素っ気ない幼馴染みの彼女をわからせる為に別れ話をしたら「別れたくない」と泣きながら懇願して謝ってきた。〜その後、幼馴染みが甘えてくるようになった〜
朝
窓から暖かな陽が射している。
ぐぐっと背筋を伸ばし、眠気を覚ますために洗面所に行き、洗顔と歯磨きをしてリビングに向かい朝食を作る。
食パンと半熟のベーコンエッグとサラダを2人分テーブルの上に並べる。
俺の名前は黒谷航樹
現在、彼女と二人暮らしをしている大学2回生だ。
お、時間的にそろそろ……だな。
「……おはよ」
俺の彼女である高森夏目がリビングにやって来た。
黒髪のロングヘアーとすらっと伸びた脚が特徴的な美少女だ。
ナツメとは小さい時からずっと一緒だった。
「ナツメおはよう! 丁度朝ごはんできたぞー」
「……朝からうるさい。見たらわかる」
「ご、ごめん」
先に食べているナツメの向かい側の椅子に座り俺も朝食を食べ始めた。
「あ、そうだ。講義昼までだろ? 俺も少し時間があるからさ久しぶりに一緒に昼ご飯でもー」
「は? 嫌だけど。ご飯なんかいつでも一緒に食べられるでしょ。私、友達と食べるから」
「……そ、そっか。そうだよな……ははっ」
いつも通り素っ気なく返されてしまった。
俺の彼女、高森夏目は素っ気ない。
何も初めからこうだったわけではなく、むしろ付き合い始めの頃はもっと甘々な感じだった気がする。
デートもたくさんしたり、通話もお互いに寝落ちするまでしたり、意味もなく名前を呼んできたり、ご飯も一緒に作って食べたり。
そんな普通のカップル……だった。
大学に入って、同居し始めたあたりから素っ気ない態度を取るようになった。
小さい頃からずっと一緒にいた。だからナツメのことは分かってるつもりだ。
だけど、1年経った今でも原因もきっかけも未だにわからなかった。
昼
「……まぁ、元気出せって」
「……おう。愚痴ってしまってすまないな……奢ってくれてありがとう」
食堂でラーメンを食べ終え、俺は親友である都隼に励ましてもらいながら教室に向かっていた。
隼は俺と同じ幼馴染みの恋人がおり、俺以上に長い間付き合っている。
俺とナツメと違って今もすごく仲が良い。
「あはは! それでさー」
反対側から友達と笑顔で話しているナツメがこっちに向かって歩いて来た。
……こんなに楽しそうなナツメ、久しぶりに見た気がする。
「ーあ」
こちらに気づいたナツメの表情が一瞬で変わる。
「……ナツメ」
「……何? どうしたの?」
「……あ、いや、これからこの近くで講義だから」
「へー」
「え、えっとー」
声をかけたのは良いもののさっきの楽しそうに話していたナツメと今のナツメ、あまりの落差に動揺し言葉がでない。
「……次の講義もうすぐ始まるんじゃない? 早く行ったら? 遅刻するよ」
「そ、そうだな。うん。そうするよ」
「……なぁ、高森。お前………もっと航樹に優しくした方がいいんじゃないか? じゃないとお前、航樹にー」
「隼! ほら! 行こうぜ! 講義まで時間ないしさ!」
ちょっと無理やり隼を引っ張りながら前へ進んだ。
「……すまん。ちょっと熱くなった」
「……いや、嬉しかった。ありがとうな」
「……なんかあったら相談しろよ?絶対力になるから」
「……ああ」
隼の言葉に深く頷き、俺は見送られながら教室へと入った。
隼はいつだって俺に親身になってくれて、俺のために怒ってくれる。
最高の親友だ。大切にしたい……心からそう思った。
後ろの方で空いている席に座り、少し考え込む。
……なんで俺に対してだけ素っ気ないんだろう。
「せーんぱい♡」
「ぴぃ!?」
不意に後ろから耳元で呟くように声をかけられた。
甘ったるい声。
ぞくぞくして、思わず体を跳ね上がる。
「……辻中〜」
「あはは〜おもしろ〜い。先輩って耳すっごく弱いですよね〜」
楽しそうに笑ってからかってくるのは後輩の辻中奏。
ボブカットくらいの長さの亜麻色の髪にふるゆわな雰囲気を漂わせるいわゆる小悪魔系美少女。
「後ろから見てましたよ〜あの人、相変わらず先輩に冷たいですよね〜」
