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無間の開拓者たち  作者: 紫水晶号
本編
13/22

地獄の門

ゴールまであとちょっと

男に言われ、船の上で待ち続けてどれ程が経過しただろうか。

船の端からもう一人の少女に注意を払う名も無き少女は考える。

……どうすればこの恐ろしい沈黙を終わらせることができるのか、と。


(嫌だ、怖い、逃げ出したい、でも逃げる方が怖い、一人きりは恐ろしい、一緒に居させてほしい、でも怖い……)


堂々巡りに陥った思考で考えるのは、残酷な現実だけだ。

あと20億年以上という途方もない歳月が過ぎなければ、愛するべき『彼』との再会は叶わない、だから寂しさを免れるためには、目の前の少女かあの恐ろしい憎悪を抱いた男の傍に居るしかない。

二人は少女を心底嫌っているくせに、少女を害する事も無く衣食住を恵んでくれた。

過剰なまでの恩義と罪悪感も相まって、もはや少女には自分の心が解らなくなっていた。


(怖い、怖い、怖いけど大切、怖いけど離れたくない、怖いよ、助けてよ……)


届くことのない救援の祈りは透き通るような青空の向こうに消えていくばかりで、何も形にしてくれない。

もし『彼』が居てくれれば多少は違うのかもしれないが、それが叶うのは遥か未来の話だ。

現状、どうあっても少女に救いは無い……ように見えた。


『二人とも、準備が出来たので入って来てくれ』


あの恐ろしい男の声が、巨大な塔の奥から響いて聞こえた。

見れば、狂った少女は笑顔のまま名も無き少女へ向き直り、その襟首に手を伸ばす。

慌てて立ち上がった名も無き少女が、狂った少女に向けて口を開いた。


「じ、自分で立つから大丈夫、ほら、呼んでるよ!」


必死に、狂った少女の意識を塔の奥へと誘導する。

すると、殆ど吸い込まれるような勢いで狂った少女が駆けていく。

やはり彼女の事が怖い、しかし彼女から離れられないと結論したまま、名も無き少女も足を進める。


薄暗い通路をぺたぺたと音を立てて進んでいく。

その歩みは早く、一度も後ろを振り返らない……ついて行く事しかできないその少女は、前を進む少女を見失わない為に必死に駆け足で付いて行った。


それから少しして、広い空間に出る。


すると、先を進んで居た少女が真っ暗な部屋へ向けて満面の笑みで語り掛ける。


「お待たせいたしました、オオニニギノクニヌシ様、コノハナスセリヒメ様、不肖イワナガヒメ、本日は申し上げたいことがあり、はせ参じました!」


突然の声に、後を追っていた少女は慄いた。

何故ならば、その少女からは何も見えない闇に向かって叫んでいるようにしか見えなかったからだ。

……あるいは、それは知識の差だったのかもしれない。

先を進んで居た少女はその空間、もっと言えば入り江に聳えたつ塔そのものが、最愛の男が愛してやまない神様そのものだと、そう知っていたのだから。


『うむ、申せ』


だから、その返事への反応は両極端なものになった。

初めから神様の姿が見えているイワナガヒメは、覚悟を決めた表情で口を開き……

何も知らない名も無き少女は、突然の出来事に声も出せないまま、腰が抜けてしまった。


「申し訳ありませんでした!」


「……っ!?」


床に座り込むようにして膝をたたみ、揃えた両手と額を前面の床に擦り付けるように頭を下げながら、イワナガヒメはその全身を使って謝意を示した。

名も無き少女は思わず流れ出しそうになるものをギリギリでこらえながら、見えない相手に怯えて小動物の様に周囲を見回し続けている。


すると二人の少女の前に、光が降りてくる。

数は二つ、それぞれが部屋の中央に到達すると瞬くようにして消え、代わりに見慣れたはずの見慣れない男と、見覚えのない少女の姿があった。


「……っ!」


イワナガヒメは、頭を床に擦り付けながら、涙を流して沙汰を待つ。


「ぁ、…ぇ?」

名も無き少女は、知っているはずなのに知らない男の姿に困惑し、見知らぬ少女の姿に混乱していた。


「良いのじゃイワナガヒメ、面を上げるのじゃ」


