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部屋の大掃除をしていた時、毎回触りながら「収納」と口に出すのは煩わしくなっていた。何回も音声認識から変更して、手に触れて意識認識でしまえる程度に緩めようとも思ったが、設定し直すのを忘れて電車のつり革をしまってしまうなんてことが起きそうで、そもそもこんなに便利なんだからこの程度の不便は、と諦めてそのままにしてある。
それと同時に「収納」というワードも危ういことに気づく。何かに触れている状態で「シュウノウ」という言葉をいつ発するかわからないからだ。もちろん、意識でも「しまおう」とする意識をもって発音しているのでこれまでは問題なく使えているが、「収納ボックス」など人前で「収納」という発音をしてしまう状況は十分すぎるほどある。さらに、今の仕事では使わないが、「来週納期」など意図せずとも「ライシュウノウキ」と発音したときに「シュウノウ」を抜き出して認識して発動してしまうなんてことも考えられる。普段できる限り発音せず、短く、それでいて日本語にあまりない単語を「しまう」に設定しおく必要がある。
能力発現から3日目、勝也は会社で仕事している間もちょくちょく能力について考えていて、早くもこの能力の危うさに気づいていた。特にしまうに関しては、簡便化より、意図しない発動を抑えるのが非常に重要だ。勝也は家に帰る途中の公園のベンチに座り、落ち着いて考えようと缶コーヒー片手に思考し始めた。
日常生活を送る上でほぼ口にしない、かつ短い単語、、、。つらつらといろんな単語を英訳してみたがどれもいまいちだった。普段英語を使わないからと言って、現代ではどこでぶつかるかわからない。設定上発動単語を英語で入力することもできるみたいだが、今度は自分の英語の発音が正しく認識されるのかも不安だ。となると、和製英語なんて言われる英語を元にしながらも発音は完全に日本語になってしまっているような言葉。などと考えて缶コーヒーがもう無くなってしまった頃に一つの言葉が頭に浮かんだ。
「チェケラ。」
ヒップホップやラップが日本で流行りだした後、割とすぐに定着したフレーズ「check it out」。普段それらを聞かない勝也にとっては、バラエティやらで調子に乗ってイキってる様子を表すために使われる光景しかみたことはない。普段使うことは絶対にないと言える。
そしてカタカナで設定しておけば発音も問題ない。さらに人前でチェケラというのには乗り越えるべき心理的ハードルがある。これに設定しておけば少なくとも人前で発音することは抑制できるし、もし言ってしまったとしても、人はチェケラに気を取られて勝也の手からモノが消えたことに気づかないかもしれない。万が一バレてそうな時は、チェケラと言いながらぶつぶつとラップみたいな言葉を口ずさみノリノリで歩くストレスでおかしくなったヤバいサラリーマンを演じて乗り切ることができる。
考えすぎた勝也はバカだった。
やっと見つけた最適解に興奮した勝也は公園の公衆便所の個室でアイテムボックスを起動させ、音声認識の発動単語を「チェケラ」に変更した。悩みの種が解消されルンルン気分で家に帰る。部屋で試してみると家の中で「チェケラ」「チェケラ」と連呼するやばい青年の図が出来上がったが、誰にも聞かれてないからセーフと自分に言い聞かせてなんとか気恥ずかしさを乗り越えた。
週一投稿予定です




