猛烈横着MO攻略⑧
珊瑚海:モレスビー島沖
「いいぞ、やっちまえ違法建築戦艦!」
殿を務める戦艦『扶桑』に、高谷大佐はありったけの声援を送っていた。
随分な渾名を付けたものではあるが、彼女がそんなものを気にかけるはずもない。ただ12門を数える主砲を咆哮させ、14インチ砲弾のつるべ打ちを敵重巡洋艦に見舞い、脱落させていくばかりである。
見てみれば敵一番艦は既に大破炎上し、二番艦も損害を被り始めていた。
当然反撃もなされてはいたが、自身が備えるのと同級の砲に対する抗堪性を求められるのが戦艦に違いない。曲がりなりにも戦艦である『扶桑』は、雨霰と浴びせかけられる8インチ砲弾に怯むことなく、貪欲に戦果を追い求めていく。十数度目の斉射がなされた数十秒後、照準を合わせられていたニューオリンズ級重巡洋艦に火の手が上がり、瞬く間に大爆発した。
「おおッ、轟沈だ!」
「弾薬庫が吹き飛んだろう!」
敵二番艦は真っ二つになって沈み、水兵達が挙って喝采する。
「いやはや、年増女の色気という奴ですな」
そんな無茶苦茶な台詞はといえば、例によって副長の陸奥中佐のものだった。
違法建築呼ばわりする方に言えた義理かとも思われるが、高谷は困った笑顔を浮かべたりする。
「ムッツリな、流石にどうかと思うぞ?」
「いいではありませんか。『扶桑』の船霊様はきっと美人ですし、実際惚れ惚れするような活躍です」
「ふん、まあいいか。あんまり外でそういうこと言い触らすなよ」
高谷は呆れ果てた面持ちで溜息をつく。全く暢気なものである。
とはいえそんな調子でいられるのも、航空母艦『天鷹』が何とか離脱できているのも、『扶桑』の獅子奮迅あってこそに違いない。次々と被弾しながらも戦闘力を一切失っていない彼女は、迅速に敵三番艦に狙いを定め、矢継ぎ早に14インチ砲弾を送り込む。度重なる改装と老朽化で練度が落ち気味とは言われるが、最古参の意地を見せているといった具合だ。
「まあでも、間に合ってくれて助かりましたね」
「それは本当にな」
突然の敵襲を知らされた直後の恐慌ぶりを思い出しつつ、高谷は肯く。
元々ポートモレスビー攻略部隊の旗艦であった『扶桑』だが、ラバウルを出た直後に機関の不調だか故障だかに襲われ、早々に脱落してしまっていたのだ。そのうち直るだろうと捨て置かれた彼女は、えらく復旧に時間を要してしまい、珊瑚海海戦の最中に存在を半ば忘れ去られてしまっていたのである。
「実を言うなら、最初からちゃんと随伴していて欲しかったところだが」
「とするとあの米艦隊も襲ってこなかったかもしれません。ある意味、到着の遅れが奏功した面もあるかと」
「一歩間違えれば大惨事、できればもう勘弁してもらいたいもんだが……確かにこれは面白いことになってきてはいるよな」
高谷はそう言いながら、激烈なる砲戦の繰り広げられている辺りを眺める。
予想に反して戦艦と対峙することとなった敵艦隊は、三番艦までもが沈黙するに至り、遂に撤退を決意したようだった。とはいえそれもまた至難の業。『扶桑』と協同して事に当たっていた第六戦隊や第六水雷戦隊が次々と必殺の酸素魚雷を放ったようで、転舵を繰り返しつつ遁走しつつあった2隻が被雷。片方が一気に横転し、もう1隻も速度を大きく落とす。
「南太平洋にあった米海軍の空母に加えて、使い勝手のいい高速水上艦までもが、これで激減してしまう訳だろう? とするとその穴を埋めるために送られてくるのは……ううん、どうなりそうだ?」
「艦長もたまには真面目なこと考えられるんですね」
「手柄を立てるには、事前の情報収集と分析が大事だと思ったのだ。と、攻撃隊の準備はまだか? 一応、艦攻が4機はあるんだ。爆弾しか積めないからでかいのは無理だが、せめてちっこいの1隻くらいは沈めておきたい」
果せるかな、その通りとなった。
鉄火場から十分に距離を取った『天鷹』は爆装した零戦と九七艦攻を4機ずつ発進させ、敗走中の敵艦隊を襲撃。駆逐艦1隻を撃沈するという快挙を成し遂げたのである。
オアフ島:太平洋艦隊司令部
