清廉たるティタニエラ・第四話② 天に挑む試練
「……俺には、女神の視点やクローディア様の視点は、あまりに遠い」
「当然だ」
総司の率直な感想に、クローディアはすぐに頷いた。
「そしてそれでよい。今すぐ理解せよとは言わぬ。ただ知っているだけでよい」
「ゼルレイン・シルヴェリアのことはご存じですか?」
「無論だ」
「ゼルレインは世界再建の折りになって姿を消したと言い伝えられています。レブレーベントはそれを忌むべき名として封じ、名を変えている。彼女に何があったのかは――――」
「私が知らぬ、最後の結末の部分だな」
クローディアは、銀色の盃を片手に言った。
「誤解のないように言っておくが、ゼルレインは間違いなく善なる者であった。ロアダークにとって不倶戴天の敵であり、シルヴェリアのみならず世界のため、その命を賭してロアダークと対峙した。忌むべき名とされておるのは不憫なことよ」
「ゼルレインはロアダークを討った。けれど、そのあと何かがあって、姿を消した……」
「……その部分については、私も聞いただけの話だが」
総司の言葉を受けて、クローディアがひっそりと――――しかし、とても重要なことを口にした。
「ロアダークを追い詰めた軍勢、その頭は確かにゼルレインであったが、ロアダークを討ったのはあやつではないらしい」
「え?」
「ゼルレインの傍に控えていた兵士の一人が、決死の覚悟で相討った。私はそのように聞いておった。しかし今にして思えば、行方をくらましたゼルレインへの当てつけだったのかもしれんな……」
世界再建の大事な時に、誰にも何も伝えることなく姿を消したゼルレインがそのまま英雄としてあがめられることを嫌った、誰か。その誰かによるプロパガンダじみた可能性。クローディアは首を振り、
「その風説で以て、ゼルレインの功績が失われるわけではない。あやつは確かに、世界の誰もがいてほしい時にいなかった……だが、今日の世界があるのは、あやつが命を賭けたからだ。それは忘れないでやってくれ」
「はい……では、今世界を脅かす敵の正体については?」
「皆目、見当もつかん」
やはり、クローディアですら、その部分は見通せないようだ。
「しかし、ランセムの言葉は正しいと私も思う。“過去にあった反逆とは動機が違う”、私も同意見だ。ロアダークの目に映っていたのはあくまでもこの世界そのものだったが、此度の敵は、リスティリアに目もくれておらぬ。獰猛な魔獣が散見されるとはいえ、それは副産物に過ぎんだろうな」
「女神の領域から零れ落ちた、悪しき者の力の残滓、ですか」
「女神を殺そうとしていることには間違いないが、その動機も、その先にある最終的な目標も見えぬ……力になれなくてすまないな……」
「とんでもない!」
総司は慌てて腰を浮かした。
「貴重なお話をありがとうございます」
「お前たちが喜びそうな話としては」
クローディアが思い出すように目を閉じた。
「スヴェンとサリアはこの国に来たことがあるぞ。他国との交渉役を任ぜられた私とはその時初めて出会った」
「あの二人が来たんですか!?」
「最初はいけすかぬ男でなぁ、サリアには再三、あの男はやめておけと助言したものだ。サリアは年頃故、ずっとそんな感情はないと否定しておった……」
顔を赤くして照れるサリアが目に浮かぶようだ。
クローディアは思い出話も程々に、本題の一つを切り出した。
「さて……お前たちの用件について話す前に、だ。そろそろ聞かせてもらおうか、ベル。お前の本心をな」
「……もうちょっと聞いてたかったなぁ」
ベルは、総司とリシアが話すルディラントの冒険譚や、クローディアの思い出話に一切口を挟まず、ただただ呆気に取られながら聞き役に徹していた。そうするしかなかったのだ。クローディアが異質なだけであって、総司とリシアの冒険譚は、ベルにとっては正しく「伝説の証明」であり、言葉が見つからなかったのである。
