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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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清廉たるティタニエラ・第五話④ 裁きを代行する獣

「……その辺、興味はあるけど」


 総司は油断なく剣を構えたままで、ベルを見た。ベルは目を伏せたまま、総司とリシアを見ようとしなかった。


「今この場で重要とは思えねえな」


 ベルがハッと目を見張ってようやく総司を見た。総司は既にベルから視線を外し、ミスティルを睨みつけていた。


『私はそれなりに知っている。そもそもお前たちがこのティタニエラに来たのもその娘による小細工があったからだ。全てが罠だとは思わないのか。ロアダークの力を受け継ぐ者。“血は争えない”、これはヒトの言葉だったな』

「ベルを疑う段階はもう終わっている」


 リシアも冷静に言葉を紡いだ。


「親が悪人だからって子も悪人ってことにはならねえのに、千年も前のご先祖様を持ち出されてベルも悪人かもしれないってのは、そりゃあんまりな暴論だ。取り消せ」

『……ふむ』


 ミスティルはわずかに首を傾げ、そして首を振った。


『確かに。ヒトの時間感覚で言えば“大昔のこと”か。数世代どころではない時代が過ぎ去った後だったな。許せ、私とお前たちとでは感覚が違ったようだ』


 あっさりと、己の非を認めた。


 寿命がせいぜい百年、というヒトの時間感覚と、千年前の大事件から今日まで一つの生命として生き続けているジャンジットテリオスとでは、子孫に対する考え方も何もかもが違う。総司とリシアにしてみればロアダークとベルの関係性は完全に断絶しているようなものであったとしても、ジャンジットテリオスにとっては連続した関係性なのだ。ジャンジットテリオスにとっては、確かに力を受け継いでいるベルがロアダークの「子」のように見えたのである。


『さて、少々逸れた。こんな話がしたいのではなかった』


 リシアの剣をさっとかわして、ミスティルの体がすうーっと床を滑り、壁に飾られた絵の前へと移動する。総司とリシアがそれに近寄ることはなかった。総司が手招きして、茫然としているベルを自分の元へと呼び寄せる。


「小細工は通じない。俺の後ろにいろ」

「……ん。ありがと」

『お前は何に挑むのか、未だわからないまま走っている。終着点に待つものがわからないままに。その旅路を歩むことが出来るのは、お前がお人よしというやつだからだ』

「いや、違うな」


 ミスティルの口から紡がれるジャンジットテリオスの言葉に、総司がきっぱりと反論した。


「確かに何かを見つけたわけじゃなくても、今の俺にはその言葉は当てはまらない。少なくとも、俺がここに来たのは俺自身の意思だ。この先も、俺は止まりたくないと心から思ってる」

