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猛烈横着MO攻略⑥

珊瑚海:ルイジアード諸島沖



「ええい畜生、どういうことなのだこれは……!」


 フレッチャー少将はまたもや怒り心頭に発していた。

 敵航空母艦は小型のそれが1隻だけかと思いきや、何時の間にかもう1隻が紛れ込んでいた。あるいはこちらが見逃していただけなのかもしれないが、そいつが迎撃機を次々と繰り出すものだから、航空隊に結構な被害が出てしまった。いったい何処の基地からだというのか、日本陸軍の飛行隊まで増援に現れたという。未帰還は1ダース半ほどで済んだとはいえ、ボロボロになって還ってきた機も同じくらい多かったのだ。

 無論、被弾機の修理は急がせる。それでも戦列から退場を余儀なくされる機数は、30を下回りはしないだろう。


 しかも満を持しての攻撃のはずが、零戦に隊伍を乱されたりしたため、五月雨式になってしまった。

 ヤンキー魂の発露と言うべきか、攻撃隊は『祥鳳』に爆弾5発、魚雷3発を命中させ、撃沈確実との報告は届いている。日本海軍の航空母艦を初めて撃沈した訳であるから、多少留飲は下がる気もするが、それでも今後の戦闘が心許ない。分離した油槽船『ネオショー』が滅茶苦茶に攻撃されて沈んだことからも分かる通り、敵機動部隊は近海を遊弋中だ。


「それにしても……」


 フレッチャーは歯噛みし、パイプを吹かして何とか精神を落ち着けた。

 いったいどういう訳なのか、件の食中毒客船改装の航空母艦が、何時も厄介なところに居座っている。しかも英海軍の新鋭艦を鹵獲したりアッズ環礁の秘密基地に殴り込んだりした挙句、今日は艦載機を散々に叩いてくれた。全連合国軍にとっての疫病神としか言いようがない。


「その、少将……」


「何だ、第二次攻撃隊は出せそうか?」


 意気消沈気味に声をかけてきた参謀長に、フレッチャーは苛立たしげに応じる。


「ここはあの忌々しい食中毒空母をさっさと沈めてしまうが吉ではないかね?」


「それなのですが、現状では半数を戦闘機とした40機程度を出すのが限界です。戦力の回復を待つ場合、もう暫く時間をいただかなければなりません。しかも例の空母は輸送船団を伴っておりましたから、直掩機を多く積んでいたものと見られます。ここで攻撃を強行する場合、敵機動部隊との交戦が困難となることも考えられるかと」


「ううむ、そうなるか」


 フレッチャーは重々しく唸り、あれこれと頭を捻っていく。

 敵機動部隊とは未だお互いを射程に捉えているという訳ではないようだから、今日のうちに『天鷹』を沈め、明日に『翔鶴』と『瑞鶴』を沈めるという芸当もできるかもしれない。だがあくまでそれは理想論。参謀長の言う通り、ここで航空戦力を消耗してしまっては、以後の戦闘で大幅に不利ともなる。


 あるいはここで輸送船団を最優先目標とし、損耗を厭わず攻撃を遂行、上陸作戦そのものを破綻に追い込むべきだろうか。

 実のところ、これもまた難しい。敵の航空母艦が健在であれば、ニューギニア周辺の制海権は失われるだろう。上陸部隊が再編成され、二度目のポートモレスビー侵攻が発起された時、対抗し得る戦力がないということもあり得る。


「ここが思案のしどころだ」


 双肩にかかる責任に苛まれ、思わずそんな言葉を漏らす。

 艦隊の何千という将兵ばかりではない。南西太平洋地域の何十万という将兵、あるいは連合国の何百何千万という有権者の命運が、自分に委ねられている。それを実感するや、胃がキリキリと痛む。


「少将、どうなさいますか?」


「ここは敵機動部隊との戦いを優先しよう。こちらをまず撃退し、それから輸送船団を叩く。仮に上陸が始まってしまったとしても、我が方の正規空母が生き残っておれば、撤退に追い込むことは容易だろう」


 フレッチャーはそう決断し、不敵に笑ってみせた。

 何時の間にか気は楽になっていた。正解かどうかは霧の中であるにしろ、やると決めてしまった以上、全身全霊で事に当たる以外なくなったからだ。





珊瑚海:レンネル島西方沖



 航空母艦だと思ったものが単なる油槽船だったとの報に、第五航空戦隊の原忠一少将も苛立った。

 しかも既に100機近い攻撃隊がMO攻略部隊を襲い、航空母艦『祥鳳』を大破・航行不能に追い込んでしまっている。彼女に関しては曳航か雷撃処分かが議論されているようではあるが、開戦以来の大被害には違いないから、何とも重苦しい雰囲気が旗艦『瑞鶴』を包み込んでいた。

