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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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清廉たるティタニエラ・第六話② どいつもこいつも!

 塔の最下層まで降りた総司、リシア、ベルの三人は、ジャンジットテリオスがどこからともなく取り出した金属製の椅子に座らされ、何とも不思議なことに、神獣のお説教を聞くこととなった。


 意外過ぎる展開に頭がついていかないベルは、総司とリシアにこそこそと話しかける。


「な、何なのこれ、どうしたらいいのあたし」

「俺もわかんねえよ……」

「今は特に、敵意があるわけでもなさそうだし、ここは大人しくしておいた方が良いと思うのだが……」

『無駄話をするな!』


 ジャンジットテリオスが怒鳴る。三人ともびくっと体を震わせて、傾聴の姿勢を取った。


『まずはソウシ。何だあの戦い方は』

「何だって言われても……ああするしか知らねえんだよ俺は……」

『愚か者!』


 ジャンジットテリオスが乗っ取っているミスティルの体がブン、と腕を振ると、離れているはずなのに総司の額が何かに殴られて、総司は大きくのけぞった。


「いたぁい!」

『向上心を持たんか! 魔力によって自らの膂力を上げる術は心得ているようだが、その制御が全くなっていない! ただ膨大な魔力量で以て魔力を爆発させるだけでは無駄が多すぎる! だから私にたやすく吹き飛ばされてしまうんだ!』

「……なるほど……?」

『本来、お前が持ち得る魔力を完全に制御できていれば、お前の身体能力そのものが、この世の誰も追いつけない領域に達するはずなんだ。どうだ、これまでの戦いで覚えはないか? リスティリアで並ぶ者のいないはずのお前の膂力と、対等に張り合えるヒトの存在に』


 総司の記憶では、三人いる。


 敗北を喫した紫電の騎士、レブレーベントの王女アレイン、ルディラントの守護者サリア。三人とも、総司と剣を打ち交わしても、決して総司が圧倒できる相手ではなかった。負けてしまった紫電の騎士もそうだが、アレインとサリアにも、単純な力と速度で負けてむしろ圧倒されるタイミングがあった。


「あったな、確かに」

『あったなら何とかしようとせんか!』

「いたぁいって!」


 再度額を見えない拳で殴りつけられて、総司は涙目になった。


『疑問に思わなかったのか愚か者め! 何故、圧倒できるはずのお前が互角以下にまで押し負けるのかということを!』


 ジャンジットテリオスはわかりやすく大変怒っており、出来の悪い生徒に熱意を持って指導する熱血教師のように、こんこんと総司の不出来を説いた。俗にいうキャラ崩壊とも言うべき豹変っぷりであるが、こうさせてしまったのは、ひとえに総司たちがジャンジットテリオスの想定を大きく超えて「弱すぎた」がためである。


『何のために戦うのか、何を望むのか、なるほどそういった信条、思想は重要だとも。ヒトの短い一生の中では最重要と言って良かろうな。しかしだからと言って、気の持ちようで全て解決するわけではない! 甘いんだ! 怠っているんだ! 基本がなっとらん基本が!』


 これまで必要性を感じていなかった、しかし最も抜けてはならない部分を、容赦なく指摘されている気分だった。


 総司には間違いなく女神の加護が与えられ、その力は、戦いの素人であった総司を、リスティリアでも有数の魔法の使い手、戦士たちと張り合えるほどにまで押し上げている。


 だが、総司はそれ故に、自分の戦闘能力の向上を目指したことがなかった。女神の思念体との苛酷な修行の中で身に着けた付け焼刃の戦闘力で以て、これまで何とか切り抜けてきたが、ジャンジットテリオスという強大な力の持ち主を前にして、それでは足りないのだと思い知らされた。


 レブレーベントとルディラントで手に入れた二つの魔法を除き、総司には通常の魔法が使えない。軽い物を浮かせて運ぶような、子供でも才能ある子であれば達成可能な魔法ですらも、総司には扱えない。その理由の一端が、ジャンジットテリオスの指摘にある。


