(外伝)ある男の日誌
これはとある男性の日誌です。
〇月〇〇日
今日から不定期ながら日誌を付ける事にする。
それもこれも、異世界転生なんて意味不明なものに巻き込まれたせいだ。
幸い煮というべきか、日本語が読める奴が居なかったので、暗号代わりに使用している。
まったく、自分の体そのままでラノベみたいな世界に拉致されるなんて、活字の上だから楽しめるんだ。
現実に巻き込まれたのでは溜まったものではない。
〇月〇×日
肝心な経緯について、何か打開策になるかもしれないと思ったので記録しておく。
夜中に眠って、気が付けば真っ暗な場所で光り輝く女性に案内された。
女性の特徴は、髪は白のストレートで長さは腰くらいまでだった。
サークレットって言うのか? ゲームの女キャラクターが付けてるような装飾品を被っていた。
衣服は西洋の神々のイメージに近い、白い布を巻いただけに見えた。
で、そいつから魔法らしきものを与えられ、次の瞬間には石造りの部屋に居た。
足元や壁に光る魔法陣みたいなものが刻まれていて、現実味が無かった。
左右に全身鎧の護衛を引き連れた、私の身元引受人だというお嬢さんに連れられ、この部屋に放り込まれたというのが昨日の経緯だ。
あの魔法陣を研究できれば、ひょっとすると故郷に戻れるのだろうか?
〇月〇△日
今日は姫様(皮肉を込めてこう呼ぶ)、ああ、昨日の日記のお嬢さんなんだが、そのお方から色々と教えてもらった。
以下に必要な事だけ列挙しておく。
1.この世界の人間は滅びかけているらしい。
2.適性検査とやらを受けた、光る水晶に手をかざしただけなんだが、私の魔法は流転らしい。
3.言語については、実は翻訳の魔法とかではなくテレパシーみたいなもので誤魔化しているらしい。なのでこちらの言葉を覚えるよう言われた。
4.私の立ち位置は、表向きは神殿所属の新人騎士だそうだ。
5.この神殿には私以外の男性は居ない、姫様の護衛まで両方女性という徹底ぶりだ。
6.貞操帯を問答無用で付けられた。不快だがこの神殿の男女比ではしょうがない。
7.この世界で人類は魔王軍に追い立てられ、滅亡寸前らしい。
8.この世界の人間ではどうしようもないくらい追いつめられた時に、異世界から神に選ばれた勇士を招き、勇士の力を用いてそれを退けるという事を繰り返してきたらしい。
はぁ、何なんだこの救いようのない世界、破綻する要素しかないぞこれ……
〇月〇◎日
魔法の制御に成功した……ただしトイレで。
不快極まりないが、この世界のトイレは壺だ。
貞操帯なんて付けられている身なので不便な事極まりなかった。
布も紙も貴重だからと、排泄後に備え付けの水瓶から水を汲んで洗うしか無かった。
で、出てくるのが流転だった。
遣る瀬無くて桶の水を何となくぐるぐる回していたら、ふと水の動き、水に掛かるベクトルって言えばいいのか? それが見えた。
で、何となくそのベクトルみたいなものが、針金のように折り曲げられる気がしたんだ。
まぁ、端的に言えばそれが私の魔法だったというわけだ。
壺に腰掛けたまま桶をガン見してブツブツ呟くオッサンとか、さぞキモい事だろう。
そうして、私は手を触れることなく貞操帯を水洗い出来る様になったわけだ。
次はもう少しマシな使い道を考えてみようと思う。
△月◎◇日
前回からずいぶん開いてしまった。
訓練と称するリンチに付き合わされていて、ペンを持てるまで回復するのに時間が掛かった。
まったく、確かに筋肉質では無いし強そうに見えないだろうが、いきなり「お前の様なだらしない男は許せん」等と言い出した護衛2号は頭がおかしいんじゃないだろうか?