見知らぬ少女の言葉に、イワナガヒメと呼ばれた少女が恐る恐るという様子で顔を上げると、見知らぬ少女がつかつかと歩み寄り、イワナガヒメの前で屈みこむ。


「こうして顔を合わせるのは始めてじゃな?」


そして、そんな言葉と共に鋭い音が空間に響き渡る。

見れば、少女の手が降りぬかれ、イワナガヒメの頬を叩いたのが見て取れた。


「わしより先にわしの旦那様に愛された分はこれで許してやるのじゃ、他はわしの旦那様の決めた通り

……ほら、楽にするのじゃ」


振りぬいた腕をいったん引っ込めてから、何を考えているか分からない表情を崩さずにイワナガヒメに手を差し出す。

突然の出来事に一切の理解が及ばない名も無き少女は、ただ見ている事だけしかできなかった。


「さて、今後の話をしようか」


今度は、見覚えのあるはずの男が声を掛けてくる。

その顔は少女らにとって見慣れたものの筈なのに、雰囲気とでも言うべきものが違って見えた。

イワナガヒメはもう一度、深く頭を下げてから見知らぬ少女の手を取り、助け起こされる。

一人状況から取り残された名も無き少女は、男に促されるままイワナガヒメの下へと歩み寄る。


「立ち話もなんだし、少し待ってくれ」


そうして男が全員に声を掛けると、パチンと指を鳴らす。

すると床の一部がせい上がり、大きな金属製の箱が現れる。


「まだ不慣れだから、この程度で勘弁してくれると助かるよ」


そんな言葉と共に、男の指先から光が走る。

すると箱が開かれ、中から現れた白い塊を撫でるようにした。

少なくとも名も無き少女にはそういう風にしか見えなかった。


しかし、次の瞬間、男から放たれた光は宙に留まり、腕になって白い塊にあらゆる方向から触れる。

腕の数は、動き回っているせいで断定はできないが恐らく20本はあっただろうか。

暫く動いていた腕が白い塊に一斉に触れると、塊は崩れて中から何かが姿を現す。

同じことを3度繰り返し、光の腕がそれぞれを少女たちの前へと並べ終えるまで、皆が動きを止めて見入っていた。


「おお、さすがは旦那様、さっそく機能を使いこなしているのじゃな!」


「ニニギ様お見事です……これがニニギ様のお力……」


「何なの、これ……」


見知らぬ少女が嬉しそうに男をほめたかと思えば、イワナガヒメが感服した様子で男を崇め、状況に取り残されている名も無き少女は泣きそうな顔で頭を抱える。


「ほら、それに座って……イワナガヒメはそこ、君はそこで、そうそう」


男に促されるまま、対面する形で二人の少女は男が加工した白い塊へと腰を下ろす。

すると深々と身体が沈みこみ、その物体に柔らかく受け止められる。

見知らぬ心地よい感覚に驚く二人を前に、傍らに移動してきた少女に微笑を送る。


「ふふ、最初からこの出来ではわしの出番も無いかもしれないのじゃ」


嬉しそうに声を掛ける少女に、男も笑顔で応じる。


「なに、このくらい出来ないと君の隣に立てない気がしてしまってね、結構必死にやったんだよ?」


二人の間にしか通じないそんな会話を見せつけられながら、名も無き少女は考える。

目の前に居るのは、どちらも傍らのイワナガヒメと分離する前であっても歯が立たないくらいの存在だと理解できたからだ。

どちらも自然体でいるのに、威圧感とも違う自然と頭を下げて意味も無く許しを請いたくなる雰囲気を持っている。

これは男に対する引け目がどうのという次元ではなく、本能的な所に訴えかけてくる感覚だった。


「うむ、それではこれより、会談を始めるのじゃ」


気が付けば、見知らぬ少女の死きりで会談が始まっていた。


「それでは、改めて自己紹介だ、私は今回、正式にオオニニギノクニヌシの名と神格を拝領した、つい先日まで君たちと行動をしていた者だ、名前は長いからニニギと呼んでくれれば良い」


まずは男が少女らにそう名乗る。

神格を受け取ったという男の言葉に、確かにと名も無き少女は納得していた。

それだけ、男から感じる力は並外れたものだったからだ。


「続けてわしじゃな、わしはINARI176改めコノハナスセリヒメ、オオニニギノクニヌシの正妻であり、この地を開くために降り立った神じゃ……こ、こら! そ、そういうのは二人きりの時にじゃな……」


