眩きレブレーベント・第二話① 女王エイレーン
滅んだ街の溢れかえる死体を処理するために、王都から部隊が派遣されていた。
朝、目覚めた時には、領主の館の庭で慌ただしく陣を張り、駆け回る人々の姿があった。
総司は表の庭ではなく裏庭にでて、朝の空気を吸い込んだ。爽やかで、混じりけのない美しい空気だった。このシエルダがリゾートとしての顔も持っていたと、昨日バルドに聞かされたが、なるほど確かに相応しいと実感する。
こんなにも美しい街で、あれほどの惨劇が起きようとは。平和だったはずの街は一晩で全てを奪われ、景観のみを残すばかりだ。
「おぉ、目が覚めたのか、異邦人。よく眠れたかい」
不意に声を掛けられ、振り向いた先には、老貴婦人と呼ぶのが相応しい、気品のある初老の女性が立っていた。優しい笑みを向ける老貴婦人は、ゆったりとした足取りで総司の隣に並び、裏庭の草木を眺めた。
飾りのついた杖をつき、婦人は寂しげに語る。
「美しい街であった……街一つ滅びるとは、レブレーベント始まって以来の、未曽有の悲劇だ。お前が仇を討ってくれたと聞いたよ。よくやってくれたね」
総司の表情が曇る。
老婦人も、リシアもそう。気にするなと、よくやったと声を掛けてくれる。総司の心にある、どこにもぶつけようのない憤りと情けなさを、二人ともが簡単に見透かして、気遣ってくれている。だが、それでも総司の心は晴れない。うじうじと情けない話だが、昨日も結局悪夢を見てしまった。無残に惨殺された死体が口々に、総司に恨み言を言う、そんな悪夢を――――
「いえ……それぐらいしか出来なかったものですから。あなたは……?」
「エイレーンという。お前のことはバルドから聞いたよ。奴は実に面白い世迷言と評した」
総司は頭をかいた。簡単に信じてもらえるとは思っていなかったし、リシアがむしろ奇特な方だ。バルドは愉快そうに総司の話に聞き入っていたものの、やはり信じてはいなかったらしい。リシアも――――彼女はどちらかと言えば、総司の話を信じることで、自分を安心させようとしているのだろう。女神がいない現状と、そこに現れた異世界の男。希望にすがりたかったがため、その希望に反して総司を疑い続ける苦痛を避けるために、彼女は自分に言い聞かせた。それぐらい、総司の存在と、総司が語る未知の世界の話は眉唾物だった。
無論、それを責めるつもりもなかった。もし逆の立場だったら――――総司が元いた世界に、突然甲冑に身を包んだ騎士が現れて、この世界を救うよう頼まれたなどと言ってきたら、総司だって簡単には信じなかった。
「私はそうは思わん」
エイレーンと名乗る婦人は、いともたやすく、気楽に、きっぱりと言った。
「……何故です?」
「何故? 愚問だな、若人よ。その方が面白いからだ。決まっておろう?」
気品ある老貴婦人に似つかわしくない、無邪気で悪戯っぽい笑顔だった。落ち着いた女性だが、その心にはどっしりと威厳があるのが見て取れる。バルドを「奴」と気安く呼んでいることからも、彼女の地位が推し量られた。飾りのついた杖を見るに、王国の名高い魔法使いなのだろうか――――
「陛下!!」
リシアの叫び声を聞いた。その途端、総司はぎょっと目を丸くした。
「何だ、騒々しい。住民が居なくなってしまったとは言え早朝である。お前も女なら慎みを持たんか、慎みを」
「陛下こそもう少し慎んでくださいませんか! まだ魔獣がいるやもしれぬというのに、おひとりで自由に動き回るなど!」
「馬鹿者、私が今誰と一緒にいるか見てわからんのか。何の危険があるというのだ、なあ?」
「あ、いえ――――陛下?」
「おぉ、そういえば名を告げただけだったか。挨拶が遅れたな」
息を切らして駆け寄ってくるリシアをしり目に、エイレーンは穏やかに微笑んで、もう一度改めて名乗りを上げた。
「エイレーン・レブレーベント。偶然にも王家に生まれてしまってな、この国の王をやっとる。よろしくな、ソウシ」
総司は慌てて頭を下げた。流石に「王家」ともなれば、その格の高さは総司も想像がつく。シエルダに領主の館があることもそうだが、レブレーベントには「貴族」とか「王家」という位の高い人々がいるのだ。
「失礼しました!」
「何も失礼などなかったぞ? 見ず知らずのばばあにも礼を払うよい若者だ」
「とにかく、屋敷にお戻りください。陛下自ら来られたというだけでも大変な事態だというのに……」
リシアが小言を言いかけて、女王は鬱陶しそうに手を振った。
「よせよせ、朝っぱらから。まあよい、朝食の時間でもあるしな。ソウシ、共をせよ。この屋敷にいる間、私の護衛はお前とリシアに任せることとする」
「え? あ、はい……いやでも、良いのか?」
他の騎士もいるし、騎士でない王国の仕事人たちも多数訪れているはずだ。どこの誰とも知らない男が、女王陛下の隣を歩いていいのだろうか。
そんな疑念を持ってリシアに目を向けると、リシアは仕方なさそうに笑った。困ったような笑顔が癖になっているような表情からは、バルドの時もそうだが、普段の気苦労が手に取るようにわかった。生真面目なリシアに対して、女王もバルドも随分と気さくで大雑把だ。彼女が普段振り回されて、方々を走り回っていることは想像に難くない。
「陛下のご指示だ。行こう」
「まあ、俺はもちろんいいんだけどさ……」
女王はふと振り向いて、ちょっと悪戯っぽく目を細めた。訳知り顔、というやつだ。
「何です?」
リシアが聞くと、女王はにやにやしながらも首を振った。
「なに、些細なこと。さぁて、朝食はパンかなスープかなと」
「どちらも用意しておりますが、さほど味が良いモノではありません。騎士団の携帯食ですので」
「構わん構わん。たまには昔を思い出すのも悪くないさ」
領主の部屋に、女王が鎮座する。田舎領主がもし生きていたら卒倒しそうな光景だったが、ここには異世界の男と、普段から女王を守護する近衛騎士たちしかいなかった。