猛烈横着MO攻略⑨
パプア湾:ポートモレスビー沖
「ははは。圧倒的ではありませんか、我が軍は」
航空母艦『天鷹』の艦橋にて視察中の大本営参謀は、何時になく上機嫌であった。
それも当然であろう。傷付きながらも砲戦力を維持した戦艦『扶桑』および第六戦隊の重巡洋艦3隻が、艦砲射撃によって連合国軍の水際陣地を打ち砕き、堡塁を叩き潰しているのだから。『天鷹』も15.2㎝砲を撃ってはいるが、これに比べれば豆鉄砲である。厄介な飛行場は既に月面みたいになっていて、上空は零戦がしっかりと守っていて爆撃機を寄せ付けない。南太平洋における一大立体作戦は、大変に円滑に進んでいた。
なお気分が良いのは高谷大佐も同じである。
大した戦果の得られなかった作戦が終わろうとしているからだ。更に言うならば甚だ面倒な大本営参謀が、ようやくのこと航空母艦『天鷹』を降りることとなるからだ。かの天然危険物は放っておくと信者を増殖させ、艦を乗っ取りかねない気配を充満させているので、正直なところ近くにいてほしくない。同じ空気を吸っているだけで、頭がどうにかなりそうである。
「敵兵は陣地を捨てて逃げておるようですな。脆弱、脆弱」
「あの辺りに展開しておるのは、豪州の植民地旅団とのこと。元より練度の高い将兵ではないだろうから、弾撃つ響きに肝を冷やすのも無理はあるまい」
「大佐殿はどうやら、大器晩成の傑物であるようですな」
大本営参謀が真剣な口調で讃じ、
「友軍優位の戦局であっても、決して驕るところがない。普段はふざけておられるようなところもありますが、いざという時には泰然自若の構えを崩されない。いやはやまことに恐れ入りました」
「そうかね……」
高谷はあからさまに怪訝な顔をした。お前は何を言っているのだ。
だがそんな内心など露も分からぬ大本営参謀は、いったい何をどう勘違いしたのか、なおも讃辞を機関銃の如く述べまくる。隠れたる名指揮官で揚陸戦の達人であるとか、大本営にその人ありと伝えねばならぬとかいった具合で、追従ではなく本心のようだからまことに始末に負えない。
(頼むから、余計なことに巻き込まんでくれ)
適当に受け答えつつ、高谷は一心不乱にそう願う。
だが期待薄なのが嫌でも実感できた。あれこれ訂正しようにも、眼前にあるのは自分の世界に浸ってしまっている人物。頭がフシアナさんであるから、何を言っても謙遜としか受け取ってくれないのだ。
「艦長、旗艦『夕張』より発光信号。上陸作戦準備」
「よし、艦尾扉開け」
助け舟到来とばかりに、高谷は声を大にして命じた。
どちらかというと舟を出す側であるが、細かい事を気にしても仕方がない。重要なのは陸軍部隊がポートモレスビーの浜辺に大発動艇で向かうことと、前線が好きでたまらぬらしい大本営参謀が居ても立ってもいられなくなったことだ。
「では、自分も行って参ります」
「なるほど、率先垂範ということですな。武運長久を祈ります」
「ええ、常にそれを心掛けておりますので。また何処かでお目にかかりましょうぞ」
意気溢れる惜別の言葉とともに、大本営参謀は辞していく。
できればもう二度とお目にかかりたくなどないと言わんばかりに、しかし周囲の兵に悟られたりせぬように、高谷はこっそりと嘆息する。戦果は挙がらず、面倒にばかり巻き込まれそうである。もう後は野となれ山となれ。自棄を微かに滲ませながら、副長の陸奥中佐と以心伝心する。
それから間もなく、ポートモレスビー上陸作戦は決行された。
歩兵小隊や各種車両を載せた大発動艇が、『天鷹』の艦尾扉から次々と滑り出す。他の輸送船に関しても同様だ。艦砲射撃や機銃掃射の援護の下、何十という大発動艇は進んでいく。未だ生き残っていた火砲や機関銃が時折火を吹き、水柱を上げたり海面を赤く染めたりしたが、水上突撃が止まるなどあり得ない。
大発動艇が浜へと取り付くや、小隊長の号令の下、銃剣をぎらつかせた兵が駆け降りる。
海岸線の花と散った者も大勢出た。だが勇猛果敢で知られる南海支隊の益荒男達は、戦友の亡骸を踏み越えて突撃する。恐るべき機銃陣地を擲弾筒でもって破り、臆することなく白兵戦を演じ、オーストラリア陸軍の残存部隊を追い散らしていく。橋頭保は徐々に拡大していった。
「おやおや、さっきの大本営参謀ドノかな?」
誰かがそんなことを呟いた。
見てみれば上陸第二波の大発動艇群の中に、軍刀を振り翳しておる者の姿があった。機関銃や機関砲の射程まではまだ距離があるから、将兵の士気を高めるための演武なのだろう。
「何かを叫んでおられるようです」
「皇国の興廃この一戦に在り各員一層奮励努力せよ、とかですかね?」
「陸サンだからそこは違うだろう。この場合は……えっ?」
適当なことを言い合っていたら、大本営参謀の首から上が消えていた。
付近には大きな水柱。波に揺られた大発動艇から、神経による制御を失った肉体が転げ、煌く軍刀と一緒に海へと落ちる。最後っ屁で放たれた対戦車砲弾か何かが、とんでもなく低い確率を乗り越え、彼の頭部にだけ命中してしまったのだ。
「待て、どういうことだ!?」
「な、何故なんだ……」
予想だにしなかった現実に、高谷を含めた誰もが当惑する。
殺しても死にそうにないと感じられた者もまた、呆気なく戦死してしまうこともある。逆にすぐくたばりそうな真似ばかりする兵隊だけが、何故か生き残ってしまうということもある。戦争とはかようなものなのだろうが、そうした前提をもってしても、信じ難い現象とは起こるものなのだ。
確かに二度とお目にかかりたくはないとは思ったものだが――ほんの僅かであれ安堵を覚えてしまったことに、高谷は猛烈なる罪悪感を抱く。
ともかくも大本営参謀は前線視察の最中、敵弾に斃れるという壮絶なる最期を遂げた。
ポートモレスビー陥落や米機動部隊撃滅の発表とともに、その偉大なる死は大々的に報じられた。日本国民の大半が二階級特進で少将となった彼を惜しみ、さる著述家は「MO作戦どころか大東亜戦争における最大の損失」とすら評し、日露戦役の英雄たる広瀬中佐よろしく歌まで作られるほどだった。
「こう言うと少々語弊があるかもしれないが、よい死に方だったのではないか」
後年、海軍を退役した高谷はそう述懐する。
誰からも惜しまれる死に方というのは、なかなかできるものではない。将来を嘱望された優秀なる佐官が、どうしようもない愚将と呼ばれるような失敗をしてしまう例もあるし、表面的な評価だけでは見えてこない部分が誰にでもあったりするものなのだから。
明日も18時頃に更新します。MO作戦はこれにて終了、次はいったい何処でしょうか?
ところで軍神が爆誕してしまいました。ご都合主義で申し訳ございません。




