北東太平洋の一攫千金⑤
太平洋:クインシャーロット島西方沖
第四航空戦隊による航路遮断作戦は、赫々たる大戦果をもって終了した。
オアフ島への地上侵攻を真剣に恐れたルーズベルト大統領の特命により、大急ぎで編成されたのがSP3船団である。だが第四航空戦隊が2日間に亘って連続的な空襲を繰り返した結果、同船団は瞬く間に壊滅状態に陥った。高速輸送船のほぼ半分と貴重な起重機船、護衛空母を含む5隻の艦艇を喪失するという空前の大損害が生じたのだ。
お陰でハワイ諸島での航空機運用に大幅な支障が生じ、真珠湾攻撃で損傷した艦艇の修理は更に遅延。いっそ戦艦を1隻丸ごと特設陸上砲台にしてはどうかという提案まで、真剣に議論され始めたほどである。
だが撃沈総トン数で記載できる被害以上に、深刻な戦略的影響を連合国に与えてもいた。
ルーズベルト大統領が「信じて送り出した護送船団が日本海軍の航空攻撃にドハマリしてどうたらこうたら」と喚き、車椅子ごとひっくり返って頭を強打しただけではない。何しろ西海岸からハワイへの航路が全く安全でなくなったのである。以後、真珠湾を目指す船団は大きく南に迂回して余計な燃料と時間を費やさざるを得なくなったし、本格的な米本土攻撃の懸念が高まったことから、残存する航空母艦『ワスプ』、『レンジャー』もまたシアトルに回航させる他なくなった。他の戦線はひっちゃかめっちゃかで、本来ならば本格始動するはずだったドイツ本土空襲まで、停滞を余儀なくされたのである。
そうした事情を鑑みれば、SP3船団に対する空襲は、千金どころか万金にも値したと言えるだろう。ただし鑑みる気がそもそもなければどうしようもない。
「全く、何故戦艦が出てこんかったのだ……」
相も変わらず、高谷艦長は不満タラタラであった。
米護送船団を痛撃した後に艦隊は北上し、シアトルやバンクーバーに向けて独航していた貨物船を撃沈したり、アラスカはアンカレッジを焼き討ちしたりした。油槽船を鹵獲してもいる。赫々たる戦果と言えそうなものだが、彼は寿司屋でガリばかり食うようなものと公言して止まない。1000トンもなさそうな哨戒艦を沈めもしたが、こいつはさしずめ河童巻きであろうか。
加えて面倒だったのが、『隼鷹』が敵航空母艦撃沈の殊勲に輝いたことだった。
貨物船改装だからと言うことはできない、何故なら『天鷹』も『隼鷹』も元々は貨客船だからである。そんな訳で艦爆隊や艦攻隊の面々も荒れ放題で、行状はあまりにも目に余った。山田という若い一等飛行兵がそれを咎めたら、強盗でもやってそうな凶相の五斗山なる中尉が「何だてめえクソガキ」と怒鳴り出す始末である。
「俺等、呪われておるんじゃないだろうか」
高谷は艦長席にて、干し鮭を引き千切りながら唸る。
味はやはり良い。だが手柄が立たぬのはどうにも拙い。内地を離れる前、次男坊には偉そうなことを言ったものだが、正直なところ焦りばかりが湧いてくる。
「開戦からこの方、随分あちこちで作戦をやっておるのに……さっぱり戦果に恵まれん」
「補給を断つのも兵法では大事と言いますよ」
副長の陸奥中佐がぼんやりと応じ、
「それとですね艦長、もしかしたらうちら、戦艦撃沈してたかもしれんそうです」
「何だそりゃあ?」
「昔、米国の白色艦隊がやってきたことがあったじゃないですか。あの中の1隻を、うちの航空隊が撃沈したと」
「ムッツリな、空想科学小説の読み過ぎなんじゃないか?」
思い切り怪訝そうな声で高谷は返し、
「ウェルズ装置なんてあってたまるか。それとも芸者遊びが過ぎて梅毒が頭に回ったか?」
「いやいや、本当ですって。撃沈した艦の中にあの頃の戦艦『キアサージ』を改造した工作船がありました」
「ああ、うん……ふざけるな、それが戦艦なら蝶や蜻蛉も鳥のうちだ。あるいは馬車を撃って戦車1両撃破とか抜かすようなものだろう、何の慰めにもなりゃしない」
