清廉たるティタニエラ・第六話⑤ 総司の課題
『私がお前たちのためにこんな下らん真似をしている理由、少しは理解したか』
「ああ。ありがとな」
『やめろ気持ち悪い』
ジャンジットテリオスは心からそう言っているようだった。
『此度の“敵”、その正体までは我らもわからないが、ロアダークよりも狂った相手であることは間違いない』
「何でそう言える?」
『ロアダークは女神との接続を切り離すことが目的だった。女神を殺そうとしていたのかどうかまでは知らんが、恐らくそれはない。だが此度の敵は違う。直接女神の領域まで乗り込んで、女神を相手取り何事かを為そうとしている……明確な目的意識と凄まじい執念があるが、しかし所業が狂い過ぎていて想像がつかん』
「それこそ、女神を殺そうとしている、ってことじゃないのか?」
『女神レヴァンチェスカが死ねばリスティリアは滅ぶだろう。その力が消え失せれば世界は消える。何もなくなるはずだ。此度の敵もその消滅を免れることは出来んだろうに』
「……わからねえな、俺には」
『しかし、女神の領域に辿り着く前には、そちらの答えも見出しておかなければならないだろうな』
ジャンジットテリオスはむくっと起き上がると、うつろな瞳で総司を見た。
『今のお前ではそもそもたどり着けもしないだろうが』
「……俺に足りないのは、魔力そのものの理解と言ったな。どういう意味だ?」
『言葉通りだ。私も異世界のことは詳しくは知らないが、お前を見ていればわかる。お前の世界には魔法も魔力もないのだろう』
総司が頷くと、ジャンジットテリオスはやはりそうか、と納得した様子だった。
『お前にはそもそも魔法使いとしての才能が欠片も感じられない。その理由が“それ”だ』
「……と言うと?」
『リスティリアに住まう生命にとって、魔力を操るとは……お前にわかりやすい言葉で言えば、“呼吸”に近い。“呼吸”することと、腕や足を動かすことの丁度中間ぐらいの感覚だ。つまり……なんだ、えー……言葉にするのが難しいんだが、魔法の扱いはともかく、魔力の扱いなどそもそも“教わる”ものではないということだ』
「何となく、わかる」
『対するお前は後天的に、しかも“与えられて”魔力を獲得している。これも言いにくいが……こう、何というのか……リスティリアの生命にとっては、魔力は生まれた時から共にある自分自身の一部なんだが、お前にとっては……道具! そう、道具なんだ』
ジャンジットテリオスは相当言いよどんだ末、総司に最もわかりやすい言葉として「道具」を選んだ。その姿を見て、総司は「相当優しい奴なんだ」とのんきなことを考えていた。
そもそも生命としての格が違う相手であり、ジャンジットテリオスにとって「総司に伝わるように」言葉を選ぶということは大変な難易度である。しかもそのうえ、ジャンジットテリオスが伝えたいことは、恐らくヒト同士であったとしても非常に難しい、リスティリアにおける大前提の話だ。常識というよりは、生命が本能で理解していて当然の部分であり、それ故に言葉や文字に起こすのはあまりにも難しい。それを必死で考えてくれているこの神獣は、辛辣な言葉や態度よりもずっと優しい心の持ち主なのだろう。
『しかもその道具は不確かで、明瞭な形がない。使い方の想像がつきにくいが、何とかして使わないと何もできない。そういう状態だ。……と、思う。伝わったか?』
「ああ、何となくだけど、でもよくわかるよ」
『ではそれを解決するにはどうすればいいか? という問題だが、恐らく完全な解決は不可能だろう。生まれ持っていないものはあくまでも“使いこなす”ことが到達点であり、その先はない。が、不完全な形でも多少はマシに出来る』
「……わかってきたぞ」
総司はジャンジットテリオスの言葉を聞いて、この場所に連れてこられた意味を理解し始めていた。
「とんでもない魔力に満ちたこの空間で、自分の魔力の形というか、自分自身の一部であるそれを『掴む』ってことか」
『そうだ。普通の場所にいるよりもはっきりと、お前は自分の魔力を強く感じられるはずだ。周りの魔力が高いからこそ、その中でお前自身の魔力が浮くことになる……自分自身をより鮮明に認識できる』
「だからここで数日過ごすってことか……」
『お前にはわからんだろうが、普通のヒトがここに踏み入ろうものなら既に意識が飛んでいる。ここはそういう場所だ。うってつけだろう』
ジャンジットテリオスの狙いを理解した総司は、改めて頭を下げた。
「お世話になります」
『あぁ全く、お前もゼファルスの継承者も世話の焼けることだ』
「……俺はこれまで、三体の神獣と出会ったけど。四体目も、お前みたいに話の分かる奴なのかな」
『はっ。私を“話の分かる奴”に数えるとは良い度胸だが、まあ、お前をそのまま送り出せないと判断しただけ理性的かね……四体目か、うむ』
ジャンジットテリオスはにやりと笑って、
『レブレーベントとルディラントを渡り歩いたうえで私が三体目となれば、ビオスとウェルスを知っているということか。ならば残るのは――――アニムソルステリオス。おぉ、一番厄介なのが残ったな』
「アニムソルス……」
『私も含め、他の三体よりもヒトやその他の生命のことが好きだぞ、ヤツは』
「そうなのか? じゃあ何で厄介って?」
『決まっておる。お前たちの思う“好き”と、アニムソルスの“好き”は少々違うものでな。しかしまあ奴もお前には悪いようにはしないだろう』
ジャンジットテリオスが語った、神獣四体全ての業。女神の敵を見落とした間抜けっぷりを悔いているのは、アニムソルステリオスなる四体目の神獣も同じということだろう。
「だと良いけど。リシアとベルは帰したんだよな。じゃあ、残ってるのは俺だけか」
『ロアダークの末裔はどうか知らんが、少なくともアリンティアスにはもうちょっとマシになってもらわねば困るといったところ。しかし伝えるべきことは伝えたし、あの目を見る限り多少は理解しているようだし、あとは自分次第と言ったところか』
ジャンジットテリオスはぱっと立ち上がると、総司のもとにつかつかと歩み寄った。
『さて。休息は十分だな』
「ん、もちろん」
総司が立ち上がる。ジャンジットテリオスはわずかに微笑んだ。
『じっとしているのも退屈だろう。面白いものを見せてやる』