「いや、今日は話しをしてくれてたからな……まだ優しい方だよ」
普通に無視される時とかあるからな……
「ふーん……こんなこと言ったらダメかもですけど私はあの人、好きになれません。あまり愛想も良くないし」
「……確かに辻中みたいに愛想は良い方じゃないけど、人をよく見ていて気を遣ってくれたり、真面目で、やるからには全力で……いい子なんだよ。だから、多分悪いのは俺の方なんだ」
「……先輩は優しいですね」
そう言いながら辻中は優しく頭を撫でてきた。
「私なら……先輩にそんな顔、絶対にさせないんだけどなぁ」
つ、辻中……? いやというかっ
「な、な、何してるんだよっ」
「しょぼくれててる先輩が可愛くて♡」
「か、可愛いって……馬鹿にしてるのか?」
「馬鹿になんてしてないですよ。そうやって彼女さんのことを決して悪く言わず、真剣に向き合っている先輩はかっこいいです」
「……あ、ありがとう」
「私はずっと先輩の隣で見て来ましたから、先輩の素敵なところたくさん知ってます。だから……あまり自分を責めないであげてください」
「……おう。なんか……うん。気持ちが少し楽になった気がする」
そういうと満足そうに頷き、隣に座った辻中と一緒に講義を受けた。
「ねぇ、先輩。私、いい事思いついちゃったんですけど」
講義中、辻中が悪戯な笑みを浮かべながら耳元で呟いてきた。
「ひぃっ! ……な、何?」
片耳を抑えながら聞いてみた。
どうせ、聞かなくても勝手に話してくるからな。
「彼女さんに別れ話を切り出しましょう」
「……はい?」
何を言っているんだこの後輩は?
「別れ話を切り出して彼女さんをわからせるんです」
「……いや、今の状態なら逆に俺がわからせられるわ」
ていうか
「そんな事したら本当に別れることになるんじゃあ……」
「それならそれでいいんじゃないですか?」
「えぇ……」
こっちは良くないんですけど。
「……先輩は彼女さんから『好き』って言ってもらったことありますか?」
「いや、いくらなんでもそれはー」
…………………………あれ? おかしいな? 頑張って記憶を探っても思い出せないんだけど。
「彼女さんは本当に先輩のことが好きなんですか?」
とても、とても痛いところを突かれてしまった。
辻中の言葉は最近、俺が思っていたことだったからだ。
「それ……は」
「それに、大好きな人の辛そうな顔を見るのは……結構辛いです」
心が、揺らいだ。
「少し……考えさせてくれ」
夜
晩御飯の準備も終わり、ガチャっと扉が開く音がした。
ナツメがバイトから帰ってきたか。
「おかえり! バイトお疲れ〜風呂入ってるから」
「ん〜……あれ? まだご飯食べてないの?」
「ああ、ここ最近夜くらいしか一緒にご飯食べれないだろ? それにー」
「ふ〜ん。そうだったけ?」
興味なしという感じで風呂に入って行った。
……なんとも思ってないのか。いやいや、何考えてるんだ俺は。
だめだ駄目だ!! 思考がちょっとおかしくなってる。
全く、辻中があんなこと言うから……
ナツメが風呂から上がり、一緒に晩御飯を食べる。
「最近、バイトばかりだけど……何か欲しいものとかあるのか?」
「まぁ……そんなとこ」
「そ、そっか……」
沈黙が生まれる。
……あれ? おかしいな。 すごく楽しみにしてたのに何か話さないと焦る気持ちばかりが生まれる。
「今日……お昼に大学で会ったでしょ」
「ああ……そうだな」
「大学で会っても声かけて来ないでって言ったよね?」
「う、ごめん。でも声をかけるくらいなら別に……」
「恥ずかしいからやめて」
「……でもー」
「しつこい」
「……はい。ごめんなさい」
「ふぁ〜やば眠たい……もう12時じゃん……私寝るから、片付けよろしく〜明日は私がするから〜」
「………………」
ナツメは返事をしない俺を少し気にしながら部屋に戻った。
『ナツメさんは本当に先輩の事好きなんですかね?』
ふと辻中の言葉が蘇った。
ナツメは本当に俺のこと好きなんだろうか?
