猛烈横着MO攻略⑦
珊瑚海:モレスビー島沖
世界史で初めて艦隊同士が視界外で殴り合った珊瑚海海戦については、わざわざ記すべくもないだろう。
端的に言えば双方とも大きな損害を負いつつ、聯合艦隊が何とか勝利したという結末だ。『翔鶴』が爆弾4発を食らい、被弾機に体当たりされて大破炎上したのと引き換えに、米海軍が誇る『レキシントン』を撃沈することに成功したのだ。爆弾と魚雷を1発ずつ受けた『ヨークタウン』もまた、何とかトンガ諸島への後退を試みはしたものの、その途中で喪われてしまった。初日は会敵に失敗した陸攻隊の凄まじい執念が、長距離雷撃を成功に導いたのである。
もっとも日本側も損害は甚大だ。第五航空戦隊は艦載機の半分以上を消耗。真っ先に叩かれた『祥鳳』も、曳航中を米陸軍航空隊に狙われ、ラバウルの目の前で座礁・横転するに至っている。
とはいえポートモレスビー攻略作戦の意志は、決して潰えたりはしなかった。
実のところは、危うかったとも言われている。第四艦隊司令長官たる井上中将といえば、その知性を褒められこそすれ、戦上手という文脈で語られることの少ない人物だ。『祥鳳』が大破炎上したとの報を耳にするや真っ青になり、あからさまに動揺していたと伝えられている彼は、作戦中に何度も撤退を臭わせる発言をしていたという。
それでも弱気が勝らなかったのは、珊瑚海方面にあった米航空母艦を一掃することに成功し、更には『瑞鶴』と『天鷹』が無傷であったからだろう。
「ということで、まあ何とか上手くやったということか」
高谷大佐は相変わらず暢気な口調で放言した。
無事切り抜けられたことは喜ばしいが、実のところさっさと帰投したくて仕方がない。ほぼ戦闘機しか積んでいなかったから、手柄といえば艦載機を何十機か撃墜したくらい。後は上陸支援くらいしか残っていないから、退屈なこと極まりない。
それに居候の陸軍部隊といえば、これまた妙なことになっている。
どうも件の大本営参謀が、やたらと人を集めて演説をぶちまくっているのだ。厄介極まりないことに、他所から後ろ指を指されることにかけては天下一品の『天鷹』乗組員までもが、それに聞き入ってしまったりしている。何故こんな時だけ得意の暴力沙汰を起こしてくれないのか、全くもって分からない。
「全く、早いところ片付けてしまいたいな」
「まあ艦長、50機撃墜といったら大したものでしょう」
そんなことを言うのは、戦闘機隊の打井少佐。
例によって肩には育ちの悪いオウムが止まっていて、英語でアジア人種への罵詈雑言を吐きまくっている。
「五航戦が戦果を挙げられたのは、我々が緒戦で艦載機を撃墜しまくったからに違いありません。つまり敵空母撃沈は我々の戦果でもあるってことです。堂々とそう主張すりゃいいじゃないですか」
「簡単に言ってくれるよなァ。まあダツオは敵機を落とせて大満足なんだろうが」
「そりゃ満足ですがね。艦長、フットボールという競技はご存知ですか?」
「ダツオな、海軍大佐でそんなん知らん奴がいると思うか?」
「だったらお分かりのはずです。ゴールを決める奴も大事ですが、そいつに上手くボールを回す奴も大事だってことです。『天鷹』は間違いなく後者ではあるんですから、不貞腐れるべきじゃないでしょう」
「フムン、日本でフットボールがもっと人気だったらいいんだろうかな」
幾分馬耳東風に応じつつも、高谷は少しばかり気分を良くした。
フットボールは11人の息を合わせる競技であるし、確かに打井の言うことは正しそうだ。珊瑚海の戦いは何処をどの艦隊が動いているのか、敵味方ともえらく複雑でこんがらがりそうだが、一応の連携があったからこそ勝てたのも事実だろう。
(そういえば……敵は尻尾を巻いて逃げたんだったか?)
