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無間の開拓者たち  作者: 紫水晶号
本編
12/22

結び

終わりが見えてきました

それは入り江の中央に現れた。

入り江の底から天へと延びていた光の柱と置き換わるように現れたそれは、巨大な塔の様に見えた。

表面は白く光を反射し、その表面を樹木の根のように緑色の光が駆け巡っている。

入り江は凪いで光を反射する。その水面を切り裂くようにして、一艘のイカダが進んでいく。


イカダの上には三つの影があった。

男が一人、少女が二人だ。

男はまっすぐに入り江の塔を望みながら、板状に切り出された木材を使ってイカダを前へ前へと進めていく。

少女の片割れは、そんな男をねぎらう様に汗を拭い、器に貯めた水を差し出していた。

残る少女はイカダの端にしゃがみ込み、何かに怯えているようだった。

三者三様の姿を見せながら、イカダは進んでいく。


カツン、とイカダの先端が白い塔に接触を果たすまで、そう時間はかからなかった。

男は手を止め、手にした木材を足元へやると塔を見上げたまま、口を開いた。


「ようこそ、この世界へ……」


愛おしそうに塔の壁面を撫でながら、男が続ける。


「長い旅路をありがとう。こうして直接触れられる日をずっと待っていたよ」


すると、壁面を走っていた輝きが男の触れた部分へと集まり、ひと際強く輝いた。

白い壁面に亀裂が浮かび上がり、空気の流れと共に倒れ込んで来る。

男は慌てた様子も無く、足元の木材を手に取って塔から僅かに距離を取り、倒れ込んできた壁面をイカダの縁で受け止めるように移動した。


「さて、まずは私が行く、二人は呼ばれるまで待っていてくれ」


それだけ告げると、流されない様にイカダと降りてきた壁の縁を紐で繋ぎ、男は大きく口を開けた塔の中へと進んでいく。

残された少女らの反応は極めてよく似た、しかし正反対のものだった。


「はい、いつまででもお待ちしております」


一人の少女は、祈るようにしながら男を見送った。


「……解った」


一人の少女は、気まずそうにしながら男から目を背ける。


男が塔の中へ入ると、外面を覆っていた光の根が内面へと走り、男の周囲を照らし出す。

その緑色の輝きに導かれるようにして、男は迷いなく進んでいく。

暫く進むと、男の前に小さな扉が現れる。

光の根は扉の奥へと続いており、男は躊躇なく扉を開けて中へと入った。


瞬間、男の身体は液体の中へと沈んでいく。


少し驚いたような表情を浮かばせながら男が周囲に視線を向けると、光の根が男へ向かって伸びていた。

それを見た男は、特に抵抗することなくそれを受け入れる。

男の全身に光の根が食い込み、液体が赤く染まっていく。

男の身体は溶けるように崩れていくが、当の男はとても安らいだ表情を浮かべていた。


男は目を閉じ、光の根の為すがままに溶けていく。


「遺伝子情報:取得を完了、魂魄情報の照合:完了、転生システム解析:完了……」


数多の音を混ぜ合わせたような無機質な音声が、淡々と語る。


「……対象名:オオニニギノクニヌシ、登録完了、全工程を終了します」


音声がそう告げると、空間に満ちていた液体が何処かへと吸い上げられて行く。

男の意識はこの段階でもはっきりとしており、己の向かう先がどこなのかを明確に理解していた。

故に男は一切の抵抗をせず、流れに身を任せる。


それから数分後、男の意識は広大な海の中にあった。


その空間に、ひと際巨大な光が舞い降りる。


『会いたかったのじゃー!』


そんな声と共に、男の意識へ向かって一直線に、それは降りてきた。

外見は、外に待たせている少女らより僅かに大人びており、白い小袖と赤い袴が印象的な少女だった、つややかな黒い髪は足元まで伸び、外の少女らと違い、衣服には稲穂の刺繍が施されている。

