表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/372

七転八倒人事異動

挿絵(By みてみん)


「海の粗忽者」世界の情勢を地図にしてみました。『天鷹』の活躍もあって、第二次世界大戦は依然として、戦局の転換に至っていない状況です。

佐世保:市街地



 ホルムズ海峡での一件が、海軍の綺羅星の如き将官達を総じて驚愕せしめたことは言うまでもない。

 やくざな仮装巡洋艦1隻によって、貨客船改装とはいえ大型航空母艦が1隻大破させられたのである。これが責任問題にならぬはずもない。尋問と言うに等しい事情聴取の過程において、護送船団の司令官やら臨検を行った駆逐艦長やらが自害しようとしたりしてしまったりと、大変な騒ぎに発展したのである。


 当然、航空母艦『天鷹』の艦長であった高谷大佐もまた、胡麻みたいにコッテリ搾られた。

 ただかような奇襲の可能性を事前に挙げていた者などさっぱりおらず、問題があるとすればまず護衛部隊という結論になったのも事実だった。加えて戦地において中立国の船舶をどう扱うべきか、臨検のやり方に欠陥があるのではといった議論も出てくるなど、話が四方八方に飛んで収拾がつかなくなってもいた。日独両国は仮装巡洋艦を用いて連合国側の輸送路を脅かす作戦を早期から実施していたが、結局のところ、まさかそれをやられる側になるとは考えていなかったのである。


 そんな調子で査問が停滞し始めたものだから、少なくとも高谷については、


「緊急事態にあって艦の保全のため一応は的確かつ妥当な対応をした」


「少なくとも本件に関しては、職務怠慢、監督不行届等の瑕疵は見当たらない」


「艦長席を離れたことについては議論は残るものの、敢闘精神に溢れているからよし」


 といった判断が早々に下された。まあ無罪放免といったところだろう。


「とはいえ……次は河童稼業をやれときたか。あからさまな閑職だな」


 例によって寿司などパクつきながら、大きな溜息を漏らす。

 事情聴取が終わったと思ったら、今度は上海に向かえとの辞令が下った。支那方面艦隊で参謀をやれというのだから大変にガッカリである。大陸沿岸の制海権はまったく盤石であったし、戦力は砲艦に水雷艇、掃海艇があるといった程度。そんな具合であったから、正直なところ謀を巡らせる余地などなさそうだ


「太平洋の戦がまだまだこれからって時に、大陸でノンビリやってろとは……これでは手柄を挙げようもない」


「貴様な、何時までも腐っておるもんじゃないぞ」


 しきりに苦笑するは、海兵40期で同期だった大西瀧治郎少将。

 今は航空本部総務部長なるたいそうな役職に就いておるとかで、大村航空隊での要件を済ませた帰りに、佐世保に寄ったという訳である。近々中将にもなるだろう。


「目先の分かり易い戦果にばかり拘泥するのは、貴様の悪い癖だ。いったい何時になったら治るんだ、おい」


「とはいえ聯合艦隊の航空母艦の中で、未だ主力艦撃沈の戦果が得られておらんのは『天鷹』くらいのものだろう。今頃聯合艦隊は第二次真珠湾作戦とか何か、どでかい作戦を準備しておるんじゃないか? 『天鷹』の修理が終わり次第、そちらに戻して欲しいものだ。『隼鷹』や『飛鷹』もあるんだから、そっちと戦隊だって組める。まあうちと『隼鷹』とは犬猿の仲かもしれんがな」


「その意味では、今年は少々、期待薄かもしれんな。どうも大本営で、今年はインド洋も太平洋も持久と決まった節がある。機動部隊の運用も制約されるかもしれん」


「おいおい、冗談じゃないぞ!」


 高谷は目を剥いてガタリと身を乗り出し、


「そんな馬鹿は話があるか。インド洋はまだしも、せっかく米機動部隊を半身不随に追い込んだんだろうに、何でまたそんなぬるま湯みたなことを言っておるのか。こういう時こそ攻めに攻め、米英の肝っ玉を思い切り潰してやらんと駄目に決まっておろう!?」


「頼むから少し静かにしてくれ。俺がそれを聞いてどう思ったかくらい、貴様なら想像がつくはずだ」


「む……これは済まないことをした」


 大西は間違っても、こうした時に消極論を吐く男ではない。それを思い出しすぐさま詫びた。

 そうして気まずそうにタイの刺身など食い、苦笑いしながら酒を口に含んだりしてみせる。とはいえ先の話が本当だとしたら、特に手柄を立てるという意味では、まことに絶望的という話になってしまいそうだ。


「しかしまたいったいどういう訳なんだ? 確かにホルムズ海峡で酷い目に遭いもしたとはいえだ、バーレーンの製油所だって確保したし、船舶も結構な数を拿捕したじゃあないか」