訓練と称して、相手は全身鎧に鉄の剣、こっちは衣服をはぎ取られて貞操帯一丁……どうもあちらも魔法を使っているらしく、鎧を自分の意志の通りに動かせるんだそうだ。実質パワードスーツだな。
それで思いっきり切られた。血も出た。だから、その血に流転を掛けて護衛2号の目を潰した。
ああ、これは物理的に潰したって意味だ。相手の顔面に血を飛ばし、鎧の隙間から顔面を強襲してそのまま眼球をプチッ、だ。
騒ぎを聞きつけて駆け付けた姫様の前には、痛みにのたうち回る護衛2号と、奴の取り巻きに全身血まみれになるまで切られ殴られ続けたほぼ全裸の私だったわけだ。最悪の光景だったことだろう。
もう疲れたので続きは明日にする。
◇月〇〇日
続きだ。
姫様と護衛1号に救出された俺は二人の指示の下で治療を受けた。
これは護衛1号の魔法で、傷を埋める魔法だそうだ。
血や肉、骨に至るまでを不思議な力で穴埋めし、仮初の血肉にする。
そして時間をかけて本物に置き換えていく事で治療する代物らしい。
なので注文を付けた。
私の外見が変わらなければ同じようなトラブルが起こるだろうと言い聞かせ、ぜい肉を筋肉に置き換え、骨をより太く頑丈にする方向で肉体を文字通り改造してもらうというものだ。
言うまでも無く痛かった。今でも筋肉痛の名残のようなものがある。
ああ、あと護衛2号は鎧を没収されて目も治して貰えず、取り巻き共も全員謹慎処分だそうだ。
◇月〇×日
ようやく、本当にようやく私の戦闘訓練が始まった。
走り込みに始まり、体力が尽きても剣の握り方等のレクチャーが続けられ、かなり消耗した。
治療に便乗して補強してもらった身体も悪くはない。まだかなりの違和感があるとはいえ、単純に頑丈になっているのが解るからだ。
あと、元護衛2号は常にこちらにマウントを取ろうとしてくる。
鎧が無いとずいぶん背が小さく……というか幼い容姿に驚いたが、何でも魔王軍に滅ぼされた国の生き残りらしい、対魔王軍の切り札と期待した私の外見が余りに弱そうで八つ当たりをしたそうだ。
護衛1号さんがその辺の事情を本人の前で教えてくれた。中々な性格のようだ。元護衛2号は俯いたまま逃げる事も許されずに(姫様が命じた)その場で泣き続けた。
◇月〇◇日
今日も今日とて訓練の日々だ。
まさか数日で走り込みに慣れるとは思わなかったが、これは姫様の魔法らしい。
人体を活性化させ、代謝を促進して限界を超えて身体の成長を促すものらしい。
まったく、あまりになりふり構わずな魔法で、寿命が減りそうで何よりだコンチクショウ。
……で、護衛1号さんから剣の振り方を徹底的に叩き込まれた。
まっすぐに振り下ろすだけの動作を、寸分の狂いもなく精密に、何度も何度もだ。
姫様の成長促進魔法(仮)の影響もあるのか、これもすぐにものになった。
で、思いついた事があったので、流転を掛けながら剣を振った。
剣のまわりの空気のベクトルが手に取るように解ったので、ゲームで見る風魔法みたいに使えないかと思ったわけだが、これはある意味成功、ある意味失敗だった。
私程度の剣圧で産み出せる風なんて、向きを操作しても攻撃力が低すぎるんだ。
元護衛2号には指さして笑われたよ。すぐに姫様が嗜めてくれたけどさ。
ただ、護衛1号さんが何かを思案しているようだった。
……あの人、常に鎧だから表情が解らないんだよな。
あと姫様はすごく褒めてくれた、魔法を教える前に魔法を使えるようになったからだとさ。
◆月××日
護衛1号さんやっぱヤバイ人だった。
前から2か月ぶりの日記だ。正直に言えば日記の存在なんて忘れていた。
偶々ノートを手に取ったら過去の記録があったので、改めて護衛1号さんのヤバさを垣間見た。
