にも見覚えがある。


 見間違えようもない。ベルとフロルだ。二人とも幼き日の姿だろうか。


 その巨大なステンドグラスを見下ろしつつ、総司はとにかく螺旋階段を登ってみたのだが、一言で言ってしまえば「らちがあかない」。


 一目散に駆けあがって次なる「踊り場」に辿り着いたかと思えば、それは見下ろしていたはずの、ベルとフロルが描かれたステンドグラスだったのだ。


 つまりは無限ループというわけである。果てがないよりよほど心に来る。


 どれぐらいの時間が経ったのだろう。諦めずに階段を登り続けても、見えてくるのはもう見慣れた光景となったステンドグラスだけ。総司がここにいて、大聖堂の拘束から解放されていないということは、まだフロルは生きている。


 フロルは「事が終わったら」解放されるようにしておく、と言っていた。直前のフロルとの会話を考えれば、それはすなわち「フロルの命が失われた時」だ。


 当然、総司としては待っていられるわけもない。フロルの真意の一端が垣間見えた今、このままベルとフロルを放っておくという選択肢はない。


 なりふり構っていられないのかもしれない。


 もう何十回目か、見慣れたステンドグラスの「踊り場」に辿り着いた時、総司はにわかに決心し始めていた。


 リシアの想定通りだとすれば、総司が“それ”を行うことは、リスティリア史上でも屈指の、国一つ滅ぼして住民を一人残らず虐殺したロアダークに次ぐ大虐殺を齎すことに繋がるかもしれない。


 その重荷を背負ってでも、かの国から与えられた第二の魔法を使わざるを得ないのか。もしかしたら今こそ、何かを捨てる選択をしなければならない時なのか。


 ルディラント・リスティリオスを使えば、大聖堂の権能にも対抗できる可能性が――――


「……いいや……!」


 誇り高きルディラントから与えられた力が、王ランセムが、許すとは思えなかった。そんなことのために在る力ではない。預けられた誇りを思えばこそ、総司は固まりかけた決意を振り払い、再びきっと螺旋階段を見据えた。


「もう一度――――いたぁぁい!」


 意を決して走り出そうとした総司の足が、何かに捕まれて動かなくなった。


 まさかそんな奇怪な現象が起こるとは夢にも思っていなかった総司は、勢いそのままびたーんと豪快に、ステンドグラスの上に全身を叩きつけられた。


「なんっ……おおおなんだなんだ!」


 うねうねと、青白い何かがステンドグラスからにょきっと生えて、総司の足を捕まえていた。敵意はないようで、総司が慌てふためきながら振り払うと、鎌首をもたげる蛇のような青白い何かは大人しく引き下がって見えなくなった。


「ごめんごめん。そのまま行っちゃいそうだったからさ。ずっとここにいたのに見向きもしないんだもん。キミ、ちょっと直情的過ぎじゃない?」


 ふわりと、天女のような羽衣が翻る。


 ふわふわと浮かびながら、にこやかに笑いながら総司に手を差し伸べるのは、どこか総司の知る少女の面影を感じさせる、金色の髪を靡かせた絶世の美女だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