清廉たるティタニエラ・第七話⑥ 出すべき答え・得るべき答え
「……うそでしょ。何時だと思ってんの」
ベルのあきれ果てた声で、リシアはハッと我に返った。
深夜二時を過ぎ、もうすぐ深夜というよりは早朝と形容すべき時間がやってくる。その時間感覚も完全に失っていた。物思いにふけり、総司の心配をしながら自己嫌悪の呪詛を心の中に唱えるだけで、気づけば数時間が経過していた。
「いや……気遣い無用だ。私が看る」
リシアは薄く微笑んで、ベルから視線を逸らした。総司の呼吸はかなり落ち着いていて、顔色も相当良くなった。クローディアの見立てでは時間が掛かるとのことだったが、それもまた総司の力を見誤っている。
彼の体も、能力も特別だ。回復速度も常人のそれを大きく逸脱しており、魔力は既に最大近くまで回復していた。
「……その心配は本心なの? それとも、逃げてるだけ?」
突き刺さるような言葉だった。微動だにせず、何も言わないリシアの横顔へ、ベルはため息をついて言葉を続ける。
「あたしはクローディア様に何を言われたところで、ぶっちゃけ使う気はないんだよね」
ロアダークから代々受け継がれ、ベルの代で覚醒した伝承魔法“ネガゼノス”。かつてリスティリアを破壊と混乱の渦に巻き込む礎となった禁断の魔法であり、その力は計り知れない。ベルは熟達こそしていないものの、間違いなくその力を扱えるし、扱えば今よりも更に強くなる。
しかしそれでも、ベルには今、その力を使う選択肢はなかった。
「二人の補佐をするってだけで、自分が主軸じゃないんだし。出来る限りの助力はするってことでね。だから向き合うつもりもないわけ。あたしの生き方は変わらない」
リシアの隣に椅子を持ってきて腰掛けて、ベルはあっけらかんと言う。
「けどリシアは多分割り切れないんでしょ。どっちにも割り切れないんだよ」
「……そうだな……」
ぽつりと、ベルの問いかけに呟く。
「もう、どうしていいか……いや」
紡ぎかけた言葉を引っ込めて、正直に言う。
「どうしたいのか、わからない」
総司を支えたいという感情も本心。ゼファルスの真の力を使いたくないというのも、また本心。どちらもリシアの本音であり、それらは今明確に矛盾している。
だからこそ、リシアは迷宮に迷い込んで、抜け出せないままでいるのだ。
「面倒な性格してるよね。性格っていうか、人格かな、多分。その答えをソウシに求めても無駄だよ」
「無駄とは?」
「『リシアが嫌なら無理強いはしない』って言うにきまってんじゃん。わかってんでしょ」
ベルの辛辣な物言いは、しかし正しく。
そしてその言葉に甘えるだろうと思い、リシアはさらにふさぎ込む。彼女らしからぬ弱り切った姿だった。
「だから、聞き方は工夫しないと」
ベルの言っている意味がわからなかった。リシアがきょとんとしていると、ベルは笑って、
「賢い女なんだからわかるでしょ。“何を言われたら自分は割り切れるのか”。ソウシに言ってほしい言葉を引き出せるように聞きなよ。それでだめなら多分この先もずっとダメだからさ」
ベルが自分の寝床に引っ込んだ後、リシアは総司の寝顔を眺めながら考えを巡らせていた。尽きることのない自己嫌悪の念を振り払い、ベルの言葉の意味を考えた。
そうしている間に、夜が明けた。