表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/372

史上最低最悪の海軍記念日⑧

挿絵(By みてみん)


南太平洋追撃戦の概略図を作成いたしました。ご参考いただけますと幸いです。

ソロモン海:マキラ島沖



 やはり対空火力の弱さを読まれている。空を仰ぐなり、リー少将は直観した。

 戦艦『ワシントン』、『サウスダコタ』の2隻を残すのみとなった第64任務部隊の直上では、恐るべき白き翼が悠々と大きな円を描いている。ラバウルあるいはポートモレスビーから飛来したベティ――長大なる航続距離と軽快なる運動性能、そして雷撃能力とを兼ね備えた、日本海軍が誇る一式陸上攻撃機だ。その数は16。先程襲撃してきた11機と合わせると、恐らくこれが敵の出し得る全てなのだろう。


 準備万端整った状態であったなら、この程度の敵機など恐るるに足らなかったかもしれない。

 合計36門もの高角砲をもって撃ちまくれば、何機かを撃墜することが、そうでなくとも編隊を乱すことが可能だからだ。英極東艦隊の2戦艦が航空雷撃によって撃沈されたのは、対空火力があまりに貧弱だったが故、敵機が雷撃に最も適した位置を容易に占めることができたため。海軍の情報部門はそう分析しており、それとまったく変わらぬ理屈が、今まさに第64任務部隊へと降りかかろうとしていた。

 いや、もっと悪いのかもしれない。熾烈なる夜戦の結果、高角砲は元の半分ほどしか残っておらず、5インチ砲弾もまた切れかけているからだ。加えて随伴艦は1隻として残っていないのである。


「この空襲さえ凌ぎ切れば、敵機ももはや襲ってはこないでしょう」


 自分自身を落ち着かせんと試みるような口調で参謀長は分析し、


「幾ら敵機の航続距離が長いとしても、ここより先は帰還不能点の向こう側であるはずです」


「だろうな。こここそが我等が正念場という訳だ」


「お任せください。必ずや回避してご覧に入れます」


 艦長のデイビス大佐が疲労を滲ませながらも、自信満々に声を張り上げた。

 実際、『ワシントン』は就役から1年半近くが経過しているため、乗組員の練度もそれなりに高まっている。幾ら対空火力が減殺されていようと、足回りが生きてさえいれば、回避運動は可能である。


 また航空雷撃を躱す自信も十分にあった。

 1時間ほど前には、11機のベティが海面を這うようにして接近し、次々と航空魚雷を投下してきた。しかし巧みな操艦により、『ワシントン』はその全てを回避したのである。ついでに襲ってきたうちの1機を返り討ちにもしたほどだ。


「敵攻撃機1、撃墜!」


「やった、やったぞ!」


 たまには高角砲弾も命中するらしい。艦の誰もが喝采を上げた。

 左翼を打ち砕かれたベティは、白く塗られた腹面と濃緑色をした上面とを連続的に入れ替え、黒々とした噴煙を棚引かせながら、一路海面向かって落下していく。


「さあ、来るなら来い」


 敵機を不敵に睨みながら、リーは鼻を鳴らしてみせる。

 雷撃は『ワシントン』に集中してもらいたいものだと思った。後続する『サウスダコタ』は就役から7か月ほどである関係で、乗組員の技量がそこまで高まっていない。ガダルカナル沖での夜戦で被害を受け、速力も25ノットまでしか出せない。そうした事実を踏まえれば、こちらに攻撃が集中する方が、全員が生き残れる確率が高まるのである。

 そして果せるかな、敵機の群れは期待した通りに動き始めた。


「……二手に分かれたか」


 艦内の緊張が一気に高まった。

 分裂した群れのそれぞれの機が次々と緩降下旋回を開始し、艦隊両翼へと遷移していく。眺める分には優雅な、しかし血の凍るような一糸乱れぬ運動をもって、ベティは海面付近へと降り立った。その過程で更に1機を脱落させることに成功したものの、まず右舷側の8機が、幾分遅れて左舷側の7機が、驚くべき技量でもって突っ込んできた。


「撃ちまくれ!」


「1機たりとも近付けるな!」


 機関砲が唸りを上げ、空薬莢がガチャガチャと音を立てて散らばる。

 しかし濃密ならざる射撃は、低高度で迫る敵機を捕捉するに至らない。それらが抱きし兵器を投じるや否や、デイビスが面舵一杯を命じた。猛烈な勢いで海面に叩きつけられながらも機能を喪わず、地獄の泡を立てて駛走する8基の航空魚雷。『ワシントン』はこの恐るべき槍衾を、間一髪で避けることに成功した。投弾し終えた機ではあったが、もう1機を撃墜することにも成功する。