そう思ってしまった。
さっきのやり取りが原因というわけではない。
素っ気なくされ続けたこの1年間、積もりに積もったものがとうとう溢れてしまったかのような感覚に陥った。
同時に何かがぷつんと切れた。
瞬間、心の中に確固たる意志と覚悟が生まれた。
………………よし。
「……もしもし? ごめんなこんな時間に……俺やるよ」
朝、いつものように起きて二人分の朝食を作る。
……そろそろか。
「おはよ……」
ナツメの声が聞こえた。
……いつも通りの朝。
「……ああ。朝ごはん作っといたから適当に食べてくれ」
できるだけ、そっけなく返事をする。
冷たく、冷たく。
正直、俺ってこんな声出せたんだなって自分でも驚いてる。
「え、あ、う、うん……」
ナツメはいつもの違う様子の俺に対して明らかに動揺していた。
目を見開き、じっと俺の方を見てくる。
「……何」
「……いや、別に」
「あ、そう。俺朝から講義だからもう行くわ」
逃げるようにささっとマンションから出た。
……うおおおおお!! き、緊張したぁ〜
う、うまく出来てただろうか? 一応、ナツメは動揺してくれてはいたけど……
ステップ1
こっちも素っ気なく返す。
『先輩みたいに優しくて人畜無害な人から素っ気ない態度されたら結構動揺しちゃうと思うんです。だから第一段階としてそうですね……イメージ的に彼女さんが先輩に対してくらい冷たく接していいと思います』
とのことだ。
だが、これはあくまで伏線だ。
本番ではない。
大学ですれ違っても絶対に声をかけず、逆に避けるようにその場を後にする。
そして基本的に家でもナツメとの接触を避けた。
そして本番の日。
俺とナツメが付き合って3周年の記念日。
夕方、俺は自室で服とかトランクに詰め込み、リビングにいた。
ステップ2
別れ話を切り出し、ここから出ていく。
『別れ話を切り出してマンションを出て行く。これが本命の作戦ですね。え?本当に別れて家を出たら俺はどうやって生活すればいい? 私のマンションがあるじゃないですか』
本当は隼の家に行きたかったが、今日から彼女と旅行に行くとのことだったので辻中の家に泊まらせてもらうことになった。
まぁ、本当に出ていくことになると言うことは別れると言うことだからな。辻中の家に泊まっても問題ないだろう。
もちろん、そうならないのが一番だけど。
ナツメが帰ってくるのは夜って言ってたっけな。
それまで心の準備をー
『ただいま〜ふぅ、楽しかった〜♪』
扉の開く音とともにナツメの楽しそうな声が聞こえた。
何!? 想定より帰ってくるのが早い!?
「あれ? 何? 居たんだー」
ナツメはリビングに着いてすぐに俺のトランクを見て一瞬で顔が真っ青にした。
恐れていたことが起こってしまった。そんな顔だ。
どさっと両手に持っていた紙袋を落とす。
「……え? 何してんの?」
こうなっては仕方ない……やるしかないっ。
「……何って?」
「いや、服とか全部トランクに詰め込んでこんでるじゃん……旅行でもいくー」
「お前と別れて、ここから出て行く」
「……は? 今……なんて?」
ナツメは意味がわからない。信じられない。そんな顔をした。
「お前と別れたいって言ってるんだよ」
「……別れる? ちょ、ちょっと待ってよ……何言ってるの? ど、どういうこと? わ、別れる? え、もう一緒に住まないってこと? っ、な、なんで?」
声が震え、言葉も途切れておりナツメは明らかに動揺していた。
ナツメとは幼稚園からの付き合いだ。いきなり別れようなんて言っても冗談だと思われて多分相手にされなかっただろう。
