猛烈横着MO攻略⑤
ソロモン海:トロブリアンド諸島沖
「なあアッズ太郎よ、暑くて敵わんよな。お前は平気か?」
「黄色イ豚、ヤッツケテヤル」
「何だァ、育ちの悪いオウムだな」
戦闘機隊を率いる打井少佐は、扇子でパタパタを顔に風を送りながら、よく訓練された英語の罵倒にゲラゲラ笑う。
インド洋で拾ってきたアッズ太郎は、栄光ある帝国海軍の航空母艦に乗っておるというのに、相変わらずまともな言葉は覚えやしない。その癖、餌だけは一丁前に要求してきて、苦笑気味な打井が差し出した木の実をパクリと食べる。ラバウルで煙草と交換で手に入れた、ギャロップだか何だかいう美味いナッツだ。
「モウ1個、モウ1個」
「こいつめ、焼き鳥にして食ってやろうか」
極まりなく現金な要求に、搭乗員待機所にあった一同が沸く。
まあこいつは美味くないだろうと打井は言った。すると「珍しいオウムなので羽飾りにして内地に持って帰れば高値で売れるかも」と、飛行長の諏訪少佐が物騒なことをボソリと呟く。すると妙にしおらしくなったりするので、これがまた笑いを誘うのだ。
なお搭乗員達の表情といったら、それから居候の陸軍操縦者達の面持ちといったら、総じて底抜けな感じがある。
戦況を鑑みれば当然だろう。既に敵索敵機が飛んできていて、何時空襲が始まってもおかしくはないからだ。先程は鋒山中尉の小隊が飛び立っていったし、敵機来襲の報があれば、誰もが大急ぎで迎撃に向かう。露天に繋がれた陸軍機も、操縦者達に一応の離着艦の心得があるものだから、いざとなれば無理矢理発進させられるよう整えられつつあった。
つまるところ、それだけ敵は強大と見積もられているのだ。
「まあでも、零戦がいりゃあ何とかなるってものだろう」
物欲しそうな顔のアッズ太郎を横目に、先程のナッツを一度に何個か食う。
見張りが何かをよからぬものを見つけたのは、ちょうどその頃であったようだ。注意力に優れる兵が彼方の空を進む数十のシミを目撃し、ただちに上がれと迎撃命令が下る。航空母艦『天鷹』は舵を切って速度を増し、風上に向かって全力疾走。
「よし、行くぞお前等」
表情を一変させた打井は、従兵にアッズ太郎を引き渡し、大急ぎで愛機に取り付く。
事態は一刻を争う。プロペラが急ぎ回され、エンジンを始動。栄エンジンがバラバラと威勢のいい音を立て、ちょうどよい頃合いで車輪止めが外された。勢いに任せて飛行甲板を突っ走り、操縦桿を引き寄せ、蒼穹へと一気に舞い上がる。暫く母艦上空を旋回して僚機の到着を待ち、三機編隊を組んで敵に備える。
(うん……どうにもおかしいな?)
違和感に気付いた打井は、敵編隊のある方を凝視する。
どうにもこちらに向かってきていないのではないか。そんな見解が数秒して得られた。ポートモレスビー攻略部隊とMO主隊は少しばかり離れて航行していたし、索敵機が飛んできた時に『天鷹』はスコールに隠れていたものだから、米海軍に存在が知られていないかもしれない。
そしてそうした状況判断を是とするかのように、『祥鳳』を救援すべしとの連絡が、航空無線電話越しに飛んできた。
「合点承知の助」
打井はすぐさま返送し、よくやったとぞと絶賛する。
何かと故障が多い上に重量は嵩むので、愛機に載せたがらない者も多い航空無線電話だが、今日のところは大手柄。ザーザーと雑音が五月蠅いのは事実だが、重要命令を届けてくれたことには変わりない。
「よし野郎ども、『祥鳳』を助太刀するぞ!」
打井は大音声を上げ、手信号で僚機に続けと命令。敵編隊を横合いから殴りつけるべく、一気に加速する。
そんな具合に『天鷹』を発進した零戦隊は、小隊ごとを組むや否や『祥鳳』のある方へと向かう。距離は20海里強。戦闘機からすればひとっ飛びの距離だった。
「わッ、ゼロだ! ゼロが出やがった!」
「落ち着け、ハマー! 1対2でかかれば大丈夫だ、問題ない!」
翼に星を描いた戦闘機のパイロット達が、航空無線電話で交信し合う。
目はいいがパニックになりがちな部下を抑えたアスティア大尉は、自らの言葉を実践に移さんとする。翼を翻して旋回し、攻撃隊に襲い掛からんとする零戦の針路上に、F4Fワイルドキャットのドテッ腹を見せつけんばかりに割り込んでいく。