そうか、この頃に既に仕込んでいやがったのかあの人……
今は忙しいので後日詳細は記入する。
◆月×〇日
よし、私は生きている。
護衛1号さんやば過ぎるだろ絶対……あの日記の次の日、護衛1号さんに提案されたことを試した。
それは、流れを身に纏うという魔法だ。
空気でも水でも良い、私の体の周囲のベクトルを全て掌握しろという気狂いの様な指示だった。
最初は当然失敗の連続だったが、全ての怪我を治療できてしまうあの人は気にしなかった。
全方位から鏃の無い弓矢で射られ続けたんだ。
嬉々として参加する元護衛2号とその取り巻きと、申し訳なさそうな顔をしながらも護衛1号さんに命じられて参加する人々との温度差が特に酷かった。
で、まぁ1か月ほど経つ頃には、私に対する攻撃を殆ど意識せずに逸らす魔法が完成していた。
そしてそこからが護衛1号さんの真骨頂だった……
◆月×△日
先日は日記の途中で寝落ちたらしい。
続きだが、この攻撃を逸らす魔法、面倒なので流転防御とでもするか、この流転防御を常に発動させる訓練と、発動させたままで手荷物を運ぶ訓練が開始された。
周囲からの攻撃は食事中や仮眠中でも容赦なく仕掛けられ、増える傷を護衛1号さんが埋める日々、徐々に焦ったような顔になる元護衛2号や取り巻き達と、申し訳なさそうにしながらも笑顔が増えたその他の人々が対照的だった。
かれこれ2か月、私の自然回復力以下の消費で済む、常時発動型の防御魔法を完成させた。
因みに、肉体の半分近くを護衛1号さんの魔法で代替するまでになっているのであの人には絶対に歯向かえない……しないとは思うが、もし魔法を解除されれば私は即死するからだ。
△月〇〇日
急に長期訓練と称する行軍に従事させられ、久々の日記になる。
この日々の間に、姫様の魔法のお陰でだが思ったより早く、護衛1号さんの魔法から脱却を果たした。
やっていたのは神殿周辺の野生動物や魔王軍と思われる怪物退治だ。
信じがたい事に、防御魔法と基礎訓練くらいしか学んでいない状態で実行した。
しかも、姫様たちも当然の様に一緒だ。
……あと、外の森では湿気が酷く、そのせいで貞操体が蒸れる事を愚痴ったら姫様が首にかけた鍵を差し出し、護衛1号さんに止められたりもした。姫様管理かよその鍵。
で、流転で湿気だけ出せばいいと言われた。
流石に慣れもあってこれは一発で成功、次いでに周囲の空気の流れも捜査して快適な温度を保つ工夫も取り入れた。
△月〇×日
嫌な話を聞かされた。
私はどうも予備らしいという事だ。
本命の勇士は首都の王城で呼び出されたらしいが、私は辺境の神殿だ。
あちらは優雅な生活と高度な教育を受け、こちらは従軍経験すら無い人々しか居ない。
どおりで基礎訓練じみた事しか教わらないわけだ。それ以上を知らなかったのだろう。
王族が難民を安心させるためという軽い動機で考案し、最低限の魔力で最低限の儀式だけを与えられて実行したら偶然呼べたのが私なのだという。
で、元護衛2号は故郷の奪還と故郷から付いてきた部下の為に、そんな儀式にかなりご執心だったらしく、出てきたのが冴えないオッサンで切れて八つ当たりした、というのがあの時の真相らしい。
……で、それを語る元護衛2号は現在、私の前で全裸で土下座している。
少し前の行軍で魔王軍の斥候に取っ捕まったこいつの友人とやらを私が助けたからだそうだ。
とりあえず護衛1号さんを呼んだ。
こちとら貞操帯を付けっぱなしだってーの。
△月〇◎日
流石に三日連続で全裸土下座は止めてほしい。
キリが無いので姫様と護衛1号さん同伴の下、元護衛2号から聴取を行った。
解ったことは以下の通りだ。
