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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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眩きレブレーベント・第三話① 王女アレイン

 王都シルヴェンスは、別名を「水の都」と呼ばれている。


 霊峰イステリオスから流れ来る豊かな水に恵まれ、レブレーベントは発展を遂げてきた。その象徴たる王都は、水を生活の随所に取り入れ、また魔法により見事に制御し、他国が羨望の視線を向けるほどに美しかった。総司が知る「中世ヨーロッパ」の旧市街に似た街並みではあるが、しかしやはり違う。水路に流れる水は、重力など関係ないと言わんばかりに、上り坂だろうが何だろうが簡単に上へと進んでいくし、水のアーチがそこかしこで家々の上を渡り歩いている。


 その中心に聳え立つレブレーベント城は、総司が写真で見たことのある欧州のどんな城よりも巨大だった。銀色の尖塔がいくつも天に伸び、その周囲をゆっくりと、大量の水がひとりでに浮かんで流れて、城を彩っている。日本の城を囲む堀のように、巨大な水路が城の周りを囲んでおり、巨大な橋がなければ城へ入ることも叶わない。


「すっげ……」


 霊峰の光景から城に至るまで、総司は目に映る全てに圧倒されっぱなしだった。近づくほどに、城の巨大さが見て取れる。女王を先頭に門を潜り、城の前庭に入ると、その美しさにもまた気圧されてしまった。


 丁寧に整えられた花木はもちろんのこと、白とわずかな金色を基調として構築された見事な石造りの庭園が、観る者の目をこれでもかと楽しませてくれる。魔法によって空中を流れる水が、その美しさを際立たせていた。


「お帰りになられましたか。いやはや、肝を冷やしましたよ」


 その前庭で、背の高い、目つきの鋭い青年が、女王一行を出迎えてくれた。眼鏡を掛けた彼は年若く見えるが、見た目だけでも相当頭の切れる人物だと直感するほどに、聡明そうな印象を受けた。


「おぉ、カルザス。出迎えご苦労」

「出迎えご苦労、ではありません。ここまで獣の咆哮が聞こえておりましたよ。恐らくはビオステリオスでしょう。陛下が襲われたのではないかと気が気ではありませんでした。ご無事で何より」

「珍しいものが見れたわ。たまには外に出てみるものだね」


 カルザスと呼ばれた青年は嘆息しつつも笑って、


「食事の準備もすぐに出来ると思いますが、お休みになられますか?」

「いや、会議が先だ。シエルダの件、皆に話さねばなるまい」


 女王の顔つきがさっと変わった。その顔を見て、カルザスの表情も一気に引き締まる。


「承知しました。皆を集めます。少しだけお時間を」

「任せる。謁見の間で良い」

「ハッ」


 女王が忙しそうに指示を飛ばし、総司とリシアを振り返った。


「会議が終わったらお前達を呼ぶ。それまでしばし休憩とする」

「かしこまりました」


 女王やバルド団長と別れ、総司は城の中を案内されることとなった。

 ルーナ達生存者は、城の一角にある小さな礼拝堂に一時あずかられることとなり、彼女達ともいったん分かれた。


 城は王族の居住区や、城で働く者――――国の要職たちの執務区画、給仕など雑務係たちの居住区、騎士たちの屯所など、様々な区画に分かれている。どこも豪華な造りにはなっているが、総司にはわかる。


 城の至る所に多くの魔法が仕掛けられている。それもこれも、必要となったときには侵入者を排除できるトラップだ。


 女王は、以前こう言っていた。


 リシアに「騎士団の携帯食しかない」と告げられた時に、「昔を思い出すのも悪くない」と答えていたのだ。


 女王は戦いに身を置き、生き残ったことのある人物。この城に現れる女王の警戒心は、その過去に由来するのだろう。


「おっと!」

「あぁ、済まない!」


 リシアは、総司に城の構造を説明するのに忙しかったのか、角を曲がった時に相手とぶつかりそうになった。


 先ほど女王の命令を受けていた、カルザスだ。


「忙しいところを……申し訳ない」

「なに、もう私の役目は終わったからね。ん?」


 頭を下げるリシアの後ろに立っている、見覚えのない男に視線を向けて、カルザスが聞いた。


「リシア殿、彼は?」

「あぁ――――彼はソウシと言う。シエルダの街を訪れた旅の者でね。事の顛末は貴殿も聞いていると思うが、活性化した魔獣を倒し、わずかな生存者を救った。陛下がそれをえらく気に入ったようでな」

「あぁ……陛下が仰っていたな。『活きのいいのを捕まえた』と」


 カルザスはきらりと光る眼鏡の奥の鋭い目を更に鋭くして、値踏みするように総司を見据えた。総司は思わず緊張して身を強張らせたが、すぐに、カルザスは表情を緩めた。


「なるほど! 鍛えられた体をしているし、背負っている剣からはちょっと信じられないぐらいの力を感じる……キミ、さてはただものではないね。いや、じゃあ何なのかと言われるとわからんのだが」

