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北東太平洋の一攫千金④

太平洋:ホニア断裂帯付近



「おおッ、おるわおるわ!」


 眼下に大護送船団。機上の打井少佐は思わず喝采した。

 それから周辺の空を隈なく捜索。敵は貨物船改装の小型航空母艦を持ち出しており、直掩機が上がっている可能性が高い。まったく要注意である。鹵獲した『インドミタブル』を調べているうちに分かったことらしいが、英国海軍は電探と航空無線を用いた邀撃管制を実現しつつあるという。米英は今や不可分である、その手法が伝わっていても不思議はなかった。


 そうした懸念は、見事なまでに的中した。

 3機か4機ばかりではあったが、太り肉のF4Fワイルドキャットが、600メートルほど高いところにいる。しかも一直線にこちらへと向かってくる。敵搭乗員の技量がよかったか、あるいは偶然のなせる業か、それとも科学的必然か――考えるのは後だ。


「敵機発見」


 届くはずもない声で打井は叫び、それから機銃を短く撃つ。

 続けて手話だ。まず人差し指だけを伸ばし、拳を天高く振り上げる。次に中指、薬指と立て、ビシッと正拳突きを決める。第一小隊上昇、それ以外はそのまま進めという合図だ。


 さて、いよいよ空中戦である。劣位からの巻き返しであって腕が鳴る。

 まず増槽を投棄。同時にスロットルを開いて機速を上げ、それから操縦桿を引き寄せていく。打井小隊は3機がフワリと浮かび、綺麗な編隊を保ったまま高度を稼いでいった。


(さあどうだ、来てみろ!)


 上昇負荷を堪えながら、敵機をきつく睨みつける。

 その翼が次々と翻り――機影が拡大し始めた。こちらに食い付いたのだ。まずこの時点で攻撃隊を防衛するという任は果たせたと言えるだろう。生き残れば追加点、撃墜できれば倍点だ。


「こちとら虎だ、かかってこい!」


 猛烈な息苦しさの中、打井は叫ぶ。

 優位からの攻撃に移った敵機であったが、思いのほか動きが緩慢である。双方の軌跡が交叉し、F4Fワイルドキャットの両翼がパッと煌く。先走り過ぎだ。打井はほくそ笑み、機体を一気に捻り込む。


(うぐッ……!)


 視界が真っ暗になり、全身に痛みが走る。

 それでも堪える。堪えた先に勝利があるとの確信からで、実際視力が戻ってくると、敵機のケツが見えていた。食い付いたら決して離さぬ虎のように、グングン加速し追従する。

 敵はそこで判断を誤った。この場合の正解は急降下だが、横方向の旋回で振り切ろうとしたのである。


「いただき……悪く思うなよ」


 機首の7.7㎜機銃で狙いを定め、必殺の20㎜機関砲を叩き込む。

 刹那、F4Fワイルドキャットの右翼が圧し折れた。撃墜確実。その歓喜に打井の全神経が震え、しかしそれに浸るより先に状況判断を優先する。近傍には二番機に追い縋られる敵機しかおらず、ひとまずは安心できた。敵航空母艦は新たに迎撃機を発進させようとしていたが、今更飛ばしたところでもう遅い。


「だが、正解は科学か」


 空戦前の問いの解答を、打井は噛み締める。戦闘はこれからもっと激しく、厳しくなるだろう。





「フン、今日のところは先手を譲ってやらァ」


 新たに『天鷹』艦爆隊長となったバクチこと博田智彦大尉は、渾名に見合った口調で悔しがる。

 つい数時間前まで発光信号で罵倒大会をやっていたこともあり、『隼鷹』の連中は何だか気に食わない。だが索敵は『隼鷹』艦爆隊の方が一枚上手だったようで、敵航空母艦上空に早々に遷移してしまった。博田とて腕の良さは認めざるを得ない。


「さて、お手並み拝見」


 攻撃目標選定のため編隊を旋回させつつ、博田は独りごちる。

 『隼鷹』の連中が1発も当てられなかったり、あるいは1発くらいしか当てられなかったりしたら、今度は自分達が攻撃を行う番だ。航空母艦は最優先目標であるから、沈むまで波状攻撃をかけねばならない。


(だが……奴等の腕が良かったらどうしよう)


 横文字でいうチームワークとか、そんな発想が欠片もない懸念を博田は抱く。

 そうして見ていると、九九艦爆が9機、急降下に入った。一糸乱れぬというにはちょっと不足があるようにも見えたが、対空砲火の中を勇猛果敢に突っ込んでいき、高度600くらいで次々と投弾していく。


