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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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清廉たるティタニエラ・第二話② 交渉の余地は

 カイオディウムにおける「千年前」の話は、基本的にはタブーとなっている。信徒の間で引き継がれているのは、反逆者ロアダークそのヒトの名前や行い、真意ではなく、ただカイオディウムがかつて侵略戦争を仕掛けたことと、それに対するエルテミナの伝説。修道女エルテミナはカイオディウム事変を乗り越えた世界で、カイオディウムの再建に大きく携わり、彼女の功績によって、当時ほとんど無名だったウェルゼミット教団が人々の信頼を勝ち取ることとなった。


 ベルが話した千年前の概要は、総司とリシアにとっては新鮮なものだった。今なお謎に包まれる千年前の事件において、カイオディウムは間違いなく当事者である。しかし、その歴史は詳細に引き継がれているわけではなく、広く知られていることもない。現在の女神教信仰とは、カイオディウムの人々にとっては千年前の贖罪も込められたものだ。


「ホントに茶飲み話じゃん!」

「だからそう言ったろ」

「手荒な真似はしないとも言った」

「いや目がマジだったし! 有言実行で人質にされるのかと思ったんだけど!」


 ベルが憤慨してバンバンとテーブルを叩く。


「っていうか、何で二人はロアダークの名前を知ってるわけ? これ、ウチの内部でも結構大真面目に超機密なんだけど。多分レブレーベントの女王サマだって知らないでしょ」

「ここに来るまでにちょっとな」


 総司は気楽な調子でベルの詰問をかわし、続ける。


「ま、千年前の伝説だし、ロアダークはともかくエルテミナは実在したかどうかも怪しいけどね。侵略者側だったカイオディウムが作ったプロパガンダって線もあるし」

「聖騎士団の一員がとんでもないことを言うもんだな」

「教えはともかく、あたしはより良い稼ぎどころとして騎士団を選んでるから」


 ベルはあっけらかんと言った。

 ベルの異質さはそこにもある。服装だけではない。彼女からは女神教への信仰心を感じられないのだ。


 恐らくは戦闘能力――――魔法の使い手としての強さを根拠に、彼女は聖騎士団で高い地位を手に入れている。悪く言えばドライだが、良く言えば現実的。教えにがんじがらめな宗教家よりは、総司としても好感を持ちやすい。信頼に足るとまではまだ言い切れないが。


「千年前の話を詳しく聞きたいなら、それこそ枢機卿に聞くのが一番かもね。大司教ぐらいのお偉いさん捕まえるのもアリだけど、それするとどうせ枢機卿の耳にも入るだろうし」

「……お話を聞かせてください、って頼むだけなら、イケるか?」

「まあ……無理気味」


 カイオディウムで得られるだけの情報を得たいところだ。国王と話すこと自体はこれから出来るのだから、ベルから聞いた以上の「カイオディウムにおける常識」を聞き出せる可能性は十分にある。


 手強い相手らしい枢機卿と話せるかどうかは未知数だが、まずは目先の情報源からどれだけ引き出せるかである。


 昼食の時間となったようで、総司とリシアの部屋にも呼び出しが掛かった。ルディラントとは違い、二人は正式な他国よりの客人である。もてなしの準備を整えていたのだろう。


 ついでにベルも同席することとなって、三人連れ立って王の招待に応えることとなった。


「――――さあさあ、お召し上がりください。昼は簡素に済ますのがウチの流儀でしてな。その分夜は豪華ですぞ」


 国王の言葉は謙遜としか思えなかった。


 テーブルに並べられた数十種類はありそうなパンと、ハム・チーズ、それに色とりどりのサラダ。平べったく底の浅い皿になみなみと注がれたスープの飲み方すらわからない。夕食はここにどでかいステーキでも付くのだろうか。パン切りナイフで簡単にサンドイッチを作ってみる。一口頬張れば、パンの質の高さは総司でも十分にわかる。


 だが、ルディラントで味わった「マレットの手作りパン」と比べるとやはりモノが違うと、失礼なことがついつい頭をよぎってしまった。あのパンは自らが重たいシルナ麦を運んだという経験もあって、相当な付加価値がついていたようだ。