「えー……一応、それなりに戦えるはずです」

「うむ、ならばいい。昨今、レブレーベントも物騒になってきた。頼れる力は多い方がいい。陛下もリシア殿もキミを信頼しているのならば、怪しい輩と言うわけでもないだろう。よろしく頼む」


 カルザスは、聡明な人物に違いないが、かといって嫌味な人物というわけでもないらしい。躊躇いなく差し出される手を、総司は遠慮がちに掴んだ。


 手を取るだけでわかったが、カルザスも、いかにも「文官」といったいで立ちの割にはしっかり鍛えているらしい。


「カルザス・アイルザード。役職としては『執務補佐官』と言ってね。まあ、早い話が王族や大臣たちの雑用係だな」

「カルザス殿は、陛下や王族の皆様からの信頼も厚い、我が城の頭脳だ。お前もこれから世話になるだろう」


 リシアが補足したのを聞きながら、


「あなたも、結構強いでしょ」


 総司が悪戯っぽく聞いた。カルザスもまたにやりと笑って、


「実はリシア殿より強いんだ、僕は」

「カルザス殿?」


 リシアが眉を吊り上げた。カルザスは慌てて、


「おぉっと、冗談だよ、冗談。さあ、お偉方の話し合いが終わるまでに、シエルダの民の食事と寝床を手配せねば――――」

「あら、カルザス、お客様?」


 カルザスがぴたりと動きを止めた。


 楽しげな表情がわずかに曇り、声の方を振り向く。


 すらりと背の高い、小奇麗なドレスに身を包んだ美女がそこに立っていた。


 端正な顔つきだったが、その瞳はどこか冷たく鋭い。総司は、全く似ていないのに、その目の光から「彼女に似ている」と思ってしまった。


 一番最初に敗北を喫した、あの紫電の騎士に似ていると。

 その鋭い目を見ただけで、そう思ってしまったのだ。


「アレイン様、ご機嫌麗しゅう」


 カルザスが形式ばった挨拶をして腰を折る。アレイン――――そう呼ばれた少女は口元に笑みを浮かべた。


「堅苦しい挨拶は結構。それで?」

「陛下が連れてこられた客人ですが、どうやら騎士団に招かれたようで。既に客人ではありませんな。魔法騎士団の団員と言った方が良いでしょう」


 銀色の髪、アメジスト色の瞳。総司の元いた世界でなら簡単にアイドルにでもなれそうな美しい見た目だったが、やはり、冷たい目つきが全てを台無しにしてしまっている。


 そんなところも、あの紫電の騎士と一緒だ。


「そう。あなた、名前は?」

「ソウシと言います」


 総司はとりあえず、聞かれた通りに名乗った。アレインは満足そうに頷いて、


「私はアレイン・レブレーベント。あなたを引き入れた女王の娘よ」


 つまりは、王女ということだ。総司はどうしていいかわからず、とりあえずぺこりと頭を下げた。


「ふぅん……?」


 アレインの鋭い目が、総司の背中にある剣を確かに捉えた。

 カルザスも気付いた、リバース・オーダーの持つ尋常ならざる力を、アレインもまた感じ取ったか。だが、そのことには触れずに、


「面白い逸話があるようね? 滅んだ街に『たまたま』居合わせたのだっけ」

「アレイン様、お言葉ながら――――」

「あぁ、いい、勘違いしないで」


 リシアが何か言おうとして、アレインが鋭く遮った。


「彼が街を滅ぼしたなんて思っていないわ、少しもね。ただ、そこにいたことが不思議だっただけ。まあそういう偶然もあり得るかもねと、今は納得しておくけれど」


 アレインは微笑みながら言った。


 魅力的に見える表情ではあるが、カルザスはどこか緊張した面持ちでいるし、リシアも和らいだ表情を微塵も見せない。別にアレインは、こちらに敵対的なことを言っているわけでもないし、何でもない井戸端会議みたいなものと思うのにどうしてこんな空気なのかと、誰よりも総司が一番戸惑っていた。


「さっき騎士たちがあなたを探していたわ。意外と早く会議が終わったのではないかしら。謁見の間、行ってあげれば?」

「あ……はい、お気遣いありがとうございます」


 リシアが頭を下げる。アレインは手を振りながら踵を返し、どこかへ消えていった。


「……えーっと……なに、二人とも、どしたの」


 さっきの異様な空気のことを、リシアとカルザスに問いただす。カルザスは困ったように笑いながら、


「なに、些細なことさ。キミが気にしなくても大丈夫。さあ、私はまだまだ仕事があるので、これで失礼するよ。キミたちは陛下のところへ」

「ええ。カルザス殿、あまり気張り過ぎぬよう」

「お気遣いどーも。じゃあね」


 カルザスとも別れ、二人は女王の待つ謁見の間を目指した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまで面白い王道の長編ファンタジーがあるとは知らんかった。知って読めたのは幸運 [一言] 是非最後まで読ませてほしい作品 作品を世に出してくれた作者さんに感謝
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