『……これは驚いた。そうか、見逃していた』


 ミスティルのうつろな目が、間違いなく、総司の胸元に刻まれたルディラントの紋章を見た。


『ルディラントの紋章か』

「王ランセムと出会った。その絵にあるスヴェンとサリアにもな」

『はっはっは!』


 それまで感情を感じさせなかったミスティル、否、ジャンジットテリオスが、痛快とばかり声を上げて笑った。


『これは傑作だ、私はとんだ無駄足を踏んでいるというわけだ。こういうのを、お前たちの言葉で何と言うんだったかな……そう、ダサい、だったかな』

「だから、わからねえよ、お前の言ってることの意味が」

『お前に示さねばならないとばかり思っていた。お前の旅路に必要なものをな。しかしそれこそ必要のないことだった。お前は既に辿り着いていたか』

「……王ランセムが示してくれた。俺は“そうしたいから”この先へ進むし、必ず見つけてみせるさ。俺が何が何でもこの世界を護りたいと思うに足る何かを」

『あぁ――――であれば、最早』


 ミスティルの目にゆっくりと、彼女本来の生気が戻る。


『言葉は不要だ、まだ未完成な、しかし確かなる救世主よ。上がってくるがいい。器は見定めた。次は力を見せてみろ』

「上等だ、この先千年忘れられないようにしてやる」

『良い気迫だ、死に物狂いで掛かって来い。わかっていると思うが』


 正気に戻りかけているミスティルに、わずかに残る神獣の気配が、一瞬だけ殺気を帯びた。


『お前では素質不足だと私が判断したならばその時は殺すぞ。見逃してもらえると思うな』


 ジャンジットテリオスの圧倒的な気配がふわりと消える。


 ミスティルはしばらく茫然としていたが、やがてハッと我に返ったようだ。


「あれっ……私……あれ?」

「大丈夫か?」


 リシアがミスティルに歩み寄り、その手を掴んだ。


「あの……なんだか、記憶が飛んでいるような……」

「ちょっとしたアクシデントだ、気にすることはない。それより、来たぞ」


 床の模様に魔力が走り、四人の体がゆっくりと浮き上がり始める。

 ジャンジットテリオスの招待だ。剣を握りしめ、総司は遥か天を見上げる。


「ベル」

「なに?」

「気にする必要のないことを気にしてぼさっとするなよ。庇える余裕は多分ないからな」

「……はいはい。見せてあげるとしますかね、カイオディウム聖騎士団、近衛騎士の力を」


 四人の体は塔の頂へとたどり着く。角のような四つの先端、その先に宿る光へとゆっくりと吸い込まれていき、そして、光が弾ける。


 眩い光の中を抜け、塔よりも更に上空へ――――四人は、一気にばらばらに、勢いよく放り出された。無数の島の残骸がデブリのように浮かぶ、あの天空の最中に。


「うおっ――――」


 突然の浮遊感、そして落ちる感覚。空中で態勢を立て直し、そして一瞬だけ言葉を失う。


 天空の覇者が創り上げた幻想的な領域。下から見上げていた時には見えなかったが、無数に浮かぶ岩の群れの中に、ひときわ巨大な塊があった。


 それは白亜の金属で構成された、不自然に途切れる曲線で創り上げられた神秘的な建造物。城とも神殿とも言えない、謎めいた巨大な建造物の中心に見えるのは、例えるのならば「祭壇」だろうか。不自然に途切れる曲線を描いた金属の、通路のような構造物が複雑に交差し、卵型の塊を創り上げている。その奥には日の光を遮るように、時計のようなリングが浮いており、ゆっくりと回転していた。


 そして、総司は確かに見た。


 祭壇を抱く卵型の塊の頂点。リングの端と建造物が重なる、後光が差す位置に。


 くすんだ銀の翼を広げる強大な存在が、まさに臨戦態勢といった様子で巨大な口を開けているのを、確かに見た。


 幻想的な天空の領域で、浮遊感に体を預けたままではいられなかった。無数に浮かぶ岩に着地し、すぐさま別の岩へと飛び移る。


 直後に、とんでもない魔力を内包した、紫と濃紺と黒が入り混じるレーザーのような砲撃が、総司が先ほど足蹴にした岩を巻き込んで彼方へ通り過ぎて行った。


「あれが――――」


 くすんだ銀の鱗を持つ巨大な生物が、翼を広げてふわりと飛び上がった。両腕と両足には獰猛な爪が光り、その胴体と手足の長さに不釣り合いなほど翼が巨大で、尾が長い。天に浮かび上がるその姿は、見る者を魅了すると共に絶望を与える。


 総司の元いた世界においては、時代によって、或いは地域によって、善なる者にも悪なる者にもなった伝説の生物。


 ある時は悪魔の具現として。或いはそのメタファーとして。

 ある時は英雄の象徴として。或いはその心強き支えとして。


 おとぎ話の世界に幾度となく登場し、親が子供をしつける時に脅し文句として使われることもあれば、おとぎ話を愛する子供たちの憧れとなることもあった。


 ウェルステリオスが、中国の「龍」のようと形容するのならば、ジャンジットテリオスは欧州、例えばウェールズの赤き竜のような生物を示す時によく用いられる「竜」に近い。


 幻想と伝説を可視化する「ファンタジー」そのものを具現化した存在、“ドラゴン”。その中でも頂点に君臨する、リスティリアの空を制圧する者。


 “裁きを代行する獣”、天空の覇者ジャンジットテリオス。ここはもう、かの神獣の領域である。


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