米海軍が戦艦『扶桑』の存在を把握しておきながら、全く無警戒だった理由。その大本はといえば、陸軍航空隊の戦果誤認にあると言えるだろう。
とはいえ多重的な索敵が実施される中で、『扶桑』は喪失もしくは被弾し後退したと判断したのは、第17任務部隊指揮官のフレッチャー少将に他ならなかった。恐らく彼は傷が癒え次第、査問委員会にかけられ、予備役編入ということになるだろう。真珠湾攻撃の引責で解任されたキンメル少将を見れば分かる通り、アメリカ合衆国は敗者に厳しい国なのである。
もっとも責任問題は当然、現場指揮官の首だけで解決するものではない。
故にオアフ島の太平洋艦隊司令部とシドニーの南西太平洋地域連合国軍司令部の間で、長距離無線を用いた激論が交わされていた。話者が誰と誰であるかは言うまでもないだろう。訴訟件数と弁護士の登録人数を見れば分かる通り、アメリカ合衆国は論戦の敗者にも厳しい国なのである。
「マッカーサー大将、事前の打ち合わせでは、まず索敵に専念させるという話だったではありませんか」
苛立たしげに文句を言うのは、太平洋艦隊を率いるチェスター・ニミッツ大将。
「それをどうして、空母と聞いた瞬間に飛びついてしまわれたのか。お陰で我が艦隊は期待していた支援が受けられず、苦杯を舐める結果となったのですぞ」
「1隻も空母を沈められなかったからって僻まれても困りますな」
マッカーサーが事もなげに返し、
「我等が航空隊は少なくとも1隻を撃沈した。この戦争で後々効いてくるでしょう。それと艦隊の支援と言いますがね、遠くハワイからニューギニア沖の戦いの指揮をしようとするからですよ。私がやっていれば、こうはならなかったに違いない」
「貴官は陸軍大将でしょう、海軍のことが分かりますか?」
「無論、分かりませんな。だが人を使う術は十分心得ている。海軍中将を1人送り込んでいただければ、存分に使って見せましょう。特に我が方面の連合国軍は米本土との連絡線途絶、オーストラリアへの着上陸といった脅威に対処せねばならん訳ですから、歴戦の指揮官は誰でも大歓迎。実のところ貴官でも問題ありませんので、願い出られては如何ですかな?」
「何だとぉ……!?」
ニミッツの頭に血が上り、脳溢血すら起こしそうになる。
それでも冷静沈着を第一とする彼は、何とか憤怒を抑えた。ルーズベルト大統領より太平洋艦隊司令長官の任を与えられたのは、調整能力を買われてのことと自分に言い聞かせる。それから上手い事話題を変え、自画自賛をしないと死んでしまう病気のマッカーサーと最低限の事務連絡を行い、腹立たしい限りの通話を終えた。
「あの糞コーンパイプ野郎!」
あまり誰も聞いていないところで、ニミッツもまた激情を吐き捨てた。
そうして多少精神を落ち着かせた後、今後の敵の出方について考え始める。ポートモレスビー陥落はもはや避けようがなく、暗号解読班の見解では、日本海軍は来月もしくは再来月に中部太平洋方面での攻勢を発起するという。一方でアリューシャン方面への侵攻という可能性もあるというから、全くもって読み難い。
しかも防戦に用いることのできる兵力は、これまた心許ない限りである。
健在な航空母艦は『ホーネット』と『エンタープライズ』だけで、今月下旬に『サラトガ』が復帰するかといったところ。大西洋艦隊から『ワスプ』や『レンジャー』を回してもらうことも考えられるが、東洋艦隊をほぼ喪失した英国の支援もあるから、何処までできるか分からない。ついでに昨日の戦闘で重巡洋艦5隻が沈没したこともあり、護衛艦艇もまた不足というあり様である。
無論のこと来年にもなれば、続々と新型艦が到着するはずだが――それまでにオーストラリアが脱落したり有権者が戦争継続を否定し出したりしたならば、何もかも無駄になってしまう。
「全く、どうしたものか……」
ブラックのコーヒーをグビグビと飲みながら、ニミッツは頭を悩ませる。
まるで出口の見えぬ戦いは、まだまだ長引きそうな雰囲気で、とにもかくにも憂鬱だった。
明日も18時頃に更新します。
『天鷹』や『扶桑』がうろついていたお陰か、珊瑚海海戦の戦果が狂ってきます。ニミッツ大将の胃には大きな穴が開いてしまいそう。




