猛烈横着MO攻略③
珊瑚海:ソロモン諸島東方沖
「陸軍の馬鹿どもめ、先走りやがったな!」
第17任務部隊旗艦たる航空母艦『ヨークタウン』の艦橋にて、フランク・フレッチャー少将は怒り狂っていた。
参謀達も似たようなものだ。頭の中でどう思っていたとしても、上司が激情にわざわざ水を差すような真似は誰もしたくなかったし、何より海軍と仲の良い陸軍などというものは古今東西何処にも存在しないのだ。
加えて結果論であったとしても、陸軍航空隊が下手をやったのは事実だった。
戦艦を撃沈したというのが本当なら、結構な戦果ではある。だが一番の問題は、大海戦を前に戦力を消耗し過ぎてしまったことに他ならない。例えばB-17の開発予算獲得に際しては、長大な航続距離をもって来寇する敵艦隊を捕捉する、という趣旨の説明がなされている。珊瑚海方面に日本海軍の機動部隊が現れることが確定的となった今、そうした索敵能力は死活的に重要であり……今ではまるで期待できなくなってしまったのだ。
そしてその代償は、数日のうちに自分達に降りかかる。ろくでもない状況だった。
「とはいえ、喚いていても何も変わらないか」
暫くの後。フレッチャーは漫画のポパイみたいに煙草を吹かしながら、何とか精神を落ち着けた。
敵航空母艦は真珠湾を襲った『翔鶴』と『瑞鶴』が現れるようで、更に客船やら潜水母艦やらを改装したもう2隻が、輸送船団の直衛に就くという。急行中の『レキシントン』と合流したとしても、苦戦は免れられそうにない。
「いっそこちらが4隻となるまで待ってみては?」
そんな意見も出るほどで、
「本艦と『レキシントン』にもう2隻が加われば、負けはしないでしょう」
「だがその間にポートモレスビーは陥落してしまうだろうな」
なかなかに魅力的に思える提案を、そうした判断をもって否定する。
実際、ニューギニア島の拠点を失ってしまうとなると、北部オーストラリアが危険に晒される。日本軍占領下のチモール島と対峙するダーウィンなどは、維持すら覚束なくなるだろう。あるいは余剰の戦力がソロモン諸島方面に投じられ、南東太平洋の航路が危機に瀕する。いずれも連合国としては容認できる事態ではない。
「全く、最初からこちらに4隻送ってくれていればよかったのだが」
「ドーリットル中佐の東京爆撃ですが、実施されなければよかったのかもしれませんね」
「あれは大統領直々の命令であるし……参謀長、君も東京爆撃の報を耳にした時は大喜びだったじゃないか」
「そうでしたっけ、フフフ。それより敵はツラギに上陸したようですが、如何いたしましょう?」
「奴等が来た以上、殴らねばならん」
フレッチャーは決断的に言い、
「だが……ここは深追いは禁物、一撃離脱がよかろう。その後第11任務部隊と合流し、敵機動部隊および上陸船団を捜索、発見し次第叩くとしよう。詳細を詰めておいてくれ」
「了解いたしました」
参謀長は相応に元気よく応じ、艦隊という大組織が動き出した。
暫しの後に各艦は一斉に舵を切り、朝日の中を堂々と突き進む。艦のエレベータが忙しく昇降し、飛行甲板に何十という艦載機を持ち上げた。天をも震わせんばかりにエンジンの音が、これまでの哨戒任務の鬱屈を晴らすかのように奏でられ、それが最高潮に達した辺りでパイロット達が機体に取り付いた。まずTBDデバステーター雷撃機、続いてSBDドーントレス急降下爆撃機が飛び立ち、仕上げとばかりにF4Fワイルドキャットが宙へと舞った。
蒼穹を征く騎兵隊に敵などない。そう実感させる光景に違いなく、艦の誰もが攻撃隊に絶大なる声援を送る。
「まさにここが決闘場だ、来るなら来てみろ」
自らを奮い立たせるように、フレッチャーもまた威勢を上げた。
ラバウル:シンプソン湾