どうじゃ、と胸を張る少女を見て男は小さく苦笑し、そのまま頭を撫でる。

すると顔を真っ赤にした少女が男に対してしかりつけるような口調で、しかし甘えるように答える。

それを微笑ましそうに見守るイワナガヒメの姿に、名も無き少女は行き場のない焦りの様なものを覚えた。


「それでは、改めまして私も……コノハナスセリヒメ様より身体を、オオニニギノクニヌシ様よりイワナガヒメの名を拝領いたしました愚かな女にございます、イワナガとでも及びいただければ幸いです。

そして、お二方に対する数々の非礼、いかなる罰も甘んじて受ける所存にございます」


何処か恍惚とした表情のまま、イワナガヒメは頭を下げる。

何かを期待するかのようなその態度に、名も無き少女の焦りはそろそろ限界を迎えようとしていた。


そして、名も無き少女は気づいた。


みんな自分の名前を名乗っていることに。


「わ、私、私は……私は、何? 私って何なの、ねぇ、お願い教えて、私は、私は何なの?」


行き場の無い焦燥感に加え、自分だけが名前を持たない事に気づいた少女は狼狽した。

記憶する限り、それなりに昔から男と狂った少女が互いをイワナガとかニニギと呼び合っていた事は知っていた。

しかし、いざ自分が名乗ろうとしたときになって、そもそも自分が何なのかをうまく説明できない事を自覚したのだった。

故に少女に出来たのは、いつも通りに助けてと懇願する事だけだった。


「ふむ、それはわしらが決めてしまって良いのか?」


コノハナスセリヒメと名乗った少女の問いかけに、名も無き少女はすがるような気持ちで返す。


「だって、私、名前が無いの……」


その返事に、男は優しく残酷に言葉を返す。


「しかし良いのかい? だって『彼』以外が君に名前を付けるだなんて」


男の言葉に、名も無き少女は呼吸も忘れるほどの衝撃を受けた。


「……え?」


そんな少女を見てか、イワナガヒメまで少女に追い打ちをかけるように言葉を重ねてくる。


「そうですね、私は愛する方からこの名前を頂きました、貴女は『彼』に名前をもらうべきではないでしょうか?」


もはや、名も無き少女はどうすればいいのか分からなくなっていた。

傷つけたはずの身内の様に思えるようになった恐ろしい男の言葉を反芻し、イワナガヒメの言葉の意味を考える。この二人は長年の付き合いがあるから知っている。だから、二人の言葉を基準に考えて、考えて、考えた。