高谷は思い切り大きな溜息をつく。前途はまるで五里霧中、外の天気みたいだった。
実際、夏の北太平洋は海霧がよく出る。敵の哨戒機を逃れる上では便利だが、こちらから索敵するのも難しい。まあそろそろ帰投の頃合いではあるが、僚艦の姿すらよく見えなくなるほどなので、何かの拍子にぶつかってしまわないか心配だ。
ただそうした中、兵どもがボソボソと囁き合う声が聞こえてくる。
いったい何事かと思っていると、訳の分からない報告が飛んできた。どうしてか僚艦の数がおかしいというのである。
「いったいどういうことだ?」
「あッ、発光信号を視認!」
見張り員が叫び、
「英語で誰何……敵艦です!」
「げえッ! 適当に返事して時間を稼ぎ、気付かれる前に主砲で沈めてしまえ!」
驚天動地の遭遇戦闘で、誰もが慌てふためく。
高角砲や機関砲に兵どもが取り付いていく中、大急ぎで返信文が考えられ、ともかくも発光信号が発せられた。
「ワレ、英国海軍航空母艦『いんけいぱぶる』ナリ。あんかれっじニ向ケ航行中」
足りていないのは『天鷹』乗組員の英語学力である。
誰何してきた敵艦、どうやらベンソン級駆逐艦であるらしいそれの艦長は、思い切り訝しんだことだろう。更には米国海軍駆逐艦『エドガー・コナン』だの英国海軍巡洋艦『アノニマス』だの、あからさまに怪しい艦名を名乗る不審船ばかりであったから、流石におかしいと察したようだ。
だが――まさしく判断が遅いという奴であった。
「撃ち方はじめ」
「撃てェ!」
艦首の15.2㎝連装砲、それから右舷に備えられた12.7㎝高角砲による水平射撃が始まった。25㎜機関砲も続いて火を吹く。
概ね2000メートル程度の至近距離であったし、目標は航空機よりも遥かに遅い駆逐艦であったから、霧が出ていようと関係ない。高角砲弾や機関砲弾は面白いように吸い込まれていき、あっという間に敵艦に火の手が上がった。乗組員が5インチ単装砲に取り付く前に、さっさと沈めてしまうのである。
だがどうしたことだろう、何と駆逐艦は雷撃を実施してきた。
無論、奇襲を受けたる下での即応ではあったから、命中精度という意味では大変にお粗末。加えて25㎜機関砲弾が五連装魚雷発射管を直撃し、据えられた魚雷を誘爆せしめて駆逐艦そのものを吹き飛ばしたので、放たれた魚雷は3射線だけではあった。それでも距離が近かった関係ものだから、1発が『天鷹』の艦尾を掠め、乗組員の肝胆を随分と寒からしめた。
「ふう、びっくりした」
全てが片付いた後、高谷は暢気に聞こえる台詞を吐く。
とはいえ心臓はバクバクいっていた。先手を打てたから何とか対処できはしたものの、諸々が逆であったらいきなり魚雷数発を食らって轟沈という可能性すらあっただろう。
「まあ一応、戦果が挙がりましたね。砲戦にて駆逐艦1隻撃沈」
「こんなのは二度と御免だ。というより北の海はもう御免だ」
「そうなんですかね」
「うむ。この間ヌケサクの奴が言っておったが、このところ豪州の政権が動揺しておって、米英は艦隊戦力を割いてでも民心を安んじねばならなくなるという。だから次に大海戦があるとしたらあの辺に違いない、さっさと珊瑚海とかに戻りたいものだ」
そして今度こそ、主力艦撃沈の栄光を手にするのだ。高谷はそう心に決める。
あるいはもしかすると、輸送船ばかり撃沈したいと願わなければ、戦艦や航空母艦を撃沈できないのかもしれない。だとすると神様というのはとんだ天邪鬼、そうでないと願いたいものであった。
なお天は高谷の願いを一応は聞き入れた。実際、『天鷹』は赤道直下に戻ることとなるのである。
明日も18時頃に更新します。北東太平洋作戦はこれにて終了、次回は南太平洋でしょうか?
軽巡洋艦『三途』とか駆逐艦『白波』など、規則上は合ってるけどあり得ない艦名を考えるの楽しいですよね。




