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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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清廉たるティタニエラ・第八話④ 二度目の決戦前夜

 滝の流れる広間にいたクローディアは、木造りの椅子に深々と腰掛けていた。何か祈りを捧げるように整然と佇んでいた彼女の姿を見慣れていた総司は、その姿にわずかな違和感を覚えた。


「ご気分でも、優れないのですか……?」

「ああ、いや」


 クローディアは笑顔で、ぱっぱと手を払いながら否定した。


「歳も歳である故な。少し疲れただけよ、気にする必要はない。それより……ふむ」


 クローディアは、総司とリシアの顔を交互に数度、じっくりと見据えた。


「リシア?」

「ハッ」

「悩みは消えたか?」

「……消えた、わけではありませんが」


 リシアはわずかに微笑んだ。


「それ以上のものを、見出せたと思っています」

「うん、うん」


 本当に総司とリシアを心から気に入っているらしいクローディアは、嬉しそうに頷き、告げる。


「やはりそうなったな。それでよいのだ。自分でどうにもならんことを、自分一人で抱え込んだところで、抜け出せぬ沼に沈み込むだけよ。では、再び天に挑むか」

「はい。俺も十分に回復しましたし、もう一度ジャンジットテリオスに会いに行きます」

「彼奴も心待ちにしていることだろう。今度こそ目にもの見せてやるがいい」

「はい!」


 総司の返事を聞いて、クローディアはまた嬉しそうに頷き、それからさらりとベルへ視線を流した。


「そちらは?」

「あたしは別に。今まで通りですよ」


 ベルが素直に答える。特に期待もしていなかったらしいクローディアは、ベルに対しても頷きで以て返した。


「ヒトそれぞれ、と言ったところ……再戦の日取りは?」

「昨日俺が帰される前に、『二日後に相手をしてやる』と言われています。つまり明日ということに」

「では、しっかりと体を休め、明日に備えることだ。夕食も力のつくものをミスティルの家へ運ばせよう。事のついでだ、ミスティル?」

「はい?」

「里の皆も、望む者のみで構わぬ。夜に呼んでやれ。明日の首尾にもよるだろうが、レヴァンディオールを確保すれば、この者たちとの別れもすぐにやってくる。この先会えぬかもしれんヒト族だ、話したい子もいるだろう」

「わかりました!」


 ミスティルは元気よく返事をして、クローディアに頭を下げ、一足先に戻った。夜の段取りを打ち合わせるといったところだろう。


 三人もまたクローディアに別れを告げ、ミスティルの後を追う。


 その背中を見送り、クローディアは深く、深くため息をついた。


 いつの間にか、滝の流れる神秘の広間にはレオローラが入っており、ゆっくりとクローディアに歩み寄る。


 木造りの椅子に腰かける大老の傍らに跪き、レオローラは遠慮がちに言った。


「お考えは変わらないのですか、大老」


 クローディアは目を伏せ、手を組み、何事か思考を巡らせる。


 彼女が滅多に見せない表情だ。レオローラは顔を伏せ、主の言葉を待った。


「……変わらぬ」

「……申し上げても?」

「よい。許す」

「大老の仰る通り、よき二人であります」


 レオローラはどこか懇願するように、しかしわずかな諦めの滲む声で、自分の想いを告げる。


「それに確かに成長もしているものと見受けます。大老のご心配と、為そうとされている偉業には無論、敬意を払っているつもりですが……あの二人に、託してみても良いのではないでしょうか」