「わから、無い……でも、必要なら最初に貰ってるはず、無いと不便だから、できれば決めてほしい……です」


長い葛藤の末、少女は愛する男から名を貰う事を諦める。

次に男に会えるまでの気の遠くなるような時間、自分だけが名前が無い状態でいるだなんて想像するだけで恐ろしかったからだ。

だから、心に決める。彼に出会ったら、真っ先に名前をきめてあげるんだ、と。


「ほほう? なるほど、では付き合いの長い二人で決めてくれ」


真っ先に声を上げたのは、コノハナスセリヒメだった。

深々と愛する人が作ってくれた作品に背を預け、心地よさそうな笑顔を浮かべている。

名も無き少女の名前に興味が無いといった様子で、名前が決まるまではこのままでいるつもりのようだった。


するとニニギと呼ぶよう言った男が、イワナガと呼ぶように言った少女と顔を見合わせ、同時に口を開いた。


「「では、チルヤヒメで」」


二人の唱和したそれを、名も無き少女は驚きと共に心に刻んだ。

意味は解らないけれど、自分を良く知る二人がこうも息ぴったりに上げた名前だ、きっと自分に相応しいに違いないとその少女は考えた。


「え、と……それじゃ改めて、チルヤヒメ? です……」


少し恥ずかし気に、名を得た少女がそう名乗る。

生まれて初めて貰った自分を示す言葉を、今までの不安なんて全て忘れてしまったかのように小さく、口の中で繰り返す。

意味は分からない、ひょっとすると悪い意味かもしれないけれど、それでも仕方のない事だと思った。

過去に自分がしでかしたことは、確かに『彼』の為ではあるが、悪い事には違いないのだから。

むしろ、いい意味の名前を貰っていたら驚きだとさえ思った。……それでも、嬉しかったのだ。


「ふむ、ずいぶん良い名を与えるんじゃな……まぁ良い、それでは会談としゃれこむのじゃ!」


コノハナスセリヒメの言葉に、落ち着いた様子の二人は静かに頷き、残る一人、チルヤヒメは『良い名』という言葉に更なる衝撃を受けていた。

酷い事ばかりしている自分が良い名前なんて貰えるわけがないと思っていたからこその驚きだった。

だから、それは無意識に零れた。


「良い、名前、ですか?」


言ってしまってから、思わず口を塞ぐ。

こんなことを言って、イワナガヒメに怒られると思ったからだ。

だが、いつまでたっても怒られない、殴られもしない、それどころか怒鳴りつけるような声も飛んでこなかった。

代わりに飛んできたのは、予想外の角度からの予想外の言葉だった。


「なんじゃ知らんのか? チルヤヒメ、まあ大元は木花散弥比売じゃろうな、コノハナだとわしと被るから取ってチルヤヒメ、元々は岩永比売の別名ともされる名じゃ、二人は元は一つだったのじゃろう? ならば、良い名なのじゃ」


コノハナスセリヒメのそんな説明に、チルヤヒメは理解が追い付かないでいた。


「さすがに解るか、正解だよ」


「ふっふ~ん、もっと撫でるのじゃ、褒めるのじゃ!」


「……ふふ、きれいに言えました」


そんなチルヤヒメの前で、オオニニギノクニヌシはコノハナスセリヒメの頭を撫でる。

すると嬉しそうなコノハナスセリヒメが、もっと撫でろと頭をオオニニギノクニヌシへと差し出す。

そんな光景を見ながら、きれいに唱和出来たことが嬉しいのか、イワナガヒメもご満悦な様子だ。

ただ一人、チルヤヒメだけが状況から取り残されていた。


(え? 何で? え? 別名? 確か同じものの別な名前だよね? 紛らわしいって言った気がする、し、そういう意味で間違いないはず、でも、何で? え? あの子と同じ?)


考えがまとまらないまま、イワナガヒメへと視線を動かす。

よほど嬉しかったのか、未だに『きれいに言えた』と呟き続けているその少女を見て、余計に混乱する。

自分とその少女が、ある時までは同じ存在だったことは事実だ。

だが、今となっては明確な上下があり、何より自分は許されない存在だと自覚している。

そんな悪い子が、狂っているにせよ愛されるあの子と実質同じだと言われた。

その事実が、チルヤヒメの心を大いにかき乱し続ける。


なのに、神様は落ち着くまで待ってくれない。


「で、議題なのじゃが……ずばり『彼』への取り扱いなのじゃ、早めに決めておくべきなのじゃ」


そんなコノハナスセリヒメの言葉に、強制的に思考を切り替えさせられる。

考えることはたくさんあるのに、その為の時間が足りない。

ただ、それでもチルヤヒメは切り替える、他でもない『彼』の為なのだから。


「とりえず、目に付いたら殺します。何度生まれても同じです」


男の返事はそっけないものだった。

感情としては納得できないながらも、理性的な部分が男の言葉を当然の物だと言っている。

一度だけだが、チルヤヒメはオオニニギノクニヌシが感じてきた苦痛と憎悪の深さを垣間見させられている。

だから、当然に男はそうするだろうと、むしろ世界の果てまで追い詰め手でも殺すだろうと思っていた。


「え? 目に付かなかったら殺さないの?」


だから、小さな違和感を感じてしまった。

口から零れた違和感に、慌ててしまったと口を塞ぐがもう遅い。

男の方針が悪い方に転がってしまわないよう、祈るような気持ちでオオニニギノクニヌシの顔を伺う。


しかし、肝心のオオニニギノクニヌシは特に態度も改めずにそのままでいる。

まるで、全く気にしていないとでも言うかのように。


「こら、チルヤヒメ、折角ニニギ様が貴女に気を使ってくれたのになんて言い草ですか」


横から、今度こそチルヤヒメをいさめるようにイワナガヒメが声を上げる。

その言葉に、更にチルヤヒメは混乱した。

何故ならば、自分はそんな事をしてもらえるほどの事を何一つとしてしていないのだから。

……だが、こういう時にイワナガヒメが嘘を言ったことは無い。


(そう……なんだ。……でも何で、何で私なんかに?)