少女は虚空へと何かを抱き寄せるようなしぐさを行い、言葉を発する。


『やっと、やっとこうして会えたのじゃ、長かった、長かったのじゃ』


その嬉しそうな声に答えるように、少女の手の中へと光が集まり、一つの形をとる。

それは、液体に溶けた男の姿だった。

男は少女の背に手を回し、やさしく少女を抱き返す。


『ええ、やっと会えました、ようこそINARI176、そして宜しく、コノハナスセリヒメ』


短い言葉のやり取りを経て、二人は互いを抱きしめ合う。

すると男へと更に光があつまっていき、その外見を変化させる。

背格好は大きく変わらず、その身に刻まれていた様々な傷跡だけが消えている。

服装は少女のそれに似た、黒地に金色の雷光をあしらった物へと変化した。


『うむ、うむ! そうじゃぞ旦那様、わしはこれよりコノハナスセリヒメ、旦那様はオオニニギノクニヌシじゃ』


二人の周囲で光が弧を描き、周囲の光景を塗り替える。

二柱は、大きな建物の中に居た。

木製の建物は全面が大きく開かれており、二柱はその最奥で仲良く並んで座っている。

建物ののあらゆる場所で光が爆ぜ、大輪の花となって祝福する。

二つの手を重ね合わせるようにしながら、二柱は無言で違いを確かめ合った。


『……不思議じゃ、沢山語る事があったはずなのに、何も浮かばないのじゃ』


少女の声に、男は笑顔で返事をした。


『構わないでしょう? これからいくらでも語り合えるんですから』


幾多の花々に祝福されながら、両者は共に目を閉じる。

花々の周囲が光に溶け、両者のこれまでの記憶を映し出す。

それは孤独な旅路だった、故郷に置いて居場所を失った少女が、新天地を求めるという名分で追い立てられ、あてもなく暗闇を彷徨う旅だった。

あるいは絶望への抗いだった、地獄に落とされた男が死すら失い、地獄からの脱却を目指して足掻く日々だった。

目まぐるしく変わる幾多の旅路の足跡が、絶え間なく襲い来る絶望の日々が、二人の過酷な過去を映し出し、花々は二人を称えるように咲き誇る。


『登録完了、だね……はぁ、こんな私が末席とはいえ神様か、数奇な話だ』


先に目を開けたのは男の方だった。

全身に光が満ち、その体に複雑な模様を刻んでいる。

自分の身体を確かめるように、己の手指が開閉する様を眺めている。

そんな男に少女が答える。


『こんな、等と言うでない、わしの最愛の旦那様なのじゃぞ』


すこし咎めるような口調で、しかし優しい笑顔でそう告げる。

少女の姿はさほど変わっていない、しいて言えば、左右の耳が大きく尖り、髪と同じ色の毛で覆われた程度だろうか。


『おや、耳が……やっぱりその属性は残すんだ?』


今度は男が優しく問いかけながら、少女の変化した耳へと触れる。


『ひょわ! っちょ、旦那様、まだ日は高いのじゃ!』


珍奇な悲鳴を上げながら、少女は頬を赤く染めつつ抗議を行う。

すると男は名残惜しそうに底氏だけ手を引くと、そのまま少女の頭を撫でる。


『申し訳ない、あまりに可愛らしかったからつい手が伸びてしまいました』


そんな男に対し、顔を赤らめながら少女は応える。


『そんな言い訳にわしはごまかされないのじゃぞ旦那様……互いの身体を確かめ合うのは、夜までまって欲しいのじゃ、乙女には準備が必要なのじゃよ』


照れくさそうに答える少女に、男は笑って応じる。


『ははは、勿論だとも……ただ、あの頃の仕事の成果を残してくれていることが嬉しくてね』


そんな男に、頬を膨らませていた少女も笑顔を浮かべる。


『と、当然なのじゃ、一介の名も無き豊穣神に過ぎなんだ存在を、旦那様がこうしてわしという形にしてくれたのじゃ、わしの根底、捨てる訳が無いのじゃよ』


そこまで言って見つめ合い、また笑い合う。


『なるほど、確かにその通り、可愛いよコノハナスセリヒメ』


『旦那様も……オオニニギノクニヌシ様もご立派なのじゃ』


そうしてひとしきり笑い合うと、手を取り合いながらも表情を引き締める。


『それでは、まずは惑星開拓と私の復讐の進捗について確認しておきたい。こうして神格を授与されたんだ、愛する妻の助けになりたい気持ちもあるし、復讐はやり遂げたい』


そんな男の言葉に、頬を赤く染めながらも悪戯っぽい表情の少女が軽く手を振るう。

すると幾つかの図形が男の周囲に浮かび上がってくる。


『ふふん、惑星の開拓具合は既に安定期に入っているのじゃ、あとは生態系を維持しながら生物の種類を増やして行くだけなのじゃ、この辺のさじ加減は本部との調整をしながらわしがやるしかないから、旦那様には文明圏の基礎を作る為に工業系の分野を受け持ってほしいのじゃ……豊穣神のわしではあまり上手く扱えない分野じゃからのう……』


まずは惑星の開拓に関する話を、端的にまとめる。

得意分野や手慣れた分野をコノハナスセリヒメが受け持ち、それ以外の苦手な分野をオオニニギノクニヌシに任せる形だ。


『それと、旦那様は現人神じゃから、わしも正式な生体端末を作って外でも一緒なのじゃ!