「……託してみても良い、とは」


 クローディアの声が厳しさを帯びた。


「旅路の果て、あの二人が目的を達成するか否かを見極めてからでも遅くはない――――そう言いたいのか」


 レオローラが押し黙った。クローディアは続ける。


「あの子らが失敗し、志半ばで倒れてからでも良いと、そう言うか」

「……やはり、なりませんか」

「当然だ」


 クローディアは強く、迫力ある声で、レオローラの進言を切り捨てた。


「もう二度と……二度と、失うわけにはいかぬ」


 遠き日々を想う。千年もの昔、何も出来なかった過去を想う。


 うっすらと開かれたその瞳には、最早誰にも覆しようのない、強い決意の光が宿っていた。


「あの二人もティタニエラも、この先生き残るための唯一の方法だ。私は成し遂げて見せるとも」


 その日の夜、ミスティルの家の前には十数人のエルフが集まり、神獣との再戦の前祝いを行っていた。


 クローディアの命で準備された食材をエルフたちが調理し、総司はそれらを詰め込むほどの勢いでそれらをかっ込んだ。魔力も体力も回復したものの、早朝に食べた分の栄養はほぼほぼその回復に消費されていたようで、明日のためのエネルギー補給だと言わんばかりである。


 エルフたちはもっぱらジャンジットテリオスとの一度目の戦いについて聞きたがった。外の世界のことを聞きたがる者もいたが、あまりワクワクするような冒険譚は聞かせないように、宴の直前にクローディアに釘を刺されてしまった。


 ミスティルの母が外の世界にあこがれを抱き、隠れ里を飛び出して、ヒトの悪意によって無残な死を迎えたのは、さほど昔の話ではない。ミスティルの年齢は見た目通り、総司やリシアと同じ年の頃である。幼いころに母を失ったと言っても、それはせいぜい十年ほど前。


 総司とリシアの冒険譚は、外界のヒトが経験する事象の中でもことさらに好奇心を刺激しかねないものだ。二人の話に触発されて、ミスティルの母のように外へ飛び出してしまう者が現れることを大老は危惧したのである。


 代わりにジャンジットテリオスとの戦いのことや、ヒトの機能についての話を中心としていた。


 ヒトの機能と言うのはつまり、ヒトが持つ当たり前の身体的特徴のことである。というのも――――


「口も私たちと同じぐらいにしか開かないのね」

「腕が伸びたり取れたりもしないんだな」

「怒ると角が生えるという話もあったが、そういうことはないのか……」


 あまりにも隔絶され、物語やわずかな記録の中でしかヒトを知らないエルフたちは、ヒトに対するイメージが三者三様にとんでもない状態になってしまっていたのである。魔力の性質や持ちえる知識に差はあるものの、ヒトとエルフは、身体的な機能としては非常によく似ている。しかし、彼らの誤解は相当なもので、例えるなら総司の元いた世界で言うところの「鬼」と同じようなイメージを抱いている者もいた。


 今宵、宴に参加してくれた者たちは、朝も総司の復活のために一役買ってくれていた者たちであり、非常に好意的で好奇心も旺盛だった。


 エルフの隠れ里、或いはティタニエラそのものは、確かに隔絶された環境の中にいるものの、外界のヒトたちが思っているほど、ヒトのことを嫌ってはいない。


 しかし相容れるものでもない。その好意的な感情と好奇心は、長らくかかわっておらず、ヒトの闇に触れてこなかったからこそ抱けるものだ。ヒトの魔力自体が、濃すぎれば毒となる種族としての性質。エルフを貴重で金になる商品のようにしか思わない、悪意あるヒトもまた多く世にはびこる現実。リスティリア世界において、ヒトとエルフはこれから先も、滅多なことでは交わることのない種族なのだ。不倶戴天の敵とまでは言わないが、決して「手を取り合って暮らしていく」ことは出来ない。


