アメリカ大陸疾風怒濤⑤
ワシントン州:オリンポス山上空
「糞ッ、本当にやってきやがったのか……」
「ここを何処だと思ってやがる、好きにさせてたまるかよ!」
迎撃戦闘に向かったパイロット達が、憎々しげに吐き捨てる。
タウンセンド航空基地から緊急発進した、P-40ウォーホークで構成された迎撃機隊。若干冷静さを欠いたような地上の管制官達に従って、何とか所定の空域に到達する。麓を覆う深緑の常緑樹林帯と山頂の氷河地帯が好対照をなすオリンポス山、その上空は今や戦場となろうとしていた。
実のところ合衆国本土は、これまでにも攻撃を受けたことはあった。
海戦劈頭に潜水艦による砲撃があり、小型水上機が野山に焼夷弾を落としていった。随分と大きな飛行艇が偵察に現れたという報告もある。だが今まさに始まろうとしている空襲は、100機超の規模とのことで、そんなチャチなものでは断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わおうとしているのだ。
更には大和型戦艦に向けて何百機もの攻撃隊を放っていた関係で、敵味方の識別に手間取った面まであるらしい。まったく厄介極まる状況だった。
「それに何だ、こいつは?」
歴戦の中隊長は真っ先に異変に気付く。
敵航空部隊の先鋒は、明らかに液冷式エンジンを搭載した飛行機であった。
「ドイツの、メッサーのようだ」
「マジか、やばいのが来たな……」
「お前等、気を抜かずに行くぞ!」
航空無線越しの警告が飛び交い、誰もが気を引き締める。
実のところP-40では、相手が零戦であれメッサーであれ分が悪い。だが文句は戦いを終えてから言うべきだ。今はまず本土に押し寄せた敵航空部隊を可能な限り撃滅し、それから生きて滑走路に戻らねばならない。
「よし、かかって……ありゃ?」
「ジャップども、逃げたのか!?」
パイロット達が呆気にとられる中、"日の丸メッサ―"は次々と降下を開始していく。
実のところ彼等が目撃したのは、ようやく部隊配備の本格化した彗星である。だがドイツのDB601Aをライセンス生産したエンジンを搭載し、更には護衛の零戦よりも先行していた初見の機体を、艦上爆撃機だとは思わなかったのだ。
「まさか……」
戦場においての遅れは、やはりこの時も致命的だった。
急降下爆撃だと気付いた時には既に、彗星の群れは追随し難いところを飛んでいた。しかも直後に零戦隊が現れ、得意の制空戦闘を開始したものだから、まずそちらとの交戦に移らざるを得なくなっていく。
太平洋:バンクーバー島西方沖
乾坤一擲の米本土空襲は、概ね期待通りの結果となったという話だ。
第一次攻撃隊はピュージェット湾岸に点在する航空基地群を強襲、激烈なる制空戦闘の末、これらを痛撃したとのこと。長距離爆撃機を含めた航空機多数を地上撃破し、幾つかの滑走路に大穴を穿ったというから、赫々たる大戦果である。
またその影響か、昨日から断続的に続いていた空襲も、今は小康状態となっていた。
艦隊はかなり手酷く叩かれ、航空母艦『迦楼羅』も25番級と思しき爆弾を3発被弾している。とはいえ航空機の発着艦に支障はない。マレー沖で実感したしぶとさが、今はこの上ない頼もしさに変わっているのだ。
「とりあえず、チンピラゴロツキ退治も一休みか」
「ですね」
「ならば次の戦に備えて鋭気を養うとしよう」
幾分閑散とした『迦楼羅』の待機所にて、打井少佐はサイダーをグビッと飲んだ
弾ける炭酸の刺激と爽やかな甘さが全身に滲み渡る。それから落花生だ。故郷の名産たるそれをバリバリと食らい、オウムのアッズ太郎に何粒かくれてやる。またそれかと減らず口が叩かれるが、ギャロップだか何だかいうナッツは在庫切れだ。
そうして深呼吸し、熱暴走した精神を落ち着かせる。
流石の打井にしても、放っておけば殴り合いばかりする部下達にしても、揃って疲労困憊といった具合だ。これまでに100機以上を撃墜するという赫々たる戦果を挙げはしたものの、20人ばかりが戦死あるいは負傷するなどしている。男子の本懐を遂げたる彼等の犠牲が無駄にならぬことを、心より願う他ない状況だった。
「入電、入電! 第二次攻撃隊より入電!」
通信科の兵隊がすっ飛んできて、
「ワレ強襲ニ成功セリ、ワレ強襲ニ成功セリ」
「よっしゃ!」
待ちに待った朗報に誰もが心を躍らせた。
