清廉たるティタニエラ・第三話④ ティタニエラを治める者
「レオローラ、出迎えありがとう。でも、わざわざあなたが来なくても」
「クローディア様が心配なさっていたんだ。お前の帰りが遅いから。あまり大老に心労を掛けるな」
「ごめんなさい。行き倒れがいたものだから」
「……ヒトか」
レオローラは鋭い目つきで三人を一瞥した。
はたから見れば、ヒトの中でも実に珍妙な組み合わせである。大きな剣を持つとはいえ、格好は騎士らしくも剣士らしくもない正体不明の男と、レブレーベントの女騎士、それに手を拘束され涙目の、軽薄に過ぎる格好の少女。まじまじとその組み合わせを見て、レオローラは考えることをやめたらしい。
「まあ、事情を聞いたところで私に権限はないし」
ため息をつき、レオローラが言う。
「本来ならば、食料と水だけ恵んで追い返したいところだが、大老が会いたがっていらっしゃる。であれば是非もなし。我らの国における君らの面倒は、このレオローラが承った。何かあれば言ってくれ。かなえられることはそう多くないが、言うだけならタダだ」
極端なヒト嫌い、というわけでもないようだ。それどころか、フロル枢機卿に比べればよほど友好的で話の通じる相手である。ヒトを歓迎するつもりは、個人の感情としてはないようだが、毛嫌いして追い出すようなつもりもないらしい。職務として面倒を見る程度には、受け入れの心構えを持っていてくれる。
「だが私が仰せつかったのはそこの二人だけだ」
レオローラは厳しい声で言った。
「喚く獣の面倒まで見ろとは言われていないし、そのつもりもない。その小娘は森に放しておいたらどうだ。数日彷徨えば森から出られるだろう。そういう結界だ」
「ぎゃあああ! 人でなしにもほどがあるんですけど! いやヒトじゃないのは知ってるけどね!」
「十日は持つ程度のエサは与える」
「とんでもないこと言ってますよお兄さん! 庇って!」
「レオローラ、初めまして、ソウシと言うんだけど」
「挨拶は不要だ、知っている。ソウシとリシアだ、大老もご存じだった」
大老クローディアが二人のことを知っている。二人は一瞬顔を見合わせた。
エルフはヒトよりも精霊に近い種族である。精霊に近いということは、より女神にも近いということ。ヒトではおぼろげにしか感じ取れないリスティリアの異変を、もっと強く、そして正確に把握しているのかもしれない。名前まで知っているのは意外だったが、クローディアはどうやら、通常の物差しでは測れない異質な力や勘を持つようだ。
「それは光栄だ。そしてこの子はベルと言うんだけど。まあ今はちょっと捕らえているところなんだが、この子にはちょっと聞きたいこともあるし、まだお別れするには早いんだ。一緒に入るわけにはいかないかな」
「君ら二人が敵対的でないことは、大老が保証された。だがその小娘は別だ。中に入れて、下手な真似をされては取り返しがつかん」
「しないっての!」
「俺とリシアがしっかり見張る。それでどうだ」
レオローラはベルを睨み、品定めするように上から下まで眺めて、つかつかと歩み寄った。
「な、何ですか」
「……見た目の割に、相当な魔法の使い手だな」
「これでもカイオディウムの聖騎士なもんで」
「なるほど。お前が暴れたら、私でも押さえつけるのには結構な手間が掛かる」
「流石にエルフの戦士様とやり合えるほどじゃあないとは思うけどね、あたし的には」
「謙遜だな。それともペテンか……危険だ、ソウシ。話ならここで済ませて外へ放った方が良い。これも我らの安全のため――――」
レオローラが言葉を切った。
しばらく目を閉じ、何事かを考え込むように黙る。はたで聞いていたミスティルがぱあっと顔を輝かせた。
「良かった、大老のお許しが出たね!」
「大老が仰るなら、仕方がないか」
「何か聞こえたのか?」
総司が驚いて聞くと、ミスティルが答えた。
「大老は我らエルフに、魔法で言葉を届けることが出来るんです。ベルさんも入っていいっておっしゃってました」
「よっしゃああ! 野宿回避ィ!」
「……ソウシ、里に入ったらもう少しこの小娘を静かにさせてほしい。うるさくてかなわない」
「お前次喚いたらちょっと手荒に行くぞ」
総司が脅すように笑うと、ベルがシーンと押し黙った。
エルフの隠れ里に入ると、珍妙な一行を皆が物珍しそうに見た。誰もが振り返るが、これも戦士レオローラの威圧感のたまものだろうか、声を掛けてくる者はいない。
エルフだけではない。オオカミがそのまま立ち上がって服を着たような屈強な亜人が荷を運んでいたり、胴の長いイタチのような生物が木々の間を飛ぶように駆け抜けて何かを届けていたりと、多種多様な生物が同じ生活空間の中で生きている。
するすると木のツタを伝って川を越えたり、シャボン玉のような水の球を足場にして一階層上へと上がったり、独特な移動方法を繰り返しているうちに、遠目に見えていたあの崖の建造物へと辿り着いた。
神殿のような建物の内部は、不思議な輝きで満たされていた。基本的な色の構成は白だが、全体的にぼんやりと淡い緑の光が満ちている。石や岩で造られたものではない。金属に近い鉱物で形成された、エルフの隠れ里には少し不釣り合いにも思える、頑強な建造物だ。自然界にはそぐわない直線的な造りで、床に刻まれた無数の溝には、淡い緑の光を湛えた水が流れ、その水からは高い魔力を感じる。
エルフの隠れ里、いやティタニエラ全体が、レブレーベントやカイオディウムと比較しても、魔力の濃度が高いように感じられた。
ルディラントの“真実の聖域”、その最奥ほどではないにせよ、ティタニエラは高い魔力で満ちた国だ。
奥へ進むと、建造物の中に泉があった。緩やかな流れの滝が上から落ちてきて、泉にとめどなく、美しい清流を供給している。中心には建造物全体と同じく、金属に似た白銀の鉱物で造られた玉座と、鏡のようなアイテムが鎮座しており――――そこに、誰かがいる。玉座に座らず、泉と滝が織りなすメロディーに立ったまま耳を傾ける、総司たちに背を向けた神秘的な誰かが。