 だが幸運はそこで打ち止めだった。加えてどちらに舵を切ろうと命中させるのが、左右同時雷撃の意義に違いなかった。

 左舷より放たれた魚雷のうち2発が、『ワシントン』の艦首付近および艦中央に突き刺さった。轟然たる大音響とともに水柱が立ち上り、艦の誰もが激震に見舞われる。男達の生理的恐怖を呼び起こさんばかりに艦体が軋んだ。破孔より流れ込んだ濁流が無慈悲に艦の浮力を奪い、ジリリと鳴り響く警報音の中、艦の血小板たる者どもが一心不乱に艦内を駆けていく。


「ううむ、やられてしまったか」


 リーは何ともなさげに言い、真っ青になったデイビスを安堵させる。

 無論、この程度の被害で『ワシントン』が沈むことなどあり得ない。だが沈没に一歩近づいてしまったこと、それから最高速力が6ノットほど落ちたことだけは間違いなかった。





 重巡洋艦『愛宕』は中破判定の損害を受けながらも、3隻の僚艦とともに追撃を行っていた。

 艦齢のため速力が落ち気味な重雷装艦『北上』であっても、30ノットは優に出る。故に敵戦艦2隻に追い付くことはそこまでの難題という訳でもなく、陸攻隊が雷撃を成功させた直後に接触に成功。以来、それを保ち続けている。


 ただし主砲の射程内に踏み込むことは、大変に危険極まりなかった。

 何しろ16インチ砲を9門も備えた新型戦艦2隻であり、万が一被弾でもしようものなら重巡洋艦であれ爆沈しかねない。故に射程ぎりぎりのところに入ったり出たりを繰り返し、また頭を取っての雷撃戦と見せかけて転針を強要するなど、砲弾の射耗や乗組員の疲弊を誘う戦術を採っていた。


「ですが、あまり乗ってこなくなりましたな」


 敵戦艦が依然直進を続けているのを認めつつ、『愛宕』艦長の伊集院大佐が言う。


「とすれば、頃合いでしょうか?」


「うむ。まあ前代未聞の戦法だ、当たれば儲けものと思うくらいでいこう」


 近藤中将は折れた腕の痛みを堪えつつも、何とも楽しげに微笑む。

 昨日の夜戦において16インチ砲弾を食らった際、彼もまた負傷したのだった。だがその程度、指揮統制に問題を及ぼさない。


「全艦、水雷戦用意」


 命令は復唱され、発光信号でもって全艦に伝達された。

 重巡洋艦『愛宕』に重雷装艦『北上』、駆逐艦『雪風』と『時雨』が、必殺の槍を構えていく。最大射程40キロを誇る九三式魚雷、魚雷発射管に装填された合計72発を放つのだ。敵艦隊が直進し続けるとしても、命中率は1%あればいい方だろうが、だとしても1発も当たらぬ確率は半分を切る。この先の使い道を考えれば、悪くない賭けではなかろうか。


「距離三五〇で雷撃始め」


 近藤は屹然と命じ、乗艦を敵主砲の射程内に分け入らせる。

 16インチ砲弾の威力は身をもって体験している。しかし最大射程付近では滅多に当たるものでもない。とすれば大した強がりもいらぬというものだ。


「敵艦発砲!」


「敵一番艦との距離、三五〇」


 2つの報告はほぼ同時に飛んできた。


「魚雷、撃てェ!」


 号令一下、愛宕は次々と魚雷を放って反転し、僚艦もそれに倣った。

 傍から見れば、発砲に恐れをなして逃げたとしかなるまい。だからこそ欺瞞ともなる訳だ。命中までの何十分間を、誰もが固唾を飲んで見守ろうとするので、近藤は少しばかり冗談を言って場を和ませる。当たるも八卦、当たらぬも八卦だ。


「時間!」


 時計員が叫んだ数秒後、見張り員が双眼鏡に映る水柱を確認した。

 たった1発ばかりではあったが、前代未聞の長距離雷撃は有効打を得たようだった。

明日も18時頃に更新します。


ガダルカナル砲撃の後、全速力での遁走を始めた戦艦『ワシントン』、『サウスダコタ』ですが、徐々に速力を失っていきます。彼女達の運命や如何に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] うーん、図面からして宿六空母が追い立ての勢子役 そして逃走ルートを誘導してからの大和登場&処刑タイムでしょうかね? でも、正直レイテ海戦での命中率はかなり低かった様な……(二個空母の空襲を回…
[一言] ちゃんと日本海軍が想定してた戦闘が出来てるだと……その後(多分)酸素魚雷だから敵味方問答無用で輸送船沈むんですね分かります
[良い点] おお、統制雷撃がちゃんと当たっている [気になる点] これ潜水艦が近くに居るってなって蛇行しまくるやつじゃないですかヤダー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