ペルシヤ湾の海賊⑥
ホルムズ海峡:ハッサブ沖
「チンピラゴロツキどもめ、千切っては投げてやる!」
どちらがチンピラでゴロツキなのか分からぬことを、打井少佐は叫んで走る。
彼に続くは戦闘機隊の荒くれどもで、着剣した三八式小銃を揃って提げていた。搭乗員は育てるのに何十万円とかかるから、戦死しようものなら一大事――そんな説得を大人しく受け入れるようなタマに、元々生まれついてなどいないのだ。
「くたばれメシマズ帝国ども!」
「マーマイト野郎は海に帰っちまえ!」
少々個人的怨恨が籠ってそうな鬨の声とともに、我こそが一番槍と黒煙けぶる飛行甲板を突き抜けていく。
負けじと威勢を上げるは、バクチこと博田大尉の艦爆隊。敵艦隊の対空砲火に比べればこの程度が何だとばかりに吶喊し、這い上がってくる英国人達を蹴散らして回る。刃をぎらつかせた銃剣をもって刺突。断末魔の声響く中、台尻でもってさらに追撃。灰色の眼をした大男の反撃に、ベテランの零戦乗りが昏倒したりもする。
裂帛の気合をもって奮戦する航空隊の面々は、側面からの支援を得てもいた。
飛行長の諏訪少佐が整備科の面々を物陰に忍ませ、取っ組み合いが始まる前に狙撃していく。彼等に気付いた敵の一団が襲ってくるも、また新たに駆け上がってきた者どもが、その横合いを思い切り殴りつける。振るうはスパナや拳であったとしても、艦上での白兵戦であれば十分だ。
銃声に爆音、剣戟を叩き合う音。日英の鬨の声に悲鳴が混ざり、飛び交う火線に崩れた兵の亡骸が踏み荒らされる。『天鷹』の甲板より上はまさに殺戮の巷であった。
「まあ、押せてはおるようだな」
艦橋より俯瞰した高谷大佐は、とりあえずの安堵を得る。
そもそも『天鷹』は3万トンの大型艦で、乗員は1000を優に上回る。何割かを火災や艦の浸水を食い止めるために割かねばならず、更には相手が退路なき死兵であったとしても、数で圧倒するには十分だ。飛行甲板にはまだ敵兵が残り、上段格納庫に侵入した不逞の輩が航空機を幾つかぶち壊してくれたようではあるが、このまま押し切ってしまえるだろう。
正直なところ、昂ぶる一方のバンカラ精神を抑えるのが大変だった。居ても立ってもいられぬ気分だった。
とはいえ自分は艦長であり、何があろうと泰然自若の構えを保たねばならぬと言い聞かせる。幾ら『天鷹』が逸般論しか通じぬ艦で、聯合艦隊始まって以来の艦上白兵戦という異常事態であれ、無茶苦茶な理由で飛び出していく訳にはいかぬ。
(だが何らかの理由があれば……ん、何だ!?)
その瞬間、唐突に高谷の脳裏に電流が走った。
すわ何事かと、異様なほど過熱した集中力をもって違和感の正体を探る。すぐさま浮かび上がったのはサン=ナゼールという語で、それを認識するや否や、異様な寒気が全身を襲った。ドイツ軍の手に落ちたフランスの大型乾ドックを、爆薬を満載した旧式駆逐艦でもって粉砕した事例に違いない。
「まさか……あの艦は自爆する気か!?」
辿り着いた結論に、居合わせた誰もが慄然とする。
相手は航空母艦に移乗攻撃を仕掛けるくらい、頭のネジが外れた連中なのだ。失敗を悟れば自爆しかねないし、そのための用意をしていたとしても不思議はない。
「あ、あのど腐れ艦が爆薬を満載しておると!?」
「そうだムッツリ、英国海軍ならあり得ん話でもないだろう。あるいは艦ごと自沈させてこちらを巻き添えにするとか……何にせよこの『天鷹』始まって以来の一大危機だ」
高谷は声を震わせた後、大してよろしくもない頭を何とか振り絞る。
敵艦を引き剥がしてしまえば問題ないが、未だ白兵戦の真っ只中。どれだけ時間がかかるか分からない。
「もはや一刻の猶予もないかもしれん。俺が決死隊を率いてあの艦を制圧、状況把握する。ムッツリ、ここをお前に任せる。大至急近くの巡洋艦にでも連絡して、あの艦を引き剥がすのを手伝わせろ」
「ならば艦長、自分が参ります」
「駄目だ、お前は女にばっか現を抜かしておるから喧嘩が弱い」
「この艦がちょっと規格外なだけで……が、了解いたしました。御武運を」
「よし、腕に自信がある奴はついてこい!」
高谷も少しばかり震える手で信号銃を取り、続いて三日月刀を手にする。
