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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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贖いしカイオディウム 第二話⑤ 血の呪縛

 フロルの言葉を聞くや否や、総司は大きくため息をつくとともに項垂れて、自分の両手に顔をうずめた。


「もうそうなってくると、マジで訳わかんねえって……! お前ら一体何やってんだ!? なんでそんなことになる!?」

「ですから言ったでしょう。何から話せばいいのやらわからないと」


 全ての前提が、これまで総司が得た「カイオディウムで起こっていること・起きようとしていること」の全ての知識が、ガラガラと音を立てて崩れていく。


 フロルもベルも完璧に、まるで出来過ぎたドラマの主人公とヒロインのように、ものの見事にすれ違ってしまっている。フロルの言葉を借りれば目的を“ほぼ”同じくしているのに一方は敵対的で、一方はどういう意図があるのか知らないがもう一方に何も話していない。


 しかも、単なる思惑、心の内のすれ違いで終わればまだ事態はここまで悪化しなかったのに、ベルは行動まで起こしてしまった。総司とリシアが引き金を引き、ベルはティタニエラのエルフを仲間に引き入れてしまったのだ。


 それら全てがフロルにとっては誤算だったのだろう。総司と二人きり、誰の邪魔も入ることのないこの部屋で見せる弱った姿は、最初に出会った時の「難攻不落」なるイメージをどこかに置き忘れてきたかのようだ。全てを見通し、そのうえで拒絶する。フロル枢機卿のイメージを伝聞だけで創り上げていたが、そのイメージも最早崩れ去った。


 事態は既にフロルの想定を大きく外れ、手の届かないところでどんどん進行している。しかし、フロルには止める術がないのだ。


「ベルと話せよ。それで全部丸く収まるじゃねえか」

「既にその段階は通り過ぎました」

「そんなことはない、今からでも間に合う!」


 総司が強い口調で言ったが、フロルは首を振るばかりだ。


「裏切っているのはベルだけではありません。あなたの相棒の身内……オーランドのことは聞いていますね?」

「ああ。リシアのおじいさんで、女神教の中でもかなり偉いヒトだとは……」

「彼も裏切り者ですので」


 フロルはさらりと言ってのけた。


「恐らくライゼス――――カイオディウムきっての強さを誇る聖騎士もまた、オーランドと手を組んでいるでしょうね」

「そ、そこまで読んでいてどうして止めないんだ!」

「読んでいたのではありませんよ。ごく最近になって、ようやく気付いただけです。そしてもう手遅れと言うだけのこと」


 フロルは総司を見やり、くすりと笑った。


「あなたは私を買いかぶり過ぎです。多少、広く“普通”と呼ばれる人々よりは賢いかもしれませんし、魔法の才もあるかもしれませんが……それだけなのですよ、私は」


 大聖堂デミエル・ダリアの権能を差し引いてしまえば、フロルは優秀な部類とは言え、一般的な域を出ない存在だ。


 女神教の敬虔なる信徒であり、枢機卿という権力者として、多くの聖職者に、もしかしたら『下』に住まう民すらも望んでいる通りに振る舞ってきた。それによって形成された彼女のイメージに対して、彼女の方が積極的に合わせにいった。


 それはひとえに、彼女にも並々ならぬ野望があったから。枢機卿の地位、つまりはエルテミナの意思と魂を継承することでしか成し得ない、継承した力の全てを滅ぼすという目的のため、彼女は走り続けることが出来た。


「エルテミナの意思と魂を継承する者は、エルテミナの力そのものも受け継ぐことになります。そしてエルテミナの力は千年の時を経て、かつて単なる思念でしかなかった時よりも強大に……彼女本来の肉体がないことを除けば、ほとんど全盛期と同じだけの力を取り戻している。まあぁぁうるさかったですよ。ベルを彷彿とさせる奔放さ、千年経っても血は争えないものです。ロアダークの性質が色濃くなかっただけ良かったというべきですけど」

「継承した者は、エルテミナの力の分だけ強くなるってことか?」

「単純な足し算ではありませんがね。エルテミナは気まぐれですので、全ての力を継承者に明け渡すかは彼女の気分次第のところもありましたが……それなりには、強くなる。しかし今、私にその力はないわけです」


 残ったのは、「枢機卿」という地位そのものに与えられる大聖堂の権能だ。つまり、たとえフロルがエルテミナの継承者ではなくなったとしても、彼女が枢機卿の地位にある限り、オーランドも反旗を翻すのは躊躇っていたということ。


 しかし――――


「そしてベルは大聖堂の護り、私に与えられた無敵性を突破する術を手に入れた。オーランドにとっては渡りに船だったでしょうね」


 フロル曰く。


 枢機卿の地位はエルテミナの力を継承すると共に先代から譲り渡されるものであり、その権力の譲渡を以て、大聖堂の機能は護るべき「枢機卿」の認識を上書きする。


 フロルは既にエルテミナと決別しており、エルテミナの力は別の誰かへと渡ってしまっているが、それはフロルが後継者を定めて継承させたわけではない。フロルは枢機卿の地位までは、次代の継承者に譲っていないのだ。


