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不動産屋まで戻り、鍵を返すと、勝也は賃貸借契約を結ぶことを伝え、電気ガス水道の手続きを進めてもらえるようにお願いをした。一応水道はつかえるようにしてあったようで契約者変更の手続き用のを、電気とガスは勝也が契約できるように書類を受け取っておく。また大家へ庭木を選定しておいて欲しいとも伝え、もし切った後の枝や葉っぱの処分費がかかるのであれば、裏の庭に積んでおいてくれれば一緒に片づけると提案した。少しでも金が浮くようにして、大家の心象を良くしようという思いと、この後実家でタンスなどを燃やす際の薪にしようとも考えていた。
三日後、仕事中の勝也の元にまた電話があり、無事家を借りられることとなった。庭木については大家の女性も気にはしていたようで、安く済むならという理由で、すぐにでも植木屋に剪定を依頼するとのことだった。他人がいるところで能力は使えない。電気や水道は契約さえすればすぐに使えるようだったが、ガスは立ち合いが必要とのことで、週末の金曜日の午後半休を取り、立ち会うことになった。これで金曜日から電気ガス水道が使えるようになるはずだ。
現在住んでいる部屋の不動産屋には、7月いっぱいで引っ越すことを伝えた。引っ越し先の大家が住めるようになるまでは家賃はもらえないと言ってくれて、家賃発生は8月分からということになったので、片づけにどれだけかかるか、そのあとのカビ対策などのことを考えて、少し余裕を持たせることにしたのだ。これからは月五万円が浮く。現在の家から引っ越すのは造作もないことだが、あの家に住むには収納するだけでは済まない掃除が待っている。ここから約1か月半、平日の夜と週末でどこまでやれるのか、それは勝也にも未知数だった。
金曜日、午後半休をもらった勝也は借りることになった家の前についた。途中不動産屋に寄り、契約書の記入を済ませ、家のカギを手に入れてきた。植木業者は来週の月曜日から2日間入るらしい。金土日は片づけができるはずだ。ガス業者が来る前に、案内できるように道を作っておかなくてはいけない。まず北側のガスメーターやエアコンの室外機のある通路を見る。動かせるモノはとりあえず東側の庭へ、クモの巣や、目立つ草を抜いておいた。次に室内。玄関を開けると、前来た通りにかび臭さが襲ってくる。ドアを開けっぱなしにして、家の中へ乗り込む。もう触りたくないなどといってはいられない。マスクをしてなるべく小さな声で、邪魔なものを収納していく。
「チェケラ、チェケラ。」
マスク姿の男がぶつぶつと言うと、手に触れていたものがスっと消えていく。触れた先の埃や汚れももまた収納されるのは助かった。そうでなければすでに手は真っ黒に汚れていただろう。玄関から廊下を進み、台所まできた。ガス代の下の扉を開け、中にあった古いフライパンや鍋も次々とチェケラしていく。ガスレンジにも換気扇にも油汚れがしっかり残っている。これを落とすのは大変そうだ。
そういえば、水と電気は今日から使えるはずだ。もらってきた資料を開く。電気はブレーカーを確認して、スイッチをオンにしていく。漏電があれば落ちるだろう。どこかで電気が入った音がした。何かの振動音がする。探り探り歩いていくと冷蔵庫が稼働していた。古い型のモノだ。とりあえず今は必要ない。少し前に引き出して、後ろを通る配線をたどり、コンセントを抜いておく。
廊下や部屋など、確かめられるスイッチはオンオフをやりながら確かめていく。2階の確認が終わると、2階トイレ、1階トイレの換気扇のスイッチはつけっ放しにしておいた。あとで掃除せねばならない。
水道も使えるはずだ。まずは台所の流しの蛇口をひねってみる。数秒水の音のようなものが聞こえた後、無事出てきた。だが、一瞬ではあったものの赤茶色の錆びのようなモノが見えたので、しばらく流しっぱなしにする。下の扉を開け排水溝、排水管に漏れがないことも確かめた。水を止め、お湯の方もひねってみたが、こちらはまだ出ないようだ。次に風呂場へ行き、水が出ることを確かめると、洗面台の蛇口と排水管も確かめる。
問題はトイレだった。大丈夫だろうとは思いつつも、怖い。あふれてきたらどうしようという恐怖におびえながら、その辺にあった古いタオルを何枚か持ったまま、2階トイレのドアを開ける。換気扇を回しっぱなしにしておいたが、あんまり変化はない。緑色になっているトイレの底が見える。吐き気を我慢しながら勇気を出してトイレのレバーをひねった。
引っかかるようなレバーの感触に違和感を覚えながら、タンクの中も一回見ておけばよかったと後悔する。勢いよく流れ出た茶色い水が、トイレの底の藻をかき混ぜ地獄のような色味の水が流れていった。勝也は唖然としたまま、しばらく待ち、もう一度レバーをひねる。先ほどよりかは幾分かましだが、それでもまだ水は汚い。もう何回か流すべきだろう。
勝也は一階トイレに行き、先ほどよりだいぶましな水が流れていくことを確認すると、一度休憩をとるために玄関から外へ出た。心臓と冷や汗が収まるまで、ここで新鮮な風に当たることにする。
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