清廉たるティタニエラ・第一話③ 案内役の気まぐれベル
首都ディフェーレスの直下、大聖堂デミエル・ダリアへ続く道へ辿り着くのはそう難しくはなかった。直下の村の入口で簡単な審査を受けたが、アレインの忠告通りにレブレーベントの騎士である旨を告げるとすんなりと通ることが出来た。
直下の村、道を護る門番の村・アレクティ。総司の目には、首都の直下にあるとは思えないほど、「田舎」という風体の――――総司が元いた世界の日本の田舎とは比較にならない、外国のほとんど未開発な田舎の村、という印象だった。レンガも石も敷かれておらず、土が整えられただけの道。木造りの背の低い柵で、道と民家を隔てている。民家は多いが、豪華に見える家は見渡せる限り存在しない。「上」へと続く道中では出店めいたものもあったが、レブレーベントやルディラントで見たものとは似ても似つかない。わずかな食糧や酒の類が店頭に並ぶだけで、特に活気があるわけでもなかった。
「……こう言っちゃなんだが……物寂しいな」
「カイオディウムの『下』の村はどこも似たようなものだ」
リシアは顔をこわばらせ、小さな声で言った。
「これでも私がいた頃よりはマシだ。意外だったが」
「本当かよ?」
「ちゃんとした家が多い。私がいた頃はもっと小さな……小屋のような家がずっと多かった。少しは暮らしが良くなったのかもしれないな……」
「へえ……しかしまあ、こんだけ寂しいと」
総司は前方に見えた建物を見て、わずかに顔をひきつらせた。
「アレの不釣り合いっぷりが際立つってもんだな」
『上』へと続く道の入口。
大聖堂デミエル・ダリアを中心とする首都ディフェーレスへの道を護る要塞、『光のゆりかご』が見えてきた。
総司が口にした通り、その在り様は貧しげな村にはあまりにも不釣り合いだ。
円形の壁と堀に囲まれ、厳重な警備を施された鉄壁の要塞。まるでそこに国王でも住んでいそうな物々しさである。巨大な堀に架けられた橋は下げられているが、聖騎士団と思しき者たちが向こう側に控えており、とても侵入できそうにはない。
二人は堂々と正面から橋を渡り、門番たちの審査を受けた。レブレーベント騎士団の使いとして王家に謁見願いたい――――リシアの申し出に、門番は首を傾げた。
「何も聞いていないが」
「ではご確認願う。レブレーベントのビスティーク宰相より、王家へ書簡が届いているはずだ」
「王家への書簡はともかく、それを枢機卿猊下がご存じかどうかが何より大事だ」
総司とリシアが一瞬、視線を交わす。リシアの言っていた通り、カイオディウムにとっての絶対はフロル・ウェルゼミット。王家は窓口に過ぎない。王家が枢機卿に話を通してくれていれば問題なさそうだが、門番の様子を見るに伝達がされていない。
「枢機卿猊下に確認を取る。申し訳ないが、しばしここで――――」
「フロル枢機卿もご存じだよ、おっちゃん。通してあげて」
門番の後ろから、軽妙な口調で声を掛ける者がいた。
総司はその恰好を見て面食らった。
まるで総司が元いた世界の、女子の学生服のような、リスティリアにおいては見かけたことのない服装に、きらりと光る十字架のイヤリング。異質ないで立ちである。
「スティンゴルド様!」
門番たちが一斉に姿勢を正す。総司と同じか少し下の年齢にも見える彼女は、相当地位の高い存在のようだ。
「伝達不十分につきお迎えにあがりましたっ。ってことで、あたしが案内するから任せて」
「かしこまりました」
門番がすぐに引き下がる。スティンゴルドと呼ばれた少女はにっこり笑って二人を手招きした。胸に手を当て、わざとらしくお辞儀するベルの真意は、彼女の笑顔に隠れて見えない。
「さあさあこちらへ、お客様。ここからはこのベル・スティンゴルドがご案内致しますので」