「その辺は本当に助かっている。海運や航空機生産に関連する数字が、予想より好転しておるのが何よりの証左だ。燃料の割当も増える見込みであるから、パイロットの訓練にもより時間を割けるだろうな」


「なるほど、国家総力戦という訳だ」


「まったくその通りだよ」


 大西は本当に嬉しそうな表情で酒をグビリと煽り、


「国家総力戦ともなれば、敵主力艦の撃沈と同じくらい、資源輸送や航路の確保が大事になる。その意味では貴様と『天鷹』の貢献は著しく大であるから、それを誇ってもらいたいと思っておる」


「そう評されると誇らしくはあるなァ」


 高谷は嬉しそうに返しつつ、エンガワの握りを一口。

 脂が乗っていてなかなかに美味。ほんの一部であろうが、自分が長を務めていた艦の尽力によってこの旨味が運ばれたのかと思うと、食事の喜びも倍増というものである。


「とはいっても、やはり主力艦撃沈の戦果が欲しい……『赤城』や『蒼龍』なんかの連中に、主力艦撃沈数0が許されるのは軽空母までだとか笑われてそうな気がするものでな。だが支那方面艦隊じゃどうにもならん。三国志の時代ならともかく、揚子江に浮かんでおるのなんて敵も味方も砲艦が精々だ」


「まあそうやって腐るな。今年が持久になりそうなのは、陸軍が今次大戦をひっくり返す大作戦をやるという話だからだ。東條首相の肝煎りであるようだし、南方作戦に戦力を割いてもらった以上、今度は海軍が協力しなければならん」


「ううん、そんなものなのか?」


 思い切り怪訝そうな声が漏れる。

 そういえばポートモレスビーで戦死した大本営参謀が、対ソ戦準備についてしきりに説いていたような気もする。日本とドイツで挟み撃ちにして、真ん中でちょん切ってしまえとか何とか。


「とすると今度は、シベリヤの露助どもでも叩きに行くんかね?」


「陸軍が何をしでかす心算なのかは俺も詳しくは知らん。だがそちらが片付けば、後は米英の反攻を阻止する段になるようだ。となれば敵主力艦を沈める機会も出てくる、好き放題暴れられるって寸法だ」


「なるほど、旅順攻防戦や奉天会戦の後に日本海大海戦をやったようなものか」


 一応の納得を得、高谷は少しばかり考え込む。


「ただ何というかな……いざ決戦となる前に予備役編入とならないか、あるいはどこぞの根拠地隊に飛ばされたままになってしまわぬか、色々と心配で夜しか眠れないのだ」


「これはあまり言う心算ではなかったが……まあいいか、その点に関しては実のところ心配無用だ。人事局の後輩から聞いた話だが、貴様もじき少将となる上、来年には航空戦隊を率いてもらう予定とのことだぞ」


「何、それは本当かね!?」


 思ってもみなかった報せに、視界がパッと明るくなる。

 大西の言う通り、国家総力戦への貢献が評価されたのだろうか? あるいは戦線が広がってあちこちに艦隊だの根拠地隊だのが増えた結果、繰り上がったというだけなのかもしれぬ。戦時となると進級は早まると言われているし、1つ下の期でも成績不良で有名な木村昌福が、昨年の末に少将となって皆を驚かせたという。


 だが何はともあれ、めでたい話であることは間違いない。

 高谷は皿に残っていたサラワだのウニだのの握りをワシワシと食べ、生牡蠣など追加注文してから景気よく酒をやる。まったく何もかもが美味で仕方なかった。


「何だ、言うまでもないことと思うが……あまりに羽目を外し過ぎるようだと、全てが水の泡となるかもしれん。『天鷹』でどうやっておったかは知らんが、今は非常時、何事もきちんとこなしてもらわねば全員が困る」


「無論。たまには河童稼業もいいものだ!」


 定式を無視して河童巻きを頼んだりしながら、豪気に笑ってまた酒を飲む。

 どうせ参謀業務など大してないだろうから、その間は機動部隊運用の研究にでも充てさせてもらおう。高谷は既にそんな心算でいた。たまには人事上の見込みと個人の野心とが一致するものである。

中盤開始です。次回は新年の明けた1月2日更新の予定です。

元旦にはほっこり系SF短編の更新も予定しておりますので、そちらもご期待いただければ幸いです。


なお戦局は、『天鷹』の損傷と前後するように停滞しそうですが、陸軍はいったい何を目論んでいるのでしょうね?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 赤城と蒼龍の名前が出ましたが、開戦時に就役してた空母の生き残りは赤城、蒼龍、翔鶴、瑞鶴、天鷹、隼鷹、飛鷹でしたか? [一言] 画面外戦線の妄想 東部戦線:レンドリースが細くなりソ連…
[一言] 高谷艦長、生牡蠣なんて追加注文してるからまた当たるかと思いましたよ~w
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