「カイオディウムの支配者を殺す……その言葉に偽りはないのか」
「もちろん。本気ですよ、大老さま」
「そのために、我らの持つ“古代魔法”が必要だと」
「はい」
「ではその理由を問うとしよう。何故、貴様にとっては主である枢機卿を殺さねばならぬ」
「カイオディウムの現体制を崩壊させるためにはそれしかない。枢機卿とその権威、意思がある限り、カイオディウムは変わらない」
「……ふむ。世迷言よな」
クローディアはバッサリと切り捨てた。
「続けて問う。“古代魔法”を欲するのは何故か」
「枢機卿は代々、無敵の護りによってその命を保証されてる。でもエルフの“古代魔法”であれば、その護りを突破できるはずなんです」
「……無敵の護り」
「はい。枢機卿は――――大聖堂デミエル・ダリアにいる限り、決して傷つくことはない。彼女に対するあらゆる害は無効化される。その魔法を突破しない限り、枢機卿を殺すことは出来ない」
ベルが口にした衝撃的な事実に、総司もリシアも目を丸くした。
「そんなからくりが……」
フロル枢機卿が他国との交流を嫌い、窓口役を王族に押し付けているのもその特性が原因だったのだ。
デミエル・ダリアにいる限り、枢機卿は無敵の護りによってその身の安全を保障される。つまりは、デミエル・ダリア内部においては無敵の存在であるということだ。
「……さて。それで終いか、ベル?」
「……言いたいことは以上です」
「お前は肝心なことを答えておらぬ。そしてそれは意図的なものだ」
クローディアは立ち上がり、ベルをまっすぐに見た。
「何故枢機卿を殺さねばならぬのか……カイオディウムの現体制を変えねばならぬとするお前の考え、そこに至るお前の動機が見えぬ。お前は嘘をついている」
「……嘘じゃない。けど……」
「よい」
ベルの言い訳を遮り、クローディアが笑った。
その笑みに込められているのは、実に楽しげな感情だ。
「滞在を認めよう。そして、お前の働き次第で、お前の望みを叶えてやらぬこともない」
「クローディア様!」
総司が声を上げた。それと同時に、それまで黙って聞いていた戦士レオローラも立ち上がり、クローディアに厳しい声で言った。
「殺しの手助けをするというのですか、大老! それもヒト同士のいさかいに首を突っ込むとは!」
レオローラは火の出るような怒りの眼差しをクローディアに向けていたが、すぐに押し黙った。
クローディアとレオローラが見つめ合う。総司は、エルフのみに伝達できる特殊な魔法で、クローディアが何事かをレオローラに伝えているのだと察した。
「ベル、お前に任を与えよう」
「……任? 仕事ってこと?」
「そうだ。ソウシとリシアは、これよりティタニエラの秘宝を手に入れるため、試練を乗り越えることとなる。その補佐をせよ。無事それが達成された暁には、お前の望みを聞き入れる」
「クローディア様、本気ですか」
リシアもまた憤慨し、立ち上がってクローディアに抗議した。しかしクローディアは手を振り、魔法によってリシアを強引に座らせると、リシアの抗議を無視して話を続けた。
「この国の“オリジン”は、千年前より我らエルフの元を離れておる。お前たちの目的はオリジンだ。手に入れなければなるまいな?」
「はい。お許しがいただけるのなら、取ってきます」
「無論取ってきてもらうことになるが、並大抵ではないぞ。お前たちは天に挑むことになるのだから」
「……天に……?」
クローディアは不敵に笑った。
「ティタニエラの秘宝“レヴァンディオール”を護るのは、最も強靭なる生命にして、女神の意思が下界にて具現化したともいわれる最強の一角」
リシアがかっと目を見開いて、まさか、とつぶやく。
「天空の覇者 “ジャンジットテリオス”。もしかすると、最後の敵より手強いかもしれんな」