リシアがすぐに返答した。
「ありがとうございます」
わずかな動揺も見せず、すぐにベルの後へと続く。総司は喋るとボロが出そうなので、無言で門番たちの前を通り過ぎることにした。
しばらく歩くと、要塞の中心部である光の道の根元へとたどり着く。それまで三人とも無言だった。
光の道は、その根元に立つとゆっくりと三人を吸い上げる。不思議な感覚だった。確かに浮いているのに浮遊感がない。
「……スティンゴルド殿?」
「ベルって呼んでよ。好きじゃないんだよね、そっちの名前」
「……ベル。本当に枢機卿の遣いなのだろうか?」
リシアが聞くと、ベルは首を振る。
「わかってるでしょ。そんなわけないじゃん」
「やはりな」
「ぶっちゃけ助かったけど、どういうつもりだ? 何が狙いで俺達を招き入れた?」
ベルは枢機卿の遣いなどではなく、彼女の独断で二人を迎えに来たのだ。
カイオディウムの戦力である聖騎士団の中でも、高い地位にいるらしい彼女が、わざわざ枢機卿の命令もなく二人を迎えに来た理由がわからず、総司は警戒心を露わに詰問した。しかしベルは総司のすごみなどなんのその、いたずらっぽい目つきでニヤニヤと笑いながら総司に詰め寄る。
「なーんですか、その言い方。馬鹿正直に真正面から来るおバカさんたちの窮地をついさっき救ってあげたはずなんだけどな~」
「っ……それは、そうだけどよ」
「なーんてね」
ベルは笑顔のままでちょこんとウインクした。
「ソウシとリシア、でしょ。王様への手紙に書いてあった二人」
「何故それを知っている?」
「何でだと思う?」
リシアはしばし考え、そして思い至る。
「王家の遣いとして、ここへ?」
「正解!」
ベルが拍手して笑った。
「教団の騎士が王家の頼みを聞くのか……?」
リシアに聞いていた話と少し違っているように思えて、総司が疑問を口にした。ベルは光の道の中で寝転ぶように気の抜いた格好をしながら、気楽に答えた。
「あたしは別に嫌いじゃないんだよね、王族の皆さんのことは。良い顔しとくとそれなりにイイコトもあるしさ。枢機卿殿が厳しいから、あたしがバランス取ってるって感じかな」
ベルはまた総司に近寄った。
「ちょっとは信じる気になった?」
「……王家のところまでちゃんと案内してくれたらな」
「ほー、大きく出たね。あたしの気まぐれ一つでつまみ出される立場ってこと、わかってる?」
「そうはならねえよ」
ベルの挑発的な言い方に、総司は不敵に笑って応じた。
「ここまで来たら流れに乗るさ。お前を人質に取って殴り込みだ」
「ソウシ」
リシアが警告するように鋭く総司を呼んだ。しかしリシアの心配をよそに、ベルは楽しそうに笑っている。
「いいね! そうこなくっちゃ! ご安心くださいお客様、ちゃーんと案内しますからね」
「……いい性格してる」
「誉め言葉?」
「もちろんだ」
「ならいいけど。女神さまを救う旅をしてるってのはホントなの?」
「国王陛下はそこまで話しておられるのか?」
リシアが驚いてベルに聞く。
「言ったでしょ、あなた達の名前は手紙で見たの。内容も全部見たよそりゃあ」
「なんと……」
それは少々不用心ではないか、とでも言いたげなリシアだったが、ベルと王家の間柄をよく知らないのだから、そこに口を出すのも憚られた。
女神教の教義を考えれば、総司とリシアの旅路は真っ向から反するもの。聖騎士団の一員にその内容を知らせるというのは危険な行いだ。だが、ベルの様子を見ると、とても敬虔な信者には見えない。二人への態度も敵対的というよりはむしろ友好的で、どうにもつかみどころがない。
一体何を考えているのかはわからないが、彼女のおかげで窮地を脱したのも事実だ。ベルがどこまで信用に足るのかはともかくとしても、ひとまずは彼女の誘いに乗る以外に選択肢がない。