ペルシヤ湾の海賊①
トリンコマリー:港湾
「一航戦が何ぼのもんじゃい、何時も心に食中毒!」
「大本営が何ぼのもんじゃい、どうせ報道しやしない!」
女形の格好をした一等兵が、長々し袖を振りながら、ちゃぶ台の上で熱唱する。
元々が素行不良の航空母艦『天鷹』であるから、出撃前の無礼講ともなると、もはや何とかに刃物としか言いようがない。階級を問わず喧嘩を吹っ掛ける困った下士官が、大立ち回りの末に戦闘機隊の打井少佐を海に放り投げる。地元の行商から買ったバナナをしこたま食った兵隊達が、本当に滑るのかと通路に皮をしこたま並べ、故郷からの恋文を巡って追いかけっこしていた連中を転ばせたりする。色の白い兵隊に女装させ、やんややんやと囃し立てるなど、それらに比べれば大変に行儀のよい方であった。
もっとも中には随分と股間を膨張させているのまでいる。よからぬ事態に発展せぬか心配だ。
「しかし艦長、次がペルシヤ湾というのは本当ですか?」
古参兵が顔を真っ赤にしながら尋ねてきた。
実のところ新設された第四南遣艦隊司令部にて、湾岸部隊の一員としてペルシヤ湾に展開するよう命じられたばかりであった。だが高谷大佐にはそれが気に入らない。またも上陸作戦であったし、英国海軍の主力艦はその辺りにいないからである。
「うむ、そうなりそうだ。だが……」
「おおッ! とすると次はラクダですかね!」
古参兵はそんな調子で声を上げ、仲間達がワイワイやり出した。
今度は「月の沙漠」を頼むとか言って、女形の一等兵と一緒に歌い出したりする。流石にラクダを飼うのは無理じゃないかと、酔ってぼんやりする頭で高谷はまず思った。
(それにしても……)
艦の士気が少しばかり落ちてはいないだろうか?
開戦劈頭はといえば、艦内の誰もが敵戦艦撃沈を夢見ておったものだが――毎度のように機会を逃していたからか、最近は行楽気分が乗組員に蔓延しているように思えてならない。見たところ下士官兵は揃いも揃って、更紗がどうだの絨毯を取ってこようだのトルコ美人にそそるだの、碌でもないことばかり放言している。
これは大変に不味い、どれくらい拙いかというとマジ拙い。高谷はううむと唸る。
戦争が始まった時にあった航空母艦のうち、未だに主力艦撃沈という成果を挙げられていないのは、『天鷹』と『鳳翔』くらいのものである。特に『鳳翔』は練習艦も同然であることを踏まえると、やはり大変によろしくない。同じく貨客船改装の『隼鷹』は北太平洋でロングアイランド級を撃沈、『飛鷹』もセイロン島侵攻に際して重巡洋艦を沈めていたから、軍艦という括りであってもまともな結果を残せていないのだ。
女形の一等兵が先程歌っていた変テコ曲ではないが、『赤城』や『蒼龍』、『瑞鶴』なんかの乗組員が、クスクスと笑ってきているような気がした。
「ええい畜生め!」
「どうされました艦長、それより例のものが来ましたよ!」
怪気炎を上げようとしたところで、盆にいっぱいのエビ天が運ばれてきた。
場がワッと盛り上がり、出鱈目な歌唱をしながら、それぞれの皿に取り分けていく。言うまでもなく機械油で揚げたものが混ざっているが、何しろ艦の伝統行事であるから、臆する者などいるはずもない。
「艦長もどうぞ!」
「う、うむ。いただくとしよう」
高谷は1つ取ってムシャムシャと食べ、それから注がれた酒をゴクリと呷る。
これがまた強烈な代物だった。元が満洲の客船だからと、やたらと積み込まれている白酒の、特に度数の高い奴だったのである。大東亜共栄拳級の強烈な一撃で、脳味噌が沸騰しておかしくなりそうだった。それでも部下の前だからと何とか堪え切り、まあ程々にするようにと告げて居住区を去ろうとする。
「あがッ!」
扉を潜った辺りで、高谷はステーンと綺麗に転んでしまった。
悪戯な兵隊が何時の間にかバナナの皮を敷設していたのが原因だった。しかも当たり所が相当に悪かったのか、そのまま昏倒してしまったほどである。
