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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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清廉たるティタニエラ・第七話① 不思議なヒト

 国自体が秘境となっているティタニエラの最奥、クルセルダ諸島。


 その更に奥地、今やヒトもエルフも、そして魔獣すらも立ち入らない領域へ、ジャンジットテリオスの案内によって踏み入った総司は悟ることとなる。


 ここは確かに現代では誰も立ち入れない領域だが、決して人類未踏の地ではないということを。


「これは……」

『お前ならわかるだろう。我らに次いで女神に近しいお前ならな』


 目の前に広がるのは、森の奥地にその地形を利用して築き上げられた古代都市の遺跡である。深い森は驚くほど開け、静かすぎて耳が痛くなるほどの静寂があたりを包んでいる。


 白亜の金属が創り上げる、全体的に丸みを帯びた建造物の数々。総司には想像もつかない時が流れているが、かつてここには人々の生活があったのだろうと直感する。


 流れ落ちる滝と、古代都市の中を駆け巡る水の流れはとめどなく、ここに住まう生命が消え失せた後も変わらず、誰も踏み入ることのない領域を駆け巡る。


 ジャンジットテリオスの言葉通り、この光景を見て思い当たるのは一つだけだ。


「女神と接続するための――――」

『そうだ』


 ルディラントの“真実の聖域”と同じく、千年前は女神の領域と交信することが出来た場所。


 魔力の濃度はさらに高まり、総司ですらも強烈な違和感を覚える。通常の魔力ではなく、総司にもよく覚えのある“自分と似た”感覚。ルディラントの時にはそこまで感じなかった、形容するなら「同族嫌悪」に近いような、本当に強烈な違和感だ。


 ヒトもエルフも立ち入らないが故に、誰にもけがされたことのない魔力が、千年もの間この地に留まり続けている。下界の生命とは格が違う、女神が纏う神秘の力が満ち溢れている。


『さっきの場所でも良かったが、ここの方が邪魔が入らんだろうな』


 ジャンジットテリオスは気楽にそう告げると、遺跡の中へと入っていく。総司は慌ててそのあとを追った。


 “真実の聖域”がそうであったように、この都市もかつては、女神に会いたいと願う敬虔なる巡礼者に何らかの試練を与えるのではないかと思ったが、何事も起こらない。千年の時を経てなおも輝き続ける白亜の古代都市は、周囲の自然あふれる光景の中にあって不釣り合いにも見えたが、既にその機能自体は役目を終え、失われているようだ。


 しばらく進んだ先に、宮殿のような場所へとたどり着く。ジャンジットテリオスはその中にあったテーブルの上に腰掛けると、ふーっと息をついた。


『というわけで、私も休憩だ』

「休憩」


 総司が間の抜けた声で繰り返した。その言葉に何も答えることがないままに――――


 ミスティルの目にすうっと生気が戻った。ジャンジットテリオスの乗っ取りが終わったことを告げる変化だ。総司がぎょっと目を丸くした。


「あっ! アイツ――――!」

「……あれっ? きゃあ!」


 精神を支配され意識のなかったミスティルが覚醒し、そして混乱し、悲鳴を上げた。


 それも当然、この場所の魔力は総司でも違和感を覚えるほどに強烈なものだ。ミスティルも類まれな素質の持ち主とはいえ、いきなりこんな場所に連れてこられたら驚くなと言うほうが無理な話である。


