眩きレブレーベント・第二話③ 総司が救えたもの
その光景を見て、総司は泣き崩れてしまった。その体を慌てて支えるリシアの目にも涙が浮かんでいる。
教会の地下に、有事の際の避難シェルターがあった。そこには、教会の修道女ら数名と、彼女らが匿った子供たちが十数人、震えながら助けを待っていたのだ。
昨日、総司は教会の庭でグライヴと戦闘し、勝利をおさめた。しかしその後、彼は無我夢中で街中へと飛び出し、生存者捜索に奔走していたため、教会に生き残りがいるという単純な事実を見落としてしまっていた。
生存者たちにも総司の声は届かなかったし、彼女らはグライヴの恐怖に怯えて地下のシェルターから出ようとはしていなかったから、今の今まで、その存在に気づかれなかった。
強固な結界で守られていたはずだったが、結界の起点となっていた扉は既に破壊されており、シェルターが突破されるのも時間の問題だった。
奇跡が起きたのは、グライヴが扉を破壊した直後だった、とは、たった十数名の生存者の弁だった。
「奴はまさに、我々を食い殺そうとしていました……」
教会の修道女が、女王に涙声で報告していた。その言葉が総司の耳にも聞こえてきた。
「牧師様が戦い、敗れて……奴がここのすぐ前まで来て……けれど、何かに気づいたように動きを止めて、教会から飛び出して行ったのです」
「そうら、聞いたか、ん? オイ、なんだなんだ、しゃんとせんか!」
女王が叱責し、総司は何とか涙を堪えながら立ち上がった。女王はつかつかと総司に歩み寄ると、その肩にがしっと手を回し、足取りもふらふらな彼を強引に引っ張って、生存者たちの前に立たせた。
「お前の証言と重ねれば、答えは一つしかあるまい。お前の存在に感づいたのだ。活性化して好戦的になったグライヴは、お前と戦うことに照準を変えて、この者たちから離れた! その選択が誤りだったとすぐに気づいただろうが、お前は逃がすことなく仕留めた! こら、いつまで泣いておるか! 目を見開いてしかと見よ!」
女王がわしゃわしゃと、涙が止まらない総司の髪をかき撫でて言う。
「これがお前が救ったもの。お前がこの世界に来たことで救われた命。さっきも言っただろうが、もう一度言う。目に焼き付けて忘れるな。お前が救えなかったものも、救ったものも全て、この先決してな」
女王は続けて生存者たちに、
「皆の者、よくぞ恐怖に耐えながら生き残った。紹介しておこう。グライヴを仕留めた勇者だ。名をソウシという。皆を助け、皆の家族の仇を討った。ちょっとばかり情けない姿になっておるがね、許してやっておくれ」
街は滅び、住民の多くは死んでしまった。生き残った者たちも、ほとんどが家族を失い、これからの道のりは苛酷なものとなるだろう。
だが、それでも――――ただの一人も救えなかったというのは間違いだった。
総司は確かに救っていたのだ――――それは、犠牲者の数からすれば、あまりにも少ないけれど。
総司の来訪が救った命が、確かに今、目の前にあった。
「えらく肩入れするじゃないですか、陛下。あんまり気を許すのもどうかと思いますがね」
「全く、お前はひょうきんものの癖に、こういうときはしっかりしてるね。流石、我が騎士たちの長だ。頼もしいことだよ」
教会の庭先で、小さな宴が催されていた。街の片付けに入っていた者たちをねぎらい、生き残った者たちの無事を祝う、小さくも楽しい宴だ。
その端で、女王とバルドは小さな声で語らう。生存者たちと語り合う総司に、二人の視線が向けられていた。
「お前はあの涙も嘘と思うかい」
「俺はあいつを疑ってるわけじゃない。疑ってるのは、あいつをつかわした女神さまです」
「ほう? 不敬なことだね」
「女神さまご本人かどうか、わかったもんじゃない。俺ならしないね、こんなこと」
バルドは大きなジョッキで強めの酒をぐいっと飲み干した。その言葉には――――決して、総司への疑念の感情はなかった。
「俺はあいつの話、ほとんど信じてるんですよ。あいつは今まで普通の小僧だった。闘いとか、悪意とか、そんなのとは無縁のね。そんな奴を死体ばっかりの街に叩き落してよ、あんな風に泣かせて……違うでしょうが、慈愛の女神のやることがそんなんで良いはずねえでしょうが。今はああやって笑ってますけどね、心の傷はそう簡単には癒えねえもんだ。この先も悪夢を見る、この先もジクジクと心にじんわり効いてくる。何年たっても消えねえんだ、ああいうのは」