1.元護衛2号は私が真面目に訓練に取り組む姿を観察し続け、無能なりに頑張っていると少しだけ評価を上方修正していたらしい(何様だ)
2.しかし、魔王軍の斥候を前にした時に過去のトラウマから自分は動けず、大事な友人を私が救助した……そして魔王軍斥候を易々と撃破してしまった。
3.鎧が無ければただのか弱い難民でしかないと今更ながらに自覚し、私が真面目に訓練に取り組み、魔王軍相手にも臆さず挑み続ける姿を見て、端的に言えば見直したらしい。
以上の事から、自分の過去の行いを悔いて沙汰を受けようと、当時私にさせたのと同じ格好(貞操帯は無いが)をしていたらしい。
で、そんな元護衛2号は今日から私の秘書になった。
不安なのだが、護衛1号さんの指示なので受け入れるしかなかった……
△月×●日
いきなり王都から呼び出しを受け、元護衛2号改め私付の秘書官(全身鎧)と姫様及び護衛1号さんの4人で王様に謁見した。
何でも、地方で頑張ってるも一人の勇士……つまり私の事だが、その顔を見て見たくなったらしい。
どうもこの王様は完全なお神輿らしく、行政的な事は部下が全部やっているらしい。
で、難民たちを慰撫するために形だけ行った儀式で出てきたという私に、ある種の同類意識を持ったらしいのだ。
私もまた、大した力を持たないで難民たちから奉り上げられる立場と言えるからだそうだ。
正直、言い回しが難しくて、護衛1号さんが控室で翻訳してくれなかったら解らなかっただろう。
……で、王様からの勅命という名の簡単なお使いとして、盗賊退治の依頼を受けた。
何でも、王都の勇士を派遣したが中々帰ってこず、心配になって様子を見てきてほしいというのが本音のようだった。
△月●×日
私は処刑されるかもしれない。
王様からの勅命を受けて問題の地域に向かうと、森の中で盗賊の一人が少女を犯している場面に出くわした。
怒りに任せて男を殴り飛ばし、少女を姫様たちに任せて男の足を折り、指をへし折って情報を引き出し、盗賊団のアジトを襲撃した。
3本目でもう情報を漏らすなんて、野盗なんてする時点でそうだが心が弱いのだろう。
私が一人で盗賊団を相手に立ち回る事で陽動を果たし、姫様たちが捕らわれていた村人たちを救出、治療してくれた。秘書のパワードスーツ魔法はこういう時に便利だ。
どうもこの盗賊団、魔王軍と伝手があるらしく、頭目が変な薬を飲んで怪物に化けたりしたが、流転によって全ての攻撃を受け流す私の敵ではなかった。
……で、問題の奴だ。
そうやって盗賊団を壊滅させ、捕らわれていた人々を救援した一団が村へ着くと、地獄が待っていた。
貼り付けにされた村の男達に一人の男が手を向けると、頭が爆発した。
どうやら救助した中に家族が居たらしく、悲壮な叫び声を上げていた。
その男は半裸で、でっぷりとした腹を恥ずかしげもなく晒し、私に向けて、女を差し出し自殺しろと命じてきた。
さらに救助された女性たちに、抗えば爆発させるから全身を使って奉仕しろとまで……
後の事はあまり覚えていないが、どうも私があの男を顔面の形が変わるまで殴ったらしい。
爆発させる魔法も流転で無効化できたようだ。護衛1号さんの指示で常時発動化していなかったら危なかっただろう。
問題は、そんな男が王都の勇士らしいという点だ。
最悪処刑されるかな、と秘書に愚痴ったら泣かれてしまった。
△月◇◆日
護衛1号さん……今後もお世話になります。
△月◇□日
護衛1号さんの鎧の中は何も無かった。
王都の勇士を殴った反逆者として私の処刑が貴族たちから声高に叫ばれる中で、護衛1号さんは兜を外し、王様へと献上した。
……彼女は、彼女の魔法で全身を全て魔法に置き換えてしまっていた。