「大丈夫か!」


 総司が慌てて駆け寄り、その場にうずくまってしまったミスティルを支える。ミスティルはしばらく呼吸を荒くしていたが、やがて落ち着いた。


「だ、大丈夫です……でも、ここは……私は一体……」


 総司は事の次第を簡単に説明した。


 ジャンジットテリオスは、その不可思議な魔法でエルフの体を己の器として利用できる。ヒトではなくエルフの体を好むのは、ヒトよりもエルフの方が女神に近しいからだろう。


「そ、そうなのですか……」

「ミスティルだけでもクローディア様の元へ帰せればいいんだが……クルセルダ諸島の奥地らしくてな。なかなかそうもいかないんだ」

「いえ、大丈夫です」


 ミスティルは軽く頷いて、にこりと笑って見せた。この場所の強烈な魔力にももう慣れたらしい。ヒトよりもずっと順応が早いようだ。


「ソウシさんのために必要なことですから。私もお付き合いします」

「悪いな……」


 相変わらずのお人よしである。


 思えばミスティルはそもそも、総司とリシアの目的には何の関係もないのに、ただ待っているだけでは心配で仕方がないと言って付いてきた。そのうえで、彼女はジャンジットテリオスに対して最も強烈な一撃を放ち、最も善戦した。


 総司が見たこともないような、強力な古代魔法を操るエルフ。彼女に詳しいことを聞くいい機会だ。


「とりあえず、食べるか?」


 ディナの実と水の飴玉を取り出して、総司も腰を落ち着ける。ミスティルは簡単に食事を済ませることとなった。


「――――神獣ジャンジットテリオス、やはり一筋縄ではいかない存在でしたね」

「そうだな……ミスティルの言う通りだったし、俺の認識は甘すぎた。勝負にもならなかったな」


 他にやることもないので、神獣との戦いを二人で振り返る。


 ミスティルの古代魔法の一撃をものともせず、総司の膂力も容易く上回る圧倒的な力。その力をしのぐためのヒントまでもらっているこの状況があまりにも不可思議で、総司にしてみれば情けない話だ。


「でも驚きました……この手厚い処遇、かの神獣はもしかして、最初からソウシさんに“レヴァンディオール”を渡すつもりだったのかもしれませんね」

「……あー。そう、かもな……」


 つい先ほどジャンジットテリオスが語った、四体の神獣全ての罪、懺悔の念を思い返せば、かの神獣は救世主の道を強固に阻む試練として立ちはだかるつもりはないとわかる。


 しかし、そう簡単に渡せなくなってしまった。総司が、かの神獣の想像を超えて弱すぎたがために。


「……お前も、物好きだよな」

「はい? なんですか急に。喧嘩ですか」


 ミスティルがむっと顔をしかめる。総司は笑いながら首を振った。


「俺達と出会ったのはつい昨日の話だ。正直普通じゃないだろ。ジャンジットテリオスが本気だったら今頃死んでたんだぜ、俺もお前も」

「……でも、放っておけなくて」

「お人よしだ。ヒトじゃないんだろうけど」

「それはソウシさんだって同じです」


 ミスティルは真面目な表情で言葉を返した。


「むしろあなたの方がお人よしが酷いじゃないですか。私はつい昨日会ったばかりにせよ、友達のためにここへ来ました。でもあなたは、“顔も知らない誰かのために”戦ってるんですから」


 水の飴玉を口に含もうとした総司の手がぴたりと止まる。


 そういう言い方をされたことは、思えば一度もなかったが、ミスティルの言葉は見事に総司の「お人よしさ」を言い当てていた。


 総司にとっては女神を救うための旅路であり、それはこれまでお世話になってきた全ての人々を救うことにも繋がる。


 だが、リスティリアの多くの生命はそのことを知らない。総司が命を賭けて世界そのものを救う旅路をしているという事実を、恐らく終わりの瞬間までほとんどの生命が知る由もない。


 ミスティルの目に映るのは、“にもかかわらず”馬鹿正直に命を賭けて戦う、見ようによっては滑稽な男の姿。


「……もしかして、自覚なかったですか」


 ミスティルが信じられないような顔でひっそりと聞いた。


 ルディラント王ランセムにも怒鳴られたことを思い出した。“勝手に呼びつけられて勝手に押し付けられて、とんだお人よしだ、笑えもせんわ”。あの御方らしい怒り方だったと、今は懐かしさを覚える。


 そしてその先にある答えを見出そうと、既に総司は心を決めている。勝手に押し付けられてそれを受け入れたから戦うのではなく、総司が愛するもののために戦うという道。


「……いいや。この前怒られたばかりだけど、もうそこはちゃんとわかってるからさ」

「そうですか。不思議なヒト」


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