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アメリカ大陸疾風怒濤③

太平洋:アダック島沖



 洋上哨戒中のガトー級潜水艦『ボーンフィッシュ』は、出来得る限りの静寂をもって海中に身を潜めていた。

 真西から接近してくる多数の航走音を捉えたため、すぐさま急速潜航を行ったのだ。そうした判断の正しさは、1時間半ほどの後に示された。明らかに味方のものでない大艦隊が水平線上に姿を現し、しかも彼女が潜伏する海域のほぼ真上に向け、概ね18ノットの速度で突き進んでいったのである。


「こりゃあ、結構な数の大型艦がおりますね」


 別の艦から赴任してきた経験豊富なソナーマンが冷静に告げ、


「戦艦あるいは空母らしき音源が、片手の数ほどは含まれておるかと」


「どうやらとんでもないものに遭遇してしまったようだ」


 艦長のホーガン少佐は腕組みしながら思案する。

 卓上には海図と駒。放っておくと何をしでかすか分からぬ敵艦隊は、『ボーンフィッシュ』の目の前を通り過ぎようとしている。既に潜望鏡は上げてあるから、正体もじき判明するだろう。


 そうして待つこと十数分。恐るべきものが確認された。

 ミッドウェーや南太平洋において、合衆国海軍の新鋭艦を悉く沈めていった大和型戦艦。畏怖と衝撃、市井の恐慌を伴って艦影図表に追加されたそれが、あまりにも堂々と波を蹴立てていたのだ。


「ううむ、これは間違いあるまい」


 望遠レンズの中央に映った艦影に、ホーガンは思わず固唾を飲む。

 いったい何故、かのリヴァイアサンが極北の海を航行しているのか。日本列島と合衆国西海岸を最短距離で結ぶと、ちょうどアリューシャン列島近傍を通過することを踏まえると、その答えは明白という他なかった。シアトルかサンフランシスコを艦砲射撃でもって破壊せんとの目論見に違いなく、大口径砲弾によって金門橋が粉砕される様が浮かんでくる。

 そしてそれを阻止する機会は、もしかすると今ここにしかないかもしれない。諸々の逡巡が脳裏に渦巻く。


「艦長、どういたしましょうか?」


「我が魚雷で持って撃沈するか、あるいは深手を負わせて後退させる以外あるまい」


 副長の質問にホーガンは興奮気味に即答し、


「奴を放っておけば合衆国市民に危害が及ぶ、その可能性は何としてでも打ち砕かねばならん」


「太平洋艦隊司令部への通報も必要では?」


「日本海軍は凶悪だが、対潜戦闘技術は然程のものでもない。魚雷を発射した後、すぐさま最大深度まで潜航してやり過ごせば問題ないだろう。さあ、ともかくも魚雷戦用意だ」


 ホーガンは意を決して命令し、乗組員達は戦闘態勢へと突入する。

 彼の状況分析は相応に正しかった。直前に駆逐艦に勘付かれたとはいえ、戦艦『武蔵』に向けて艦首魚雷発射管6門の全てを用いた攻撃を実施し、うち2発を当てたのだから。しかも一気に深度300フィートまで潜ったことも幸いし、熾烈なる爆雷攻撃をほぼ無傷で凌いですらいた。


 ただ努力だけではどうにもならないものも、世の中には存在するものである。

 合衆国海軍を悩ませていた魚雷の不具合は、未だもって改善されておらず、命中したうちの片方は例によって不発だった。また『ボーンフィッシュ』の被害は僅かなものではあったが、水中衝撃波によって通信機器が2日ほど故障するという不運にも見舞われた。大和型戦艦の防御力を加味すると、後者の方が厄介だったかもしれない。





太平洋:クイーンシャーロット諸島西方沖



「流石『武蔵』だ、何ともないぜ!」


「当たったところでどうということはない!」


 圧倒的防御力に対する驚嘆の声が、艦隊のあちこちで響いていた。

 戦艦『武蔵』の乗組員の半数以上が被雷の衝撃に気付かず、艦体が僅かに傾斜してようやく事態を把握したほどだったという。戦闘や航行に支障など生じるはずもなく、作戦は当然そのまま続行。敵哨戒圏に入った今に至るまで、予定はほぼ狂わなかったから、まったく大したものである。


「いやはやしかし、米本土空襲というと乾坤一擲の大作戦だ」


 航空決戦の時刻が迫っているが故か、打井少佐は既に闘志を発散させまくっていた。

 過度なるそれの抑制を意図してか、艦の倉庫に転がっていたらしいボールを膝に当て、宙に浮かせ続ける遊戯をしている。連続何十回。それで喋っていられるのだから大したものだ。


「これに参加したとなると、真珠湾攻撃以上の名誉となるかもしれん」


「我々の役割は艦隊防空で」


 室田大尉が少し皮肉げに笑い、


「艦隊の方は敵の誘引が主任務ですけれども」


「フットボールでは守備がきちんとしておるから、攻められもするというものだろう。俺等が押し寄せるゴロツキの敵機を千切っては投げまくっておけば、それだけ友軍は戦果を挙げられる。つまり俺等の戦果にもなるって寸法だ……とはいえまあ一度くらいは、空襲に加わってみたくはあるよな」


 何とも陽気な笑い声が、極北の海原に木霊した。

 事実、航空母艦『迦楼羅』が所属する艦隊は前衛で、米西海岸に展開しているであろう大航空戦力の誘引を担当することとなる。戦艦『武蔵』を始めとする水上打撃部隊も同様で、米西海岸への艦砲射撃を目論んでいるとばかりの運動をするかもしれないが、実のところそんな予定は一切ありはしないのだ。