この場には誰一人として、米本土空襲に参加した者はいない。それでもボーイングの大航空機工場が爆撃によって炎上する様子が、全員の瞼の裏側に克明に描かれていた。
「ドーリットル空襲の仇討ちができたな」
「これで米国の航空機生産も大打撃だろう」
「それだけではないぞ。空襲があったとなると、本土の守りを固めねばならなくなる。米国は生産力に優れるが、反撃の準備がその分だけ遅れる。その間に我が方も太平洋の島々を要塞にできるって寸法だ」
搭乗員達がワイワイとやり、まったくもって愉快爽快。
そうした中、彼等は『迦楼羅』が面舵を切ったことに気付く。艦隊は揃って南東へと舳先を向け、堂々たる驀進を始めていた。
「おや、何処へ向かうのでしょう?」
「そりゃあ、本隊との合流するのだろうさ」
落花生とチョコレートを頬張りながら、打井は不敵な笑みを浮かべた。
米本土空襲はこれで終わりだろうが、まだもう一波乱あるのではないか。そんな気がして、武者震いするのである。
太平洋:カリフォルニア西方沖
「恐らく、これが狙いだったのだろうな……」
第14任務部隊を率いるマーク・ミッチャー少将は、飛び込んできた悲報に思わず目を覆った。
翼に日の丸を描いた航空部隊がシアトル一帯を襲撃し、複数の飛行場や航空機工場に多大なる損害を与えたという。神聖なる国土が侵犯されたのだ。恐らく現地は大変な騒ぎになっていて、戦争指導体制そのものを揺るがす重大問題となるであろうことが容易に想像できた。
だが最も厄介だったのは、敵の位置が未だに掴めぬことだろう。
しかも西海岸の陸海軍航空部隊は先の空襲で、多数の爆撃機や雷撃機を地上撃破されてしまっている。混乱から立ち直るまでは戦力として期待し難いから、実質的には第14任務部隊だけで、何処かを遊弋しているであろう機動部隊の撃破を狙わねばならない。航空母艦はエセックス級とインディペンデンス級をそれぞれ2隻ずつ揃えてはいるが、いずれも慣熟航海を経て間もない新顔で、太平洋であらん限りの破壊を撒き散らした仇敵を相手とするとなると不安も残る。
航空母艦『ホーネット』の艦長としてミッドウェーに赴き、10発近い爆弾や魚雷を受けて沈みゆく艦から脱出した苦い記憶が、ミッチャーの脳裏を駆け巡った。
「いや……だからこそ、ここで攻撃を成功させなければな」
ミッチャーはあまり大きからぬ声で呟いた。
それから思考を整理し、穏やかなる笑みを浮かべた。旗艦『エセックス』の戦闘指揮所に集った参謀達は、やはり浮足立っている。まずは彼等に落ち着いてもらわねばならない。
「こんな状況だからこそ、焦らずに考えていこう。まずは、敵は何処かだ」
そう言って視線を移ろわせ、
「航空参謀、どう考えるかな?」
「シアトルを襲った航空部隊は、真西に離脱したとのこと……とすれば、この辺りではないかと」
海図に描かれた太平洋の、シアトルから西に500海里ほどの辺りが指さされる。
幾許かのどよめき。日本の艦載機が妙に長い航続距離を有しているのは事実だが、一歩間違えば攻撃隊の収容に失敗する距離だ。
「それにメッサ―が出たとの報告がある」
参謀長が首を傾げ、
「あれはさほど長く飛べる機体ではないはずだ」
「恐らくは誤認ではないかと。加えて昨年の北太平洋沖において、ごく少数ですが液冷エンジン搭載の高速爆撃機が確認されております。これが本格的に生産されたとも考えると合点がいくのではないでしょうか?」
「なるほど」
航空参謀を凝視し、その理知的な面持ちにミッチャーは満足する。
「ではここからどう動くと見る?」
「恐らく攻撃隊を収容した後、離脱にかかるのではないかと。奴等は真珠湾攻撃でも、戦火拡大より一撃離脱を選びました。特に大型艦の補充能力において我が国に大きく劣っているが故と愚考いたします」
「そうだ。冒険できるのは我々だ」
何ともないとばかりの声色でミッチャーは言った。
それから自分達の今進んでいる辺りを凝視する。敵の推定位置までの距離はこれまた500海里ほどだった。勇敢で気のいいパイロット達の顏が次々と浮かんでくるが、それでも断固たる意志が勝った。
「今すぐ攻撃隊を発進させよう。長距離索敵攻撃となるからリスクは高いが、米本土を襲った航空母艦を取り逃がしたとあっては任務部隊の名折れというものだ」
次回は2月11日 18時頃に更新の予定です。
遂に、結構な規模での米本土攻撃が成功しました。
しかし依然として米機動部隊は健在で、しかも戦意は旺盛。またも機動部隊同士の戦いが起こるのでしょうか?