高谷は唐突にそんなことを思い、首を傾げてみる。
航空母艦は全て沈めたというから、我が方の勝利には間違いない。だがそこで引き下がらぬ者だっているかもしれない。どうにも妙な胸騒ぎがし、何故かはさっぱり分からぬが、そういうものほどよく当たるものである。
「南東60海里に重巡洋艦7、軽巡洋艦1、駆逐艦4。急速接近中!」
程なく索敵機から驚くべき情報が齎され、艦隊の誰もが仰天した。
「おお、ここで会ったが100年目という奴だ」
水平線上に敵艦を捉えるや否や、トーマス・キンケイド海軍少将は肉食獣の如く眼をぎらつかせた。
航空母艦2隻を喪失した米海軍の敗勢は、もはや覆りようがない。しかしポートモレスビー上陸を阻止し、幾許かの時間を稼ぎ、よりマシな状況とすることは可能であろう。負傷し後送されたフレッチャー少将に代わって指揮を執った彼は、そのために貴重な海軍戦力をすり潰すことを是とした。大勢の将兵の顏という顔が浮かんだが、それでも是とした。
悲壮なる覚悟を固めた上での判断は、ニューギニア東端沖で砲雷戦に持ち込み、揚陸部隊を撃滅するというものだった。
ポートモレスビー上陸作戦を継続する場合、この海域を通らざるを得ない。撤退に見せかけた韜晦戦術をひとまず取り、水上打撃戦力を集合させ、機を見て突入する。航空母艦同士の戦闘に競り勝った日本海軍にしても、大幅にその戦力を摺り減らしていると予想されたし、実際索敵すら疎かになっていたほどだったから、隙を突けると踏んだのだ。
そしてキンケイドは賭けに勝った。敵水上機に発見されるや否や全速力で飛ばした米豪合同の水上打撃部隊は、見事目標の一端を捉えるに至った。
「ははは、泡食ってるようですな」
参謀長が不敵に笑い、
「まさかこんな形で襲われるとは、夢にも思っていなかったのでしょう」
「だろうな。そして砲雷戦ではこちらの勝ちだ」
拳をバキバキと鳴らしながら、キンケイドは間もなく始まるであろう戦闘の様相を思い描く。
彼の指揮下にある重巡洋艦は、旗艦『ミネアポリス』以下7隻。一方で日本海軍のそれは4隻で、すごぶる有利な状況だった。しかも鈍足の船団を伴っているから、逃げようにも逃げられない。とすればほぼ2対1の砲戦でもって圧倒し、しかる後に無防備も同然な輸送船を沈めて回るだけである。
「おっと、例の食中毒空母も混ざっているようで」
水上見張り員からの報告に、参謀長が喜色を浮かべ、
「あれは最高速度が25ノットのはずです」
「うむ、我等から逃れられはせん。見事海の藻屑に変えてやろう」
キンケイドは高らかに笑い、それから水平線を凝視した。
船団の撤退を援護すべき敵重巡洋艦との距離が徐々に詰まり、もうそろそろ砲戦開始かと胸を弾ませる。艦影からして敵は8インチ砲6門の旧式艦ばかりであるから、砲門数では倍以上の開きがあるではないかとほくそ笑む。
「さあ、しっぺ返しの時間だ」
「十一字方向に新たな敵艦!」
戦意に水を差すような報告を受けた時、キンケイドは動揺したりしなかった。
海図に示されている通り、その方角にはノーマンビューなる島が存在する。その影に隠れていた軽巡洋艦か何かが、殴り込みでもかけてきたのだろうと思ったからだ。
だがその詳細が伝わるや、顔中に浮かんでいた自信が一気に褪せた。
新たに現れた敵艦というのが、前衛芸術的に過ぎる艦橋が特徴的な、排水量3万トンの戦艦だと分かったためだった。
「馬鹿な……爆撃で沈んだはずじゃなかったのか!?」
愕然たる声に応じるかのように、敵戦艦は轟然と発砲した。
それから数十秒の後、『ミネアポリス』近傍に色付きの水中が立ち上る。それらは至近弾にもならなかったが、キンケイドが描いた勝利の絵をビリビリに破くには十分だった。
明日も18時頃に更新します。
米豪の重巡7隻と、名状し難い艦橋の戦艦のエントリーしてきました。珊瑚海海戦、米重巡の隻数が結構多いですよね。