そして、その魔法を鎧に封じる事で現世にしがみ付いていたのだ。
それ故に、彼女の見聞きした全てがその兜に刻まれており、専用の魔法によって映像を出力できるらしい。
王都の貴族たちに私が奴を襲撃した証拠と称して提出され、絞首台の前に立たされた時、その魔法は発動されて真実が衆目にさらされた。
魔王軍に通じる盗賊団から村人たちを救出する私たちと、罪もない村の住人を爆発させ、女たちを脅迫して奉仕を迫るクズの姿だ。
貴族たちは慌てて魔法を止めようとしたが、手遅れだった。
そして、処刑人は焦った貴族の命令で私の首に縄を掛けようとして……怒り狂った町の人々によって、私は救出された。
護衛1号さんの自我が詰まった兜を犠牲にして私は生き延びたのだ。
彼女の鎧は私が継承する事になった。置き換えの魔法が宿ったこの鎧は、例え致命傷を受けても装備者を魔法によって生きながらえさせ、敵を打ち倒す力になるだろう、だとさ。
●月●●日
魔王軍との戦いの日々の中で、姫様が倒れた。
彼女の魔法は、寿命を大きく削る魔法だ。
だが、相手の寿命を削る必要なんてない……彼女は自分の寿命を削り続けていた。
元々、亡国の王族で二人しかいない生き残りだそうで、より血の濃い彼女が神殿の代表をしていた。
実のところ、あの神殿だって国を失った人々が作り上げた最後の心の拠り所だったのだ。
その中心である彼女は、自分の使命を魔王軍の脅威から難民たちを救う事と定めた。
だから……私を世界を救う最強の勇士に育てるその為に、自分の残った寿命の全てを捧げてくれた。
成人して間もないという、まだこれからの人生を十分に楽しめたはずの姫様が、だ。
ベッドの上の彼女は年老いた老婆そのものになり果てて、妹に手を握られたまま息を引き取った。
神殿の代表の座は、私の秘書が継いだ。
彼女こそが姫様の異母妹でり、もう一人の……最後の亡国の姫君だからだ。
そして、私たちは二人で誓った。
必ず、彼女達の願いを実現して見せると。
●月×●日
魔王軍の前線基地を攻略する話が持ち上がった。
持ちかけてきたのは正規軍のトップだ。
あの勇士を大事な局面に連れて行き、先ごろの件を繰り返されては問題だとして私に声が掛かったらしい。
とっとと奴を処刑してしまえば良いと思うのだが、どうも王都の実質的な支配層の連中が奴を可愛がっており……女を与えれば命令を聞く都合の良い傀儡として重宝してしまっているらしい。
あんな奴でも爆発の魔法は強力で、そういう貴族連中に都合よく使われているらしい。
魔王軍に追い込まれている癖に、ずいぶん腐った話だ、私が処刑されそうになったあの日、そういう連中を排除しきれなかったのが悔やまれる。
■月○○日
ようやく魔王軍の前線基地を壊滅させ終えた。
残党の処理も終わり、今後はこちら側の前線基地として有効活用させてもらう。
駐留するのは正規軍の精鋭たちだ。
合わせて、流転を攻撃に転用する方法も見つかった。
周囲のベクトルを束ね、一本化して敵に放つというもので、ドラゴンの吐息すら、この魔法にかかれば敵を貫く矢に早変わりだ。
何なら雨さえ降れば城門すら貫く水の矢を連発する事だって出来るし、日光を束ねて光の矢で敵を焼き尽くす事だって出来た。
正規軍も流石の強さで、高度な連携で敵を追込み、中型以下の魔王軍ならば負けなしだ。
身体の保護と強化に魔法を全て割り振り、身体能力の差を逆転させた彼らの前では、素の頑丈さだけが売りだった魔王軍なんて敵ではなかった。
これでやっと、正規軍の皆を交代でだが王都に返してやれる。
家族を待たせている兵も多く、皆、一様に笑顔を浮かべていた。
■月■■日
やはり殺しておくべきだった!