でも、段階を踏めば、俺の言葉に信憑性が出てくる。
そのためのステップ1(素っ気なくする)だ。
はぁ、と分かりやすく、呆れるように大きなため息をついた。
「もう……疲れたんだよ」
「もう……疲れた?」
声の震えが先ほどよりひどくなる。
まるで泣きそうになるのを我慢しているかのような声。
「だって、お前素っ気ないし……そもそも俺、お前の口から『好き』って言ってもらった事ないんだよね。お前……本当に俺の事好きなの?」
「ぇ、ぁ……あ、あはは……やだ……ちょっと……ねぇ……好きなんて……そんな事言わなくても分かるでしょ? だって、今までずっと一緒にー」
「分かんねーよ!!」
ナツメを言葉をかき消すように怒鳴った。
演技とはいえ、少々感情が乗ってしまった。
「ぅ、ご、ごめんなさい……」
いつもの冷めた態度はどこへいったのか、ナツメはひるんだ表情をしながら怯えていた。
「はぁーマジないわ……今ので完全に冷めた」
「ま、待って!!」
ナツメはトランクを持って、リビングを出ようとする俺の服の袖を必死そうにぎゅっと掴み、引き留めた。
その手はとても震えている。
俺はそれを無言で鬱陶しそうに振り払った。
ナツメの顔を見るとかなりショックを受けており、身体中を震わせ、目に泪を溜めていた。
「あーうざ……そういうところほんと嫌いだったよ」
「や、やめてよ……き、嫌いって……言わないで……」
「はいはい……いいからさそういうの」
「やだ……やだ……嫌だよぉ……ねぇ……ごめん、ごめんなさい……わ、私……わ、別れたくない……」
ナツメは唇を震わせ、自分のスカートを力強く握りしめ、弱々しく言った。
その姿は俺の予想と真逆だった。
こっちも別れたかったとか、こっちの方が冷めてたとか、さっさと出ていけとか、もう顔も見たくないとかそんな暴言を吐かれてしまうんじゃないかと思ったから。
……そんなナツメの本音がくると覚悟していた。どれだけ傷つかれようとも良いと思っていた。
……しんどかった。そう思わせるほどの1年間だったから。
わからせるとかそんなことはどうでも良かった。
反応次第ではもう本当に別れようと思っていた。
それくらいの覚悟で俺は辻中の作戦に乗ったのだ。
だから、今のナツメの姿を見てかなり動揺している。
「……は? なんでだよ!! 俺の事なんか好きでもなんでもないんだろ!?」
思わず、ずっと思っていた。心の底から思っていた本音がマグマのように吹き出した。
「っ!! す、好き!! 好きなの!! だからっ……別れたくない……!!」
ナツメは俺の本音に対し、怯えながらも瞳から大粒の涙を流しながら否定した。
剥き出しの思いを曝け出す。だからこそ伝わる大きな感情。
ずっと言って欲しかったその一言はかなり悲痛なものだった。
「い、一年前っ……大学の……友達とか……周り……色んな人に、ベタベタし過ぎじゃないかって……言われて……それで……お母さん……が……お父さんに……一緒に居ると疲れるからって離婚したの……思い出して……それで……できるだけ落ち着いて……ベタベタしないようって思って……」
嗚咽で掠れながらも言葉を絞りだすかのように話す。
一年前……ちょうど俺に対してだけ素っ気なくなり始めてきた時期だ……
「す、スマホとか……色々と調べたら……やっぱり、ウザがられている可能性が……あるって書いて、あって……き、嫌われたく……なかった……お母さんと……お父さんみたいに……なり、なりたくっ……なかった」
『真面目で、やるからには全力で……』
以前、辻中に言っていた言葉が返ってくる。
だから、一生懸命あんな態度を取っていたのか?