 総司は魔力のコントロールが「感情」に左右され過ぎるのである。出力の調整は多少なりとも出来るが、それでも、総司が持つ蒼銀の魔力はそれ単体で強大過ぎるがために、通常の魔法の器に収まりきらない。細やかな制御の仕方、集中のさせ方を心得ていないためだ。身体能力の強化を補助する魔力の放出も、総司は感情に頼る部分が多く、それ故に気持ちの高ぶりで膂力が上がったり、上がりきらなかったりする。これまでも、そう言った場面は何度かあった。


『次にお前!』

「ぐっ!」


 ガン、と今度はリシアの額が殴り飛ばされたらしく、リシアがわずかにのけぞった。総司に対してよりは手加減してくれているらしい。


『本当にゼファルスの翼を使わんではないか! あの翼があればもう少しまともに戦えただろう!』

「……それは……」


 リシアが向き合えないもの。


 傀儡の賢者マキナに指摘され、大老クローディアに見抜かれた、リシアがどうしても踏み切れない一線。


 リシア・アリンティアスもまた、伝承魔法の使い手である。リシアが最も得意とする魔法“ランズ・ゼファルス”は、ルディラントの守護者サリアが行使した“ランズ・アウラティス”と非常によく似た詠唱である。


 彼女は、彼女が敬愛し時に畏れを抱くこともある主君・アレインと同様に、受け継がれた血の覚醒によって獲得できる通常魔法の上位存在、伝承魔法を継ぐ者なのだが、しかし、その才能をわずかにしか生かし切れていない。


 彼女は、彼女自身が受け継ぐ系譜の力を、伝承魔法の真髄の行使を、心の奥底で頑なに拒んでいる。ゆえに、彼女の伝承魔法は完全な形で発現していないのである。


『……まさか……使えないのか、ゼファルスの翼を? お前ほどの魔法使いが?』

「面目次第も……」

『あああああ!』


 ジャンジットテリオスは、ミスティルの体でその頭をわしゃわしゃとかきむしった。


『何たる怠慢! 何たる甘さ! おぉぉぉ久々に思い出した、これがイライラするという感情かァ……! 思えば千年ぶりだぞ小童どもォ……!』


 リシアがシュン、と落ち込んでしまい、見た目よりもずっと小さくなってしまったように見えた。


『そしてついでにお前!』

「ハッ!」

『甘いわ小娘が!』

「ぎゃん!」


 ベルは一撃目を勘で避けたが、続けざまに放たれた見えない拳に側頭部を殴られて椅子から転げ落ちた。


『お前もなぁにを上品に戦っているんだ! お前はこの二人の目的とは関係ないかもしれんがな、やるからには本気でやらんか! あのそよ風は何のつもりだ!? ロアダークの力は!? 間違いなくお前からはその力を感じたぞ! 何故使わんのだ、“ネガゼノス”を!』

「……だって、嫌いなんだもん」

『だぁぁぁぁ!!!』


 ついに怒りが爆発し、ジャンジットテリオスはもう一度拳を振り回した。総司とリシアも思いきり見えない拳に殴りつけられて、ベルと同じように椅子から転げ落ちた。


「いてぇ……何かずっと殴られてんだけど俺……」

「な、なかなか効くな……」

「ぶっちゃけすっごい痛いよねこれ」

『どいっっつもこいつもォ! よくもそんな体たらくで我が前に来たな! 私を侮辱しているのか!』


 総司は立ち上がり、額をさすりながら言った。


「そんなつもりはなかったんだが……」

『言い訳無用だ馬鹿者。そして喜べ。この私がお前たちの甘ったれた性根をここで鍛えなおしてやる。ソウシ!』

「ウス」

『こっちへ来い』


 総司が素直にジャンジットテリオスの傍に歩み寄ると、ガコン、という妙な音がした。


 見れば、塔の壁に大きく穴が開き、そろそろ昼に差し掛かろうかという空が見えた。


 ジャンジットテリオスは総司の服をがっと掴むと、ギリギリとミスティルの細腕に力を込めた。体はミスティルであっても、乗っ取っているジャンジットテリオスの魔力の片鱗が感じられる。その力が徐々に上昇しているのを感じる。


「え、え、何だ何だ何だ――――」

『先に行っていろ。私が行くまで生き残るようにな!』


 ジャンジットテリオスはぐるん、と体を一回転させ、総司を思いきり投げ飛ばした。

 総司が叫び声を上げながら、流星のような勢いで彼方へと消え去ってしまった。


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