二度目になる王都の姿は、見るも無残なものだった。
さんざんお神輿として担がれていた国王は首だけになって城門からぶら下がり、町のいたるところで男たちが壁の染みになっていた。
奴だ、あの愚かな勇士が、あの日村に仕出かしたのと同じことを王都でやったんだ。
泣き崩れる正規軍の兵士たちに喝を入れ、奴が居座っているという王城へ駆け付けた。
そして奴に無理やり奉仕させられていた女性たちを救出し……後に、本人たちの希望により堕胎を行った。
王都の貴族たちも大半が奴に爆破されており、残っていたのは最初から奴を可愛がっていたという古参貴族数名だけだった。
なので、そいつらは全員、処刑台送りにした。
最後に残ったあの大馬鹿者についても、出来ればその場で処刑したかった。
だが、待ったを掛けたのは正規軍の指揮官だった。
彼の上司も大馬鹿者に殺されてしまい、暫定的に正規軍の指揮を取らねばならない立場だ。
曰く、国力の低下が著しいため、こんな大馬鹿者でも失えば魔王軍の思うつぼだ、だから最前線で魔王軍にぶつけて、使いつぶしてから処刑するというものだ。
不安はあったが、他でもない正規軍の兵士たちがこれに賛成した。
安易に殺すだけでは気が済まないというのだ……気持ちは分かるが、大丈夫だろうか?
■月●▼日
あれから半月、最悪の結末を迎えた。
もっと強く処刑を薦めるべきだったと後悔するが後の祭りだ。
何とか前線を押し戻す事には成功したが、支払わされた犠牲があまりにも多すぎる。
……奴は、魔王軍ではなく正規軍の兵士たちを爆発させた。
それによって前線は崩壊し、人類最後の砦である王都まであと一歩というところまで攻め入られる事態に陥った。
爆音を聞いて、まさかと思い駆け付けた時には手遅れだった。
怒りに任せ、重力のベクトルを操作して奴を魔王軍へと発射しながら、私は全力で魔王軍を倒し続けた。
傷ついた身体は、鎧に残った護衛1号さんが治してくれる。
ドラゴンにだって力負けしない身体へと、姫様が鍛えてくれた。
秘書だって、最初は誤解もあって酷い目に遭ったが、今は皆の為にと働いている。
正規軍の兵士たちだって、人の勝利を信じて今まで頑張って来た。
だから、負けるわけにはいかなかった。
魔王軍の領域を駆け抜け、手当たり次第に切り殺し、前線を指揮する魔王軍の本隊らしき場所に居た指揮官を真っ二つにする事に成功した。
そうしてその場から全力で離脱し、後は生き延びた数少ない正規軍の兵士たちと合流してとにかく魔王軍を押し戻す事に注力した。
敵の指揮系統を混乱させられたのが効いたらしく、多くの兵士と私の体の8割と引き換えにここまで持ち直す事が出来た。
■月□●日
王族の役目って奴は、本当に最悪だ。
王都を守った英雄として迎えられた俺の為に、先代の王妃様が命を捧げた。
姫様の魔法と似て非なる魔法で、自分の体を犠牲にすることで、同じ分だけ相手の体を取り戻す王家に伝わる魔法だそうだ。
貴族たちの暴走を止められず奴の被害を増やしてしまった贖罪として、彼女はそれを行った。
■月〇△日
秘書に呼ばれて行ってみると、貞操帯を外された。
久々の解放感に戸惑っていると、やっとあの貞操帯の秘密を教えてくれた。
あれには、秘書の魔法が込められていたそうだ。
と言っても、パワードスーツの様に操作はできない。
私の居場所と、あとは少しだけ周囲の状況を把握する機能、そして私の魔法を制限する機能、この二つだ。