 外れ、外れ、外れ――命中。敵航空母艦の飛行甲板中央で、ドカンと爆発。

 だが戦果はそれに留まったようだ。流石に1発だけでは沈まぬだろうから、追加攻撃を仕掛けねばなるまい。そう思っていたところ、唐突に強烈な閃光が走った。


「え、ええ……ッ」


 敵航空母艦は轟然と爆発を繰り返し、あっという間に艦全体が炎上した。

 ロングアイランド級といえば排水量1万トンもない、商船構造の小型艦である。元々被弾には脆弱であった上、弾薬庫付近への命中だったからたまらない。対潜攻撃用の爆弾が次々と誘爆し、更には航空燃料に引火。あっという間に沈没が確実な、というより乗組員の脱出すらままならない状態へと陥っていく。


「ああもう、何でだよ!」


 博田は激怒した。それから胃が痛んだ。

 とはいえ自分達も何か戦果を挙げねばならない。そうして目を皿のようにして索敵し、手ごろな目標を発見した。何だかよく分からないものを中央に据えた、変テコな艦だ。だがそれなりに大きそうではある。


「よし、全機続け」


 博田の指示が飛び、艦爆隊が攻撃態勢に入っていった。

 最適位置を占めた後に高度4000から急降下し、胃袋がすっこ抜けそうな感覚を堪え、25番爆弾を投げていく。こちらは12機が殴り込み、命中したのは3発。とはいえ航空母艦撃沈の栄誉には敵いそうにない。





 予想以上の規模の空襲であったため、SP3船団は甚大なる被害を被った。

 まず護衛空母『ロングアイランド』が爆沈。続けて艦艇の復旧に欠かせぬ『起重機船1号』が大破し、今も盛んに燃えている。加えて護衛駆逐艦1隻が沈没し、その穴から殴り込んできた雷撃機が高速輸送船4隻を食らっていった。


 しかも攻撃はそれで終わりではなく、時間をおいて第二波が殴り込んできた。

 既にまともな防衛力を失っていた船団はまさしく好餌で、更に輸送船5隻とフリゲート艦1隻が喪われた。旗艦『サンディエゴ』は爆弾1発を受けるも戦闘航行とも支障はなく、猛烈なる対空砲火でもって合計4機を撃墜するなど奮戦したが、これもまた徒花にしか見えないだろう。


「何たる被害だ……」


 ターナー少将は目の前の世界がグラグラと揺らぎ、崩れていくのを感じた。

 日本の中型航空母艦2隻が北方に展開し、最近姿を晦ませたという話は聞いていたとはいえ、こんなところにまで長距離攻撃を仕掛けてくるとは全く想定外だった。やってきた索敵機がジェイク――零式水上偵察機だったため、伊号潜水艦のものだろうと誤認してしまったのも痛恨の一撃となった。


「提督、どうしたら……」


「このまま真珠湾に急ぐしかあるまい。航行能力の低下した輸送船2隻は放棄、駆逐艦に乗組員の収容に当たらせろ」


 ターナーは昨日までの怒気が嘘のような口調で命じる。

 彼はポケットをまさぐり、ウィスキーの瓶を取り出した。よく見てみたら中身は空になっていて、暫しそれを凝視してから放り投げる。床に叩きつけられて飛散したガラスの欠片は、彼の砕けた戦意と向上心のようである。


「それと提督、『ニューメキシコ』の修理が完了したそうです」


「あの糞艦長めが。真珠湾に戻ったら肥溜めに顔を突っ込ませ、名字通り真っ茶色にしてくれる」


 修理には予定の倍の時間がかかった。本当に役立たずという他ない。

 だがその烙印を押されるのは、他でもない自分だろうとターナーは察する。査問委員会が開かれ、あれこれ不手際を責められた後、予備役編入ということになるだろう。海軍軍人としての人生は閉じ、名誉は地に墜ちるのだ。


 だが――自分の不手際というのは何だろうかとターナーは訝る。

 空母機動部隊による空襲という警報は受けていなかった。『ニューメキシコ』被雷も確率論的問題だろう。本来ならば艦隊型の航空母艦に間接護衛をさせるか、それが無理なら護衛空母をもっと寄越すべきではなかったか。


 分からない。さっぱり分からないから、今はとにもかくにも酒が欲しい。

明日も18時頃に更新します。


SP3船団への攻撃に成功するも……相変わらず『天鷹』は思った通りの戦果を挙げられません。

ちなみに連合国の船団の命名についてはこのページを参考にしました。

https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_Allied_convoy_codes_during_World_War_II

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― 新着の感想 ―
[一言] 『天鷹』は、的確に嫌なとこだけ潰してくな。味方には、全くと言って良いくらいに評価されないけど。
[気になる点] 三座水偵と晴嵐を間違ったという認識ですかね? 違ってたらすみません。
[一言] アクタン・ゼロを鹵獲できなかったので、「Zeke(零戦)に後ろに付かれたら急降下すべし」という零戦攻略法を米軍はまだ確立できていないということですかね?
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