「ううむ、どうも今日はついてないな」
暫くして意識を取り戻した後、高谷はそうぼやく。
それと同時に気付いたのは、腹の調子までおかしくなっていることだった。機械油エビ天に当たったのだと気付いた彼は、艦の厠へとひた走る。まったく、ここまで幸先の悪い出だしも珍しい。
アラビア海:カラチ沖
「ううむ、栄えある英国海軍が何と無様な真似をしておるのか」
コソコソと出航する自艦の姿に、艦長のリンチ中佐は苛立った。
何しろ自分達はユニオンジャックを掲げてすらいない。仮装巡洋艦『バジリスク』は普段はスウェーデン国旗を掲げるなどして中立船舶を装い、戦闘状態となる時だけ英国海軍に復帰、通商破壊戦を実施するのである。大変に呪われた任務だ。これは卑劣なドイツっぽ仕草だと、彼は正直なところ思っていた。
だが戦況を鑑みると、致し方ないことなのかもしれない。
使い物にならなくなった輸送船を複数隻沈めて閉塞したとはいえ、スエズ運河地帯は現在、ドイツ軍が掌握してしまっている。紅海の出入口たるバブ・エル・マンデブ海峡も、仏領ソマリランド占領に合わせて機雷封鎖したものだが、これも何時まで持たせられるか分からぬ。挙句トルコが枢軸側に加担し始めている始末で、中東の連合国軍はアフリカ沿岸航路からの細々とした補給に頼っているというあり様だった。
とすれば至極単純に、負けが込んできた時には何処も似たようなことをやるというだけの話なのかもしれない。
「とはいえ、あの食中毒空母を砲雷戦で仕留められるかと思うと腕が鳴ります」
副長はポーツマスを出港してからずっとそんな調子だ。
『バジリスク』を動かす者の大部分は、開戦劈頭に日本海軍に拿捕された新鋭航空母艦『インドミタブル』の乗組で、彼はとにかく不名誉に塗れた人間の代表だった。仲間の何割かはマレーの陸戦隊に編入されて戦死し、生き残った者にも軍法会議やら罵詈雑言やらが待っていた。生き恥を晒した者が、与えられた雪辱の機会に燃えるのもむべないことだろう。
「6インチの鉛弾を食らわせ、艦ごと腹を壊させてやりましょう!」
「うむ。ホルムズ海峡は狭いからな、上手くやれるだろう」
リンチは冷静を装って応じた。
暗号を解読したところでは、日本軍はアラビア海への玄関口たるハッサブを奪取し、更にはイランはアバダーンの製油所を占領あるいは破壊する心算であるという。とすればホルムズ海峡を通過する他ない訳で、狭いところだと幅が20海里もないそこで待ち伏せれば、非力な仮装巡洋艦であっても敵に打撃を与えることは不可能ではない。
ただ問題は、これが半ば自殺的な作戦だということだった。
『バジリスク』の主武装は確かに6インチ砲4門であるが、古いアリシューザ級軽巡洋艦の備砲を強引に据えたものでしかない。魚雷も当たるか怪しいオンボロが4発のみで、元々が貨客船だから防御力など皆無。これで臨検を試みんとする敵艦隊を撃てというのだから、本当に無茶としか言いようがなかった。ホルムズ海峡に機雷を敷設してはどうかとリンチは提案したものの、イランが本気で臍を曲げかねないから駄目だという。
「いまに見ていろ食中毒空母撃沈だ!」
「黄色い敵をやっつけろ!」
そんなことを叫びながら見回りに行く副長を尻目に、
「やっぱ提督の娘に手を出すんじゃなかったかなァ」
とリンチはぼそりと呟く。
結局のところ自分も、懲罰人事を食らったのも同然なのだ。あれは罠だったのではと思わぬでもないが、後悔先に立たず。如何ともし難いものを抱えながら、『バジリスク』もまた夕暮れのアラビア海を進んでいく。
明日も18時頃に更新します。
タイトルの元ネタはパロディ全開のコメディ映画『ホットショット2』です。
敵の秘密基地が遊園地みたいになっているところですね。凄い笑えるのでお勧めです。