 奇跡のような時間を楽しみ、独特の味がする果実酒で何度目かの乾杯の音頭を取った後、総司はふと、ミスティルがふらりと宴の場を抜けていこうとしていることに気づいた。


 総司も盛り上がる場を気遣いながら、さっとその場を離れる。


「――――ミスティル?」


 酒でも飲み過ぎたか、騒がしい空気に少しあてられたか。


 ミスティルは家を挟んで宴の場と反対側に回り、心地よい風に身を任せていた。


 総司を振り向く優しい笑顔は、慈愛に満ちた聖母のようである。


「気を遣わせてしまいましたか」

「いや、勝手に気になっただけだ。疲れたか?」

「いいえ、そうではないのですが。少し飲み過ぎてしまったようです」


 照れ臭そうに笑う可憐なエルフ。里一番の人気者になるべくしてなったこの少女は、少しだけ憂いを秘めた表情で、総司から目を逸らした。


「自信はありますか、ソウシさん」

「明日のことか?」

「いえ、そうではなく」


 こほん、と咳ばらいをして、ミスティルが静かに言う。


「この先の旅路。女神救済の偉業……達成する自信が、ありますか?」

「……そっちか」


 総司はミスティルの傍まで歩み寄ると、草の上にどさっと腰を下ろした。ミスティルもすっと行儀よく屈んで、総司の言葉を待つ。


「あるかないかで言われると、ない」

「あら素直」

「そして、自信のあるなしは多分、どうでもいい」

「ほほう」

「やらなきゃどうやら全部終わるらしいし、俺はまだまだこの世界を見ていたい。今のところ、ここで降りる選択肢もねえしな。自信があるかどうかなんて関係ないんだ」

「……やっぱり、お人よしじゃないですか」

「自己中心的だよ。自分のためにやろうとしてんだから。それが結果として、ミスティルの言う“顔も知らない誰か”のためにもなるかもしれないってだけでな」

「今は自己中心的かもしれませんけどね。どうせ、最果ての地に辿り着く頃にはそうじゃなくなってますよ、あなたのことだから」


 ミスティルがからかうように言った。似た者同士、とかつて表現した総司のことをよく理解している。クルセルダ諸島の最奥で共に過ごした時間があるために、ミスティルは最初の頃よりずいぶんと砕けた態度になっていた。


「……この世界に、あなたにとっての“救うだけの価値”がありますかね」

「あると思うけどな。少なくとも今は。これまで優しいヒトに、エルフにばかり恵まれてきたからそう思えるだけかもしれないな」

「私みたいにですね」

「そうさ。ティタニエラで最初に出会ったのがミスティルで良かった」

「つい先日のことでしたね。川で倒れていたソウシさんと、殺気だっているリシアさんと、殺気を向けられても余裕しゃくしゃくなベルさんと」

「改めて言われるととんでもねえ集団だな。よく介抱する気になったもんだ」


 二人は顔を見合わせ、くすくすと笑う。


「短い間でしたが、楽しかった。久しぶりに刺激的な日々を送った気がします」

「気が早いな。明日が本番だろ」

「そうでしたそうでした」


 ミスティルはおどけたように言うと、すっと表情を引き締めた。


「確証はありませんが、明日、気を付けておくべきことが一つあります」

「何だ?」

「前にも話しましたが、ジャンジットテリオスは多分、力を示せばレヴァンディオールをあなたに渡すつもりでいるでしょう」

「……そうだな。多分そうだと思う」

「ということは、何か予想外が起きるとすれば、レヴァンディオールを手に入れた後です」

「……なるほどな」


 総司は納得したようにうなずいて、


「たとえレヴァンディオールを手に入れても油断するなと。そういうことか」

「はい。水晶樹の迷宮に招かれざる者がいたことは私も把握しています」


 カトレアの侵入には、どうやらミスティルも気づいていたようだ。総司たちと比べても、魔法の熟練度で言えば明らかに格上であり、尚且つヒトの魔力の気配には“苦手だからこそ”鋭敏なエルフである。総司とリシアにわざと見つかるように魔力の気配を滲ませたカトレアの存在には、気づいて当然でもあった。


「狙いはわかりませんが、油断してはいけません。何が起こるかわかりませんから」

「ああ、わかってる。でもありがとな。明日もその調子で頼むぜ」

「あ、確認ですけど、明日もついていっても良いんですよね?」

「そりゃあもう止めねえよ。護る必要もないぐらい強いってのはわかってるし、むしろ手を貸してくれ、頼む」

「ええ、喜んで」


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