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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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清廉たるティタニエラ・第一話⑤ 興味津々

 大聖堂デミエル・ダリアから、周囲の衛星のような都市へと、チューブのような道がある。『下』から上がってくる時には光の道に見えていたそれはしかし、実際には魔法で出来た光の道ではなく、頑強に作られた白い外観のトンネルだ。内部は明るく、外の景色が存分に楽しめる構造となっていた。ヒトが横並びで二十人は歩けそうな幅を持つ通路だが、歩いている者は誰もいない。通路そのものは動いていないが、行きたい方向に体がすーっと滑るように移動するのである。


「おぉぉぉ……凄いなこれ……」


 慣れない感覚に戸惑い、崩れた姿勢を立て直す。リシアはすぐに順応して、よろける総司に手を貸した。


「レブレーベントにはないの?」

「そうだな、こういう通路はない」


 リシアもそうだが、ディフェーレスとは全く違う構造の王都シルヴェンスにおいて、繊細な魔力のコントロールを用いて、家の上を跳ね回るような高機動が実現できる者たちは、こういった移動方法に頼る必要性がそこまでない。有事の際には自分で猛ダッシュした方がよほど速いし、そうでなければ歩くか、レンガを敷き詰めた通路を歩けば良いだけだという考え方だ。


 対するディフェーレスの通路は、単なる便利な移動方法というだけで、自然と滑る通路を採用しているわけではない。これも『下』から続く光の道と同じで、ウェルゼミット教団の意思一つでいくらでもこの移動方法を停止し、いざとなれば通路ごと下へ叩き落とせるという防衛機能の一つなのである。


 異常なまでの防衛機構、外敵に対する圧倒的な敵意。一体何を想定して、ここまでの防御を敷くのか。


「便利だけど、あたしからすると遅いんだよね。辛気臭いっていうか。でも走るとみんなびっくりしちゃうしさ」


 行き交う人々はベルを見て恭しく、いちいち挨拶していく。ベルは笑いながら手を振って応じるだけで、特に威圧的な態度というわけでもないのに、ベルを先頭にしていると、皆が道を開ける。


 聖騎士団の近衛騎士。その地位は、総司やリシアが思っている以上に高いのかもしれない。


「枢機卿殿にはお目通り願える見込みがあるだろうか」


 すいーっと移動しながらリシアが思い切って聞いてみると、ベルは何とも言えない、難しい表情になった。近衛騎士であればこそ、枢機卿の難しさを身に染みてよく知っているのだ。


「リシアとソウシって呼んでいい?」

「ああ」

「構わねえよ」

「率直なこと言っていい?」

「……ああ」

「無理、だね!」


 身もふたもなく、バッサリと断言するベル。このわずかな時間であっても珍しく、いたずらっぽさがなかった。


「もうね、二人の目的とか話の内容とかそういう次元じゃないね、多分。あたまっから会うつもりなんてサラサラないって感じになると思うよ。なんか賭けようか。絶対勝つけど」

「今から王家に頼み込んで、国王から言ってもらってもか?」


 総司がわずかな希望にすがるようにそう言うが、ベルの返事は取りつく島もなさそうだった。


「あたしから言えることがあるとすれば、あんまり希望を持たない方が良いよ、ってことぐらいかな」

「……どんな人物なんだ、枢機卿ってのは……いや、多少は話に聞いたけどよ……」

「その想像を五倍か六倍にすれば現実に近いかもね」


 ベルは苦笑する。


「身内っていうか、聖騎士団とか聖職者には別に普通の厳しい上司なんだけどさ。それ以外にはもうとんでもないから。いやマジで、これマジ。おかげであたしは枢機卿より十も年下なのにこうやって橋渡し役ばっかり。やれやれって感じ」


 ベルがどこまで信用に足るかはわからないが、総司は何となく彼女に好感を持っていた。物言いは率直だし、軽い雰囲気が誤解を与える部分もあるものの、彼女は悪人には見えない。


 無論、出会ってまで一時間も経たない間柄である。その程度の付き合いで全てが見えるわけでもなし、その直感がどこまで当てになるのかはわからないが、少なくとも、面倒ごとを抱えたくないと思うなら、今すぐにでも門番に「招かれざる客人だ」と突き出せばいいだけのことである。それをせず、聖騎士団にとってはそこまで重大な命令でもない王家の頼みを聞き入れて、二人の案内役をこなす彼女は、見た目の印象を遥かに超えて律儀な女性なのだろうと思える。