「ううむ……何でこんな戦果しか報じられんのだ?」
何日か遅れの新聞を艦長席で広げながら、高谷大佐は不機嫌そうに唸った。
確かに三面の片端に、航空母艦『天鷹』が拿捕した貨物船の話題が掲載されてはいた。とはいえその内容はといえば、
「接近するわが艦艇に向け白旗を掲げながら備砲を乱射したK.Y船長率いる英商船何某号は、直後に操舵を誤りサンゴ礁に座礁す。天罰覿面とはまさにこの事であろう」
「捕縛されたるK.Y船長は昭南の軍事法廷にて、"だがちょいと待って欲しい。1発だけなら誤射かもしれない"などと、鼻毛で蜻蛉を繋がんばかりの陳述を繰り返す始末である。この厚顔無恥なる保身術には判事も呆れた」
といった具合に馬鹿話となってしまっている。
かように不届き千番な船長がいたのは事実に違いないが、せめて桃太郎めいた冒険譚にでもしてもらえないものだろうか。ボロい機帆船まで紛れていた気もするが、船腹量としてはそれなりなのだからと、出航中の輸送船を眺めながら思う。
「そういえば……いや、駄目だな」
陸軍部隊の中に従軍記者が紛れていることを高谷は思い出したが、すぐにどうにもならんと放り投げる。
記者にしても大方、件の大本営参謀のご機嫌取りに忙しいのだろう。それに今次作戦で挙げられる手柄といったら、本当に揚陸作戦を完遂させることに他ならない。その時に紙面を飾るのは自分ではないだろうし、下手に褒められると航空母艦として活躍する機会まで奪われてしまうかもしれない。
「あーあ、こんな作戦さっさと終わらんかな」
「ツラギ攻略部隊より緊急電、小型機による空襲を受けた模様です」
「何だって!?」
突然の報告に場が騒然となった。
幸い被害は掃海艇が1隻沈み、駆逐艦『菊月』が至近弾を食らって損傷と、まあ軽微と言える程度のようだが……40機ほどがドッと押し寄せ、盛大なる銃爆撃をしていったという。米豪連絡線を維持するため、米海軍の航空母艦が珊瑚海を遊弋しているとの噂であったから、そいつの仕業だろうと誰もが察する。
故に血の気の多く気の早い者達は、すぐにでも反撃だとか言い出した。
とはいえ彼等にしても、魚雷や雷撃機が積み込まれていないことを思い出す。お陰で地団太を踏む者多数、中には怒りに任せて壁面をぶん殴り、盛大に拳を痛める困ったのまで出るほどだ。
「全く、五航戦に頑張ってもらうしかないというのが癪でたまらん。ところで機動部隊はどの辺にいるんだ? さっさと敵空母を片付けておいてもらいたいものだな」
「1日にトラックを出たとのことですから、そろそろ来ておるかと」
鳴門航海長はそう言うと微妙に首を傾げ、少しばかり神妙な顔をする。
「でもいいんですかね、こうやって出航してしまって」
「どういうことだ?」
「敵機動部隊の出現がほぼ確実となった以上、船団の出航を見合わせる等の必要があるのではと」
「じきに『祥鳳』がやってくるらしいからな」
高谷はこれまた適当に答え、
「護衛に空母が2隻もいりゃ十分、攻撃されても耐えられると思っておるのかもしれん。実際うちのフネも戦闘機だけは馬鹿みたいに積んでおるし、最悪それで囮になればいいとか…ああ、また囮か。嫌になってくるな」
「まあ、上には我々の与り知らぬ深謀遠慮がありますか」
ひとまず会話は終息し、ポートモレスビー攻略部隊は次々と錨を上げていく。
もっとも出撃延期といった話にならなかったのは、聯合艦隊司令部が別の作戦にかかりきりで、半ば忘れていたというトンデモない事情が故であったりもする。まったく戦争に錯誤はつきものだ。
明日も18時頃に更新します。
珊瑚海での対決に向け、各部隊が動き出します。もっとも『天鷹』は機動部隊同士の戦いに混ぜてもらえませんが……。