魔法の制限と言っても魔法の制御を失敗して私が怪我をしないようにというもので、自分に向かって魔法を全力で放てないようにするだけらしい。
だが、そんな枷なんて必要ないくらい、私は強くなったのだそうだ。
最後に、と自らの剣を喉に突き立てようとしたバカ秘書を殴り飛ばした。
お前まで死んでどうするのだと、託された多くの願いから逃げるのかと、華奢な体を掴み上げ、額を突き合わせながら怒鳴り散らした。
……泣かれたよ、もう一人ぼっちは耐えられないって。
■月△▽日
……色々あって秘書……いや、もう当代の姫様というべきか、彼女を抱いた。
一人じゃないと口で言っても受け入れなくて、だけど誰かを呼びに行けばその間に自殺するのが解った。
だから、死なせてと言うだけの唇を奪ってから、驚き固まる彼女に言ってしまった。
『償いの為に私に尽くす約束を忘れたのか、貴方はあの日から私のものだ』
……我ながら、酷い告白があったものだ。
だったら証明してと泣かれ、そのままその場で彼女を抱き、事が済んだら彼女が泣き止むまで胸を貸した。
これで良かったんだろうかと思いもするが、彼女にまで死なれたら私の方が耐えられそうにない。
■月△▽日
久々に筆を執る。
前回の日記から今日で丁度5年、ついに魔王を討伐した。
長く苦しい戦いだった。
多くの兵、多くの民、多くの命を犠牲に、人間は魔王軍に勝利した。
姫巫女……妻は2年前のあの日の事で子を授かり、その子供は今、新たな王都ですくすくと成長している。
あの子を守るためにと言い聞かせ、何とか神殿に残ってもらいながら魔王軍との戦いを続け……何時しか人間と魔王軍のパワーバランスは逆転していた。
数でも個々の質でも魔王軍に劣る人間が、しかし鋼のような結束力を持って耐え忍び、私と数名の兵士たちが魔王軍の上位陣を暗殺するという形で魔王軍の混乱を加速させ、情報戦も用いて内輪もめを誘発して戦力を削り続け、どうにか魔王と魔王軍の幹部を全滅させた。
個々の力に任せて暴れる事しか出来ない木っ端の残党は残っているため油断は出来ないが、これでやっと小休止といった所か。
……そして、旧王都を半壊させて正規軍を壊滅寸前に追いやった元凶を捕らえた。
奴は凝りもせずに地方の小さな村で嘗てと同じ罪を犯していた。
逮捕に向かったのは、奴の爆発を無効化できる私一人だ。
これ以上の犠牲を出すわけにはいかないと周囲を説得してから向かった。
無事に奴を捕らえ、魔法を封じる枷を嵌めて連行した。
今度こそ処刑してやる。
◆月◆◆日
奴の処刑が決まった。
奴は最後まで爆発の魔法で人々を脅かそうとし続けたが、もうそんな事はさせない。
私が盾となり、奴の魔法を全て虚空に流す事で無効化した。
裁判官だけでなく、司祭も、新しい王様も、町の住人達も心は一つだった。
5年の歳月で培われた人々の意志は、断固としてこの男を許さない。
◆月◇◆日
……奴が脱走した。手引きしたのは状況から見て魔王軍だろう。
見張りが胸を引き裂かれて死んでいるのが見つかり、牢を検めたところ壁に穴が開いていた。
だが、心配はいらない。
我が妻が嘗て私に仕掛けた見張りの魔法を、奴の枷にもかけてある。
放置すれば遠からず枷も破壊されるだろうが、そんな時間は与えない。
王都の信頼できる仲間に我が子を託し、奴の居場所を感知できる妻と共に出陣した。
◆月◆□日
