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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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清廉たるティタニエラ・第六話④ 神獣の罪

 女神の試練を乗り越え、総司は力を手にした。リスティリアで並ぶ者のいない、異世界の人間としての特権。内に秘めたる莫大な魔力と、それに伴う圧倒的な膂力。そして切り札として与えられた“リスティリオス”の魔法。


 大きな力を制御するには、これまで総司の感情がキーになっていた。出力を絞るためには、総司自身が大きな破壊を嫌わなければならなかったし、負けられないという感情が心の奥底から高ぶればその力は増した。逆を言えば、細やかな制御の仕方は知らなかった。


 ジャンジットテリオスは、強大な力を制御するという事項を総司に教えることのできる、数少ない存在の一つと言っていい。リスティリアに生きるほぼすべての生命は、総司の領域に達するような強烈で特別な魔力を持たない。神獣は数少ない例外の一つであり、女神が彼に教えていないとなれば、神獣以外には恐らく不可能な教示である。


 力は大きければ大きいほどコントロールが難しい。かと言って、放出する魔力を押さえて制御するのでは、せっかくの莫大な力が宝の持ち腐れとなってしまう。


 己に与えられた特権を全開で行使しつつ、完璧に操ること。それが出来なければ、総司に女神の加護が与えられた意味がなくなってしまうのだ。


 生まれながらに強大な力を持つジャンジットテリオスと、後天的に、しかも他者に与えられてその力を獲得した総司とでは、感覚的な部分でどうあっても齟齬が起きる。


『ついて来い』


 ジャンジットテリオスによって隠されていたクルセルダ諸島は、現代に生きる生命からすれば、未踏の地にして自然の宝庫である。


 しかし、四つ目の島――――ジャンジットテリオスが普段根城にしているらしい、ティタニエラの海岸から最も離れた島には、ヒトかエルフかが何らかの文明を築いていた痕跡がある。


 その最たるものが、島の最奥にある大きな崖と滝の下にある、巨大な建造物である。


 姿そのものを、総司は何と形容していいのかわからなかった。例えるのならば、「歯車の最も外側の部分」だけが途切れたような曲線の構造物が、大小さまざまにいくつも重なりながら構成する巨大な建物。既に朽ち果てたその建造物の周囲には、肌に刺すような濃厚な魔力を感じる。


 魔力濃度は、“真実の聖域”の最奥を超える。あの場所で影響を受けたのはリシアだけで、総司は何ともなかったが、今は違う。体にのしかかってくるような不可思議な感覚があり、動きが鈍るのがわかった。


「ここは……?」

『そもそも、悪いのはレヴァンチェスカだ』


 ジャンジットテリオスは総司の質問には答えず、憤然と言い切った。


『時間がなかったのだろうが、それにしても、お前はまともな状態とは言い難い。力を与えるので精いっぱいだったのか、何かしらの狙いがあるのかは知らないが』


 崩れ落ちそうな巨大な建造物の、道なき道を上へと登る。


 魔力濃度の高さもそうだが、自然に満ち溢れ、ヒトもエルフも訪れない秘境中の秘境であるがゆえに、酸素も濃いように感じた。これに関しては、魔力と違ってハッキリとしたことは言えないが。


 流れ落ちるいくつもの滝、絶妙なバランスで保たれ、崩れることのない崖。そして中央に構える、謎に満ち物理法則を無視した形で存在する巨大な建造物。霊峰イステリオスやサリア峠にも劣らない、まさにファンタジー然とした光景の最中に総司は立っている。それはジャンジットテリオスが創り上げたあの白亜の塔よりも「趣」があって、総司は建造物の中ほどから見える周りの景色に、しばし呆気に取られていた。


「こんなところで……俺は何をすればいい?」

『何も』


 ジャンジットテリオスは軽い調子で言った。


「何も? どういう意味だ?」

『言葉通りだ。数日過ごせ』

「……は?」


 不可思議な建造物の中央付近、何もないだだっ広い平面空間で、ジャンジットテリオスはがさつに座り、ふーっと息をついている。


『この体、ヒトよりは性能が良いらしいが、やはり不便なものだ。すぐに疲れる』

「待ってくれ。数日過ごせってのはどういうことだ? なんかこう、稽古でもつけてくれるんじゃないのか?」

『お前に今最も足りていないのは、魔力そのものの理解だ』


 ジャンジットテリオスは総司に、水を飴玉のように固形化させた玉とディナの実を投げた。総司が受け取ると、ジャンジットテリオスは淡々と言った。総司に理解させるために話しているのではなく、彼を黙らせるために話しているようだ。


『食え』

「……はあ」


 何が何だかわからないが、総司はとりあえず言われたとおりに簡単な食事を摂った。


 ディナの実は強烈な甘みと炭酸のような刺激をもたらす、なかなか独特な食べ物だった。しかし決してまずいものではない。味はレモンとミカンを足して2で割ったような柑橘系の味わいだが、炭酸のような刺激がかなり強く、一気に食べると目の前がちかちかした。


 あの浅黒い肌のエルフが言っていた通り、食べてすぐに体の疲れがふわりと拭われるのを感じた。


「……リシアとベルは?」

『帰した。必要最低限のことは言った。どうなるかは知らん』


 ジャンジットテリオスはそっけない。しかし、総司は驚いていた。


「……俺達が弱いから、そこまでしてくれるのか」

『弱く無様で、そして哀れだ。見ていられん』


 吐き捨てるような言い方だった。ジャンジットテリオスは総司とリシアというよりもむしろ、女神に怒っているように見えた。


『異世界のヒト。そうだな』


 何もない廃墟、そのだだっ広い床の上で、ミスティルの体ではしたなく足を投げ出して、総司に問いかける。総司が頷くと、ジャンジットテリオスは言葉を続けた。


『レヴァンチェスカがどんな手を打つのかと思えば……こんな手段しかなかったのかと、失望を禁じ得なかった。女神の権能の全てを知るわけではないが、レヴァンチェスカならばもう少し気の利いた方法の一つや二つあったろうに』

「……俺を呼ぶ以外にも、何とかする手段があったかもって?」

『そもそも抜けているんだ。昔からそうだ。だから隙をつかれて己の領域にまで敵の侵入を許した。まあ、その点についていえば』


 ジャンジットテリオスはごろん、と仰向けに寝転がり、晴れ渡る青空をぼんやりと眺めながら言った。


『我らにも跳ね返ってくる言葉だがな。敵の執念を見誤った――――我らは皆見落とした』


 四体の神獣のことを言っているのだろう。


 これまで総司が出会った神獣は三体。ビオステリオス、ウェルステリオス、ジャンジットテリオス。


 この三体ともが、総司に対して敵対的ではなくむしろ好意的で、それはリスティリア世界においては異常なことだった。少なくともビオステリオスは、レブレーベントにおいて『領域への侵入を許さない、厳しい霊峰の主』として認識されていたが、かの神獣は総司を優しく送り出した。ウェルステリオスは総司に、ルディラントの真実の一端を見せた。


 そしてジャンジットテリオスは、総司に厳しい試練を叩きつけ、厳しい言葉を投げかけながらも、彼を見放さず、どうにかして強くしようと心を砕いてくれている。


 その理由の最たるものが「これ」だ。


 四体の神獣は皆出し抜かれたのである。女神の領域に至り、女神を脅かそうとする存在を見落とし、その刃が女神の眼前に迫る時まで、その異常を察知できず、今や手遅れとなってしまった。


 彼らは知っている。最早この段階にまで至った女神の危機を救えるのは、女神が手ずから最後の手段として呼び寄せた総司しかいないのだと。


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