ウザがられないように、嫌われないように。
「うっ……ぐっ……だから……ずっと、ずっと大好きだったの! やだ! 別れたくない! ねぇ……お願い……お願いだから……荷物……荷物といてよぉ……お願い……お願いっ……します」
泣きながら俺を見上げ、懇願するナツメの姿は罪悪感を感じさせるものだった。
やりすぎたかもしれない……
「素っ気なくしちゃったのはたくさん謝るっ……し……これから……いっぱい好きって言うから!! だからっ……出てっちゃ……やだ……やだよぉ」
子供のようにわんわん泣き出すナツメの姿を見て血の気が引く。
やばい、ど、どうしたら……こんなことになるとは思わなかった。
逆に俺がこんな感じで泣かされると思っていた。
だって、こんなに思っていてくれていたなんて……思わないじゃないか。
ナツメにこんな顔をさせている。そんな自分が許せなかった。
俺は自然とナツメを抱きしめていた。
「ごめん……俺……酷いこと言ったな……ごめんな、出ていかない……出て行かないから……」
そう言った瞬間、ナツメは強く、とても強く俺を抱きしめ返してきた。
「ほ、ほんと……? ねぇ……ほんと?」
何度も、何度も確かめるように聞いてくるナツメにぽんぽんと優しく背中を叩きながらうんと答える。
「よ、よかった……う、うぇぇ……よかったよぉぉ……私、もう……死んじゃうかと思った……いつも一緒に……居てくれた航樹が居なきゃ……一人ぼっちだからぁ……」
ナツメは顔を埋めて泣きじゃくった。
そういえば、小さい時父さんが離婚して家を出て、お母さんが働いて……家で一人ぼっちで泣いていたナツメをこうして泣きやむまで抱きしめてたっけ……
そうだ……あの時、俺は絶対にナツメを一人にしないって……そう自分に誓った。
あの時の気持ち、なんで忘れていたんだろう……忘れちゃいけないことだろう。
ふと、ナツメは持っていたそばにある買い物袋を渡してきた。
「これは?」
「あ、こ、これ……記念日……で……前にマフラーとか、コート欲しいって言ってたから……いつも、ありがとうって……プレゼント」
今日が記念日って覚えててくれていたのか。
てっきりもう…………
それにマフラーとコートの話もなんでもない会話だったのに覚えててくれてた。
ナツメは俺が思っているより、俺の話を聞いてくれていたのかもしれない……
最近よくバイトをしていたのは……もしかしてこれを買うため?
「……もしかして、サプライズ的なことしようとしてた?」
ナツメは俺の言葉にこくりと頷く。
「ごめん……」
ナツメは俺の謝罪に横に首を振った。
ぐぅ〜と二人のお腹がなった。
「「ぷっ」」
思わず、二人で笑いあった。
どちらが何か言ったわけでない、お腹の音を合図に二人で晩御飯を作り始めた。
翌日
「……ということだ」
「なるほど……それは良かったじゃないですか。誤解も解けて一件落着ですね」
「ああ、本当に色々とありがとな」
俺は辻中の家で昨日あったことをケーキを食べながら説明していた。
本当は適当なカフェでもと思っていたが、辻中の強い要望があってここにした。
まぁ、辻中の家からバイト先の喫茶店まで徒歩1分だし、俺も辻中もバイト入ってるし、この後このまま二人で一緒にバイトに行くという手筈だ。
「けど、良かったんですか? 私の部屋に入っちゃって……彼女さんに怒られませんか?」
「あーまぁ……そうだな」
これは言ってしまっても大丈夫なんだろうか。
いや、辻中にはいいか。今までナツメのことで色々と力になってもらってたし。
「実は……もうナツメとは恋人ではない的な?」
「!! ど、どういう意味ですか?」
辻中、やけに食い気味で聞いてきたな……
「実はナツメに自分のことまだ恋人として好きかって聞かれてしまって……」
「え、まさか……好きじゃないって答えたんですか?」
「いや、好きとは答えたけど、それはさっきの私の姿を見たからそう答えてくれたの? って聞かれて……自問自答を繰り返してたら」
『私のことは多分……今でも好きでいてくれてるとは思う……けどそれは恋人的な意味じゃなくて家族的な意味じゃないの?』
そして続けてナツメは俺に言った。
「だからこれからちゃんと好きになって貰えるように頑張るから1年後答えを聞かせて欲しいって。だからまぁ……今の俺とナツメの関係は恋人(仮)だ」
かなり宙ぶらりんな状態だとは思う。
ナツメのそばにいてやりたいとは思う。泣かせたくない。
だけど、それは恋人として……ではない。多分……それこそ家族のような存在という意味でだ。
今の俺はナツメをもう恋人としては見れていないかもしれない。
……どれだけ泣かれようが、好きであろうが、過去は消えない。
全て解決……とはいかない。それほど、この一年間は辛かった。
多分、そんな俺の気持ちをナツメは察したんだろう。
「……ふーん」
俺の説明を受けて最初はぽかーんとしていたが、最後は顔を赤らめながら嬉しそうに顔を背けた。
「……私、彼女さんの事少し見直しました。多分、先輩の優しさに甘えたくなかったんじゃないですか?」
辻中は納得したように何度も頷いた。
「そっか〜じゃあ今先輩は実質フリーかー……しかも1年後付き合うかどうかまだわからないんですよね?」
「まぁ……そうなるな」
「じゃあ先輩……一年後、私が先輩の彼女になってもいいですか?」
自分に指差し、頬を赤らめながら辻中は言った。
「……え? さ、さては俺の事からかってるな〜」
ちょっと意味がわからなかった……いつもの冗談か?
