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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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清廉たるティタニエラ・第四話① 思い出話

 宴の場として設けられた、客間と同じく自然に満ち溢れた広間で、宴は楽しく進められた。給仕のエルフたち以外には、ティタニエラの側からはクローディアとミスティル、レオローラ。それと総司たち三人しか同席しておらず、決してお祭り騒ぎのような状態にはならなかったが、クローディアは総司とリシアの「ルディラント冒険譚」を熱心に聞きたがり、その一言一言に懐かしみ、笑い、そして最後はわずかに涙した。


 昨日のことのように思い出せる――――クローディアのセリフはそのままの意味だ。


 彼女はエルフの中でも特別に長寿な存在で、千年前の「カイオディウム事変」の当事者だった。王ランセムは、ウェルステリオスが総司に見せた在りし日の日常の光景で、サリアを通じてティタニエラと縁を結んだと語っていた。ルディラントは千年前、ティタニエラと初めて通じた国だった。


「誰もかれも最後は笑顔であったか……そうか」


 総司とリシアに、幻想のルディラントの顛末を聞き終えて、クローディアは感慨深げに言う。


「かの国の最後を見送ったのがお前たちで良かった。ランセムも喜んでいよう」

「だと良いんですが」

「案ずるな。お前たちの前ではあまり見せておらんかったかもしれんが、アレは存外、好き嫌いの激しい男でな。お前たちへの入れ込みよう、相当に気に入っておったと見える」


 エルフの食事は果物と野菜を中心としていたが、エルフは狩りにもたけた種族だ。食卓には肉の類も並び、豪華なものとなっていた。


「クローディア様、お聞きしても良いですか?」


 話がある程度、けりのついた頃合いを見計らって、総司が切り出した。


「何も遠慮はいらんぞ。何なりと」

「千年前、実際に起きたことが知りたいんです」

「実際に起きたこと、とな」


 質問の意図するところを測りかねたか、クローディアが首を傾げる。完成された美女であるクローディアの、どこか可愛らしい――――あまり見たことのないそぶりを見て、人知れずミスティルとレオローラが驚いていた。総司は慌てて、


「王ランセムに助言を受けたのです。俺達の旅路はそのまま、千年前を辿る旅路なのではないか、と。俺達はルディラントと、それからレブレーベントに伝わる情報だけは持っていますが、他のことを知らないんです。けれどクローディア様はまさに当事者、書物や論文から得られるよりずっと確かな『実際のこと』をご存じだと思いまして」

「うぅむ」


 クローディアは少しだけ申し訳なさそうに目を伏せた。


「無論、知っていることはあるが、最初に詫びねばならん」

「と、仰いますと?」


 リシアが聞くと、クローディアはわずかに首を振った。


「一つには、当時私は大老の地位にはなかったということ。他国との橋渡し、交渉役を任ぜられたが、それでも、全てを知れるだけの地位にいなかったのだ」

「なるほど」

「そしてもう一つには、ティタニエラは確かに他国と手を結んだが、時のルディラントやシルヴェリア、そしてローグタリアほどには、カイオディウム事変から連なる一連の事件の中心にはいなかった。誰より前に立っておったのはシルヴェリアで、我らはその援護をするような立場であった」


 それは理にかなっていることだ。


 ルディラントの守護者、総司ですら苦戦を強いられ、女神から与えられた切り札がなければ到底及ばなかった破格の使い手、サリア。そのサリアを粉砕し殺した反逆者ロアダークが、世界の敵の首魁だった。


 断片的な情報ではあるが、当時そのロアダークに真っ向から対抗できたのは、時のシルヴェリア王女、ゼルレイン・シルヴェリア只一人だったという。スヴェン・ディージングの言葉によると、反逆者ロアダークすらもその力を警戒し、最初の狙いをシルヴェリアではなくルディラントへと定め、ゼルレインとの早期の激突を避けていた。


 史上最強の戦士ゼルレインの存在こそが、世界が持つロアダークに対する切り札だった。シルヴェリアが一番前に立つことで、ロアダークを押さえつけることが出来たのだ。


「ゆえに事の中心と、その顛末の全てを知るわけではない。その前提に立って良ければ、お前の知りたいことを可能な限り教えようとも」

「ありがとうございます」


 総司はぺこりと頭を下げて、質問をいくつか整理した。


「千年前、六つの大国に女神と接続できる領域があったのは事実でしょうか」

「然り。私も会ったことがある」

「本当ですか!?」

「私はルディラントに嘘をつかぬ。つまりは、お前たちに嘘をつかぬということだ」


 クローディアはクスクスと笑いながら、驚く総司の反応を楽しんでいた。


「……怒っておるな、ソウシ」

「え? 怒る? と、とんでもない! 今の話のどこに――――」

「あぁ、私にではない。女神にとても、怒っておるな」


 クローディアの指摘を受け、総司は言葉を失い、黙り込んだ。


 総司の慟哭を聞いたのはリシアだけだった。ルディラントの滅びを見守るだけで、何もせず。ルディラントの冒険を終えて戻った総司に会おうともせず。


 ただ世界の歴史が流れるまま「何もしない」女神への怒りを叫びに変えて喚き散らしたのは、つい先日のこと。


 総司の目に宿る光に何を見たか、クローディアは総司の怒りを、やり場のない憤激を見抜いていた。


「その怒りに感謝を。まこと、ランセムは幸せ者よ。お前のような良き若者が、かの国を想って怒りに震えてくれるのだから」


 クローディアは静かに言った。


「しかし、一つだけ知ってほしい。女神はこの世界に恵みを齎すが、破壊を齎すことは出来ぬ。女神はこの世界を愛し、この世界の生命全てを愛し、それを害することは出来ぬ。あの日、女神は何もしなかったのではない。……何も、出来なかったのだ。見ていることしか出来なかったのだ」

「……それが、この世界のルールなのですか」

「愛は与える時にのみ、自らの意思で選ぶことが出来る。しかし与えられる愛はそうはいかぬ。女神は全てを愛したが、全てが女神を愛するわけではなかった。それだけのこと」


 納得をしたわけではない。だが、クローディアの言う通りだとすれば合点がいく。


 女神レヴァンチェスカは全知全能に近いが、しかし近いだけでまさしく全知全能というわけではない。もしも本当にあらゆる事象をコントロールできるのなら、そもそも今窮地に陥っておらず、総司を呼びつけて自分の遣いとし、自分自身の救済を任せる必要がないのだ。諸悪の根源を自らの手で罰し、断ち切ればいいだけの話である。


 彼女にも出来ないことがある。そしてあの日、滅びの日にルディラントを救うことは、彼女には「出来ない」ことだった。ルディラントを救うということはそのまま、攻め込むカイオディウムの軍勢を何とかすることに直結する。


 たとえそれが、全世界に破壊をまき散らす反逆の行いであろうとも、女神レヴァンチェスカにとってはルディラントもカイオディウムも平等なのだ。


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