一見無謀なようだが、護衛任務では必要なことだった。
それにこのやり方で撃墜されることはまずないと、冷静沈着なアスティアは理解していた。獲物を定めてその動きに追随せんとする戦闘機乗りが、咄嗟の殴り込みに対処するのは難しい。空中衝突の恐れはあるが、先に避けた方が負けだ。つまるところチキンランと同じであって、かの危険遊戯に関して彼は大学以来負けなしだった。
そして――アスティアはその記録を1つ足した。零戦の方が先に避けたのだ。
「俺が囮、お前が狩人だ。頼むぞハマー!」
「了解!」
落ち着きを取り戻した部下の声量に満足したアスティアは、零戦に向かって突き進む。
これまた極めて危険な行動だ。上昇性や加速力に優れる零戦を追いかけるなと、部隊の誰もが口にする。だがだからこそ突っ込まなければならない、それが彼の出した結論だった。確かにケツは取られるだろうが、その間は攻撃隊に手出しすることはできないし、銃撃は機体を滑らせるなどして避ければいい。
そうしているうちに、狩人役が仕留めてくれるという寸法だ。
(それに……)
敵は小型の航空母艦1隻、直掩機も多めに見ても6機程度だろう。
ならば敵機を撃墜できぬとしても、注意を引き付けてさえおけば、その隙に急降下爆撃隊や雷撃隊が殴り込める。戻るべき艦を失った零戦は、陸の飛行場に逃れる他なくなるのだ。
ついでに我が方の戦闘機は合計18機。幾ら零戦が無敵でも、多勢に無勢に違いない。
「よし、そのままだ……」
縦横の旋回を何度か経た後、アスティアは六時を振り返ってほくそ笑む。
恐ろしい零戦が間近に迫ってきていたが、その後ろには僚機が取り付いている。後はこちらが逃れる素振りをし、逆に敵を罠に誘うだけ――そう思って再び後ろを振り向くと、零戦は鋭い上昇に転じていた。
「手練れか、やるじゃないか」
敵もまた六時確認を怠らなかったのだろう。苦々しい言葉が漏れる。
とはいえ攻撃隊から引き離すことには成功したに違いない。先の零戦の動きに最大限の注意を払い、次の戦術運動へと機体を遷移させつつ、アスティアはサッと全周を見渡した。
「何ッ、馬鹿な!?」
今度漏れたのは驚異の声だった。
思いもよらぬ方向に、新たな零戦隊の姿があったのだ。護衛の薄くなった隙を突いたそれらは、TBDデバステーター1機をすぐさま血祭に上げ、密な編隊を引き千切っていった。
「何だ何だ、凄い数の敵機じゃないか」
次々と寄せられる戦況報告に、高谷大佐は驚嘆する。
ただその声色に多少の余裕があったのは、百に近そうな数の敵機が、さっぱり向かってこなかったからだろう。とすると少しばかり『祥鳳』乗組の者達に悪い気もするが、零戦を次々と発進させて助太刀しているのだから、まあ文句を言われる筋合いもないというものだ。
それに『祥鳳』は随分と頑張っているようだった。
米海軍の急降下爆撃機が数波に分かれて吶喊したが、彼女は巧みなる操艦でもって回避している。今のところ至近弾を食らったという程度であるようだから、いやはや大したものだった。
「もっとも、そろそろ厳しくなりそうだ……」
高谷はそう分析した矢先、見張りが被弾と叫ぶ。
誰もが息を呑んだ。『祥鳳』は潜水母艦改装の小さな航空母艦であるから、たった1発で戦力を喪失してもおかしくはない。なお防御に関しては『天鷹』も割と脆弱だから、敵機がこちらに向かってきたらと思うと身が震える。
そしてその通りになりそうだった。
敵機の大きな塊が2つに分かれ、片方が急速接近中との報告が飛んできた。当然ながら『天鷹』も発見されてはいるので、敵が戦力の一部を分派してくることに何ら不思議はない。
「陸軍機、まだあるよな? この際だ、上がってもらおう」
「ええと、よろしいのですか?」
「構わん。『天鷹』がポートモレスビーに降ろす前に被弾したら元も子もない」
高谷は断じ、陸軍飛行隊に出撃要請がなされる。指揮系統が違うから要請なのだ。
明日も18時頃に更新します。
戦闘機をやたらと搭載した『天鷹』がいたお陰で、米空母航空団の攻撃が大変な結果となりそうです。