かつてペルシヤ湾岸で戦った者どもの精神息づくそれを握ると、不思議と精神が落ち着く気がした。聯合艦隊からは散々に言われておる艦だが、ここにしか居場所のない連中だっていっぱいいる。ならば是が非でも守り通さねばと、ギラギラと煌く刃に誓いを立て、それから一気呵成に艦橋を飛び出していく。
「艦長、御自ら斬り込みだ!」
「続ける者は続け!」
兵の声を枯らさんばかりの呼びかけに後押しされながら、高谷はラッタルを駆け降りる。
「さて、いったい何処まで行けるかね」
見事奇襲を成功せしめた『バジリスク』、その艦長たるリンチ中佐は心底楽しげに微笑む。
とはいえ戦況が芳しいとは言い難い。座乗しているであろう敵司令官でも討ち取らんと、飛行甲板へと躍り出てはみたものの、既に袋のネズミといった状況だ。日本の水兵の立ち直りは予想以上に早く、ワラワラと湧いてくる上に妙に戦慣れしているので、どうにも戦友達は押される一方。ある者は小銃弾を浴びて花と散り、またある者は斬り伏せられて鮮やかなる死に際を迎える。
それでも敵主力艦の上で斃れるというのは、なかなか悪くない最期だろう。
家の存続については兄達が何とかするであろうから、四男坊は精々国王陛下のため戦わせてもらう。客観的には自暴自棄と言うのかもしれないが、死ぬのも仕事の一部ではあるし、いっそ清々しいくらいだ。
「将と言わずとも、佐官の1人くらいは討ち取りたいところです」
副長が拳銃を構えながら高らかに言い、
「何処かに転がってはいませんかね?」
「そんな都合のいい話は……おや、あったようだ」
リンチの視線の先には魔王城が如き『天鷹』の艦橋があり、どういう訳かそこから一団が降りてきていた。
階級からして大佐が先導しているようで、あれが憎き艦長なのかと訝る。少々ガラが悪くはあるが、『インドミタブル』を鹵獲するだのがなければ、まあ好印象を抱けていた人物だろう。
「何たる奇遇……」
副長は歓喜の言葉を口にしながら敵弾を胸に浴び、
「おっと……自分はここまでのようです。もっと、この艦を、痛めつけてやりたかったのですが」
「ああ、後は任せておけ」
リンチは厳かな口調で言い、振り返ることなく艦橋を睨みつけた。
そうして白手袋を投げ、舶刀を抜いて真一文字に突き付ける。決闘を欲しているのだ。乱戦の最中に何をと思われても致し方ないが、元より艦上白兵戦を20世紀にやっているのだ、案外乗ってくるのではなかろうか。
ほぼ敵兵を一掃した飛行甲板に、1人の英海軍中佐が堂々と舶刀を構えていた。
そのあまりにも毅然とした態度に、姿を認めた者の全てが驚嘆した。残敵掃討は続くとしても、結界でも張られたかのように、彼のある辺りにだけは1発の弾も飛ばなくなる。思いもよらぬ出来事であったためか、あるいはその精神性に感服したからか、それは実のところ分からない。
「なるほど、あいつが敵の艦長とやらか。面白い」
高谷はほくそ笑み、三日月刀をきつく握り締める。
相手にとって不足はない。それに結構な傑物と見えた。正々堂々勝負した上で舶刀を弾き飛ばしてやれば、潔く負けを認めて艦に爆薬を仕掛けたか否かを聞き出せるのではと、手前勝手に思い込んでいく。
「艦長、自分が相手するのでよろしいでしょうか?」
何をやっているのかと先程すっ飛んできた打井が、猛獣めいた瞳で尋ねてきた。
「見事、そっ首を挙げて御覧に入れます!」
「向こうは艦長同士の果し合いをお望みに違いない、俺が応じてやらねば失礼ってもんだろう」
楽しみを横取りするなとばかりに高谷は言い、
「だからダツオ、お前が決死隊を率いて敵艦に飛び乗って、怪しからぬ仕掛けがないか探せ。下手をすると皆まとめてお陀仏、責任超重大な索敵攻撃だ。やってくれるよな?」
「なるほど。艦長の心意気、しかと受け取りました!」
「うむ。あの艦を味方が引き剥がす方が早かったら、さっさと海に飛び込んだぞ」
「自分は金輪際世話にならん心算でしたが、その時はトンボ釣りを頼みます。では、御武運を!」
打井は快活に応じ、部下を引き連れ走り出す。
頼もしい後ろ姿をサッと見送り、高谷は改めて相手を凝視する。そうして三日月刀を同じく抜き、大胆不敵かつ好戦的な面持ちで、颯爽と決闘の場へと歩んでいく。
「大日本帝国海軍航空母艦『天鷹』艦長、高谷祐一大佐。売られた喧嘩は買う主義だ、いざ尋常に勝負!」
明日も18時頃に更新します。
白兵戦に続いて艦長同士に一騎打ち。いったいいつの時代なんでしょう?