 一方で空襲の主力となるのは、後方60海里ほどを進む艨艟の群れである。

 大改装を終えて戦列に復帰した航空母艦『赤城』を旗艦とし、更に『蒼龍』と『翔鶴』、『瑞鶴』の姉妹とで構成された、世に比類なき大機動部隊。とはいえ搭載機の半数どころか7割近くが零戦で構成されているところが、作戦の困難さを物語っていると言えるだろう。各州に何百と展開しているであろう敵迎撃機の網を掻い潜り、艦爆隊にシアトルの航空機工場やピュージェットサウンドの軍港を叩かしめるには、やはりとてつもない数の護衛が必要となるのだ。


「更には敵機動部隊も出てくるかもしれません」


「その意味では、何だ……」


 打井が言いかけたところで、急に待機所が騒然とし始める。

 搭載している対空電探が、接近してくる機影を捉えたのだ。しかもそれは艦隊の近傍に向け、200ノットほどで直進してきているという。飛行甲板上で待機していた3機が緊急発進し、邀撃するべく舞い上がっていくが――迎撃があったという時点で航空母艦の存在が露見する訳であるから、こちらの位置は割れたと判断する他ないだろう。

 そうして果せるかな、敵哨戒機は盛んに無線信号を打電した後、垂直尾翼を吹き飛ばされて墜落していった。明日以降、波状攻撃が始まるだろう。


「さあ、ここが正念場だ。踏ん張っていくぞ!」


 空の益荒男達の士気は、これ以上なく高まっていく。





真珠湾:太平洋艦隊司令部



「何、大和型戦艦が出てきたというのか」


 悪魔の代名詞になった級別名称に、ニミッツ大将は思わず身震いする。


「しかもそれが、米本土に接近しつつあると!?」


「はい。極めて高い確度で、その通りです」


 参謀長のマクモリス少将もまた、真っ青な顔をして言う。

 アリューシャン列島沖に展開していた潜水艦が数時間ほど前、魚雷の不具合に対する猛烈なる罵倒とともに、大和型戦艦を含む大艦隊が18ノットで東進中との報を送信してきていた。駆逐艦や水上機による爆雷攻撃と通信機器の故障に手間取ったため、数日遅れの発信になったとのことだった。

 それとほぼ同時間帯に、クイーンシャーロット諸島の西500海里を哨戒飛行中だったB-24が、「ワレ敵機ノ追従攻撃ヲ受ク」との打電を境に消息を絶っていた。針路と速度を考えると、これらが同じ敵艦隊の仕業である可能性は確かに高い。


「恐らく艦載機を放って、更に突撃してくる心算かと」


「糞、何ということだ……」


 その意味するところはあまりにも悍ましく、ニミッツは卒倒せんばかりだった。

 相手は最新鋭の戦艦3隻に加えて航空母艦『サラトガ』までも撃沈した化け物か、あるいはその妹分である。そんなものが米本土の守りを突破し、何万という市民の目の前で艦砲射撃などしようものなら――最悪ルーズベルト政権が吹き飛んで戦争どころでなくなり、海軍の存続すらも怪しくなるかもしれなかった。

 随伴する航空母艦を撃沈あるいは撃破し、戦闘機の援護を喪失せしめれば、さしもの敵も撤退に移るとの考えもあった。だが最大最強の戦艦を出してきたことを踏まえると、それも希望的観測としか思えない。


 しかも本当に厄介なことに、西海岸防衛の主力となる艦艇群は、すぐには迎撃に迎えぬ位置にある。

 大西洋から回航されてきた航空母艦『レキシントン』を迎えるべく、サンディエゴ南西沖に集結しているところだったのだ。ブレマートンにも戦艦『ペンシルベニア』を中核とする部隊が停泊してはいるものの、これは単独で出撃させたところで自殺行為にしかなりそうにない。


「こうなっては……致し方あるまい」


 猛烈な腹痛を覚えつつ、ニミッツは決断する。


「西海岸から中西部にある全ての攻撃機を使い、陸軍航空隊とも連携し、万難を排してでも敵艦隊を撃破する。機動部隊は警戒を厳としつつ最大戦速で北上、敵が弱ったところを更に叩く。ブレマートンの艦隊に関してはバンクーバー島のフィヨルドにでも一旦避退させ、機を見て出撃できるようにする。こいつは最後の守りだ」


「潜水艦からの報告では、敵の空母は2隻か3隻とのこと。別動隊がいるかもしれません」


「当然、それは分かっている」


 ニミッツはやつれながらも、諭すような口調で続けた。


「だがここは大和型を最優先で討ち取る他にない。敵機動部隊による空襲というだけでも大変に拙いが、艦砲射撃となったらその比ではないだろうからな」

次回は2月7日 18時頃に更新の予定です。


シアトル一帯を爆撃すべく、聯合艦隊主力が北太平洋を驀進していきます。

これだけの数を揃えての作戦は、ほぼナレーションで終わってしまったミッドウェー作戦以来かもしれません。ソロモン諸島沖での消耗戦が発生しなかったりした関係で、本作品の聯合艦隊はまだまだ余裕を残しています。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] どうにも迦楼羅を”バンカラ”と空目読みしちゃってしかたない(笑) [一言] 更新ありがとうございます。 楽しみにしております。
[良い点] 斥候は斥候の役割に徹するべきでしたね 功名を意識してしまうのは軍人の悪癖ではあります 48時間の遅れはどんな形で出るのかどうか [気になる点] シアトル付近か……補助艦艇も居るからそこ位…
[一言] なおこの戦いに唯一(多分他の改装空母とかは輸送船団護衛とかで参加してる)参加もしてない『天鷹』さん
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