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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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清廉たるティタニエラ・第三話⑥ まだ隠すベル

 もう礼を言うことすら叶わぬルディラントの人々へ想いを馳せ、涙がこぼれそうになるのをこらえる総司に――――


「あのー……あたし、いつまでこうしてればいい……?」


 拘束されたままほったらかしにされていたベルが、遠慮がちに声を掛けた。


「……悪い、そうだったな、いたんだったな……」

「だーから扱いが雑過ぎませんかぁ! あたしももてなされたーい!」

「……貴様、よくもまあ……」

「千年も前の話でそんな敵視されてもさー! 何があったかってのは大体わかってるけど、あたし生まれてないっての! 別にエルフさんの敵でもないのー!」

「……ふむ」


 クローディアがピン、と指を弾いた。

 ベルを拘束する縄が解かれ、ようやく自由を取り戻す。


「おっ」

「一理ある。が、そもそもヒトだ。この二人が特別なだけでな。貴様こそ招かれざる客である。そのあたりは、心得ておるな?」

「……そりゃ、ティタニエラの考え方は知ってるけど」


 ベルは不貞腐れながら言った。


「でもあたしがいなきゃ、この二人はここへは来なかったよ」

「……まことか?」


 クローディアが総司に聞いた。総司は頷いて、


「カイオディウムでちょっといろいろあって、本当はここではなくてレブレーベントへ飛ばされるはずだったのを、ベルが進路変更してくれたんです。確かに、そういう意味では恩人です……そう言い切っていいのか、まだ判断しかねているところですけど」

「……ベル、と言ったな」

「はい?」

「貴様は我らに害意がないという。しかしそれを信じてよいのかどうか確信が持てぬ。ゆえに問う。貴様は何の目的でティタニエラにこの二人を飛ばし、そして貴様も付いてきたのか。私を信用させてみせろ」


 緊張が走る。総司とリシアが視線を交わし、そして同時にベルを見た。ベルは目を閉じ、わずかな時間、逡巡しているように見える。


 ベルが語った「総司とリシアをティタニエラに飛ばした理由」の真意を、まだ二人ともが聞いていない状態だ。クローディアがどのような反応をするのかも全く未知数だが、嘘をついて何とかなる相手でもない。


「あたしの目的は、エルフ族が持つ“古代魔法”を手に入れることです」

「……ほう。何故」

「カイオディウムの現指導者、フロル・ウェルゼミット枢機卿を殺すために」


 ベルはよどみなく、言い切った。

 クローディアの目が見開かれ、さっとベルに近寄ると、ベルの瞳をじっと覗き込む。ベルは目を逸らさなかった。


「……ふふふ……」


 やがて、クローディアの口から洩れたのは、真意の読めない不敵な笑い声だった。


「興味が湧いた。貴様の話も聞いてみたくなったぞ。運がいいな」

「それはどーも」

「よい、宴の席に加わることを許す。ソウシとリシアの話を存分に楽しんだ後で、貴様の話も聞いてやろう。客間へ案内する。付いてまいれ」








「ルディラントにまた借りが出来た」

「全くだ」


 クローディアがしばしの別れを告げ、客間から去った後で、総司とリシアは感慨深げに言葉を交わす。


 通された客間は、部屋というよりは、自然に満ち溢れた中庭のようだった。淡い光で満たされた神秘的な空洞で、絶えず岩の壁を伝い落ちる穏やかな滝と泉が心を癒す、高級旅館の貸し切り露天風呂のような空間だ。


 神殿の正面部分とクローディアの謁見の間とは違い、不可思議な金属の構造ではなく木造の廊下から、苔の生えた泉のほとりへと出ることが出来る。


 日の光が当たらないはずだが数本の木が育っており、ハンモックが掛かっていた。総司はそのハンモックに体を預け、しばしの休息をとっていた。


 外の様子がわからないので時間感覚が狂いそうなことだけが、この癒しの中庭の欠点だ。この静けさとせせらぎは、油断したらいつでも眠りに入れそうだった。


「返せもしねえ恩が増えるばかりだ」

「ルディラントに、ランセム王にお返しすることは既に叶わない。ならばせめてリスティリアに、この世界に生きる今ある生命に」

「……“そうしたいと思って初めて”、か……なるほどな……」


 使命に踊らされ、“そうしなければならない”という感情に突き動かされるだけでは足りない。総司自身が“心からそうしたい”と思って初めて、総司の刃は最後の敵に届き得るのだと。


 偉大なるルディラント王ランセムは、幻の国ルディラント、千年続いたその輝きの最後の煌めきとして、総司に金言を与えた。その言葉と真意の全てを実感できているわけではないが、総司は今まさにその一端を垣間見ている気分だ。


