北東太平洋の一攫千金①
ウナラスカ島:ダッチハーバー基地
北太平洋の要衝として整備されたダッチハーバー基地には、現在は日章旗が翻っている。
正直なところ高谷大佐には、それが面白くなかった。祖国の勝利に苦痛を感じる精神病質であるからではない。上陸作戦は簡単に行き過ぎ、しかもまともな戦果が得られなかったという事実が、愉快ならざる感情を惹起していたのである。アラスカはアンカレッジに巡洋艦部隊がいたはずだが、それらは突撃ではなく遁走を選んでしまったらしい。
一方でミッドウェー作戦は、こちらとは対照的な大海戦になったようだ。
航空母艦6隻を投じた乾坤一擲の大決戦である。初日の航空戦で聯合艦隊は『龍驤』を喪失し、一航戦の2隻が揃って炎上することとなったが、それと引き換えに米太平洋艦隊主力たる『ホーネット』を撃沈、残りの2隻も撃破するという大戦果を挙げた。更には損傷のため8ノットまで最高速力の低下した『サラトガ』を巡って水上艦隊同士が激突、最新鋭戦艦『ノースカロライナ』を含む十数隻を海底に叩き込むことに成功したのである。
なおその後、撤退中の『加賀』がウェーク島沖で米潜水艦に雷撃され、結局自沈処分する破目にもなりはしたのだが……米太平洋艦隊は壊滅状態であるから、まあ勝利と言っても過言ではないだろう。
「とするともう、本当に碌な獲物が残っておらんな」
遥か北の海で釣り糸を垂れながら、高谷大佐は愚痴をこぼす。
それから米主力艦目録に目を通してみる。古強者のレキシントン級は姉妹ともども海の藻屑、ヨークタウン級も這う這うの体で離脱したものが1隻残っているのみで、こいつは半年は復帰できないだろう。『レンジャー』と『ワスプ』は大西洋におるようだし、他には真珠湾で大損害を被った標準戦艦群がどうにか復旧し始めたという程度である。
確かに戦艦が出てくるというのなら腕は鳴る。戦艦は簡単に沈まないから、その分やりがいがある。
だが何処だかの戦略分析によると、それらはハワイと西海岸の防衛で手一杯であるとのこと。更には戦艦『テキサス』が大西洋上でUボートに撃沈されただの、海軍休日時代に名を馳せた英国の『ロドネー』がスツーカの爆撃を食らって手痛い損害を被っただの、連合国の艦隊戦力も相当にカツカツなようであった。
無論、戦争が継続されるならば、来年から米新鋭艦が続々登場する。戦艦と空母を10隻ずつ建造する驚くべきビンソン計画だ。だがそれを踏まえても、太平洋方面での反攻は当面あり得ないと見られているのだ。
「このままでは本当に戦が終わってしまうかもしれん。せっかく空母の艦長に任じられたというのに、沈めたのが駆逐艦と哨戒艦だけとあっては末代までの恥だ」
「艦長、そこなんですがね」
随分遅刻して釣り糸を垂らしにやってきた航海長の鳴門少佐が呟く。
「どうもその戦艦を、こちらから沈めにいこうって話になるかもしれんそうですよ」
「メイロ、それは本当か!?」
高谷は思い切り身を乗り出し、鳴門はギョッとした。
それだけではない。鳴門の首筋に取り付いていたパプ助が仰天し、キーキーと鳴いて威嚇してくる。ポートモレスビーで捕まえたこのチビッこい猿は、何かと人にチョッカイを出す困り者で、実際指を噛まれた。南方の熱帯雨林に分布する生き物であるから、唐突に北国に連れてこられて苛立っているのかもしれない。
「ええい、離さんかエテ公」
「ほら、パプ助。だめ。だめ」
鳴門がどうにか落ち着かせ、チビ猿は指に噛み付くのを止める。
やれやれ今日は厄日だ。そんなことを思いつつ、高谷は話の続きを促した。
「まずですね、上手いこと油槽船の都合がついたそうなんですよ。『足柄』がインド洋でとっ捕まえた分があるお陰で、何隻かこちらに回す余裕が出たんだとか」
「借り物競争みたいになってるな。我が国は一等国なんだ、全部自前で作りゃいいのに」
「どうも鋼材が足らんらしいんですよ。支那事変が勃発して以来、陸軍とも奪い合いになっとりますし。加えてその方が安上がりだからと財閥は屑鉄を溶かす炉ばかり作ってまして、これがまた屑鉄の供給が止まってパァ」
「何とな。全く財閥の守銭奴どもめ、この一大事にタコなことをするとは、国家百年の大計を何と心得ておる」
高谷はまず憤ったが、自分は百日先も考えてないと思い返し、
「……まあ俺も心得とらんか。それは頭のいい奴の仕事だしな」
「ははは。ともかくもそんな訳で、ここダッチハーバーを拠点に長距離作戦をやるという案が浮上しております。主にアンカレッジとシアトルを結ぶ線と、ハワイとサンフランシスコを結ぶ線、このど真ん中辺りにうちのフネと『隼鷹』を展開させ、航路を脅かしてしまおうという腹みたいです。元が客船だけあって燃費はいいですしね」
「メイロな、いったいその何処に戦艦が出てくる要素があるのだ?」
「最近の米海軍は船団護衛に戦艦を付け始めとるようですよ。あと特設空母も。輸送船と一緒にそれらを沈めてしまえばまあ、手柄と言い張れるんじゃないでしょうかね」
「素晴らしい、早速検討に入るとしよう。メイロ、釣りなんてしてる場合じゃなくなったぞ!」
釣り具と例によって海水しか入っていないバケツを放り出し、高谷は仮設司令部へと駆けていく。
とはいえ細萱中将にあれこれ聞こうにも、腹を壊して寝込んでしまったと聞かされた。いったいこんな時にどうしてと訝しんでいると、周囲からやたらと白い目で見られたが、まあ何時ものことだと気にも留めなかった。
細萱中将が体調を崩してしまった原因は、誰もが察する通りであろう。
一応は軍艦であるのだから、流石にそんなに酷いはずがない。部下想いの中将は昨晩、わざわざ『天鷹』にやってきて、著しく評判の悪い佐官達と夕餉を共にした。それに甚く感激した烹炊長が、米軍の冷蔵庫に仕舞われていたネブラスカ産の上質な牛肉を丹念に調理して出したのだが、実のところこれが駄目になっていた肉だった。上陸戦闘と占領の混乱で、冷蔵庫の電源が落ちていた時間帯があったのである。
なお『天鷹』乗組の者達には一切被害はなかった。普段から滅茶苦茶な食生活をしているからに違いない。
明日も18時頃に更新します。ミッドウェー海戦がいきなり終わってて申し訳ございません。
ちなみにタイトルの元ネタは人気ドキュメンタリー番組の『ベーリング海の一攫千金』です。