 ついでに敵機動部隊に関する情報が錯綜していて、その推定位置算出に皆が頭を悩ませもした。


 だが原はここで深く息を吸い込み、暫し胸中に溜めた後、ゆっくりと吐き出した。

 柔道であれ茶道であれ戦であれ、何事も呼吸が乱れたら負けなのだ。確かに損害が出たのは事実としても、『翔鶴』も『瑞鶴』も未だ健在。むしろ真珠湾攻撃からつい先刻まで大した喪失艦もなくやってこれたのが奇跡であって、その程度で狼狽えているようでは、今後予想される米軍反攻に太刀打ちできなくなる。


「我が軍は未だ十分な戦力を保っている」


 狼狽する者達に喝を入れるべく、原は厳かな口調で宣う。


「対して米機動部隊は、先の戦闘で消耗した。そうだな?」


「はい。50機を撃墜破とのことです」


「あの盆暗空母のことだ、実際は半分くらいだろうな」


 それは特に根拠あってのものではないが、概ね実態にあった推測だった。

 原は改めて思案する。今後予想されるのは、世界史上初となる航空母艦同士の果し合い。それぞれ2対2で、がっぷり四つに組んでの戦なら、この差が間違いなく効いてくる。


 それから原は空を一瞥。太陽の陰り具合を考慮する。

 参謀長と航空参謀の間で、意見の相違があることを思い出した。索敵の状況などからして、今日のうちに攻撃隊を放つ場合、薄暮攻撃となって帰還が夜となる公算が高いという。それでもやるべきか否かという議論であって、護衛の付け難さや熟練搭乗員を一挙に失う可能性などから、積極論と慎重論がぶつかっている。


「ここは拙攻に走らず、明日にじっくり腰を据えて敵を討つのがよさそうだ」


「しかし今日のうちに飛行甲板を叩ければ、より優位となるかもしれません」


「参謀長、そうは言うがな、護衛なしはやはり拙い。特に敵は直掩機を上げられるとなるとな」


「なるほど……了解いたしました」


 決定は下されたのだ、参謀長もそれ以上の異論は挟まない。

 そうして次第に陽は暮れていき、時折敵機動部隊発見の報はあるものの、攻撃隊が発信することはなかった。元気の良すぎる艦攻乗りの一団が、直談判にやってくることもあったが、一部物理を伴う説得によって彼等もまた引き下がる。





ソロモン海:トロブリアンド諸島沖



「何だか寂しくなってきちまったよ」


 残照が微かに残る頃。航空母艦『天鷹』医務室にて、鋒山中尉は弱々しい声を漏らす。

 米艦載機を迎え撃った零戦隊や陸軍飛行隊は赫々たる戦果を挙げたが、それでも犠牲は少なくない。未帰還が4機あり、彼のように重傷を負った者もあった。艦爆を見事撃墜した直後、防御機銃の集中射撃を食らったのだ。何とか愛機ともども帰還したものの、全身のあちこちに致命傷を負っていて、着艦できたのが奇跡も同然だった。

 かように驚くべき技量の持ち主である鋒山が、そう永く持たないことは、もはや明白と言う他ない。


「看護婦の胸でも揉みたいもんだぜ」


「残念だが、この艦に看護婦はおらん」


「だよなァ……そうだ、この際インド丸でいいや」


 鋒山たっての希望とあって、大急ぎで猫のインド丸が連れてこられる。

 何があったのか事情をさっぱり理解していないインド丸であったが、病床に伏した鋒山の姿を認めると、すぐに彼の傍らへと寄っていった。力なく頭を撫でられた猫は、どうした元気出せとばかりに、包帯の巻かれた顏をペロペロと舐める。


「はは、くすぐってえよ」


 鋒山はニッコリと微笑み、それから間もなく息絶えた。

 同じ釜の飯を食った仲間達は、整然たる態度で彼の最期を看取った。ただインド丸ばかりが鋒山の顏を舐め続け、そのあまりの純朴さに、誰もがすすり泣かざるを得なくなってしまう。


「頼むよ、向こうへ行っていてくれ」


 顔をクシャクシャにした打井少佐の命令で、インド丸は医務室から放り出される。

 なおも扉を擦るような音が微かに聞こえてくるので、搭乗員一同はワッと泣いた。俺もじきそちらに行く、必ず仇は取ってやる。木霊する慟哭とともに、戦場の夜は更けていく。

明日も18時頃に更新します。


『天鷹』が載せていた戦闘機のお陰で、初日の空母戦にじわりと影響が出てきます。翌日以降は如何に……?

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― 新着の感想 ―
[一言] 終始ギャグ展開かと思いましたが、最期のシーン哀しいですね。
[良い点] インド丸……泣かせてくれるじゃないか……
[良い点] 更新お疲れ様です。 「食中毒空母」というワード、何だかイギリス人らしい表現に思えて良いですね。 某艦船擬人化ゲームで祥鳳を推していた者としては、彼女が大破してしまうのが少し辛いところです…
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