 恩を返さなければならないから、これから頑張らなければと気を張っているのではなく、自分がそうしたいのだと、心の中に熱いものがこみ上げている。その心地よさは、これまで総司が抱えていた焦燥感や使命感とは比較にならない。


「……お前もこっちに来いよ。格別だぜ」


 日本風に言えば、「縁側」と呼び変えてもいい、木造の回廊。

 その端に二人から離れて、膝を抱えて座るベルへ、総司が声を掛けた。


「……何さ、急に優しくなっちゃって」

「礼を言ってなかったと思ってな」

「はあ?」

「クローディア様が俺達をこんなに快く受け入れてくださるとは思ってなかった。うれしい誤算だ。そして、それを知ることが出来たのは、お前がここに連れてきてくれたからだ。そこは感謝してる」

「……寝転がりながら言いますかね、普通」


 ベルは苦笑し、たっと駆け出して総司とリシアの傍に近寄る。

 小さな滝つぼ、泉のほとりに腰掛けて、そっと水をすくい上げる。一口飲んでみれば、その質の高さは疑いようもない。


「おいしー」

「お前の事情は、クローディア様との食事の席で俺達も聞けるんだよな」

「そうしないわけにはいかないでしょ。じゃなきゃあたし、追い出されちゃう」

「だが、この事態も予期していたはずだな?」


 リシアが聞いた。


 ベルは、ティタニエラへの転送魔法を完成させた張本人だ。そしてカイオディウムの聖職者でもあり、ティタニエラにとっては受け入れにくい、敵に近しい位置づけであることも理解していたはず。千年前より、ティタニエラが強固に国の門を閉ざすこととなった最たる要因こそがカイオディウムなのだから。


「まーね」

「そうまでして……フロル枢機卿を殺すために、お前はここに来なければならなかったのか」

「そっ。枢機卿が生きていて、その意思が次世代にも受け継がれる限り、カイオディウムは変わらないから」

「……聖騎士団の一員であるお前がそれを言うのか」

「だからこそ、だよ。普通の信徒よりも多くを知ってる。教団の闇もね。だからあたしたちの誰かがやるしかないんだけど、誰もそうしようとしないから」


 カイオディウムの現体制は確かに歪だ。国どころか、世界から見たよそ者である総司の目には、なおのこと歪んで見えた。


 王族を国の端へ追いやり、枢機卿の権威を絶対的なものとしてあがめ、地位の高い聖職者は豪華な生活を享受し、救いを求めてやってきた単なる信徒には、お世辞にも裕福とは言えない暮らしを強いる。


 物理的にも精神的にも明らかな圧政、独裁。宗教の陰に隠れた大いなる権力の行使、濫用。わずか数時間、首都ディフェーレスにいただけでも、かの国の歪みは肌で感じられた。


「……枢機卿を殺して、そのあとはどうする。現体制を破壊して新体制を作る。聞こえは良いよな。でも俺にはその先が見えねえ」

「……そうだね。その通りだと思う」

「お前に協力するヤツはいるのか?」

「いないよ。あなた達二人が協力してくれなかったら、一人でやることになる」

「お粗末なクーデターだ」

「それでも」


 ベルの横顔に刻まれた決意は、総司の嫌味一つで揺らぐような、軽いものではなかった。


「やらなきゃならないの」

「……そうか」

「殺しに加担するのは何があっても容認できん」


 リシアが強い口調で言った。


「だが事情次第では、別のやり方でお前の目的を達成できるかもしれん。それで手打ちとしろ、ベル。今のうちに、考えを少し改めるべきだ」

「……リシアは優しいね」


 リシアを見ることなく、泉の水面を見つめて、ベルが微笑んだ。


「心配してくれるんだ」

「冗談を言っているのではない」


 厳しい口調、厳しい声。リシアは真剣に言った。


「今ならいくらでも引き返せる。レオローラの言う通りだ。ティタニエラを出てカイオディウムに戻り、多少の手違いがあったと適当に誤魔化すんだ。それに話を合わせる程度のことはする」


 リシアの提案にも、ベルは応じるつもりがないようだ。


 今朝初めて出会った少女が抱え込む、とんでもない目的と、まだ不確かな理由。ただの案内役ではなくなった彼女は、これからどう動くつもりなのだろうか。


「信じてもらうしかないけど、あたしはあなた達にも、ティタニエラにも敵対するつもりなんてない。それだけは確かだよ」

「私はお前の言葉を信じる。だから言っている」


 リシアはなおも食い下がるが、ベルは首を振るだけだ。


「事情は後で話すことになるから、とにかくそれを聞いて。お願い」

「……わかった」


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