清廉たるティタニエラ・第六話① 激怒の神獣
「ハッ……」
リシアががっくりと膝をつき、息を吐く。
ジャンジットテリオスならば、もしかしたら止まってくれるのではないか。そう信じてみたものの、確証はなかった。力が足りないとなれば容赦なく殺すと言っていたように、リシアごと殺してしまうのではないかと思った。何とか止まってくれたようだが、果たしてそれは理性故か、それとも――――
ミスティルがベルに抱えられて祭壇まで辿り着くと、倒れ伏す総司に手を当てて、魔法を行使する。癒しの魔法と思われるそれは、ゆっくりと、しかし確実に、総司の傷をいやしていく。
「……くっ……」
気絶していた総司に意識が戻った。ミスティルは涙を浮かべながら声を掛ける。
「良かった……! じっとしていてください、もう少し回復させますので……」
「……ジャンジットテリオスは……?」
「どこかへ行っちゃったよ。見逃してくれたみたいだね」
ベルがほっと息を吐きながら答える。総司は「そうか」と言葉少なに呟いて、ため息をついた。
「ちょっと……強すぎるな、あいつは……」
「ああ……まともに戦えもしていない……ジャンジットテリオスが本気だったら、私たちは今頃……」
ミスティルが治療を完了させて総司から離れた。総司はゆっくりと起き上がり、まだ痛むものの動かせる体の感触を確かめた。
「ミスティル、ありがと――――ん?」
礼を言おうとして、総司がはっと言葉を切る。
ミスティルの体からがくんと力が抜けており、目がうつろになっていたからだ。
「あれ……オイ、まさか――――」
ミスティルの体がゆっくりと、一時は離れたはずの総司の方へと歩き出す。その足取りはズン、ズンと、怒りが表れているように力強い。そして――――
『弱いわァァァーーーー!!!』
「んぐっは!!」
総司の腹に、渾身の右ストレートをぶちかました。
「あぁぁぁ」
鳩尾のあたりに完璧に決まった拳は、総司の体をまたも吹き飛ばし、総司は祭壇の前の床にぐったりと倒れ伏すこととなった。
「うわぁ……」
あまりにもむごい光景に、ベルが思わず声を漏らす。ミスティルの体をまたも乗っ取ったらしいジャンジットテリオスは、総司に一撃かますだけでは飽き足らないのか、ぐるん、と憤怒の形相でリシアとベルを振り返り、ずかずかと二人に詰め寄った。そして有無を言わせぬ迫力で二人を硬直させると、リシアとベルの頭に拳骨を落とした。
「ったー……!」
「くぅ……」
『弱い弱い弱い弱すぎる! 羽虫を相手にしておるのかと思ったわ、小童どもめが! 天に挑むことを何と心得ているんだ!!』
「あぁぁ……痛いぃ……」
『お前もさっさと起き上がらんか情けない! いつまで寝ているんだ!』
呻く総司をげしげしと足蹴にして、ジャンジットテリオスは怒りも冷めやらぬという様子で憤然と言った。
『とんだ茶番だ全く! 殺す気も失せたわ! 器はそれなりと思ったがそもそも弱い!』
ミスティルの細腕を酷使して、ジャンジットテリオスは総司の服をがっと掴んで無理やり立たせると、その頬をバシバシと叩いた。
『そんな体たらくでこの先にどうやって進もうと言うのだ! 目を覚ませ小僧、聞いているのか!』
「覚めてます覚めてます痛い痛いぃ」
『アリンティアス!』
「は、はいっ!」
ジャンジットテリオスの凄まじい迫力に、リシアは思わず畏まって姿勢を正した。
『兵糧の準備はそれなりに整えてきたのだろうな!』
「それは、ええ、一応は……」
『よぉしついて来い!』
ぐったりした総司の体を引きずり、ジャンジットテリオスが叫ぶ。リシアとベルは顔を見合わせた。
「あの……何をするつもりで……?」
『決まっているだろう!』
ずるずると総司の体を引きずり、祭壇の端に立って、ジャンジットテリオスは言った。
『この小童もお前も、ついでにロアダークの末裔、お前も! 今風というやつよなぁ、軟弱すぎるわ! この私が鍛えなおしてやる、感謝しろ青二才ども!』