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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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贖いしカイオディウム 第二話② カイオディウムは今、なんのために

 フロルは極めて厳格な判断をしていただけだった。


 エイレーン女王のことはフロルも認めている。しかし、女王の決断や判断の全てを認め、それに倣うことはしない。一国の為政者としては当然だ。フロルにはフロルの考え方がある。女王が国宝を与えている、ということの重みは多少なりとも認めているものの、だからと言って言葉巧みに誑かされていないとも言い切れず、フロルが認めるには足りなかった。国宝は「渡すべきもの」とも思っておらず、わざわざ詳細を調べるほどの案件とも考えていなかった。


 しかし、オーランドの何気ない一言が、フロルに足りていなかった材料を補う結果となった。クレアから上がった報告の内容と照らし合わせてみれば、事実を繋げ合わせて一本の線にするのも容易い。


 フロルは今、女神の騎士としての総司を見つめているのではない。女神を救う使命を負い、そのために行動して結果を出し、一国の為政者にその価値を認めさせた「一ノ瀬総司」そのヒトを見つめているのだ。


 彼女の人物評は、「行動と結果で価値を示し信頼を勝ち取る」プロセスをしっかりと踏んだ者を認める、という当然のやり方をより厳しくしたものであると言える。


「フロルにそう言ってもらえるとは、思ってなかったな……」


 膝の上で拳を握り、総司が感慨深げに言う。フロルは、丁寧な口調が抜けた総司に対して咎める様子もなく、相変わらず素っ気なく言った。


「自己評価が低いようですね。謙遜は美徳ですが過ぎれば不信に繋がります。傲慢でも困りますが、自信がないのも同じくらい困ります。女神を救うと謳うからにはなおのことです」


 フロルに親しみめいたものを覚えたのは初めてのことだった。


 頑なで話の通じない為政者、女神教に骨の髄までどっぷりの宗教団体の主。誰もかれもが評する枢機卿の人となりとは、どこか違うものを感じていた。


 少なくとも今、フロルは本音で話している。そもそも彼女は誤解を与えがちではあるが、極めて厳格で、自分の見聞きした事実と自分で思考したものを重んじ、ヒトに流されないだけなのだ。


「フロル、聞きたいことがある」

「いいえ、私の話が先です」


 思い切って鋭く突っ込んだが、総司の倍の鋭さで以てフロルはバシッと切り捨てた。ベルが話していた現在のカイオディウムの歪さ、千年前の反逆者の一人・修道女エルテミナの魂の継承に関して、ここしかないと思って切り込んだのだが、やはり甘くはない。総司が勝手に親しみを覚えただけで、フロルの方は「とりあえず多少は認めてやっている」ぐらいのものだ。総司ががくっと勢いをそがれたところで、フロルは話を続けた。


「ベルの目的についておおよその見当はついています。あなたには、あの子はどこまで話しましたか?」


 総司は勇み足だったようだ。まさに総司が聞きたい話題にフロル自らが切り込んでくれた。総司はベルから聞いたカイオディウムの真の歴史、千年前から続く歪さについてを話した。


 ベルは自分の感情を押し殺し、フロルを殺害するつもりであるが、総司と相棒のリシアの見立てでは、恐らく彼女には出来ないのではないかと推察している。


 そこまで話すと、フロルは眉根を寄せて首を振った。


「私にとって、あの子が私を裏切り行動に移すことは予想外ではありました。きっとそうはならないだろうと読んでいましたが、あの子はついに行動した。行動したからには躊躇いこそすれ、やり遂げるまで止まらないでしょう」


 フロルは、ベルが「スティンゴルドの系譜」に脈々を受け継がれる、カイオディウムの真の歴史、その記録の存在を知っていた。


 知っていた上で、彼女の言葉通りに読みを外したのだ。そもそも大聖堂の護りを突破する術を持たない以上、ベルに出来ることは何もないとも思っていた。


 千年ヒトが踏み入ることのなかったティタニエラに、とんでもない荒業を使ってまで飛んで、事を成し遂げようとするとは予想だにしていなかったのだ。


 その誤算は当然でもある。ベル自身、「一人でもやるつもりだった」ものの、彼女が行動を起こすきっかけとなったのは総司の存在だ。


 総司の存在は何者かが女神を脅かす可能性について示唆するものであり、ベルの決断を促した。逆を言えばベルは、総司のことを知らなければ、「きっと自分が想定しているような危機は起きないだろう」と自分に言い訳をして、行動に出なかった可能性が高い。ベルに足りなかったのはその確信だけで、戦力としての総司とリシアを求めたわけではないのだ。フロルの読みは、ベルの持つ情報と彼女の性格だけを考えれば見事に当たっていたものの、誰にも予期し得ないイレギュラーによって外されてしまったということだ。


「大人しく殺されるつもりもないんだよな……?」

「……さて。どうしましょうか。そこは悩みどころですね」


 フロルは初めてクスリと笑った。総司は目を見張って、ようやく「おかしい」ということに気づいた。


「待て……あれ?」


 何かが、変だ。総司はフロルを見つめ、考えを必死でまとめた。


 フロルは既に、総司に対して過度に敵対的ではない。オーランドの些細な一言がきっかけとなって、彼女が認識を改めるに至ったわけだが――――


 しかし総司がこの部屋に不意に現れた瞬間、フロルは総司に隠れるよう命じている。クレアの報告を受ける前だったとはいえ、フロルの中では、総司がレブレーベントで何事かを成し遂げて「認められた」のだという考えが既にあったはずだ。


 フロルは一体“誰から”総司を隠そうとしたのか。


 最も敵対的であるはずのフロルが、実際にはもう、女神の騎士としてではなく一個人としての総司の存在と価値を知っているのだとすれば、今敷かれているカイオディウムの警戒網は何のためにあるのか。


 今、カイオディウムは――――何のために動いている?