……ふふふ、わしらの世界でわしらの子供達が国を作り上げていく、今から楽しみなのじゃ』


すると、オオニニギノクニヌシは少しイジワルそうな顔でコノハナスセリヒメに問いかける。


『そうなると、あの二人はどう扱おうか? 片方は一応、第二夫人という扱いだけど』


その話題を振られたとたんに、コノハナスセリヒメは目を細めて頬を膨らませる。


『むぅ、正直に言えば不本意なのは変わらないのじゃ、復讐の駒でさえ無ければ早々に抹消している所なのじゃぞ、まったく……わしがオオニニギノクニヌシ様の一番で居る事は絶対に譲らないのじゃ』


力強くオオニニギノクニヌシの身体を抱きしめながら、コノハナスセリヒメが話しを続ける。


『まぁ、オオニニギノクニヌシ様の心が壊れてしまわぬよう、はけ口として働き続けたことは認めてやるのじゃ、一番愛される立場は譲らぬが、わしのついでに愛されるくらいは特別に許してやるのじゃ……それに、心理分析の結果を見るに、捨てる方が喜ばれて復讐にならないのじゃよあの破滅願望持ち』


それは何処か諦めるような、そして諦めるような言葉だった。

とはいえ、イワナガヒメの名を与えられた少女は基よりそういう風に育て上げる計画ではあったのだ。

ただ、オオニニギノクニヌシへの依存の深さから罪悪感が想定以上に拗れ、重度の破滅願望を抱いた状態となってしまっただけであり、復讐には何ら障害とはならない。

生殺与奪の権利すらも喜んで愛するオオニニギノクニヌシへと委ねている。

そんなイワナガヒメは、色々な意味で手遅れと言って良い状態まで落ちていた。


『本当に申し訳ありません、私が不甲斐ないばかりにこんな形になってしまって』


申し訳なさそうに語るオオニニギノクニヌシに、コノハナスセリヒメは少し寂し気な笑顔で応じる。


『良いのじゃ、安易に殺せばオオニニギノクニヌシ様の恨みのぶつけ先が無くなり、心が壊れてしまいかねない……それに比べれば、未来永劫、腹に溜まった憎しみを受け止め続ける為に必要だったのじゃ……まぁその分、わしには純粋な愛情を注いでもらうし、あれの何倍も愛し合って貰うのじゃよ?』


受け入れはするし、必要性も認めるが、愛は譲らないと宣言したコノハナスセリヒメの勇ましさに、オオニニギノクニヌシは申し訳なさそうにしながら、しかし嬉しそうにコノハナスセリヒメを抱きしめる。


『それは勿論、私が本当の意味で愛するのはコノハナスセリヒメだけだよ、ずっとね』


軽く口づけを交わし、2柱は少しだけ身体を離す。

これ以上抱きしめ合っていては、愛が抑えきれなくなるからだ。


『それでもう一人、名前すらないアレについてだけれど、仕上がり具合はどうだろうか?』


今度はオオニニギノクニヌシからの問いかけだった。

計画通りに育てはしたものの、仕上がり具合が足りないのでは意味が無いからだ。

そんな問いかけに、コノハナスセリヒメは誰にも見せた事のないような昏い笑顔で応じる。


『アレについても完璧以上なのじゃ、思考の前提にオオニニギノクニヌシ様があり、行動全てをオオニニギノクニヌシ様に依存しきっているものの、辛うじて『彼』への愛情だけは維持しているのじゃ、もうオオニニギノクニヌシ様無しでは自我を保つことすら困難になっているのじゃよ』


コノハナスセリヒメの説明は続く。


『あとは『彼』と会わせれば、勝手に互いを憎み合う間柄の完成なのじゃ。あっちからすれば、自分に都合の良い女神を作ったと思ったら、常日頃から妬んだ男と比較され、事あるごとに妬んだ男を頼る女になって居たのじゃ、時間を遡ってでも乗り越えたかった相手に依存しきった女に愛される状態に、耐えられるわけが無いのじゃ』