「美味しい!」


 ベルが太鼓判を押すと、国王トルテウスはニコニコとヒトの良さそうな笑みで頷いた。


「それはよかった。ベルもたくさんお食べなさい。君は少し細すぎるからねぇ」


 孫か娘かを見るような目である。なるほどベルの言う通り、彼女の王家に対する立ち回りは完璧らしい。国王の言葉の端々に、ベルを気に入っていると表れている。


「大変美味です」


 リシアもにこやかに言うと、国王の機嫌はさらに良くなった。


 昼食の席は和やかに進んだ。総司とリシアが簡単に自己紹介しながら、女神の旅路とは関係のない質問に二・三個ほど答えると、ついに国王が切り出した。


「さて、お二方。例の件でございますがね」


 オリジンに関することである。総司とリシアがすっと姿勢を正すと、国王は何とも情けない顔をした。


「現状、大変厳しい申し出であると言わざるを得ません」

「……やはりそうですか」

「オリジンは、やっぱり枢機卿の元に?」


 総司が聞くと、国王は重々しく頷いた。


「名を“レヴァンフェルメス”。カイオディウムに齎されし女神さまの恵みでございますが……その場所も、現在の状況も、私ですら知りません。教団における機密中の機密の一つですな」

「そーなんだよね、あたしも聞いたことなかったもん」

「何かに使われているのでしょうが、何に使われているのやら」

「色や形はご存じでしょうか?」

「実物は見たことがありません。伝承の範囲であれば」


 国王が、食堂の隅で控える執事に視線を送った。執事は音もなく歩み出て、総司とリシアの前にぺらりと、古びた一枚の紙を取り出した。


「……翼……?」


 一枚の羽根ではなく、金色に彩られた竜の片翼をかたどるアイテム。レヴァンフェルメスなるオリジンは、大きさはわからないが、翼の形をしたものだ。


「大いなる翼レヴァンフェルメス。伝承ではそのように」

「……大いなる翼……」


 オリジンの形と名を知った。だが、それ以上の情報は国王すら知らない機密事項。


 カイオディウムという国は思った以上に高いハードルだ。


「情けない話ですが」


 国王は申し訳なさそうに言った。


「一国の王として、お二方に助力したいのは本心です。私がオリジンを掌握していれば、きっとお二方にお渡ししていた……しかし現状それは叶いません」

「そのようなこと、お気になさらないでください。こうして受け入れていただけただけでも大変ありがたい話です」


 リシアが慌てて頭を下げる。


「枢機卿には私からも話をしているところです。しかし、やはり頑として受け入れず、お二方と会うつもりもないようで……交渉は続けますが、望み薄かもしれません」

「……では、直接向かうしかありませんね」

「だな。ここでわかりましたって引き下がれるわけでもねえし。陛下にご迷惑はお掛けしませんので!」

「それは全く問題ないのですが……うぅむ……ベル……?」

「やー、流石に勘弁っ!」


 ベルは両手を合わせて拝むように国王を見てウインクした。


「と言いたいけど、まあ話すだけなら良いよ。けど陛下と同じ、望み薄ってやつ」

「済まないね。よろしく頼む」

「丁度お呼び出しも来たことだし、あたしが先に戻って、一言話してみるよ。デミエル・ダリアの門番には言っておくし、観光がてらとりあえず、礼拝の間までは来たら?」


 聖騎士団には独自の連絡手段があるようで、ベルは十字架のイヤリングを手で軽く触りながらそんなことを言った。


「なんだかんだ世話になるな、ベル……」


 流石に申し訳なくなって、総司がひとこと気遣うと、ベルは快活に笑った。


「言ったじゃん、話すだけなんだから。ま、貸しにしとくし、ダメならダメで午後は二人の話を聞かせてもらうってことでね。それじゃ、お先!」


 適当に挨拶して、ベルはそそくさと去っていく。奔放に見える彼女も、「呼び出し」とやらには迅速に対応するようだ。総司とリシアはまともに礼を言う暇もなかった。


「ベルが言えば、多少は交渉の余地があるかもしれませんな」

「アイツは相当気に入られてるんですね?」


 総司が聞くと、国王は優しい目つきで答えた。


「ベルとフロル枢機卿は非常に仲の良い……姉妹のような関係でしてな。まあ、ベルのことを嫌えというほうが無理がある話ですが……しかし、あの子は最終的には枢機卿に忠実だ。対立してまで意見を通すような真似はまずしません」

「それは我々としても本意ではありません。少しでも話せる余地があればというだけですので」


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