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史上最低最悪の海軍記念日⑥

オアフ島:太平洋艦隊司令部



「ああ、何たることだ……」


 深夜、ニミッツ大将は約束された悲報に打ちひしがれていた。

 大統領命令で動かされてしまったシアトルの第51任務部隊が、バンクーバー島沖へと大急ぎで進出し、待ち構えていた南雲機動部隊にまんまと壊滅させられたのだ。彼が指揮する太平洋艦隊に、稼働状態にある艦隊型航空母艦はもはや1隻も存在しない。実を言うなら、合衆国艦隊という枠ですらそうなのだ。


「だが『ワスプ』はまだ沈んではいないのだな?」


「はい。まだ何とか浮かんでいます」


「よし、早急にピュージェットサウンドで修理させるのだ」


 ニミッツは念を押すように確認し、最低限の安堵を得る。

 旗艦の『レンジャー』は海戦劈頭、少数ながら正体不明の高速爆撃機から手痛い一撃をもらい、そのまま集中攻撃を食らって沈没してしまった。対して『ワスプ』はよく耐えた。艦載機を戦闘機中心の構成としていたのも効いたのかもしれないが、体当たりせんとばかりに直上から突っ込み、またプロペラで海面を叩きながら迫ってくる日本軍機を相手に、凄まじい防空戦闘を展開した。結果、魚雷と爆弾を食らいながらも、辛うじて浮かんでいるのだった。


 無論、速度は亀の歩みのようで、浸水も徐々に増えつつあるという。

 それでも艦を持ち帰ることができれば、来年の初春くらいには損害から回復し、真珠湾で何とか修理中の『エンタープライズ』や新造の『エセックス』などと機動部隊を編成できるようになるだろう。それまでは苦難の時に違いないが、耐えられないこともあるまいととニミッツは楽観する。


(悲観は誰にでもできるが、楽観は意志がなければできない)


 誰かがそう言っていたのを思い出し、今の自分には一番重要な言葉と思った。

 まさに、指揮官には楽観こそが求められるのだ。それに実際、量産中のエセックス級航空母艦は、来年の末には7隻ほど揃うだろう。再来年の末であれば恐らくその倍だ。高速のアイオワ級戦艦やアラスカ級大型巡洋艦も続々と登場するはずであるから、無理をせず着実に戦っていけば、いずれ勝利は転がり込んでくるのである。


 加えて戦闘の詳細を聞く限り、南雲機動部隊の神通力もそろそろ失せそうに思えた。

 敗北したとはいえ、第51任務部隊は迎撃機と対空火力を巧みに用い、敵機を60機以上撃墜したという。ポートエンジェルス基地に展開した陸軍航空隊も、波状的な水平爆撃でもって飛龍型の1隻は大破させたとのこと。やはり今は負け犬根性の払拭が急務、ニミッツは己が認識を更に強める。


「長官、やりました!」


 ニミッツの思考は唐突に破られる。

 だが齎されたのは朗報と、電文を持ってきた副官の口調からすぐに察することができたのだ。


「リー少将の戦艦部隊がガダルカナル島に到達、砲撃を開始した模様です!」


 期待は現実によって肯定され、更なる活力が全身に漲ってきた。

 これが反攻の切っ掛けに、戦争の転換点になるだろう。少しばかり仮眠を取ることとしたニミッツは、新造戦艦の上で日本の降伏調印に署名する自分の姿を夢に見た。





ソロモン海:鉄底海峡



 文明開闢以来変わらぬ星空の下、旭日旗の艨艟と星条旗の海獣がぶつかり合う。

 硝煙弾雨の中での一大砲雷撃戦だ。時折探照灯が宵闇を裂いて艦影を際立たせ、双方の水上機が落とした照明弾が空に輝く。凄まじい発砲炎とともに真っ赤な砲弾が鋭く飛翔し、高さの不揃いな水柱が次から次へと聳え立つ。無残にも艦首を切断された駆逐艦がそのまま前へとつんのめり、軽巡洋艦が集中砲火を浴びて全身に灼熱の炎を帯びた。


 もはや何処にどの艦があるのか、誰も把握し切れぬ大混戦となっていた。

 日米双方の駆逐艦が主砲を乱射し合い、ジグザグに舵を切りながら雷撃の機会を伺う。1隻が大傾斜して横倒しになり、また1隻が被雷して艦体が真っ二つに折り曲げられる。ただこの上なく凶悪な米新鋭戦艦3隻だけは、整然たる単縦陣形を保ったまま、熾烈を極める海を威風堂々突き進んでいった。彼女等が擁する巨大なる砲身は、大仰角でもってガダルカナル島を指向し、重量1トンにもなる巨大砲弾を連続的に放っていく。

 当然、狙われたのは飛行場だ。陸上攻撃機や零戦が多く駐機し、米豪航路に多大なる脅威を与えていたそこは、あっという間に阿鼻叫喚の巷となる。


「拙いな……」


 軽巡洋艦『川内』の艦橋にて、橋本信太郎少将は思わず呻く。

 あまりに唐突に始まった海戦であったため、彼が率いる第三水雷戦隊は、あろうことか統制を喪失して各艦がバラバラに戦うというあり様となっている。辛うじて駆逐艦『初雪』と『敷波』は掌握し、暫定で『時雨』、『夕暮』を指揮下に組み入れてはいるものの、戦力としては心許ない限り。


 しかも恐るべき米戦艦に突入しようにも、護衛がこれまた強靭だった。

 厄介なアトランタ級軽巡洋艦は探照灯にも頼らず、精密なる射撃を実施してくる。砲の口径ではこちらが上だが、向こうは手数がやたらと多い。未だ健在な駆逐艦3隻を従え、こまめに転針しつつ、第三水雷戦隊の針路を阻んでくるのだ。体当たりしてでも阻止する、そんな気迫すら感じられる。