それは、戦士として修羅場を潜った者の経験談。女王は少しだけ表情を引き締めた。
「……なんだ、お前さんの方が肩入れしてるじゃないか」
「あいつは良い奴だ。それは間違いねえよ。あの涙が演技なら大したもんさ。けど、あいつが女神を救うためにつかわされたって部分は、信じ切ることが出来ん。なんかこう……壮大な罠なんじゃねえかと……あいつ自身もすっかり騙されて見落としてる何かがあるんじゃねえかと。そんな風に思えちまうんです。あいつには何の悪気もなくても」
「だから、私が肩入れしすぎるのは良くないと」
「あなただけは、しっかりしていてほしいもんでね」
「はっはっは! 悪ガキが立派になったもんだ。忠告痛み入る、オーレン団長。忘れぬようにしておこう」
「やめてくださいよ……酒の席のたわごとと思ってくださって結構」
「ふっ――――なに、心配は要らん。見定めている途中さ。まあしかし」
リシアや生存者たちと何度目かの乾杯をしている総司を見て、女王は笑った。
「若いってのはいいもんだ。なあ、そう思わんか」
「俺もまだまだ若いつもりだったんですがねぇ」
「ならばやることは一つだな」
女王は自分のグラスを持って、若者たちの輪に突撃した。
「さあ、私も混ぜておくれ! あぁ、よいよい、シスター達よ、今宵は無礼講である! おぉい、誰ぞ、歌える者はおらんのか! リシア!」
「勘弁してください!」
「何だ情けない! おっ! いけるか騎士たち! 全くお前達は優秀だね! では一曲やってもらおうか!」
屈強な騎士たちが、総司の知らない賑やかな歌を歌い始める。女王はなんだか変な動きをしながら歌に合わせて踊り出した。
一国の王のそんな姿を見て、まだ影が差していた生存者たちの顔にも笑顔が戻る。
「さあ、勇者様も」
シスターの一人が酒を持ち、総司のグラスに注いだ。
「ありがとう……でも、勇者様ってのはやめてくれよ、ルーナ」
総司が苦笑しながら言う。ルーナ――――生存者の中では最年長の、可愛らしい金髪の修道女。総司がグライヴを討ち果たしたと知らされたとき、真っ先に手を取って感謝を述べてくれた、恐らくは子供たちのリーダーだ。
「間違いがありませんもの。私達にとって、恩人であり勇者様なのですよ、あなたは」
「むずがゆいんだよ。それに……救えたのは、君らだけだった」
「でもあなたがいなければ、私達すら救われることはなかった。そうでしょう」
「……その言葉だけで、十分だ」
総司は、昨日バルドに振る舞われてから人生二度目の酒を、一気に口へ入れた。
強くはないが、初心者の総司にしてみればきつく感じる。それでも今は酔っていたかった。
「おい、あまり無理をするなよ」
リシアが水を注ぎながら厳しい声で忠告した。
「その様子だと飲み慣れていないだろう。適量にしておけ、適量に」
「はいはい。良いじゃんか、今日はさ」
「止めてはいない。限度を弁えておけよと、それだけだ」
「母親みたいだな」
「そんな歳ではないんだが……」
「朝から思っていたんだがね?」
女王がぬっと、二人の後ろから顔を出した。
「うわっ!」
がしっと二人の両肩を掴む女王に、リシアが慌てて、
「陛下、こぼれ、こぼれますから!」
「お前達、昨日出会ったばかりではなかったか?」
「え? ええ、そうですよ。まさにこの場所で初めて出会いましたが。ソウシが丁度、皆の墓を作ってくれていたときです」
「まだ一日というのに、随分と仲睦まじげだなぁ。似合いと思っておったんだ」
「な、何を仰います! 別に、特別そういうわけでも――――」
「どうだソウシ。堅物だが器量は良いし教養もある。得難い女だ。救世主の嫁という大任も務められると思うが」
「ちょっと! 陛下、何を余計な――――」
「いやぁ、そればかりは本人の意志を尊重しないと。なあ?」
「お前も下手に乗るな、酒の入った陛下は冗談が通じるようで通じないんだ!」
「ではリシアの返事次第か。ソウシはお前のことを悪く思っておらんようだ。どうする」
「どうするもこうするも、どうもしません!」
宴会は夜を通して続きそうな勢いだった。その最中、総司は女王に呼ばれ、喧騒を離れて教会の裏手に出る。
当たり前に思ってしまったが、その時初めて、この世界にも月があることを知った。昨夜は気にもしなかったことだった。