決行! 豪州本土奇襲上陸作戦
トレス海峡:木曜島付近
ごく最近陥落したこの島への輸送任務を、このところ航空母艦『天鷹』は押し付けられていた。
構造上、多目的輸送を得意とする艦なのは紛れもない事実であり、艦尾扉からは大発動艇が出たり入ったりを繰り返している。野戦砲やら戦車やらに加え、案外と珍しいトラクターだのブルドーザーだのを、将兵や糧秣と一緒にせっせと運搬。何故かやたらと高まったらしい意気込みはともかく、太平洋方面の連合国軍はこのところ積極的な行動を取っていないから、鬼のいぬ間に洗濯だとかいった腹だというのはよく分かる。
とはいえ――面白きこともなき任務は、たとえ高杉晋作が何人いたとしても、やっぱり面白くならないのである。
特に風の噂では、聯合艦隊は今後、戦略守勢へと転換する予定だという。『天鷹』で木曜島に送り届けてやったさる陸軍中佐は、島嶼群を永久要塞として連合国軍の反攻をここで破砕すると息巻いていたが、つまるところ前提が防衛なのである。ガダルカナル島が吹き飛び、『霧島』が沈んでしまったことがそんなに痛かったのだろうか。ともかくも今後何処で戦果を挙げる機会があるのかと、気が気でなくて仕方ない。
(しかもだ……)
高谷の焦りと不機嫌さは増す一方であった。
エスピリトゥサント島を艦砲射撃で吹き飛ばした末、内地へと戻った山本長官が、ガダルカナル・ニューヘブリディーズ諸島沖海戦に関する特別発表をするという。とすれば空襲でもって敵艦隊の針路を変更せしめた『天鷹』の活躍に関する表彰もあるのではないかと思っていたのだが、これがとんだ期待外れだったのだ。
「敵としてであれ、かくも勇敢なる将兵と相まみえることができて光栄である」
「未だ戦火が治まらぬ以上、我々も相応の覚悟をもってかからねばならない」
ラジオから響いてくるのは、概ねそんな内容である。
戦艦『大和』や第二水雷戦隊の勝利を大いに絶賛すると同時に、米戦艦3隻の乗組員が示した海軍精神や献身をも称えているようだ。だが『天鷹』の活躍に関する言及は一切ない。一連の海戦に参加した艦の1隻として、名前を挙げられただけであった。
「やはり沈めんと駄目か……無理にでも対艦装備で出して1隻撃沈すりゃよかったなァ」
高谷がそんなことをぼやくと、隣で聞いていた打井少佐が妙に感化されたのか、
「戦艦同士の一大決戦だったのですぞ! その意義が艦長には分からんのですか!?」
などと顔を真っ赤にして怒り出す始末。
まったく困ったものだ。戦闘機乗りは敵機を撃墜すること以外、さっぱりなのかと思えてしまう。
「まったく……しかし、どうしたものだろうか」
溜息を吐きながら艦長公室に戻った高谷は、報告書の束に目を通そうとする。
とはいえ筆を取ろうとして、途端に腕が止まる。確認しないとならないのは分かっているのだが、気分がまるで乗らない。塵が積もってヒマラヤ山脈になったものに、昔から苦しめられておるというのに、いったい何故なのだろう。ここでやる気を強制的に引き出せる医薬品を開発すれば、大儲けができそうなものだ。
だがまるで取り留めのない思考は、その直後に霧消した。
「何、豪州本土上陸作戦だと!?」
「ええ。うちの艦が参加するんだそうで」
公室に飛び入ってきた陸奥中佐が声を弾ませる。
いったい何処に上陸するのだろうか。航空基地群があるためこれまで度々空襲したタウンズビル周辺か、あるいは北西岸のダーウィン辺りに、チモール島守備隊から抽出した上陸部隊でも揚げるのだろうか? 何処であれ待ち遠しくてたまらない。上陸作戦を迅速に遂行した後に何処かに寄港し、下段格納庫に改めて艦爆や艦攻を積み、橋頭保破壊を目論む敵戦艦を沈めるのだ。となれば大手柄間違いなしである。
「素晴らしい、楽しみになってきたぞ!」
高谷はあれこれ想像、というか妄想を膨らませる。報告書の束もせめて日本アルプスくらいに縮小させておこう。
ヨーク岬半島:ウェイパ近郊