 そうした中、艦首に新たな光弾が飛び込んだ。決して軽くはない衝撃、耳を劈くような金属音が走る。


「第二砲塔被弾、使用不能!」


「後部檣楼倒壊!」


 報告が次々と齎され、戦況は目まぐるしく変化する。被雷した『夕暮』が真っ二つになって轟沈し、『敷波』も落伍してはいないものの、かなりの被害を被ったようだ。

 陸上の友軍のためにも、あるいはこれまでに沈んだ味方のためにも、米戦艦群を早急に仕留めたい。だがそのためにはまず眼前の敵艦隊を封じる必要がありそうだ。ならば全艦の統制雷撃をもってこれを殲滅し、先々月に改修なった自艦と『時雨』の次発装填分をもって戦艦に当たるべきか。逡巡の中、新たな艦影が海面に浮かんだ。


「ありゃあ……『綾波』だな」


 すっかり見失っていた友軍は、戦艦を狙うには随分とよい位置を占めていた。

 だがは敵もそれを瞬時に見抜き、射撃を集中させ始める。元より先程『綾波』に気付いたのも、彼女が被弾し火焔をまとったからに他ならない。


「よし、『綾波』を援護する。全艦、水雷戦用意」


 橋本は決断し、修羅場と化した海原を睨みつける。

 敵艦隊が次に転舵した際の未来位置に向け、距離4000メートルで撃つこととする。彼我の距離は徐々に縮み、合計34発もの魚雷が放たれる。最高速力に設定された海神の槍は、破壊と混沌に彩られた海を50ノット近い速度で駛走し始めた。





「ううむ……駆逐艦は『グウィン』を残して全滅、『アトランタ』も満身創痍か」


 随伴艦の凄惨なる損害を聞かされ、リー少将は思わず呻く。

 長良型軽巡洋艦に率いられた水雷戦隊に魚雷を見舞われ、3隻がほぼ同時に撃破されたのが痛かった。今更何をいわんやではあるが、敵泊地への突入を行う上では、やはり数が足りなかっただろうか。南海に散った勇猛果敢なる戦友達が天国に召され、彼等が生涯に名誉があらんことを。心中で強くそう願う。


 刹那の後、改めてガダルカナル島を一瞥する。

 凄まじい黒煙が飛行場のある辺りから立ち上っており、時折何かが爆ぜるのが分かる。16インチ砲弾を数十斉、600発ほども射見舞ったのだから、航空機運用能力を根こそぎ破壊できただろう。山本だの南雲だのいう日本の提督どもも、この被害の大きさにのけぞって、頭を打ったりでもするのではないだろうか。


「よし、潮時だ。最大戦速でこの海域を離脱する」


 リーは命じた。幸いなことに、速力の低下は3ノットに抑えられている。

 時刻は午前2時。早朝にガダルカナル島東端を抜け、東へと一路突き進む。問題がなければ半日ちょっとの後にはサンタクルーズ島の援護下に入れそうだ。そうして一路南下し、エスピリトゥサント島沖で補給艦と合流すれば、後は真珠湾に戻るだけ。犠牲は大きかったが、戦争の流れを変えた海戦と、全合衆国民が歓喜するに違いない。


(しかし……敵も流石に執拗だ)


 食い付き離さんとばかりの敵駆逐艦に、リーは敵意溢れる視線を送る。

 どうにも厄介な相手だった。魚雷を当ててきはしなかったものの、数十門という高角砲が放つ鋼鉄の驟雨の中を、未だに生き延びているのだ。そればかりか『サウスダコタ』に砲弾を次々と命中させ、小規模ながら火災を発生せしめてすらいる。


 加えて僚艦を一気に沈めてきた水雷戦隊もまた、廃艦同然になりながら撃ってくる。

 あまりにも旺盛な戦意だとリーは感嘆した。だが5インチやそこらの砲弾では、幾ら当てたところで戦艦を沈めることなどできない。では何故かくも狂戦士が如き戦い方をしているのだろうか。日本人は皆天皇の子であり、誇り高き武士であるから、敵に背を見せることはない。適当な物言いだと思ったが、案外本当なのかもしれない。

 あるいは何か別の意図があるとしたら。鋭敏に研ぎ澄ませた神経は、遠方に大きな発砲炎が瞬いたのを捉える。緒戦で撃破した戦艦の片割れが復旧したのだと分かった。


(14インチ砲艦では勝負にならぬのは敵も承知しているはず。とすれば、何だ……)


 リーは応戦を命じつつ、鋭敏に神経を研ぎ澄ませる。

 まさにその瞬間、赤道直下の熱さと全く対照的な寒気が全身を襲い、直後にそれは現実になった。


「『インディアナ』被雷!」


 帰還の前提を一気に突き崩す悲報の通り、『インディアナ』の左舷には巨大な水柱が2つも奔騰していた。

 リーを始めとする合衆国海軍の将官達は、誘爆の危険を押してまで、日本海軍が魚雷の次発装填に拘っていることを把握していなかった。そしてその性能についても同様だった。航跡の視認の困難さが故の奇襲も同然で、しかも1発当たり500キロ近い炸薬量は、彼女の最高速力を12ノットまで低下せしめたのである。

明日も18時頃に更新します。


こちらの世界でも史実同様、ガダルカナル島沖は鉄底海峡と化していきます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 重雷装艦は何処にありや?全日本海軍はこれを知らんと欲す [一言] 空母を軒並み使用不能にはしましたが代償も高くついた日本海軍 双方の回復力と工業力を比較すればミニッツ提督がそんな考えを…
[一言] この場面で発揮する大井と北上どこにいったのやら?
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