 大聖堂デミエル・ダリアの神秘の力、ひいてはカイオディウムが有する“オリジン”まで含めた力の全てを掌握するためには、未だ枢機卿の地位にあるフロル・ウェルゼミットを排するほかにない。「枢機卿」の地位そのものが正式な譲渡の手続きを踏まれないままに、当代の枢機卿が死ぬという事故は、カイオディウム事変以後の歴史の中ではなかった。


「しかし、オーランドはベルの脱出を知ったことでもう確信しているでしょう。大聖堂の認識の中で空席となった枢機卿の座には、任意の誰かをあてがうことが出来ると」


 ベル・スティンゴルドがやってのけたように、強大な力を持つ大聖堂の権能に対しても、熟達した魔法使いであればほんのわずかに介入することが可能だ。当然、その事件のことはオーランドも知っている。


 もともとフロルに対して忠実とは言い難いオーランド・アリンティアスのことだ。現在確定している大聖堂デミエル・ダリアの「枢機卿の認識を上書きすること」が可能なら、とっくの昔にそうしていただろう。オーランドがそこまでの行動に出ていないのは、それが不可能だからだ。


 だが、大聖堂にとっての「枢機卿」の存在が空席となったなら、本来埋めるべき席に誰をあてがうか程度の操作は可能である。少なくともオーランドはそう読んでいるし、フロルもその見立ては外れていないだろうと予想している。


 ベルの行動は、これから巻き起こるらしい「二度目のカイオディウム事変」の引き金を、あらゆる意味で引いてしまっていたのだ。もしかしたら、ベルの想定を大きく超えた事象の引き金までも。


 そこまで話を聞いて、総司はパン、と膝を叩いて、先ほど言ったのと同じ言葉を繰り返した。


「ベルと話をしよう。俺が何とかしてその場を作る」

「……ですから、手遅れだと」

「いいや!」


 総司は力強くそう言って立ち上がった。


「リシアのおじいさんがやろうとしていることと、お前ら二人のすれ違いとは別問題だ! そもそもベルの目的はエルテミナの魂を滅ぼすこと! フロルがそれを受け継いでいないっていうんなら、ベルが大聖堂の護りを突破しようとする理由はなくなるんだ!」

「ベルの目的と私の目的は“ほぼ”同じ、と言ったでしょう。細部が違います。ソウシ、あなたは私だけでなく、ベルのことも随分と買いかぶっているようですね」


 総司の言葉は正しかったはずだ。


 ベルがフロルを殺そうとしているのは、彼女がエルテミナの意思と魂を受け継ぐ継承者であり、他に『楔』が打ち込まれている者はいないから。


 その彼女の見立てが、フロルの言葉通りならば「外れている」のだから、その事実を話せば、そしてベルとフロルのすれ違いが解消されれば、少なくとも二人は敵対する必要がない。カイオディウムにとっての敵はオーランドということになり、オーランドはベルの助力を失うことで、ミスティルという大聖堂の護りを突破するための切り札をも失う。


 フロルはその正しく見える推論を否定した。何故なら、フロルは総司と比べて十数年も、ベルとの付き合いが長いからである。


「躊躇いこそすれ、やると決めたらやるだろうと、そう言いませんでしたか。ベルは私が“継承者”だからと言うだけで、私を殺そうとしているのではありません。ベルにとっての敵はエルテミナであり、同時に私自身なのです」

「……どういうことだ……?」

「私はベルのことを妹のように想っていました。けれどベルはそうではなかった……いえ、あの子にも葛藤はあったようですが、最終的には私を、殺す相手としてみなしたのでしょう」


 フロルとベルの関係性については、総司の知らないところだが。


 伝え聞く限りでは、年の離れた姉妹のように親しく、ベル自身も最終的にはフロルに忠実である、とのことだった。しかし、フロルの見立てはそういった他者の評価とは違う。


「ベルにとって――――スティンゴルドの系譜に生まれた者にとって、ウェルゼミット家というのは本来不倶戴天の敵に等しい。私との関係性がどうであれ、スティンゴルドにとって“ウェルゼミットの支配を終わらせる”ことは、千年来の悲願なのですよ」


 そこに横たわるのは、総司には想像もつかない因縁の話。


 千年前の世界的な大事件の首謀者、その意思と魂を頂点に置きながら、一国を意のままに操り続けてきた家系と、その支配体制に対する反逆の時を待ち続けた家系の末裔同士の、どうしても切り捨てることのできない因縁。


 総司もベルの言葉を、正確に思い出さねばならない。


 ベルの目的はエルテミナを滅ぼしたその先だ。


 カイオディウムの“現体制を終わらせる”こと。ベルの思い描く未来に、フロル・ウェルゼミットが統治するカイオディウムの姿はないのだ。


 ロアダークの力を色濃く受け継ぎながら、頑なに。


 神獣ジャンジットテリオスに諭されても決してその力を使おうとせず、先祖の力を否定し続けたベルは、裏を返せば、それだけ強く「先祖」と「過去」、家系が受け継いできた血の呪縛に囚われているということだ。


 ベルの側もフロルへの想いはあった。少なくとも総司とリシアには間違いなくそう見えていた。


 その葛藤を上回ってしまうほどに、ベルを捕らえて離さない血の呪縛は、重く苦しいものだったのだ。


「あの子があなたにどのように語ったのかまでは、私も知りませんが。ベルはエルテミナの支配を終わらせたいのではない。ウェルゼミットの支配を終わらせたいのです」


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