眩きレブレーベント・第一話⑤ 運命の相棒
「どうぞ」
声を掛けると、リシアが入ってきた。
手には、パンと飲み物が乗った盆を持っている。
「オーレン殿が、そう言えば食事を与えていなかったと思い出したようでな。その様子だとやはり何も食べていないのか」
リシアはサイドテーブルに盆を置いて、総司に食べるよう促す。総司はこれ幸いとばかり飛びついて、二つのパンを一瞬で平らげた。
「足りないようだがそこは我慢しろ。我々も火急の知らせを受けて飛び出してきたのだ。手持ちはそう多くない――――シエルダの街には食べ物もあるだろうが、漁るのは気が引けるからな」
「……やっぱり、一人も?」
「騎士たちが捜索しているが、まだ生存者の知らせは受けていない」
リシアは、総司に何も言わず、勝手に椅子に腰かけた。
総司が意外そうに目を丸くすると、リシアは軽くため息をついた。
「信じたわけではない。お前の話はどれもこれもまさにおとぎ話で、作り話。私にはそうとしか思えなかった」
「あー……まあ、あのおっさんもそんな感じなんだろうな」
バルドに比べればずっと年が近い見た目に見えるせいで、総司はリシアに気楽な調子で話していた。リシアも特にそれを咎めることがなかった。
「どうだかな。オーレン殿は実力確かだし、お考えも深いが――――たまに子供のようになることがある」
その口調からは、普段の苦労が感じ取れた。
「しかし……作ったにしては」
リシアは、自分の分の水をグラスに注ぎながら、言った。
「作ったにしては……よくでき過ぎている。お前にはあまりにもよどみがなかった。それが私を迷わせる。与太話で人を油断させるなんてことは詐欺師の常套手段に違いないが……」
「俺は嘘は言ってない」
総司は真剣に言った。だが、言葉で話す以外に証明する手段がない。リシアは総司を見据え、しばらく黙り込んだ。
「……女神さま、レヴァンチェスカさまは、リスティリアに住まう全ての命の、憧れであり、敬愛の対象であり、希望だ」
ひとつひとつ、言葉を選びながら、リシアは言う。
「そして今、女神さまは”この世界を見渡せる場所“から、どこかへ離れていらっしゃる。リスティリアの民は、文化や国が違えども皆、その事実に不安を感じ、不吉な予感を消せないでいる……と、思う。これも感覚的な話でしかないが」
リスティリアを救い給え――――レヴァンチェスカは、リスティリアに危機が迫っていると告げていた。
レヴァンチェスカが“いなくなっている”ということが、この世界の危機に直結している。リシアの言葉から、総司はそんな風に想像を結び付けた。
「そんなときに、女神さまに選ばれて、この世界に来たのだと言う男がいたとしたら……疑いながらも、希望を持ってしまうのだ。だからこそ、お前を危険に思ってしまう。曲がりなりにも、我らに代わってシエルダの民の仇を討ってくれたお前を」
「……よし」
総司はパン、と膝を打った。リシアが何事かと怪訝な目を向ける。
リシアは根が善人だとわかった。いや、最初からわかっていた。彼女は、総司が女神の名を口にするまで、総司を気遣ってばかりだったのだ。
彼女は本心では、総司のことを信じたかった。シエルダの住民の代わりに、あの悪しき獣を倒したことに、感謝したかった。だが、総司が口にした話が、彼女に疑念を抱かせてしまい、彼女を迷わせてしまっている。
「わかった、こうしよう」
「……何だ?」
「これまでもそうだが、これから先も。この剣に誓って、リシア、お前に嘘はつかない。約束する。俺には、これぐらいしか出来ない」
ベッド脇に置いたリバース・オーダーを手に取り、宣言する。
リシアはしばらく総司を見つめていたが――――やがて、困ったように苦笑した。
「何の証明にもならないのでは?」
「だ、だから言ったろ、これぐらいしか出来ないんだって」
「ふふっ……良いだろう」
リシアは肩を竦め、諦めたように呟いた。だが、ふわりと零れた呆れた笑みには、これまでのどこか冷たい気配がなかった。
「その言葉、忘れるなよ」
「ああ、ありがとう」
「礼を言われるようなことでもないのだが……しかし、だとすると先行き不安だな?」
「え? 何だよ急に。喧嘩売ってんのか」
「馬鹿、そうではないよ」
リシアはまた苦笑しながら、しかし真剣な表情にすぐに戻って続けた。
「お前が話していた“女騎士”のことだ。お前の敵だと言ったそいつに、完敗したと言っていたろう? 私はお前の話をひとまず信じることにしたが、だったらその騎士は、いずれ倒さなければならない敵と言うことだ。恐らくは、女神さまがいなくなったことと関係している。初陣で負けているというのは何とも頼りない話だと思ってな」
「それを言われると弱い、けど」
総司はぽりぽりと頬をかいた。リシアはまた笑って、
「まあ、今考えても仕方のないことだ。その騎士との戦いは、単なる夢の話だったかもしれんしな。お前が気づいていないだけで、だ。疑うことはやめたよ」
総司の視線を受けて、リシアは慌てて最後の言葉を付け加えた。
「疲れていたところ済まなかったな。今夜はもう寝るといい――――お前は、慣れているわけではないのだろう」
リシアは、本当に総司の話を信じたようだ。彼がこの世界にやってくるまで、ごく普通の17歳の少年であったことを信じ、その心の傷を思いやった。
「お前の行動は誇り高いものだ。間に合わなかったのはお前ではなく、我々の方だ。気に病むことのないように」
「……ありがとう」
「当然のことを言ったまでだ。お休み、ソウシ。また明日」
挨拶は、この世界でも変わらないらしい。リシアが出ていったすぐあと、総司も深い眠りについた。