つまり、名も無き少女は確実に『彼』から拒絶され、二人の関係は崩壊する。

それは最早、回避不能の確定事項となっていた。

仮に、元々『彼』から生じた存在である名も無き少女に今更本人と同種の恋心(寄生虫)を入れたところで意味は無く、逆に名も無き少女に吸収されて終わるだけだという。

むしろ、その分だけ力を削られる『彼』への損失が増えるだけだ。

その上……


『その上、私たちから道徳を学び、善悪を知った彼女が『彼』を見れば、魔王軍残党とやらに惑わされ、嫉妬に狂って悪事を働こうとする『彼』を止めることはあっても、加担は出来ない。他でもない『彼』の安寧の為に『彼』の切り札である魔王軍残党の力を奪う事に尽力する……だったね?』


オオニニギノクニヌシの問いに、コノハナスセリヒメは笑顔で頷く。


『うむ、しかも実行前にオオニニギノクニヌシ様に『彼』を許してほしいと嘆願するのは目に見えているのじゃ、少し誘導してやるだけで、進んで『彼』に刃を突き立て、物理的に切り離そうとするのじゃ』


その結果、名も無き少女の献身によって『彼』は魔王軍残党を失った状態での延命を許される。

折角手に入れた全てを手に入れるための力を奪われ、妬んだ男の情けで生かされる事になる男の心中は穏やかではないだろう。

しかも、それが他でもないオオニニギノクニヌシに依存しきった女の嘆願で、だ。


『それで、もしそこで爆発しなくてもイワナガヒメにやらせた事が不可避の地雷となって二人の関係を破壊する……だったかな、私と愛し合った行為の記憶通りに『彼』と愛し合おうとして私の名前を出してしまうから。実に素晴らしい計画だね』


『彼』と愛し合う時に彼女はきっと言ってしまうだろう。

『今は難しくてもオオニニギノクニヌシの様に上達できる』とか『オオニニギノクニヌシに教わった通り』だとか、そういう『彼』の逆鱗に触れる言葉を。

なにせ、そういう事を言うように徹底的に学ばせてきたのだから。


彼女が愛するのは間違えなく『彼』だけであり、その『彼』の為に無茶を重ねてきている。

そんな『彼』に拒絶され、罵倒され、善意を否定され続けて、果たして耐えきれるだろうか?

『彼』の為にオオニニギノクニヌシに頭を下げ、オオニニギノクニヌシに願い出て『彼』を傷つけ、更には『彼』と愛し合う時にまでオオニニギノクニヌシに言及する。そんな彼女が本気で『彼』だけを愛していると、どうして『彼』が信じられるだろうか?


『うむ、仕上げにあれには『彼』との間のみの転生の権限を与えるのじゃ、その頃には、あれは『彼』を害する事でのみ愛する鬼女へと落ちているのじゃ、オオニニギノクニヌシ様が落とされた地獄とは全く別の、終わりのない地獄へ二人仲良く、殺し合いながら落ちていくのじゃよ』


そう締めくくりの言葉で結び、コノハナスセリヒメは元の明るい笑顔へと戻る。


『ま、自業自得という奴じゃの、人を呪わば穴二つという奴なのじゃ』


そんなコノハナスセリヒメに、オオニニギノクニヌシは少し困ったような顔で告げる。


『あの諺って、呪った相手と自分が死んで墓に入るって意味じゃなかったかな、私はコノハナスセリヒメを残して墓でじっとしているつもりは無いよ?』


すると、コノハナスセリヒメは恥ずかしそうに顔を染めながら訂正する。


『そ、それなら墓穴を掘ったに訂正するのじゃ、自分を埋める穴を掘ったのじゃからオオニニギノクニヌシ様は居なくならないのじゃ!』


そうして訂正を入れながら、我慢しきれずにオオニニギノクニヌシに抱き着く。

オオニニギノクニヌシもそれを受け入れ、優しくコノハナスセリヒメを抱き返す。


『……さて、そろそろあの二人を呼ぼうか? そろそろ見せつけたいからね』


とてもいい笑顔で、オオニニギノクニヌシがそう語る。

最愛の(恐るべき)男が見知らぬ女と愛おし気に抱き合う姿を見せたら、あの二人はどうなるだろうかと考えながら。


『……わしの旦那様はイイ性格をしてるのじゃ、頼もしい半面、ちと怖いのじゃよ?』


そんな言葉に、オオニニギノクニヌシは笑顔を浮かべるのだった。

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