「オリジンだっけ? 国宝級のお宝なんでしょ? 会えもしないとは思うけど、お宝もらおうなんてそれこそ夢のまた夢ッスよお二人さん。今のうちに諦めてさぁ、せっかく入れたんだし、他国の皆さんは滅多に入れないこのディフェーレスの観光でもしていけば? そういう目的ならデミエル・ダリアの中も案内できるよ、あたしの特権でね」

「……初対面のわりに、仲良くしてくれるじゃないか」


 総司が静かに言った。


「何か気に入ってくれるところがあったか?」

「気に入るところしかないでしょ!」


 ベルが途端に目を輝かせて、すいっと二人に滑り寄ってきた。


「あたしはもうね、このまま喫茶店かどっか入ってね、あなた達の話を聞きたいんだよね! 女神さまを救う、なんてとんでもない話を引っ提げてる男と、それに誑かされちゃった騎士サマの話をさ!」

「あぁ~、そういう……」

「あ、まるっきり全部信じてないわけじゃないよ?」


 てっきり、総司とリシアの状況を「とんでもない与太話」として信じていないのかと思ったが、ベルは総司の表情を見て察したらしく、すぐに否定した。


「だって実際に、最近の魔獣どもは強くてヤバいのが多いし。世界に異常があるなんて、他の国でも上の方の人たちはちゃんとわかってるだろーし。でもまさかそれを解決するのがたった一人の、しかも女神さまに選ばれた騎士だなんて! そりゃ出来すぎってもんでしょ! で、レブレーベントは少なくともそれを推してて、騎士団長まで付けてると! こりゃあ話を聞かなきゃやってらんないって!」


 外界から隔絶された、千年前の都市の再現である、幻想の国ルディラントにいた時には、“活性化した魔獣”に出会うことはなかった。しかし、リスティリアに存在する明確な脅威は、レブレーベントのみならずカイオディウムでも確認されている。


 聖騎士団としてその討伐にあたることもあるであろうベルもまた、リスティリアの異常を「漠然とした不安」としてだけでなく、現実として把握している一人なのだろう。


「だから、それがあたしの報酬ね。いろいろ根掘り葉掘り聞くから覚悟しといてよ」

「答えられないこともあるかもしれねえからな」

「良いよ別に。そこは想像で勝手に埋めるし。いや~、たまにはこんな楽しみがないとねぇ」


 ベルが案内役を受け入れている理由の一つがそれなのだろう。彼女自身の興味関心を惹くパーソナリティが、総司とリシアには確かにあったのだ。年頃の乙女に厄介にも目をつけられてしまったようだが、それが幸いして助かっているのも事実である。


「それと、誑かされたわけではない」

「あら、引っかかっちゃった? 言葉の綾だよリシア」

「私は望んで共に進んでいる。それにこの男の口から、女を誑かせるような甘い言葉を聞いたことなどないな」

「よっ、甲斐性なし!」

「何だコイツうぜぇ」

「ヘタレ、意気地なし、ボンクラ~!」

「馬鹿、こんな往来で剣に手を掛けるな」


 総司がすうっとリバース・オーダーに手を伸ばしたところで、リシアがその肩をバシッと叩いた。


「でも意外なんだよね~。レブレーベントと言えば、アレイン王女がいらっしゃるんでしょ?」

「知ってるのか?」

「名前と噂だけね。お会いしたことはないよ。でも噂通りのヒトなら、ソウシのことなんて速攻で国から叩き出しそうなもんだけど。聞いた限りじゃ枢機卿と似たヒトなのかなーって思ってたんだけど、違うんだ」

「……ああ、違う。噂は所詮噂と。そういうことだろう」


 リシアが微笑を浮かべて言う。


 とうのアレイン王女は、いざの際にはカイオディウムと戦争になっても問題なし、などと物騒なことを言って不敵に微笑んでいたのだが、リシアは知る由もない。噂は噂だが、火のないところに煙は立たぬというものである。


「まあ、どこまでホントの話かはまだわからないにしても?」


 ベルは微笑を浮かべ、総司とリシアを見据えた。

 その目の奥にあるのは、初めてわずかに覗いた、ベルの本心。


「あなた達が只者じゃないのは間違いないしね。お隣から来ただけなのにイイ顔してる」


 レブレーベントでの王女との激突。幻想の国ルディラントで受け継いだ誇り。カイオディウムにいるベルにしてみれば、確かに「隣国から国境を越えて話をしに来ただけ」の二人だろうが、総司もリシアも、レブレーベントにいた頃とは確かに変わった。変わる前を知らない者でも肌で感じ取れるほど、二人が醸し出す気配は何か異質らしい。


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