「違うますよ? 私は本気です」
辻中はニコーッと答える。
いや、お前……冗談だよな?
「……そろそろバイト始まるし、さっさと準備しないと」
そう言って立ち上がり、玄関の方へ向き始める俺の手をぐいっと引っ張り、ベッドに押し倒した。
「つ、辻中……?」
辻中に押し倒され、動揺して声が震える。
「私、言いましたよね? 先輩のことずっと見てたって……素敵なところ沢山知ってるって」
「あ、あれは励ましてくれてたんじゃ……」
「励ましとかじゃないですよ。本心です。彼女のために真剣に考える先輩も好きでした。でも……彼女が居ないなら……」
「もう、先輩のこと思いっきり好きになってもいいですよね?」
辻中は頬が赤く染まり、目をとろんとさせながら甘い声で言った。
吐息がこちらまで伝わってくる。
……まずい。このままじゃあなんか……やばい気がする!!
「ま、待て待て……お、おちつ」
「ずっと先輩が好きでした。でも彼女が居るからずっと我慢してきましたが……」
「もう……いいですよね」
辻中は逃がさないと言わんばかりに両手で俺の顔を抑え、興奮した様子でゆっくりと顔を近づけてきた。
まるで枷が放たれたように、ずっと溜めてきたものが溢れるかのように……辻中は止まらなかった。
「私、先輩の言うことなんでも聞くし、したいことだってしてあげますよ?」
「ちょっと、何? え? や、やめー」
頭が混乱してどうしたらいいのかわからない。
何が起きてる? 何が起こってる?
「奏って10回言ってくれたらやめてあげます」
「っ!!ー奏奏奏奏奏奏奏奏かなむぐっ!?」
奏に唇を奪われた。
「〜〜ッッ!?」
かなり長い間、俺と奏はキスをした。
「っぷは〜残念でした〜時間切れですね」
奏は唇を触りながら悪戯に笑った。
その後、初めてだったのに……私も初めてだったのでいいじゃないですか〜とかそんな話をしながらバイトした。
『これからも攻め攻めで行くので覚悟しといてくださいね♪』と言って奏は帰って行った。
「ただいま〜」
「おかえり〜」
マンションに着くとナツメが迎えにきてくれた。
「……ん」
ナツメは両手を広げまだかまだかと言った様子でこちらを見つめる。
ナツメは俺が帰ってくるたびに迎えにきてくれ、ハグを催促してくるようになった。
……今日で3回目だ。
「……いじわる。……ねぇ、はやくおかえりのぎゅーしてよ……」
「あ、えっと……ご、ごめん」
慌てて、ナツメに抱きついた。
「……もっと強く」
「は、はい!」
ぎゅーっと抱きしめる力を入れる。
「んっ……」
ナツメはご満悦のようだ。
多分尻尾があったらブンブン振っていることだろう。
いや、なんなんだこれは……正直、付き合いたての頃でもこんなことしてなかったぞ。
ハグだけではない……ナツメがものすごく甘えてくるようになった。
リビングにいると隣に来てくっ付いてくるし、部屋にいたら入ってくるし、本当に家にいる時はずっとナツメが隣にいる。
正直、こんな可愛い子に甘えられて嫌な男はおらんよ。
………………いかん、いかん。
「……も、もうそろそろ良いかな?」
「……だめ、まだ充電し切れてない」
充電て……
「ねぇ……」
「何っー!?」
ナツメが顔をあげるのを見た瞬間、俺の唇とナツメの唇が重なった。
「な、ナナナ何を?」
ナツメにもキスされてしまった。
な、なんなんだ? 今日はキスの日なのか?
「いや、何って……キスだけど」
「なんで……?」
「いや、なんとなくしたくなったから……今更照れることないでしょ? 何回もしてるんだから」
「は? いや……俺たちキスなんて一度もしたことなんか……」
「いや、そんなこと……あ〜確かに、起きてる時はしたことなかったかも」
ちょっと待て、今何かとんでもないことを言わなかったか?
「言っておくけど、私、あんたが思っている以上にあんたのことが好きだから」
そんなこっちまで恥ずかしくなるような言葉を目をうるわせて顔を真っ赤にしながら言った。
「これから伝えていくからさ……覚悟してよね」
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