イワナガヒメが言うのだから間違いのはずはないのだが、では何故、と疑問が浮かび、答えが見つからない。

だけど、周囲はチルヤヒメを待ってはくれなかった。


「わしも同意見じゃが、そうすると『彼』をどうするかのう?」


コノハナスセリヒメの問いかけに、今度はイワナガヒメが言葉を返す。


「では、お二方の目に付かない場所へ隔離してはいかがでしょうか?」


ほう、と強大な力の持ち主たちが息を漏らす中で、チルヤヒメは必死に考えていた。

イワナガヒメの案は、見つけたら殺すという二人に対し、関わらない様にすれば良いんじゃないかというものだ。

なるほど、それは理に叶っている……ように見える。

つまり、その隔離場所にさえ居れば『彼』の安全が確保されるという事だからだ。

思ってもみなかった最良の結果を前に、チルヤヒメはしかし不思議と、不安を覚えた。


「えっと、でも、出ちゃっ」


()()()?」


「たら……うん、そうだよね……」


当然の様に、チルヤヒメの問いに男が短く答える。

迷う様子すら見せずに、ばっさりと切り捨てられた形だ。

そんな空気を察してか、何処かイワナガヒメを可愛がっている時のオオニニギノクニヌシみたいな顔をしたコノハナスセリヒメが口を開く。


「ならば『彼』の世話は、見ても殺さぬ者が行う必要があるのじゃな」


その言葉に、やっと一つの納得を得る。

チルヤヒメ以外の三者は『彼』に対して少なからず恨みがある。

『彼』の安全のためには、チルヤヒメが動く以外の手が無いのだと。


「……私が、やります……絶対に出てこない様にします。だから、お願いします」


そう願い出て、頭を下げる。イワナガヒメが最初にやったことを少しだけ真似した形だ。

口を開くのが怖かった、声にするのが怖かった、だから返事を聞くのだって怖い。

それでも愛する『彼』の為に、必死に願い出る。


「構わぬのじゃ」


あっさりとコノハナスセリヒメが応じる。


「隔離場所から絶対に逃がすな、出来ないならお前の目の前で殺すし、出てこなくても視界に入れば殺す」


躊躇いも無く、オオニニギノクニヌシが言い切る。


「お二人がそれで良いとおっしゃられるならば、そのように」


イワナガヒメは二人の決定に準じるつもりの様だった。

しかし、それらを確認し、何とか『彼』の安全を確保したと思ったのも束の間に、次の議題へ移っていく。


「で、次なのじゃが、おそらく『彼』に入り込んでいる未来の魔王軍の残党とやらの処理じゃな、どうする?」


次の議題もやっぱり『彼』に関する事だった。

それも、彼が未来を捨てて今の世界を作る切っ掛けになった存在だ。

出来る事なら『彼』の力として残しておき、いざという時に使えるようにしたい。

この時までは、チルヤヒメはそう考えていた。

そんな考えを粉砕したのは、オオニニギノクニヌシが放った言葉だった。


「除去しないと私を畏れて過去に逃げるだろうね、()()()()()()()()()()()


その言葉を、チルヤヒメは否定できなかった。

オオニニギノクニヌシより褒められたいというだけで過去に戻った『彼』なのだ、神に至ったオオニニギノクニヌシの力を見て、もう一度過去に戻ろうとすると考える方が自然だ。

そして、過去に戻るためにはチルヤヒメでも解るくらい膨大な力を使う、となれば、二人で一緒になんて言う事は不可能だ。


「ですが、どのようにして除去するのですか? やはり殺す方が早いように思いますが」


今度はイワナガヒメが問いかける。

恐ろしい事に一切の躊躇が無い。やはり彼女も『彼』を良く思っていないのだと理解したチルヤヒメが、振るえる手を抑えながら声を上げる。


「そ、それも私が、私がやります……私も、たぶんそれの一部から産まれたから、だいたい解ります」


最早、手段を選んでいる余裕なんて無かった、『彼』を守るためにそうするしかないのだと理解した。

出来ればそんな事はしたくないけれど、しなければ皆が彼を見逃さないだろう。


「そうかそうか、では一つ良い事を教えてやるのじゃ、過去に戻るためには膨大な力が必要じゃが、魔王軍とやらはどうやってそんな力を用意したか、解るのじゃ?」


突然、コノハナスセリヒメからそんな事を問いかけられる。

しかし、言われてみれば解らない、劣勢に陥ったはずの魔王軍とやらは、どうやってそんな力を用意したのだろうか?