「上陸作戦というから期待しておったのに、何なのだこれは」
見事、豪州大陸の土を踏むという快挙を成し遂げた高谷大佐であったが……これまで何度も吐いた呪詛を繰り返すばかり。
確かにそれは奇襲的な豪州本土上陸作戦であった。全く戦略上の価値のない、というより人家や田畑といったものすら全く見られないほどの僻地であっても、一応は豪州本土ではあるからだ。
当然そんな場所であるから、新たに根拠地を作るとかいう話にもならない。
大発動艇で浜辺に上陸するだけ上陸し、適当にその辺に転がっている目ぼしいものを物色し、そのまま戻るというだけである。だが浜辺と椰子の木、灌木などが延々と続いているようなところであるから、目ぼしいものがそもそもない。少し前に15.2㎝砲弾を叩き込み、バラバラにしてやった灯台の残骸くらいしかないのではなかろうか。
「これでは壁にバカとかアホとか落書きして、スタコラサッサと逃げるようなものだ」
「まるで悪ガキの悪戯ですよね」
一緒にやってきた博田大尉が相槌を打ち、
「ところで艦長も幼き頃はやられたのですか?」
「うむ。やり過ぎて近所のカミナリ親父にぶん殴られたりしたな……とバクチな、余計なことを聞くんじゃない」
高谷はすかさず怒る。聞かれてすぐ喋り出す方もどうかしているのだが。
それはそうと本当に何もないので、途方に暮れてしまう。砂浜に"大日本帝国海軍 軍艦天鷹陸戦隊参上!"とかデカデカと描き、日の丸でも掲げて帰ればいいのだろうか? 日露戦役の後に両国が満洲における権益範囲を確定させた際、秋山好古少将の騎兵隊が前線の後方に回り込んでいたお陰で、そこまで請求できたなんて話があった記憶がある。とすれば無意味ということはなさそうだが、手柄になりそうにもないのがやはり困る。
「ううむ……」
「お、ありゃ何ですかね?」
博田が指さした先には、変テコな動物が確かにいた。
二本足で立つと人間の腰ほどの背丈の、大きな後ろ足でピョンピョンと跳ね飛ぶ、ワラビーなる有袋生物だ。種としてそうなのかこいつが特別に盆暗だからかは分からぬが、あまり警戒心がないらしい。陸戦隊の誰かが面白がって、お八つとして持ってきていたニンジンの切り身を放り投げると、鼻でクンクンやった後、小さな前足で掴んでパクリと食べ始める。
挙句の果て、食べ終わるや近寄ってきて、物欲しそうな目で見てくる。何という図々しさだろうか。
「こやつめ、ははは」
「欲の皮が突っ張っておる」
陸戦隊の面々が笑いながら追加給餌し、ワラビーはまたもパクリ。
一応付近の散策だけはやっておくかと陸戦隊が移動を始めると、ニンジンが欲しいからか追従してくる。
「艦長、いっそこいつでいいんじゃないですかね?」
「何がだ?」
「目ぼしいものとあったので。一応、豪州にしかおらん生き物です」
「うちのフネ、どんどん動物園みたくなってくな」
高谷はほんの一瞬だけ悩んだ後、ワラビーを連れて帰る案を是とした。
動物園なのは今更であったし、他に持って帰るべきものも思いつかぬから仕方がない。面倒を見切れなくなったら、本当の動物園で見世物にでもなってもらえばいいだろうと、例によって浅はかに考える始末である。
なおワラビーだが、博田によってワラジという素晴らしく雑な名前を与えられた。
そうして最後にワラジを囲んで記念撮影をし、一同は大発動艇で『天鷹』へと戻っていく。
上陸の戦果は有袋生物1匹、被害は噛み付かれた兵が1名。ほとんど物見遊山だった。とはいえ何か月か後、この写真がスイス経由で豪州にも出回った結果、既に多数の破壊工作員が上陸しているのではとパニックが起きたりしてしまうのである。
明日も18時頃に更新します。
豪州本土上陸(苦笑)でした!
なおウェイパですが、ボーキサイト鉱山があるお陰で現在は栄えていますが、当時は未発見(1962年発見)であったため、完璧なド田舎です。多分、軍隊もまともに駐留できないかな……と。