「……フロル?」

「何です?」

「今……今、ここに、いや“そこに”いるのか? エルテミナは?」

「ベルに情報を渡されている割には、随分と遅かったですね。なるほど、少しばかり思慮は足りないようで」


 フロルは笑いを引っ込めて、極めて冷静な表情となって言った。


「エルテミナの野望はベルの推察通り、女神様の『器』を乗っ取ること。そして今はまさにエルテミナにとって絶好の機会です。女神様は得体の知れない脅威に晒され囚われの身となり、明確に弱っていらっしゃる……」


 リスティリアの民が漠然と抱える不安、リスティリアに迫る危機。フロルがレブレーベントからの書状の内容以上にその危機について知っているのかは定かではないが、普通の民よりは事の詳細を掴んでいるようだ。


「あなたが事を成し遂げて女神様が本来の力を取り戻すというのは、エルテミナにとっては不都合極まりない。彼女の意思が私の中にあったとすれば……あなたを様々な意味で後押ししかねないこの会話が許されるはずはないでしょうね」






 首都ディフェーレスの周辺には、厳重な警戒が敷かれていた。


 何よりも、空中に浮かぶ巨大な都市は、その高度を更に上げていた。地上から天へ上がる光の道は開かれておらず、地上の要塞である「光のゆりかご」には聖騎士団員が大量に詰めている。カイオディウムを裏切ったベル・スティンゴルドを迎え撃つため、首都では万全の体制が整えられていた。


 しかし、リシアたち三人は既にカイオディウム王家の領域へと侵入していた。首都ディフェーレスがどれだけ高度を上げようとも、魔法によって空を飛ぶことのできる三人にとっては無意味なことだ。リラウフの街が粉砕され、その後総司と別れてしまった日の翌日には、リシアたち三人は王家の手引きによって首都ディフェーレスの「上」、その内部への侵入を達成していた。


「――――簡単すぎる」

「そうですね。不気味なことです」


 ベルが国王トルテウスへの挨拶を済ませている間、客間に通されたリシアとミスティルは、互いに厳しい顔つきで言葉を交わした。


 ディフェーレスが物理的に地上から距離を取り、侵入者に備えていたのは理にかなっている。通常であれば、「上」へ上がる道を閉ざした時点で侵入はあり得ないと判断していても不思議ではない。仮にリシアが伝承魔法ゼファルスの覚醒を成し遂げていなければ、そしてリシア一人だったなら途方に暮れていたことだろう。


 しかし、教団側はベルの魔法を知っているはずだ。風を操り空を蹴る彼女の魔法を知っていれば、空を飛んで侵入があることなど読めるだろう。何よりそのあたり、フロルは抜け目がなさそうではある。


 となれば、物理的な距離を取ることに加えて魔法による障壁があってしかるべきだろうに、結界のようなものは何もなく、三人は特に苦労することなく、大聖堂デミエル・ダリアを中心として浮かぶ衛星都市のひとつ、王家の領域へと入ることが出来てしまった。


「しかし良かったのですか? ソウシさんの帰還を待たなくても」


 総司の消息については、ミスティルでも追いかけることが出来なかった。


 相当な長距離を移動させられたことぐらいしか、魔法の痕跡から把握出来なかったためである。ミスティルがそれを告げると、リシアはすぐに次の行動に移った。総司は総司で、カイオディウムに戻り目的を果たすため最善を尽くすだろうと信じ、ディフェーレスに入ってベルの作戦遂行を続ける選択を取ったのだ。


「ソウシの身に何が起こったのか、あの場にとどまったところでわかるわけでもないだろう?」


 リシアは険しい顔つきではあるものの、その口調は決然としていた。


「不可解で、何か大きな力が働いたことは確かだ。だが、わからない以上はソウシを信じて、我々は今出来ることをするしかない。少なくとも『攻撃』ではなかったのなら無事だ。確証はないが、ソウシの身に万が一のことがあれば……女神さまはきっと、何とかして私に伝えようとしてくださる、と思う」


 願望に近い、なんの根拠もない推測だ。しかし、女神レヴァンチェスカはリシアにも確かに、たった一度だけだが言葉を授けたことがある。レヴァンクロスを持つリシアに対して、女神が本気になれば何らかのアクションを起こすことは不可能ではないという過去の実績がある。


 女神は女神の騎士が歩む旅路に時折介入している。総司の命が本当に脅かされているとすれば、それを助ける直接的な行動は取れなくても、リシアに知らせるぐらいのことはする。リシアも自信はないが、そう思わなければやっていられないのである。


「……そうですね」


 そんなリシアの気持ちを汲んだか、ミスティルは薄く笑みを浮かべて同意した。


「彼の意識に働きかけられるような存在が本気だったなら、あの場で死んでいたでしょうし。しぶといヒトです、うまく切り抜けることでしょう」

「ああ。今はそれを信じよう」


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