言われれば言われるほど理解できない、不可能な事をしているように思えた。


「……まさか」


と悩んでいると、急にイワナガヒメが声を上げる。


「言ってみてくれ」


明らかに答えを知っている風なオオニニギノクニヌシがイワナガヒメに答えを促した。


「多くの命を喰らったのですね……未来を犠牲に」


イワナガヒメは酷く緊張した様子で、しかし確信めいたものがあるのだろう、そんな表情で二柱の神々へ目を向ける。

すると二柱の神々は頷きを返し、言葉を続ける。


「それ以外に使えるものは何もない、だから恐らく、奴は前の世界とやらを手当たり次第に食いつくして過去に戻るための燃料にした可能性が高い。どれだけ計算しても、それくらいの無茶をしなければ過去には戻れないと出た」


吐き捨てるようなオオニニギノクニヌシの言葉と態度に、ようやくチルヤヒメは理解する。

つまり『彼』に過去に戻る事を許せば、自分だけじゃない、ぜんぜん悪くないオオニニギノクニヌシやコノハナスセリヒメまでもが巻き込まれるという事だ。

そんな恐ろしい罪を『彼』に繰り返させるわけには……いかない。

そう結論付け、チルヤヒメは返事を返す。


「そ、その、魔王群残党? の部分を切り離せば大丈夫なんですよね……じゃあ、私が全力でやります、過去に戻る暇も与えません、絶対にさせません」


オオニニギノクニヌシと彼から聞いた象の話がまた重なり合って見える。

善意の施しを与え、身を削り続けた象の悲しい末路、もし『彼』を過去に返せば、そういう事が起こる。

よりにもよって、その酷い事をするのが『彼』というのが、とても嫌だった。


だからチルヤヒメは覚悟を決める。

『彼』を守るために『彼』に刃を突き入れる事を。

だって、そうしなければ『彼』が罪を犯してしまうから。

『彼』が転生してきた時に、問答無用で魔王軍残党の部分を切除する。

失敗すれば『彼』の罪は一段と重くなり、いつか彼に取り返しのつかない災禍を齎すだろう。

そんな事にならないように、唯一彼の生を望むチルヤヒメが切除を実行するしかないのだ。


「よし、じゃあこれを使うと良い」


オオニニギノクニヌシが、そんな言葉と共に手を振るい、虚空に形成された何かを差し出す。


「今さっき作った人間でない部分だけを切り取れる道具だ」


その心遣いに、思わず涙が出る。

『彼』が憎くてしかたのないはずのオオニニギノクニヌシが、『彼』を助けたいチルヤヒメの為に、出来るだけ『彼』を傷つけない道具まで用意してくれたのだから。


「ふむふむ、では万が一処置を間違えて死なせてしまった場合に備え、不要な部分の切除後の状態でその男の魂を転生させることが出来るようにしてやるのじゃ、この時にチルヤヒメもイワナガヒメと同じで、愛する男が転生するたびに、記憶を引き継いで転生できるようにしておくのじゃ」


もうこれ以上望むことなんて何も無いとチルヤヒメは思って居たのに、神様たちは更にその上を行く。

万が一男を死なせてしまったとしても、隔離された範囲に居る限りは殺されないで済む状態で転生させられる。しかも自分までも一緒にだ。

つまり、ずっと安全な場所で『彼』を愛する事が出来る。

まるで夢の様な話に、思わず心が沸き立った。


「うむ、それでは何時、その男をこの世界に転生させるのじゃ?」


もう何度目になるのか分からない、それでも無視できない言葉にまた驚かされた。

だけど、もう驚く必要は無かったのかもしれない。

神様はチルヤヒメに『彼』の魔王軍残党を切除した後なら、何度でもチルヤヒメの手で一緒に転生させられるようにしてくれると言ったのだから。

それと比べれば、『彼』の転生する時期を変更するくらい何てことは無いのだろう。


「それはもちろん、隔離場所を作ってからだろう」


男が提案すると、イワナガヒメが追従するように話しを繋げる。


「では、出来るだけここから遠い場所が良いでしょう。近いと万が一があり得ます」


そして何故か楽し気な様子のコノハナスセリヒメがその案をより良い物へ変えていく。


「いっそ最初から出てこれない様に囲んで置いた方が互いに安心なのじゃ」


こうして、『彼』とチルヤヒメの未来は定まっていく。

決して望まない、しかし必然的にそうなる未来へと、物事が収束していく。

それが、愛する『彼』の為にチルヤヒメに出来る最高の事なのだと、他でもないチルヤヒメが信じているのだから。

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