王都を出立し、妻と共に野山を駆けているまさにその時だった。
大地が暗い輝きに満ち、何かが国土を覆いつくした。
何事かと驚いている私たちだったが……護衛1号さんには、最後まで世話になりっぱなしだ。
彼女より受け継いだ鎧が私の意志を無視して妻を抱き上げ、その場を信じられない速度で離脱した。
鎧に残っていた魔力を感じられなくなった頃、私たちはそれを見た。
やっと取り戻した平穏だった、やっと手に入れた勝利だった、やっと掴んだ未来だった。
その全てが、白い灰の平原へと姿を変えていた。
あまりの出来事に気が狂いそうになりながら生き残りを探して駆けまわったが、もはやどこに都が有ったかすら定かではなかった。
生き残ったのは、私と妻の二人きり……他の生き残りは見つからなかった。
◆月〇×日
あれから、奴を探して旅をしている。もちろん妻と一緒にだ。
奴の枷の気配は何処かへと消え去り、生存者と情報を求めて魔王軍の残党を打ち倒す日々、しかし、そのどちらも手に入らなかった。
解ったのは、生き残りが私たちしか居ないという絶望的な現実と、あの灰の平原が徐々に広がっていて、やがて全てを飲み込むであろうという最悪の予想だけだった。
世界中を歩き通し、徒労感に打ちのめされる中、最後に私たちは神に祈る事しかできなかった。
……そして、私たちの祈りは聞き届けられた。
奴をこの世界に招き入れた愚かな神ではない、私の故郷の神だった。
信者ですらない私に、神は多くの事を語った。
内容はこうだ。
1.この世界は遠からず滅び去る。理由は、世界のすべてを贄として奴が過去へと旅だったせいだ。
2.奴は過去の世界で私を地獄に落としたが、逆に過去の私が地獄を制し、奴の全ての力を奪って無限に殺され続ける地獄へと封じた。(よくやった!)
3.しかし、私たちの子供も、民も、魂を含め全ては灰となっており、もう取り戻せない……くそっ!
4.もし愛する伴侶の生を望むならばと、私たちがこの世界から脱出する道を用意した。
5.この脱出を成功させた暁には愛する伴侶が平穏に暮らせるよう、現地の神々にとりなしてくれる。
最後に補足として一つ、世界を強引につないだ代償は重く、内部は実質的に複雑怪奇な迷宮と化している上に、世界を切り離そうとする力が怪物の姿を取って道を阻もうとする。
また灰の平原が地上の入り口に達するまでに駆け抜けられなければ、反対側が世界から切り離され、この世界と共に滅びる未来しか残らないという。
……息子は死んだ、最後まで名乗ってくれなかった護衛1号さんの魔力も尽きた、残っているのは姫様に鍛えてもらったこの身体と、愛する妻だけだ。
だから、私は全力でその道へと挑もうと思う。
私だけなら諦めも付くが妻はまだ生きている。だからせめて、彼女には平穏な日々を取り戻してほしい。
……だというのに、聞けば妻も同じことを考えているという。
まったく、似たもの夫婦という奴だろう。
こうして私たちは神の作ってくれた最後の希望へと足を進める。
最後に残った愛する者を守るため、互いを未来へと送り届ける為に。
クリアまでに時間制限のあるリアル不思議のダンジョン1000階層(滅びる世界脱出用)
一度入れば脱出は不可能で拠点への帰還なんて出来ない。前の階層に戻る事さえ不可能。
こんな理不尽を踏破できなければ、目の前の愛する者までもが失われます。
さぁ、頑張ってくれ……




